生徒会 - 獅子王 陽②
これから新しい先生を迎えて初めての打ち合わせが始まろうとしている。
全員が着席したのを確認してから、御影先生は生徒会室のドアを閉めた。
そして、彼女はこちらに振り返る。
振り返った彼女の顔は、着任式で見せたものとは違い、とても冷たくて悪意のある表情に変わっていた。
みんなの知る御影先生はもうどこにもいない。
彼女は腰に手を当てて大きく溜め息を吐きながらこう話す。
御影「全く……。自分を偽装するのって大変ね。こんな学校、素晴らしいわけないじゃない。あぁ、反吐が出る」
あ、はい…、この人、絶対敵だ。後で自称リーダーの皇に報告しておこう。
そもそも発言的に先生ですらない可能性もあるな。生徒の前で学校を馬鹿にする先生なんているはずないと思いたい。
御影先生は胸に手を当てながら、黒板の前にある教卓へ向かう。
御影「私はそんな学校を変えるために自ら志願してここに来たの。真面目で賢くて先生に逆らわない生徒会の貴方たちには、ぜひ協力してほしい」
そう言い終えると同時に教卓にどんと手を着く彼女。
う~ん、我が強い先生って可能性も出てきたな。
先生を装って侵入してきた神憑か、行きすぎた体育会系の毒舌教師。
さぁ、どっちだろう?
後者の毒舌教師だとしても今の時代、PTAがぶち切れそうでヤバいけど。
御影「副会長の景川くんと猿渡くんは既に賛同している。会長、貴方はどうかしら?」
生徒会長である僕に協力するかどうかを聞いてくる御影先生。
副会長の2人は、こういう体育会系が好きなのか?
周りを見渡すと御影先生の発言に困惑している様子が伺える。
ここで僕が首を縦に振れば、みんなが同意したことになってしまうだろう。
「具体的に何を変えるつもりですか?」
僕は先生にそう問いかけた。
とりあえず、彼女がしようとしていることを聞いてみようと思う。
意外とまともなことを言うかもしれない。むしろ、ここで変なことを言ってくると神憑の可能性が高くなるわけだ。
ふっ…。僕は今、IQ300を超える高度な心理戦を仕掛けたことになる。
IQ300は言いすぎかも…。160くらいかな?
御影「新しい校則を作るのよ。これを見てちょうだい」
彼女は間髪入れずにそう答え、1枚のプリントを1番前の生徒に配っていく。僕はそのプリントを手前の人から受け取り、内容を確認した。
………なんだ、これは?
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♣️御影帝学憲法 五ヶ条♣️
一、吉波高校の全ての決定権は、御影 丸魅が所有する。
一、御影丸魅及び生徒会会長、副会長の命令は絶対であり逆らうことは決してあってはならない。
一、交通安全のため、自転車通学の場合、学校規定のヘルメットを着用する。
一、髪型・服装の乱れは風紀の乱れ。男子は坊主、女子は肩にかからない程度、もしくは髪をくくること。靴下と靴は白を基調にしたもの以外、履いてはならない。
一、遅刻や欠席は如何なる理由があっても許されない。遅刻及び欠席をした場合には、反省文を原稿用紙5枚分書いて提出すること。
※上記の校則に違反した場合、退学か内申点0点の罪が課せられる。
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下3つは百歩譲ってまだわかる。上2つは無茶苦茶だ!
御影「どう? 気に入ってくれたかしら?」
プリントを凝視する僕を見てニコリと笑う御影先生。
こんなの……こんなのおかしい! で、でも、生徒会長である僕の命令は絶対だって?
これに関しては……うん、悪くない気がするな。いや、でも………!
僕は選手宣誓をするかのような勢いで、手を高く上げた。
「先生、坊主は嫌です」
坊主って、いつの時代だよ。絶対にしたくない。
副会長2人は同意したって言ってたけど、坊主になっても良いってことか?
御影「まぁ、貴方は会長だから特別に免除してあげても良いわよ」
彼女は、笑顔を崩さずそう返してくる。
何だって!? じゃあ、僕は全くのリスクを負わずに命令権だけを獲得できるってこと?
断る理由なんてないじゃないか!
僕は彼女の作った校則に同意を示すため、勢い良く席を立ってもう一度大きく手を上げた。
「先生…!」
…………。
いや、待てよ…?
僕は同意しようとするすんでの所で、喉から出そうになった言葉を呑み込んだ。
ジミーズのみんなはこの校則を絶対に許さないだろう。誰だって坊主になりたくないから。
もし、そうなったら賛成派の僕と彼らで闘うことになる。
彼らを相手に僕1人で勝てるのか? 無理に決まってる。
剣崎の唾液で動きを封じられ、日下部のオナラで瞬殺だ。
僕は御影先生の目を見据えながら、力強く言い放つ。
「こんな校則、間違ってる! 僕は貴女の校則を真っ向から反対します」
ふっ…。友達のためなら命令できる権利なんていらないさ。
僕がそう言うと、彼女の顔から一瞬で笑顔が消え去り、冷徹な表情へと変化する。
日下部「先生、僕も坊主は嫌なんですが…」
ゆっくりと手を上げ、落ち着き払った態度でそう訴えかける日下部。
御影「生徒会の下っ端如きに免除するわけないでしょう? 何のための校則だと思っているの?」
僕に反対されて虫の居所が悪かったのか、彼女は彼のことをゴミを見るかのような目で見つめてそう吐き捨てた。
日下部は毒舌に動じることなく勢い良く席を立ち、御影先生を真っ直ぐ見据える。
日下部「僕も反対するよ。その校則は、シリウス様がお怒りになる前に撤回するべきだ」
はっきりと言い返した彼の表情は、いつになく凛々《りり》しく、自分の意見を貫き通す姿勢はとてもかっこ良く見えた。
「俺も反対だ……」
「僕もだ、こんなの間違ってる」
「私も………」
彼に続いて他の生徒たちも立ち上がり反対し始めた。
先生は僕らの行動に対して腕を組んで、首を横に振る。
御影「はぁ……、聞き分けの良い子たちだと思ってたけど……仕方ない。猿渡、頼むわ」
後ろの方に座っていた猿渡が名前を呼ばれて席を立ち、一言こう告げた。
猿渡「先生に従え」
え、今のは何?
僕は彼から発する何かを感じとった。日下部も同じくそれに気づいたのか、後ろにいる猿渡の方へ振り返る。
その直後に異様なことが起きたんだ。
「やっぱり、賛成します…」
「僕も……さ、賛成です」
「私も……従います」
あれほど反対していた生徒たちは静かに席に着き皆、口々に賛成すると言い始めた。
この光景を見て、僕は確信する。
これは、“神憑”の能力だ。
猿渡が横暴なガキ大将なら、みんな従うかもしれないけど、彼はそんなキャラじゃない。
猿渡が御影先生の指示で使ったのだとすると…。
確か先生は、副会長の2人は校則に同意していると言っていた。
恐らく景川と猿渡、そして御影先生は手を組んでいる。理由はわからないけど…。
それに、猿渡だけじゃなく、2人も何かしらの能力を持っていてもおかしくはないと思う。
御影「あら、貴方たちには効いてないみたいね」
意見に賛成せず、立ち尽くしている僕と日下部に首を傾げる御影先生。
もし、ここで戦いになると、最大で3人の神憑をオナラとゴリラで応戦することになる。
かなり不利な上に、今はもう放課後だ。日が沈めば僕はゴリラになれない。
一旦ここは退いて、みんなで作戦を練るのが賢明だ。
景川「多分、彼らは僕らと同じ契約者です。だから、効きが悪いのかも」
首を傾げた御影先生に、自身の憶測を語る景川。
契約者? 彼らはそう呼んでるのか? 僕が契約者なわけないじゃん。
何と契約したらゴリラになるんだよ…。もっと良いのと契約するっての。
御影「そうなの? あの子はあれで全部だって言ってたけど、見落としてたのかしら?」
景川「あいつはあまり信用できませんよ」
2人が言い合ってる今のうちに、こっそり逃げよう。
そう考えた僕は日下部に合図を送った。顎で生徒会室のドアを指したつもりだったんだけど…。
彼は御影先生に、お尻を突きだしたんだ。
違う、闘うんじゃない!
先生にお尻を突き出すという明らかおかしい恰好に、一同動揺の表情を浮かべる。
契約者……、僕らで言うところの神憑と疑われているため、誤魔化しは利かない。
もう僕にできることはないんだ。無理やり彼を引っ張って逃げるにしても、席が離れていてどんな能力を使ってくるかわからない今、迂闊には動けない…!
だけど、これは思っているほど絶望的な状況ではなかったんだ。
彼らは、日下部の特質を知らないから。
つまり、あのお尻を突き出した姿勢が臨戦態勢であることもわかっていない。
日下部「先手必勝。昏倒劇臭……」
日下部は、お尻の前方にいる御影先生へ顔を向けてニヤリと笑い、オナラを繰り出そうとしていた。
意表を突かれた彼らは、明らかに反応が遅れていたんだけど…。
御影先生は臆することなく、オナラが放たれる前に手を軽く2回叩いたんだ。
次の瞬間、教室の電気が消えたのか、目の前が真っ暗になって何も見えなくなった。
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…………。何か、生臭いな。
僕は今、真っ暗な場所で仰向けに倒れている感じなのか? さっきまで教室に居たはずなんだけど。
近くで室外機のような音がしている。ここは、いったいどこなんだ?
ギ、ギギィ……。
軋む音をたてながらドアが開き、眩しい光が差し込んだ。
その光が僕のいる場所を照らし、自分がどこにいるのかを理解する。
僕は学校裏のゴミ捨て場に捨てられていたんだ。通りで臭いわけだ…。
ドアを開けてくれた人の顔は、逆光で見えなかったけど、彼の発言や口調ですぐに誰かわかった。
「どうも~。粗大ゴミ回収業者でぇす♪」
いつも通り飄々としている皇に対して、僕は上体を起こしながら礼を言う。
「ありがとう、助かったよ。それより皇、御影先生は神憑だ! これをみんなに伝えないと」
皇「は? お前、何言ってんの?」
彼は鼻をつまみながら首を傾げた。
皇「新任の先生、昨日クビになったぜ? 後、臭いから早く出てこい」
昨日? 今は打ち合わせがあった日の翌日?
日下部がお尻を突き出してから、1日経ってるってこと?
僕は起き上がり、彼に言われた通りゴミ捨て場から出てドアを閉めた。
皇「お前、マジで臭い…。昨日、校則を作るとか訳わかんねぇこと言いまくってクビになったんだよ」
そうだったのか。まぁ、あの校則は無茶苦茶だったし…。
あれを職員室に持っていけば、クビにされてもしょうがないよな。
それはそうと…。
「僕はなんでゴミ捨て場に…」
僕は汚れていて異臭のする自分の制服を見ながらそう言った。汚れを取りたいけど、手では払いたくないな…。
皇「俺が知るわけないだろ。とりあえず、家で風呂にでも入ってこい。あのオナラ大魔王もさっきまで田んぼに埋まってて、汚いから風呂入りに帰ったぜ」
鼻をつまんだまま、眉間にだんだんとしわを寄せていく皇。
田んぼに!? よく窒息しなかったな…。ゴミ捨て場の方がまだマシだと思える。
結局、彼らは何だったんだろうか? 僕らを捨てるだけ捨てて去ってしまった。
1つ気がかりなのは、彼女ら神憑が他の場所で誰かに危害を加えないかということだ。
まぁでも…、学校外のことは警察に任せよう。
とりあえず、吉波高校の平和と僕らの髪の毛は守られたんだ。
これからは安心して学校生活を送られる。
皇「じゃあな、もう授業始まるから」
彼はそう言って、校舎に戻っていった。
僕の心は少しだけ傷ついている。
彼が終始、鼻をつまんでいたからだ。
だけど、このまま授業を受けるのはみんなに嫌な思いをさせてしまう。
そう思った僕は、1度家に帰ろうと考えて自転車置き場へ向かった。




