死の閃光 - 羽柴 徹①
ふぅ…。全く…。
私はヌンチャクを両手に持って構える男虎先生に対し、溜め息を吐いた。
男虎先生、あなたが良い先生なのは認めましょう。
ですが、何も理解していないのです。私がする殺生には意味がある。
「無駄な争いはなるべく避けたいのですが…。私に刃向かうということでよろしいのですね?」
私の問いに、彼は隙のない構えを崩さない。
男虎「羽柴先生が生徒に危害を加えるならな! 的場はうちのエースだ! よくも怪我をさせてくれたな! 地区大会も近いと言うのに!」
どうやら話し合いでは済まなさそうですね。では、さっさと片付けるとしましょう。
その筋骨隆々な肉体もヌンチャクも、これだけ離れていれば脅威にはならないでしょう。
「わかりました。吉波高校は惜しい教師を失った。残念ですが仕方ありません」
私の返事を聞いて男虎先生は、ヌンチャクをより強く握り締めた。
接近戦になるときっと面倒になる。不意打ちじみたことはあまりしたくないのですが…。
私は横目で屋上にいる生徒たちを一瞥した。ここからでは遠くて誰がいるのかまでは把握できませんね。
手負いとはいえグラウンドに3名、屋上にも恐らく数名の____
“神憑”がいる。
地力と経験で私が上なのは間違いないですが、時間をかけるのは良くないでしょう。
彼ら“神憑”を殺すのが私の目的。男虎先生に割く時間はないのです。
私は右手の人差し指を彼に向けた。単純だが殺傷力の高い攻撃。
それが私に与えられた力。
「喰らいなさい___紫死が……」
男虎「それはさせん! 先手必勝!」
ダンッ!
何!? その距離から…?
彼と私にはおよそ10メートルほどの距離が開いていたのですが…。
その距離からたった一度の踏み込みで間合いを縮めてくる男虎先生。
常人離れした脚力…。サッカー部の監督をしているだけはありますね。
いや、もしかするとこの人も“神憑”なのでは?
もし、そうなら話は違ってきます。私の邪魔をした時点で始末しようと決めていましたが…。
それをより確実に、より徹底して務めなければなりません。
ですが、この距離を保たれるとあれは撃てない。残念ながら打撃はあまり得意ではありません。
しかし、私は過酷な第1次学生大戦を生き抜いた者。これから起こり得る彼との打ち合いを制して見せましょう。
私は誰かに教わったわけではない自己流の構えをとった。
男虎「金髪くん! 的場を頼む!」
彼は一瞬だけ私から目を離し、背後にいる新庄君へ指示を出す。
新庄君は頷きはしなかったものの、倒れている的場君の元へバットを持って駆け寄った。
うちの学校に悪い生徒はいない。そう信じたいのは山々なんですがね…。
「何と怠惰なこと。全生徒の名前を把握してないなんて教師失格ですよ」
男虎「生徒を殺そうとしてるあんたに言われる筋合いはない! 覚悟おおぉぉ!」
お互いの拳が届く間合いに入った彼は、両手に持ったヌンチャクを振り回しながら接近戦を仕掛けてくる。
しかし、私はヌンチャクでの攻撃を難なく躱してしまった。
隙のない良い動きですが、私にとってそれはあまりにも鈍いのです。
その大きめのジャージの上からでもわかる肥大な筋肉はただの見せかけですか?
むしろ、その身体の割に合わない鍛えすぎた筋肉が邪魔をして貴方の動きを遅くしているようにも見える。
「良い動きですが、遅いですよ」
彼のヌンチャクや両腕を掻い潜り、人の急所であるみぞおちに打撃を加えるのは難しくなかった。
私は腰を深く落とし、拳を脇腹の辺りまでぐっと引いてから、彼のみぞおち目がけて突きを繰り出す。
「死之殴打」
全体重を乗せた私流のストレートパンチ。
しかし、いまいち手応えを感じなかったので念の為、追撃で___
私は左足を前に出して踏み込み、身体を背中側へ回転させながら蹴りを繰り出した。
___輪廻転身脚。
腹に突きと後ろ蹴りを連続で食らった彼の身体は衝撃で後ろに下がる。
相変わらず効いている気はしませんが、この距離なら問題なく撃てるでしょう。
蹴り出した流れで前を向き、右手の人差し指を彼に向けた。
「私の勝ちです___紫死骸閃」
私の指から放たれた紫死骸光は彼の左胸に直撃した。
確実に当たりましたね。彼の心臓には穴が空き絶命は免れないでしょう。
的場「そ、そんな……」
新庄「マジかよ……」
後方で男虎先生を見守る彼らは、絶望したような顔をする。
しかし、彼は立ち尽くしていて倒れる気配はない。
…………。なぜ倒れない? 急所を外れたのか?
よく見ると、貫かれたはずの彼の左胸から黒い液体のようなものが溢れ出てきている。
命中は間違いなくしているようですね。あの黒い液体は…。
まさか彼の血液……? いったい何を食べたらそんなドロドロになるのでしょうか?
いや、違う…。そもそも液体ではない。
男虎先生は自身の左胸から溢れる黒いそれを一瞥し、その箇所を指さしながら私にこう言った。
男虎「羽柴先生、これ弁償してくれますかね?」
恐らくですが、あの黒い物質の正体は筋トレなどに使う重りの砂鉄。まさか、あのジャージに入っていた砂鉄が彼の心臓を守ったのか?
紫死骸閃は全ての物質を無条件に貫通すると言うわけではありませんが、よほどのものじゃない限り大抵は貫けるはずです。
砂鉄如きに相殺されるものではない。いったい、あのジャージにどれほど敷き詰められていたのか。
彼は眉間にしわを寄せ、声を荒げた。
男虎「特注で作ってもらった1トン分の砂鉄が入ったジャージ。相当高くつきますぞ!」
やはりあの黒い物質は砂鉄で間違いないようです。しかし、本当に1トンも入っているのか?
普通の人間なら羽織った時点で大怪我しかねませんよ。
ということは、こけおどし? しかし、それぐらい敷き詰められてないと砂鉄で紫死骸光を相殺するのは不可能だ。
男虎先生は溜め息を吐きながら、ジャージを脱ぎ捨てた。
仮に1トンのジャージというのが本当ならば…。それを羽織った上であの速さなら…。
もっと距離を取らないと!
ドン!
何かか爆発したような音が聞こえたと思った瞬間、私の目の前に男虎先生が現れた。
すかさず彼は私の顔を目がけ、両手に持っているヌンチャクを交互に振り切る。
「くっ!」
私は後ろに仰け反り、間一髪でその攻撃を躱すことができた。
今のは地面を蹴った音ですか? 俊敏さに加えてパワーも格段に上がっていることでしょう。
1発でも貰えば、私は負ける。
新庄「速っ!」
剣崎「私の目でも一瞬見失いかけた…。恐るべし速さであるな」
朧月「…………いや……………そんなに………」
私たちの戦いを見ている彼らの声が聞こえてきますが、目を向ける余裕はありません。
接近戦では確実に負ける。でも、距離を取ろうにもすぐに詰められてしまう。
男虎先生、やはり貴方にも憑いている…。
男虎「さぁ、第2ラウンドと行きますぞ!」
再びヌンチャクを振りかざす彼に対し、私も自己流の構えをとった。
「良いでしょう。貴方のことも“神憑”と認識し、全力で潰させて頂きます」




