朝の支度 - 水瀬 友紀①
ジリリリリリリリッ!
ジリリリリリリリッ!
ジリリリリリリリッ!
目覚ましの音が部屋に響き渡り、僕は布団を投げ出して勢いよく飛び起きた。
…………。良かった。夢だったんだ。
嫌な夢を見た。僕が着ている寝巻は汗でぐっしょりと濡れている。
あれはどこだろう? 夢特有の見たことも行ったこともない場所と言ったら良いのかな。
そこで僕らは血まみれになって倒れていた。死んでしまってる人や瀕死で動けない人たち。
僕も身体中に傷を負い、起き上がれずにいる。夢なのに妙に生々しい感覚があった。
僕が倒れて動けないでいる中、1人の人物が現れたんだ。その人物は後ろに腕を組み、微笑みながら転がっている死体を跨いで歩いてくる。
うつ伏せになっている僕の近くまで来たときに、僕は力を振り絞って彼の顔を確認した。
あぁ、彼のことは嫌というほど知っている。
文月 慶。
僕は彼のことを友達と思っているけど、僕の脳は極悪人と認識しているのかもしれない。
鬼ごっこで人質を取る高校生なんてそうそういないだろうし…。
彼は僕を少し通り過ぎた後でこちらに振り返り、そこら中に転がっている死体を見下ろした。
文月『ひとまず、大成功だ。覚えておけ、これが僕らの運命だ。今から言うことを………』
ここで目覚ましが鳴って僕は目を覚ましたんだ。まぁ、ただの夢だから良いんだけど…。
それにしても、気になるところで終わってしまったな。すぐに寝たら続きを見れるかもしれないけど…。
ダメだ、今日は登校日で大事な授業がある。高校の授業はとにかく難しくて1日休んだだけでついていけなくなってしまうんだ。
それに二度寝なんて、僕の母さんが許さない。
「友紀ぃ~! 起きなさ~い!」
そう思ってからすぐに、1階から僕を呼びかける母さんの声が聞こえてくる。
「は~い」
寝起きでガラガラしている声で返事をしてから、僕は階段を降りて台所へ向かった。
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食卓には既に朝ご飯が用意されていた。僕はテーブルの前にある椅子に腰を掛け、料理を見つめる。
父さんはいつも朝が早く、既に出勤してるからこの時間にいるのは母さんだけだ。
朝に弱いわけじゃない。いつも食卓についたら、すぐに食べ始めるんだけど…。
「…………。」
水瀬母「どうしたの? 具合でも悪い?」
さっき見ていた夢の惨たらしい光景が頭から離れなくて、どうも食欲が沸いてこない。
慶の奴め…。出てくるならもっと愉快な夢にしてくれよ。今、食べないと昼休みまでお腹が持たないのに。
「ちょっと食欲が……ごめん」
僕は料理を作ってくれた母さんに謝って持っていたお箸を置いた。
水瀬母「無理しなくていいわ。それより、今日からコレを持っていきなさい」
母さんは淡々とそう言いながら台所に行き、冷蔵庫の野菜室からある物を取りだして僕に見せてくる。
「じゃがいも? なんで?」
どっからどう見ても、スーパーで買ってきたばかりの土を被ったじゃがいもだ。水で洗ってすらいないだろう。
まさか、お腹空いたときに食べろってこと?
確かに早弁して、昼休みに食べるものがなくなると夜まで持たないだろうけど、さすがにじゃがいもを生で食べるのは…。
僕の疑問に対し、母さんはこう答えた。
水瀬母「お守りのようなものよ。でも、食べちゃダメ。毒入りだからね。食べたら即死よ」
え、なんでそんな物騒なものを…。
お守りって普通、店に売っている巾着とかだと思うんだけど。
あれくらいの大きさだと制服のポケットやカバンに入るけど、じゃがいもは大きくて嵩張りそうだから嫌だな。
水瀬母「何かあったら、日下部くんに食べてもらいなさい」
続けざまにそう言い放つ母さん。
母さんは日下部家に恨みでもあるのだろうか?
理由は聞かない方が良いかもしれない。そっとしておこう…。
「あ、ありがとう。とりあえず、持っておくよ」
僕は戸惑いながらも、母さんの手から受け取った毒入りじゃがいもを見つめる。
貰ったものは粗末にしてはいけない。捨てるわけにはいかないよな。
あ、そろそろ支度しないと。
食欲がない僕は、お茶を1杯だけ飲んで自分の部屋に戻った。部屋で制服に着替えながら学校のことを考える。
結局、新庄は金髪を染めることができず停学処分を受けてしまった。
いつ戻ってくるんだろう? 席が隣同士だったから、これなら少し寂しくなるだろうな。
それと今日、新しい先生の着任式があるって言ってたっけ。
羽柴先生は生徒を暴行した……という名目で辞任。あの優しい顔をした校長先生も、責任を取るということで同じく辞任することになってしまったんだ。
今日、羽柴先生の代わりになる先生と新しい校長先生が学校に来るってこと。
割とすぐに見つかるもんなんだな。まだ、数日しか経っていないのに。
着替えを終えカバンを肩に掛けた僕は、階段を降りて玄関へ向かう。
玄関で靴紐を結んでいると、母さんが僕を見送りに台所から出てきた。
水瀬母「いってらっしゃい。気をつけてね。それと………文月くんによろしくね」
ん? 母さんって慶と面識あるのかな?
「うん、行ってくる。慶のところにもまた寄ってみるよ」
あまり考えなかった僕は、母さんにそう言ってから玄関のドアを開けて学校へ向かった。




