死の閃光 - 文月 慶⑨
第2次学生大戦は、奴らが撤退したことで終戦を迎えた。
向こう側はサッカー部と思われる生徒たちが自爆をして負傷。
剣崎と的場は無事だったが、彼らを助け出した朧月は左足に深い火傷を負った。
怪我人を出してしまったか…。何とも胸クソの悪い終わり方だ。
幸い、向こうもこちらも死者は出ていない。
本来なら殺し合いになるのを未然に防げたという意味では大勝利だろう。
的場とサッカー部のやり取りを見た感じ、彼らはまだまともだったと思える。
まぁ、一緒に死のうとする時点で狂っていることに変わりはないが…。
亜和の校長、奴は飛び抜けて異常だった。こんな事態になるまで戦いを続けたあいつが元凶だ。
皇「いやぁ、良い戦いだったぜ。特質って奴はすげぇな」
隣でポップコーンの残りを食べながらしみじみと余韻に浸る皇。
「よく楽しんでいられるな。彼ら3人が負けていたら君も殺されていたんだぞ」
皇「あぁ?」
ベンチでくつろいでいた奴に声をかけると、普段と変わらないニヤけ顔のまま立ち上がり、こちらに向かってきた。
その狂気に満ちた顔、マジで止めろ。本能的にゾッとする。
皇「信じてんだよ! お前らジミーズをな!」
そう言って彼は僕の肩にがっつりと手を置いてきた。
止めろ…。ポップコーンが着いた手で制服に触るな!
水瀬「何とか乗り切った…。朧月くん、大丈夫かな」
屋上のフェンス越しに、グラウンドに座り込んだ彼ら3人を見つめる水瀬。
そうだ、皇の相手をしている場合じゃない。
「剣崎、朧月の容態は?」
僕は、今あの中で1番まともに話ができそうな剣崎に話しかけた。
朧月は基本的に無言、的場は話せる様子ではなさそうだからな。
知り合いのサッカー部に殺されかけたのが余程ショックだったのか?
僕にとっての皇のような存在と彼は言っていた。なら、いつ裏切られても驚かないと思うんだが。
剣崎『命に別状はなさそうだが、なるべく早く病院で治療したほうが良いと思われる』
剣崎は火傷した左足を入念に見てから僕に返答。
足の火傷なら致命傷にはならないだろう。だが、確かに早いほうが良い。火傷は見かけによらず重傷なときがあるらしいからな。
僕は剣崎に小型カメラ経由で伝わるよう、モニターに向かって声を発した。
「最初の作戦の時に使った大砲型転送装置が体育館倉庫にある。それに彼を入れて病院に転送しよう。それが1番早い」
もしかすると一刻を争うかもしれない。親に迎えに来てもらって車で病院に行くなんてことをしてて死なれると最悪だ。
そうなったら、彼を戦場に駆り出した僕らのせいになってしまう。
剣崎『流石は文月氏。準備万端であるな。早速、朧月氏を大砲に入れるとしよう。的場氏、手伝ってくれないか?』
的場『…………』
用意周到な僕に関心し、的場に手伝うよう声をかける剣崎。
だが、的場は体育座りをして顔を埋めたまま動かない。
朧月『………!』
初めて大砲に入るため少し警戒しているのか、僕の意見に同意した剣崎をじっと見つめる朧月。
新庄「は?」
彼らが戦っている間も、ずっとスマホゲームに夢中になっていた新庄が顔を上げる。
日下部「怪我人を大砲にぶち込んで送るのかい? ふっ、あまりにも名案すぎる。傑作だ、失敗したら火傷どころじゃすまないね」
皇「ヒャハハ! お前にしては面白ぇこと言うじゃねぇか♪」
同意したと見せかけてクソうざい皮肉で返す日下部と、それを嗤う皇。
水瀬「え、何この反応…。僕は慶に任せるよ。1度使ったときはちゃんと動いてたから大丈夫だと思う」
反対と賛成の意見、若干反対が多いが半々といったところか…。
こいつら、僕を信用してなさすぎる。
僕は若干の苛立ちを感じながら、屋上にいる彼らの方へ身体を向ける。
「見た目は大砲だが、これはカプセルと同じ転送装置だ。日下部と水瀬は知っているだろうが、これは一度使っていて安全なことは立証されている」
新庄「まぁ、良くわかんねぇけど。安全ならいいんだけどよ……」
少し不安そうな表情を浮かべる新庄。彼以外は首を傾げたり、難しい顔をしたりしているが、言い返す気はないようだ。
これで全員、意見は賛成ということで一致した。わかればいい。僕が造るものに欠陥品など1つもないと言うことを。
さぁ、朧月が死ぬ前にさっさと転送を…。
的場『監督……』
グラウンドの方へ目をやると同時に、相変わらず項垂れている的場の掠れた声がモニターから聞こえてきた。
何だ? 僕のことか? 監督と言われるのも悪くはないが、指揮官のほうがしっくり来るな。
そして、彼は涙声でこう言った。
的場『俺、サッカーがしたいです………』
そう呟いた彼の頬に1滴の涙が流れる。モニター越しに見ても鮮明に映るその涙はとても美しい。
僕の造ったこのモニターはそれぐらい高画質だということだ。
それはそうとあいつはもうダメだ。完全に精神を病んでいる。
陽キャラだったときの面影は微塵も残っていない。
誰も死んではいない。取り返しは後からいくらでもつくだろう。早く立ち直れ。お前から“元気”を取ったら何も残らない。
ザッ………
誰かが校舎からグラウンドに入ってきた。
誰だ? 屋上からだと肉眼では見えない。僕はカメラを手動で操作してその人物に近づける。
彼を知っている。モニターに大きく映し出されたのは、歴史の授業を担当している羽柴先生だ。
はぁ、驚かせるな。奴らの残党かと思った。中肉中背の人畜無害そうな普通の先生。
だが、僕は警戒していた。いったいグラウンドに何の用がある?
先生たちも生徒会長の獅子王と共に生徒を避難させていたはずだ。
僕らの安否を確認しにきたのか? いや、もし戦闘に巻き込まれたら無事じゃすまない。
特質もないのに1人で…、それも生身で来るのはおかしい。
いや、待て。どうして特質を持っていないと言い切れる?
水瀬「あ、羽柴先生だ! 僕たち、勝ちましたよ! 誰も死なせずに!」
フェンスに身を乗り出す勢いで、大きく手を振りながら羽柴先生に呼びかける水瀬。
「おい、よ……」
皇「おい、黙れ」
そんな彼を僕が制止しようと思ったタイミングで、皇が立ち上がった。
こいつの勘は本当によく当たる。こいつが自腹で買ったであろうポップコーンとコーラを投げ捨ててまで水瀬の言動を制したのは……。
「皇……お前………」
恐る恐る僕が話しかけると、珍しく真剣な顔をした彼の表情は秒で崩れ去った。
皇「来るぜえぇ♪ 今回最大級の脅威がなぁ♪」
もうなり振り構ってはいられない。ここに僕らがいること。それが羽柴 徹にバレるのは何となくヤバいとわかっている。
だが、もっとヤバいのは同じ土俵に立っているあいつらだ!
僕はモニターに向かって可能な限りの大声を上げて彼らに警告した。
「剣崎、朧月、的場! 早くそこから逃げろおぉ!」
新庄「お、おい…。大丈夫か? あれ、俺らの先生だぜ?」
僕の行動が異常だと思ったのか。胡座をかいていた新庄は困惑したような顔をしてスマホをポケットに仕舞った。
こいつにも戦闘準備を…。皇、ここまで警戒させておいて嘘だと言ったら許さないぞ。
剣崎『何を言っておるか? あの方は歴史を担当している吉波高校の偉大な先生の1人、羽柴殿であるぞ』
剣崎は誰かに紹介するかのように、近づいてくる羽柴へ自身の手の平を差し出す。
ダメだ、全く通じない。だが、無理もない。面識のある相手には警戒が薄れるものだ。
朧月『………! や……ヤバい』
朧月、彼だけがこの状況を理解したようだ。だが、彼は負傷していて動けない。
的場と剣崎、2人で協力して朧月を安全な場所へ…。
的場『監督………サッカーがしたいです』
それはさっき聞いた。
もう杞憂であるということを祈るしか手はないのか? 皇の勘も絶対当たるとは限らないが…。
彼らと剣崎たちの距離は徐々に縮まっていき、十数メートルほどのところで羽柴は足を止めた。
羽柴『やれやれ…。何やら屋上がうるさいですね』
剣崎は羽柴徹に対して深く頭を下げて謝る。
剣崎『誠に申し訳ない。しかし、先程まで戦っていたのです。彼らが乱心になるのも無理はないかと存じます』
朧月『ヤバい……ヤバい………ヤバい!』
頭を下げた彼の後ろで危険を懸命に伝えようとする朧月。
羽柴は人差し指を彼らの方向へ向けた。厳密には羽柴の真正面で蹲っている的場に。
次に放った彼の一言で僕は、皇の勘が正しかったと確信する。
羽柴『喰らいなさい』
的場『監督うぅ! 俺はあぁ!』
突然、的場が両手に拳を作り、号泣しながらも力強く立ち上がった。
羽柴『紫死骸閃』
的場『サッカーがしt……ノオオオオォォォォン!』
羽柴の人差し指から放たれる1本の紫色の閃光。そして、的場の独特な絶叫がグラウンドに響き渡る。
あえて外したのか意図せず外れたのかはわからないが、そのレーザーのような閃光は的場の太ももを貫いた。
貫かれた箇所からは血が滲み出し、彼は足を押さえて悶えている。
ようやく立ち上がったというのに、再び彼は太ももを押さえて蹲る形となってしまった。
剣崎『な……、どういうことであるか?』
面識のある先生からの突然の攻撃に驚き、身体が硬直する剣崎。
羽柴『すみません。痛みを感じることなく一思いにと思ったんですがね…。生憎、私も今頭にきているので手元が狂いました。次で楽にしてあげますから』
羽柴は人差し指にふっと息を吹きかけてから、もう一度的場へ向けた。
奴の発言と行動からわかるのは、本気で殺そうとしていることだ。
なら、仕方ない。もう羽柴は僕らにとっての先生ではなくなった。
僕らの命を奪う気ならこちらも容赦はしない。
「新庄! お前の……」
僕は新庄がさっきまで座っていた場所へ目を向けるが…。
いない…? こんな肝心なときにどこに行った?
クソッ、これだから無責任な不良は大嫌いなんだ! 人の命が関わっているというのに…!
奴はやりたいスマホゲームをやるだけやって何もせずに帰って行ったのか…!
ドオオオオォォォォォォン!!
ゴロゴロゴロゴロ………。
突然の雷鳴に僕は耳を塞いだ。先ほどまで快晴だった空が黒い雲に覆われる。
何だ、これは? いや、何となく察しはつく。
あれにこんな機能をつけた覚えはないんだが。
敷き詰められた黒い曇の隙間から人影のようなものがグラウンドに降り立った。
そいつは誰が見ても見間違えない金髪頭の高校生、新庄 篤史。
帰ったわけではなかったようだ。
羽柴『不思議なことも起こるものです。先程まで快晴だった天気が一気に崩れ落ちるとは…』
新庄の謎の登場の仕方に対し、羽柴は呑気に空を見上げる。
新庄『てめぇ…。凌に何しやがんだ? 殺されてぇのか?』
眉間に限界までしわが寄り、途轍もない怒りを露わにする新庄。
ただでさえ、金髪不良は圧があるのにキレるとヤバいな。
だが、あくまで羽柴と新庄は生徒と先生の関係。
高校生不良がキレたくらいで先生は動じない。
羽柴『ふっふっふ…。ただの金属バットで私を倒そうと言うのですか? あなたは力を持っていないようなので許しを乞えば手は出しませんよ』
こいつ、気づいてないのか? あんな登場をしているのに、特質を持ってないとでも?
天気の移り変わりがどうとか言っていたが、皮肉ではなく本当にそう思っているのか?
だとすれば、これはチャンスだ。どうして雷雲が集まってきたのかはわからないが。
僕の鬼を軽く壊せる金属バット。人間の羽柴なんて擦っても消し飛ぶだろう。
奴が金属バットの威力を知らない内に接近して倒せば一件落着だ。
「ちょっと待ったあぁぁぁ! とうっ!」
パリイイィィィン!
今度は何だ! ちょうど屋上の真下から妙な声とガラスを突き破る音が聞こえてきた。
ドスッ
嫌な音だ、死んだんじゃないのか?
「はっはっはっは! 慣れないことはするもんじゃないなぁ!」
僕はフェンスに少し身を乗り出して誰が飛び降りたのかを確認した。
あぁ、知っている人物だ。暑苦しくて存在してるだけで煩わしいからあまり好きではないが。
彼は保険・体育を担当している熱血教師。担当している教科の偏見でスケベ親父と呼ばれている。
それに関しては同情する…。
髪型は若干、おかっぱ気味。筋肉質な体格をしているが、いつも大きめのジャージを着ているせいで普段はわかりづらい。
その熱血教師は、校舎から的場の元へと走っていった。
そして彼は………、
的場『…………勝院』
あぁ……、サッカー部の監督でもある。さっきまで監督って言っていただろ…。
勝院は彼の名前だ。なぜかサッカー部員からは下の名前で呼ばれている。
本名は、男虎 勝院。
名前からしてすでに暑苦しい存在だ。
男虎『監督って呼ばないか! 的場、お前のサッカー愛は届いたぞ! 後は監督に任せなさい!』
男虎先生はビシッと的場を指さした。
こいつは、あの技に対応できるのか? だだの正義感だけで前に出ただけなら………死ぬぞ…。
的場『………。やっぱりしばらく休部で良いです……』
男虎『なんでだあぁ!?』
お前が暑苦しいからに決まってるだろ。
水瀬「なんか……カオス……」
こんな悠長にツッコんでいる場合じゃないはずだが…。
新庄『あんた、誰だ?』
金属バット“轟”を持って羽柴を睨みつけていた新庄は振り返り、男虎先生を見据える。
記憶力が著しく低いあいつからすると、先生の名前や容姿などいちいち覚えてないんだろうな。
男虎『下がってなさい、金髪くん! それにしても薄暗い空だ。儂は晴れ渡った雲1つない空が好きなんだが!』
質問を無視し、空を見上げて声を張る男虎先生。
そんな先生に対して新庄が目を細めると、雷雲は四方に去っていった。
雷を操っているのか? 彼の感情の起伏などに比例している?
何にせよ、“轟”自体に雷雲を呼び寄せる機能はない。
新庄自身が持っている何かしらの特質と、“轟”の性能が噛み合った結果なのかもしれない。
男虎『おぉ! この空だよ! この空が大好きなんだ!』
彼は腕を大きく広げ、天を仰いでいる。
羽柴『そろそろ良いですか? 男虎先生。邪魔のするのならば貴方から抹消します』
ここまでの茶番を静観していた羽柴が淡々とした口調でそう言う。
むしろ、今までよく不意打ちすることなく待っていてくれたな。
男虎『先生という生徒の見本にならなければならない人が脅迫ですか! 残念ですぞ!』
男虎は自身の少し大きめのジャージの内ポケットからヌンチャクを2つ取りだして構えをとった。
男虎『先生の最たる仕事は、生徒の安全を確保すること! 儂はその仕事を遂行する!』
日下部「自らの命をいっさい顧みることなく生徒を守ろうとする先生。かっこいいね。尊敬するよ」
口を開けば僕に近づこうとする日下部から、僕は今まで同様に距離をとる。
かっこいいかどうかはさておき、せいぜい死なないように頑張ってくれ。




