着任式 - 水瀬 友紀②
授業が始まる10分前くらいに学校に到着。いつも通り校門をくぐって、正面玄関まで行き上靴に履きかえる。
空腹で鳴りそうなお腹を手で軽く押さえながら、自分の教室へ行きドアを開けた。
良かった…。みんな、無事だ。
3校との大戦時、陽がしっかり避難させていたから大丈夫だとは思っていたけど。
あの日、羽柴先生の一件で警察が出動してから今まで休校になっていた。みんなとこうやって顔を合わすのはあのとき以来だ。
そこには、いつも通りの賑やかな光景が広がっている。この学校は、今日も平和だ。
1限目の時間に着任式があるんだっけ? 後5分くらいか。
僕は自分の席に着き、教科書を机の中に入れていく。
カバンの中に入っているのは、授業に必要な教科書と財布とかスマホとか。
今日は母さんから貰ったじゃがいもが追加で入ってるけど…。
僕は毒入りのじゃがいもを手に取って、少しの間考えた。
これ………どこに置こうかな。
カバンに入れてても大丈夫だよな? 他人のカバンを漁って勝手に食べる人なんていないと思うし…。
「何それ!? 喰っていいか? 何つってな! ハハハッ!」
1人のクラスメイトが僕のじゃがいもを指さして笑いながら話しかけてきた。
やっぱりポケットに入れておこう…。
「ははは……。絶対ダメ」
「お、おう。何かごめん……」
真剣な眼差しで僕は答えた僕に、彼は申し訳なさそうな顔をして自分の席に戻っていった。
悪いことをしたな。でも、母さんが言うには、これは即死レベルの毒が入ってるんだ。
冗談でも食べてはいけない。
僕はスマホの電源ボタンを押して時間を確認する。着任式まであと少しだ。もう行かないと…。
残りの教科書を机の中に入れ、じゃがいもを制服のポケットに突っ込みながら席を立った。
不意に隣の席が目に入る。
新庄…。彼が帰ってくるのはいつになるだろう。
早く黒髪に戻せるといいんだけど。
僕は彼の席を少し見つめてから、教室の出口へと向かう。廊下をぞろぞろと歩く生徒の列に入ろうとしたとき、その中にいた1人の生徒と目が合った。
「あ……、友紀くん」
小柄で肉付きのいい彼は、教室のドアの前で足を止めて僕の名前を呼ぶ。
琉蓮、帰ってきてたのか! めちゃくちゃ久しぶりだ。
彼は2週間くらいの間、ハワイ旅行に行ってたらしい。
家族で旅行、楽しかっただろうなぁ。
君がいない間、僕らは鬼ごっこに学生大戦と、ほんとに大変だったよ…。
景川「ん? 友達?」
後ろから琉蓮に声を掛けた人は、爽やかで模範生みたいな雰囲気を持っていた。
鬼塚「うん」
琉蓮が頷くと、彼はすかさず笑顔で手を差し出してくる。
景川「景川 慧真だ! 生徒会副会長をやっている。よろしくな」
そうだったんだ。確かに生徒会って感じがする。彼みたいなしっかりした人が副会長なら、陽も助かるだろうな。
もしかして、この人? 陽が言ってた全校生徒の約300人から200票近く集めた人って。
それとも、もう1人のほう? 何はともあれ、挨拶しないと。
そう思った僕は、差し出された彼の手を軽く握って名前を名乗った。
「よろしく。僕は水瀬友紀」
僕が名乗ると同時に、彼の笑顔はなくなる。
何か気に障ることしたかな? とりあえず、これ以上握手するのはやめておこう。
景川「水瀬友紀…? 獅子王会長の知り合い?」
そう言いながら、彼は僕の顔を真剣に見つめてくる。
目のやり場に……困るんだけど。
彼の強い目力に緊張を覚えながらも、僕は陽との関係を彼に伝えた。
「うん、陽とは中学からの同期で友達だけど」
それを聞いた彼の顔は再び笑顔に戻る。それに対して琉蓮は彼の隣で終始、真顔で突っ立っていた。
本当に2人は友達なのかな?
景川「どこかで聞いた名前だと思ったんだ! 獅子王会長から時々、君の名前を聞く。彼は良い人だ、いつも暖かい心で生徒たちの幸せを第一に考えている」
え、そうなんだ。僕には生徒会長になる気はなかったとか、陰謀だったとか言って嘆いてたんだけど…。
大丈夫だ、陽。ちゃんと、しっかりできてるよ。
生徒会長になって同じ年代の生徒たちをまとめるのは、とても難しい仕事だと思う。
愚痴を言いたくなったり、自信をなくしたりすることはあると思うけど、陽は自身が思っている以上に慕われていて評価もされている。
自分のことじゃないけど、友達がそういう風に想われているのは嬉しい。
僕は思わず微笑みながら、景川にこう返した。
「うん、確かに陽は優しいし、いざというときはゴリラにもなってみんなを守れる強さもあるんだ!」
…………あ。
ゴリラのことは秘密にって言われてるんだった。
景川「ゴリラというのはよくわからないけど…。そろそろ時間だ。僕ら生徒会は準備があるから先に行く。また機会があれば話そう!」
そう言って彼は、僕らに手を振りながら颯爽と体育館の方へ走っていった。
バレなくて良かった。まぁ、人がゴリラに変身すると言っても普通の人なら信じないだろうな。
特質とかの能力って、まだ普通の生徒にはあまり知られていない。
隠してるつもりはないけど、みんな人質にとられていたり避難していたりで知る機会がなかったんだと思う。
景川と僕が話しているとき、琉蓮はずっと真顔で一点を見つめていた。
僕は未だに真顔で硬直している琉蓮に話しかける。
「元気だった? ハワイどうだった?」
体育館に着くまで僕らは他愛もない話をした。
ハワイ旅行は気まずかったとか、景川とは今日知り合ったとか。
その中で彼は慶が休んでいることを心配していた。そう、彼は帰ってきたばかりで何も知らなかったんだ。
彼は自分のスマホを持ってない。徒歩5分のところに家があって特に必要ないから持たないらしい。
連絡手段がなかったから、学校で起こったことは誰からも聞いてないと思う。
僕はそんな彼に、慶が起こした鬼ごっこや学生大戦について、最初から話をした。
まぁ、めちゃくちゃ驚いていたよ。非現実的すぎて信じられないみたい。
特質とか神憑とかの能力を持つ生徒や先生がいることについても話した。能力に関してはかなり興味があるようだ。
ここまで話したところで、僕らは体育館に着く。こういった式や集会では、クラスごとに出席番号順に並ばないといけない。
続きは後で話す約束をして、僕らはお互いのクラスメイトが集まっているところへ。
どんな先生が来るんだろう? 楽しみでもあり、不安でもある。
小林先生みたいな人がいいな。怖いのは村川先生で十分だ。
そんなことを考えながら、僕は出席順に並び体育座りをする。
もうすぐ始まるみたいだ。生徒会長の陽がマイクを持って壇上に上がった。
そういえば、今日………
獅子王「時間になりましたのでこれより着任式を行います」
樹神が来てないな…。
獅子王「生徒の皆様、一度ご起立ください」
まぁ、またパチンコにでも行ってるんだろう。
陽の後ろには椅子が2つ用意されていて、既に新任の先生が着席していた。




