死の閃光 - 羽柴 徹④
新庄「カミナリ………」
彼はバットを持ち、ただ私に向かって一直線に走ってきた。そして、私の目の前でバットを大振りに振り上げる。
全ての動作において隙だらけです。私が紫死骸閃を放っていたら死んでいたでしょう。
新庄「………大根切り!」
彼はそう叫びながら、私の頭を目がけてバットを振り下ろす。
そんな鈍い攻撃が当たるとでも?
さっき放っていた殺気は何だったのか。ともあれ、貴方がそんなに強くなくて良かったです。
これなら確実に手加減でき、傷つけることなく気絶させられる。この振り下ろされるバットを手で払い、手刀を入れて終わりです。
私は彼のバットを払おうと手を出した。
………。
………………! これは……!
受けてはいけない!
私は身の危険を感じ、咄嗟に引き下がって大幅に距離を取った。彼の攻撃は空を切り、金属バットの先端が地面に触れる。
バットと地面が接したとき、雷鳴のような凄まじい音が鳴り響いた。
それと同時にほんの一瞬だったが、蒼い稲妻のようなものが彼を中心に波紋状に広がる。
新庄「あっぶねぇ、ギリ止めれて良かったわ。あのときみたいに何かぶっ壊したら洒落になんねぇ…」
今のは何でしょうか? あのバットに触れてはいけない。本能的にそう感じました。
恐らく、彼の持っている金属バットは雷を纏っている。
「なるほど。どうやら、勘違いしていたようです。貴方にも憑いているのですね」
新庄「………悪りぃ。俺、幽霊とかそういうの信じてねぇんだ」
ホントに貴方は……、私の話を全く聞いていない。
新庄君の力は、恐らく雷や電気に関係するもの。そして、彼の言動から破壊力がかなり高いものと思われます。
果たして寸止めしなければ地面はどうなっていたのでしょうか? もし、あの攻撃を受けていたら私の身体は…。
彼が神憑ならば加減する必要はありませんね。
ダッ…!
私は再び走ってくる彼に人差し指を向けた。
せめて、この指の延長線上から外れるように意識しないと死にますよ。
「喰らいなさい、紫死骸閃」
彼の心臓を目がけ、私の人差し指から一直線に飛んでいく紫死骸閃。
それを彼は……、
新庄「オラァ!」
バキッ!
金属バットを横に振り、いとも簡単に相殺してしまった。
そんなことがあっても良いのでしょうか?
避けられることはあっても相殺されることは今までに一度もありませんでした。
新庄君の力は、相当強大なものなのかもしれません。
考えている間にも、彼と私の距離が少しずつ縮まってくる。あの金属バットが届く間合いまで来られると私も無事ではいられない。
ふっ…、男虎先生のときと同じ状況ですね。私はもっと接近戦に強くならないと。
与えられた力に甘えすぎています。これでは全ての神憑を始末するなんて無理でしょう。
今、相手している彼に対してはそれで良くても…。接近戦と遠距離戦の両方に長けている者が現れたら、私は負けてしまう。
彼らを倒した後、また一から鍛えることにしますか。
人差し指だけでは相殺されてしまうのなら、増やせばいいだけ。
私は変わらず一直線に向かってくる新庄君に対して、両手の指全てを向けた。
「紫死骸閃・虚空拾指」
彼の全身目がけて放ちました。精度は落ちますが、方向をばらけさせています。
どれか1つでも当たれば動きは止まる。当たり所が悪ければ致命傷あるいは即死。
金属バット1本で同時に放った10の閃光全てを打ち消すのは不可能でしょう。
的場「よし…!」
新庄「まだだ! 待機命令!」
新庄君は一瞬だけ後ろを見て、屈んで何かをしようとした的場君を制止した。
的場「えぇ…。無理じゃろ…」
的場君は彼を心配しているようですが…。
新庄「おらっ……よっ!」
彼は迫り来る紫死骸閃に対し、大きく身を捻って躱す。そして、頭と左胸に当たろうとしていた2つの閃光を金属バットで相殺した。
結果、彼に命中したのは10の紫死骸閃のうち、2つのみ。
しかも左肩と右の脇腹を僅かに擦っただけ。少し出血しただけでほとんど無傷です。
彼と私の距離はまたも縮まる。次、止めないとそろそろまずいですね。
元々かはわかりませんが、身体能力もそれなりに高いと判断しました。
ですが、私はまだ冷静で微塵も焦ってはいません。次も往なされると私は距離を詰められて恐らく負けるでしょう。
では、なぜ焦らないのか?
虚空拾指よりも強力な技があるから?
いいえ、今の状況ではほぼありません。
ですが、紫死骸閃は……、
連射可能なのです。
私は先ほど同様、両手の指全てを彼に向けた。
「紫死骸閃・虚空拾指………超連射」
私の全ての指先から、連続して放たれる紫死骸閃。
どれくらいの間隔かと言いますと……まぁ、機関銃くらいですね。
実戦で使うのは今回が初めてです。新庄君、それくらい貴方の力は脅威だった。
紫死骸閃をこれだけ浴びると原形は残らないでしょう。惨たらしい最期にしてしまい、申し訳ございません。
どうか……どうか安らかにお眠りください。
新庄「………今だ! 凌、ぶちかませぇ!」
的場「オッケェーイ! 任せろ、篤史ぃ!」
途切れることなく向かってくる無数の閃光を前にしても、彼らの表情に絶望の色はない。
むしろ、この瞬間を待っていたかのようにキラキラと輝いている。
イタズラ大作戦・高校生エディション。的場君がさっき叫んだ言葉。
いったい、貴方たちは何をするつもりですか?
躊躇せずこちらに走ってくる新庄くんの後方で、的場君は足元にある砂山の1つを両手でしっかりと掬い上げた。
的場「超必殺___砂嵐」
彼はピッチャーのように構え、両手で掬い上げた目いっぱいの砂をこちらに向かって投げてくる。
まさか、弓矢のときのように…? いや、たかが両手いっぱい分の砂で相殺されるはずがない。
しかし、そんな浅はかな私の考えは今目の前で全否定されることとなった。
的場君が投げた砂は新庄君を追い越し、無数の紫死骸閃と接触。
「そんなことが…」
目の前で起こった光景を見て、思わず連射を止めてしまった。
全ての紫死骸閃は音を立てることなく静かに掻き消されていったのです。
そして、舞い上がった砂煙の中から新庄君が姿を現す。
彼と私の距離は縮まる一方。金属バットが届くまで、あと僅か。
早く彼を仕留めないと…。戸惑う暇などありません!
彼が止まらない限り、私は紫死骸閃を撃ち続けなければならない。
私は彼に対し、もう一度指を向ける。
「もう一度! 超連射」
的場「ほい! 砂嵐ぃ!」
先程、起こったことは偶然でも幻でもなかった。
彼が同じような構えで投げた目いっぱいの砂によって、私の無数の紫死骸閃はいとも簡単に相殺されていく。
サッカーボールに砂遊び…。彼の力は全く理解できない。何を与えられた?
ザッ…!
新庄君がついに、金属バットが届く間合いまでやって来てしまった。
そして、バットを大きく振りかぶる。
新庄「先生えぇ! 降参しろぉ! 死んじまうぞ!」
彼が何の躊躇いもなくバットを振っていたら、私は死んでいたでしょう。
「くっ…!」
彼が降伏を要求した僅かな隙に、私は全身の力を振り絞り、後ろに飛び退いた。
はぁはぁ…。連戦で息が上がっている。年は取りたくないものです。
新庄「ぜぇぜぇ…先生、すげぇな…。中年なのにめっちゃ機敏じゃん」
新庄君は膝に手を着いて、肩で息をしながらそう言った。
彼も私に近づくためにずっと走っていたから同じく疲労しているようですね。
失礼なことを…。ですが、悪気がないのはわかってます。彼には言葉の使い方を指導したい。
ちゃんと教えてあげれば言葉遣いも治るはず。まず、話を最後まで聞いてくれるかが問題ですが…。
彼の呼吸はすぐに安定し、両膝から手を離して腰を上げる。
これが若さでしょうか。私はまだ息を切らしているというのに。
新庄「でも、先生はムキムキのおっさんを殺した。そんで俺らのことも殺そうとしてる。俺、先生を殺したくねぇし、殺されたくもねぇんだよ…。頼む、こんなことは止めて自首してくれ」
新庄君は右手にバットを持ってはいるものの構えることはなく、戦いを止めるよう懇願してきた。
そんな彼の表情はとても辛そうです。私に対する怒りはもうないらしい。どちらかと言うと、私を心配している?
…………。
私もまだまだ甘いですね。
今、彼が言ったこと。さっき私にとどめを刺すのを躊躇したこと。
その優しい生徒の心に、私の殺意や志が薄れてしまいました。
私たちも貴方たちも、神なんかに憑かれなければ、きっと普通の幸せな人生を歩めたはずです。
的場「まぁ、先生息も上がっとるし、あんだけ連発したらもう出せんじゃろ! 終わり終わり! 試合終了じゃ」
場を和ませようとしたのか、的場君は笑顔でそう言いながら足を引きずってこちらにやって来た。
私はゆっくりと深呼吸をする。
もう大丈夫。迷いはなくなりました。
私が次に発した一言で、彼らの表情が一気に曇った。
「的場君、なぜ持ち場を離れたのですか?」
的場「………え?」
的場君は決着がついたと確信し、持ち場を離れて新庄君の元まで来てしまいました。
そんな彼に私は、自身に与えられた力の詳細を説明する。
「紫死骸閃には弾数制限のようなものはなく、どんなに撃とうが私の身体に一切の負荷はかからない」
つまり、彼が砂山から離れた時点で負け。
彼が離れなかったとしても、全ての砂山を使い切るまで私が新庄君と距離を取って撃ち続ければ良いだけ。
手の内がわかれば大したことありません。やはり、あのとき私にバットを振るうべきだったのです。
あれが最初で最後のチャンスでした。
的場「意味わからんわ! チートじゃ! クソゲーじゃ!」
状況を理解して焦った彼は、私に対して声を荒げる。
世の中、理不尽で意味のわからないことだらけですよ。
神憑の発生条件や、彼らがなぜ災いを招くのかも全くわからない。
私のかつてのクラスメイトを惨殺したあいつの動機も、私が殺してしまったせいで永遠にわからないのです。
それでも、私たちは前に進まなければならない。
私は貴方たちを殺して1歩前へ。
「貴方たちは皆、良い生徒です。新庄君、バットを振るのを躊躇してくれたこと。とても嬉しかったですよ。ありがとう、そして………
………ごめんなさい」
私は重々しくゆっくりと手を上げた。彼らに紫死骸閃を撃つために…。
上げようとする手がとても重たい。もう迷わないと決めたのに。
…………。いや、違う。
これは……、躊躇いから来る重さではない。
か、身体が…………動かない?
パキ……パキ…………パキ。
妙な音を立てながら全身が固まっていく感覚に襲われた。
そして、いつの間にか私の隣に立っている剣崎君が目に入る。
彼は素早い動きと妙な剣技を与えられた者? 彼は不満げに目を細めて口を開いた。
剣崎「唾液滑走及びに___凝結唾液」
な、何て? だ、唾液? そもそも何故、私の身体は全く動かない?
どうにか身体を動かそうと力を入れる私に対し、彼は鼻の前でそっと人差し指を立てた。
剣崎「このことは一切の他言無用でお願いいたします」
ふふふっ……。高校生とは思えない丁寧な言葉遣いに思わず笑みが零れる。
何をされたのかよくわかりませんが、これで封じられたと思っているようですね。詰めが甘いです。
「私の手を……身体を封じれば技が出せないと思っているのですか?」
私はそう言ってから口を大きく開けた。確かに紫死骸閃のような直線的な攻撃は指からじゃないと撃てません。
ですが、私は一言も指からしか攻撃できないとは言っていない。
「奥義___紫死滅月」
口から出すのは醜態なのであまり使いたくはないのですが…。
全長10メートルを超える黒紫色の巨大な球体が私の口の前に出現する。
これも紫死骸閃とほぼ同じ速度で進みます。
そして、これに当たった者は有無を言わさず呑み込まれ絶命しました。直撃して生き残った者は今まで1人もいません。
剣崎「皆の衆! 羽柴殿、攻撃を止めてください。さもなければ、貴方を木刀で滅多打ちにします」
私の隣にいた剣崎君は、私の前方にいる彼らに注意を促してから、私を脅迫する。
今更、木刀如きで怯むわけないでしょう。
足を負傷していて遠くから眺めている朧月君以外は背を向けて逃げようとしている。ただ1人、新庄君を除いては…。
的場「何突っ立っとんじゃ、篤史いぃ! 早う逃げるんじゃ!」
剣崎「し、新庄氏! まさかこの紫色の球体に足が竦んでいるのか…?」
足を引き摺りながらも懸命に距離を取ろうとする的場君や、私の首に木刀を添えている剣崎君の言葉に、新庄君は耳を貸す気がないようだ。
彼は的場君や剣崎君を一瞥してから、私の口の前で浮遊している紫死滅月に対して首を傾げた。
新庄「いや…あれ、ただのデカいボールじゃん。何ビビってんの?」
いや、何を言っているのでしょうか?
ドオオォォォン!
そんな彼に向かって、私はこの巨大な紫死滅月を発射させた。
ゴゴゴゴゴ……
地鳴りのような音と共にその黒紫色の球体は、遅くはない速度で彼に迫っていく。
怯える様子はなく、彼は紫死滅月をしっかりと見据え、バッターのような構えをとった。
新庄「新技___ホームランスイング」
カキーン!
そして、眼前にまで迫った紫死滅月に対してバットを振り切ったのだ。
野球ボールのように打ち返されてしまった紫死滅月は、身動きのできない私の方へ。
ホントに世の中、わからないことだらけですね…。神の力が物理的に打ち返されるなんて誰が思うだろうか?
剣崎「羽柴殿、すみません…」
私の隣にいた剣崎君は小声でそう言って、滑るように高速で逃げていった。
跳ね返ってきた紫死滅月は取り残された私に直撃。
あぁ、何と詰まらない最期でしょう。まさか自分の技に殺されるとは。
バットを振り切ってドヤ顔している新庄君の顔を最後に私の意識は途絶えた。
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ここは……天国でしょうか? いや、罪を重ねた私が天国なんておこがましい。
ここが地獄なら私のクラスメイトを殺した犯人もいるでしょう。
捜し出してなんで殺したか根掘り葉掘り聞いてやるとしますか…。
水瀬「あの……目開いてるけど生きてますか?」
おや? 貴方は水瀬友紀君。屋上にいた1人でしょうか。
ん? 大勢の生徒が私の顔を覗き込んでいますね。
「貴方たちも私の後に死んだのですか?」
私が彼らに尋ねるとドッと笑いが起こる。
新庄「逆だよ、先生が生きてんだよ!」
金属バットを担いだ新庄君は、大胆に笑ってそう言った。
彼の後に続いて、後ろに腕を組んでこちらを見下ろしている文月君が口を開く。
文月「死んだのはあの暑苦しい男虎先生だけですよ」
そうにこやかに話す文月君だったが、彼とは対照的にその発言聞いた他の生徒は途端に静かになった。
それが普通の反応でしょう。
人が死んでいるのに笑い出す貴方たちを見て、一瞬神経を疑いましたよ。まぁ、殺した張本人が言うのも何ですが…。
“神憑”とは言えど、彼らは普通の生活を送っていた高校生。私に勝ったと思い、油断しているようですね。
「私が生きていると言うことは、まだ戦いは終わってない。さぁ、戦闘再開です………ってあれ?」
起き上がって彼らを殺そうと思ったが、目と鼻と口以外動かない。
文月「そう言うと思ったので顔面以外、動かなくしておきました」
剣崎「……………。」
文月君がそう言うと同時に、私からばつが悪そうに目を背ける剣崎君。
私が動けないのは彼の力のせいでしょうか?
皇「いやぁ、よくもよくも…、俺の下僕たちをいたぶってくれましたねぇ。でも、良い戦いだったぜぇ♪ 先生が長々と話している間に追加のポップコーンとコーラ買いに行ったくらいだ」
腰を低くしてごまをすりながらも、皮肉めいたことを言ってくる皇君。
煽りたいのか、機嫌を取りたいのか、これではどちらかわかりませんね。
彼らは仰向けに倒れた状態で動けない私を囲い込んでいますが、報復で私を痛めつける気なのでしょうか?
「皆さん、私を拷問する気ですか?」
私が問うと、ご機嫌そうな文月君が顔の前に屈み込む。
彼は確か、テロを起こして収監されているはずでは? よくよく考えると何故、ここにいるのか不思議ですね。
彼は嬉しそうな顔をして私の質問に答えた。
文月「このまま警察に突き出すだけですよ。ただその前に、先ほどの話の続きを…。先生の話には、とても興味がある」




