クラス・マネジメント - 鬼塚 琉蓮②
僕と一緒に景川くんは、この教室に足を踏み入れた。
そして、奇声が飛び交う中、彼は教卓の前に立って両手を大きく広げる。
景川「みんな! もうすぐ体育館で着任式が始まる。散らかったお菓子の袋を片付け、黒板の落書きを消して教室を整えよう!」
そんな彼の行動を見て、僕は静かに自分の席に着いた。
“出る杭は打たれる”。
彼を文月くん2号にするにはリスクがありそうだ。景川くんと一緒にいると、良くも悪くも目立ちそうだから。
悪いけど、僕は彼と距離を取ることにする。
一応、みんなは叫ぶのをやめて彼に注目しているけど…。それは彼に発言力があるわけじゃなく、ただただ珍しいからだ。
こんなオワコンなクラスを見捨てずに、まとめようとする人なんて早々いない。
景川「そして着任式に向けて身だしなみを整える。新しい先生を迎えるにあたって各自、無礼のないように準備をしてくれ」
彼は自身のブレザーの裾をピシッと引っ張りながらそう言った。
このクラスの不良たちは、自分たちに指示を出したことを快くは思わないだろう。
1人の不良が舌打ちをして、座っていた椅子が倒れるんじゃないかってくらい乱暴に立ち上がり、教卓にいる景川くんに詰め寄った。
その不良は顎を前に突き出して、ニヤけながら景川くんに話しかけた。
「お前さぁ、何様? つか、誰だよ」
景川「生徒会副会長の景川慧真だ。今日から君たちと同じクラスで勉強する。よろしくな!」
威圧的な態度に動じることなく景川くんは手を差し出して笑顔で切り返す。
その反応が気にくわなかったのか彼は教卓を蹴り上げた。クラスは殺伐とした空気に包まれる。
嫌な雰囲気だ…。来たばっかりだけど、もう帰りたい。
僕に向けられた敵意ではないけど、緊張で身体が強ばって小刻みに震え出した。
景川「僕は副会長として、このクラスをより良くしたいんだ。とりあえず、床と黒板を綺麗にしてくれないか?」
目の前の教卓が蹴られて倒れたのにも関わらず、彼の穏やかな表情と口調は全くブレていない。
一方、不良の表情はどんどん険しくなってきている。
「誰に向かって命令してんだ? 殺すぞ?」
その発言を聞いて、景川くんの好意的な態度は急変した。
教室に入る前と同じ表情だ。冷ややかな目で彼の目を見つめている。
景川「クラスの改善に協力しないなら、こちらもそれなりの対応をさせてもらうけど良いかな?」
「死ねよ、カスが…」
冷静な対応をされて逆ギレしたのか、不良は眉間にこれでもかというくらいしわを寄せ、拳をぐっと握り締めた。
あぁ、景川くん…。君の人生は終わってしまったね。
奴ら、体裁とか内申点とか気にしないから普通に手を出してくるんだよ。
副会長で優等生な君にはとても理解できないと思うけど…。
まぁ、僕や文月くんを見習うべきだった。このクラスでは、僕らみたいな平和主義者は身を潜めて生きていくべきなんだ。
バイバイ。
短い間だったけど、本当に景川くんは良い人なんだとわかる。
あんな理不尽な不良にも頭ごなしに怒ったりムキになって言い返したりせず、ちゃんと話し合おうとしていたんだ。
怪我したらお見舞いに行くし、死んだら葬式にも出てあげるよ。
さようなら、景川くん。
そして、庇ってあげられなくてごめんなさい。僕が非力なばかりに…。
不良の渾身の右ストレートが景川くんの顔面に向けて放たれる。
彼の拳が当たるか当たらないかのところで……、
景川「………右足」
「あ゛あ゛あぁぁぁぁ!」
彼は悲痛な声を上げながら、右足を押さえて転倒した。
右足を押さえたまま転がって散乱した学習机の1つに頭を打ち付ける。
え? 一体、どうなったの? やり返した?
いや、景川くんは微動だにしていない。右ストレートを出した不良が勝手に転けたようにしか見えなかった。
彼は打ち所が悪くて気を失ったのか倒れたまま動かない。
し、死んでたりしないよね…?
景川「凄い威力のパンチだ。喧嘩慣れしてるのかな?」
優しくて爽やかな表情に戻った彼は、腕を組んで少し考える素振りをした。
さっきの光景が頭から離れない。それに景川くんには裏と表の顔がある気がする。
それが少し怖いと言うか…。
景川「すまない!」
彼は両手を合わせながら謝り、申し訳なさそうな顔をした。
景川「少し乱暴になってしまった。けど、僕はみんなと仲良くしたいと思っている! そのために、このクラスの雰囲気をもっと良くして行きたいんだ! 生徒会副会長として、共に勉学や部活動に励む仲間として協力をお願いしたい」
両手を合わせたままそう話す景川くん。
彼にやられたあの人は、このクラスの不良のリーダー的存在だった。
クラス全員、困惑しながらも首を縦に振る。
やりたい放題の秩序もクソもないこのクラスにある意味、一体感が生まれたんだ。
僕もそうだけど、みんな多分、同じことを思っただろう。
“景川 慧真に逆らってはいけない”と。
正直、何をされるかわからない。今起こった出来事で、彼の第一印象はがらりと変わったに違いない。
景川「ありがとう! 同意してくれてとても嬉しい。じゃあ、早速みんなで片付けをしようか!」
彼の一言でクラスが動き出す。こんなことは初めてだ。
みんなで一斉に教室の掃除を開始した。
景川くんは教室の時計を確認する。
景川「5分で終わらせよう! 10分後には体育館に行かなきゃならない」
それを聞いて、僕らは急ぎ足で床に落ちたゴミを掻き集めていった。
クラスの人たちの表情を見て怯えているのがわかる。僕だって怖いよ、こんな人。
タイプは違うけど、村川先生と同じくらい怖い。
確かに景川くんのお陰でクラスに一体感が生まれたし、僕もここに居やすくなると思う。
けど、こういうのって何か違う気がするんだ。
彼が言った5分以内に掃除を終わらせて、僕らは身だしなみを整えた。
もうすぐ着任式の時間だ。
他のクラスの人たちがぞろぞろと僕らの教室を横切って体育館へ向かい始めた。
景川「ありがとう、みんなの協力で何とか間に合った。僕らも向かおう。さっきも行ったけど、新任の先生は偉大な方だ。くれぐれも失礼のないように」
横目で廊下にできた生徒の列を見ながら彼はそう言う。
このとき、僕はまだ何も知らなかった。
学校が今、どんな状況にあるのか。
僕がいない間、何が起こったのかを…。
 




