特質 vs 多数 - 剣崎 怜③
かれこれ私がこの世に産まれて17年。長いようで短い年月だった。
これから私は無数の矢やボールに刺されて死に至る。
この平和な国の一般的な高校2年生にしては悲惨な最期を迎えることになろう。
だが、私の一生に悔いはない。私は良き友人、良き家族と共に人生を謳歌したのだ。
1つ心残りだとするならば………
3次元の彼女ができなかったことだ。まぁ、それももう良い。
もし、次の人生があるとするならば恋愛にも挑戦するとしよう。
何はともあれ今は死ぬ間際なのだ。意識途絶えるまで精いっぱいの感謝をするべきだ。
ありがとう、友よ。
ありがとう、家族よ。
ありがとう、私。
………。ありがとう、地球。
…………。ありがとう、先生方。
………………。あり……。いや、まだか?
私の身体は未だに貫かれない。
あまりにも遅すぎてもう感謝するものがなくなってしまったではないか…。
走馬灯の仕業か? いや、そんなものは一切浮かんでこず、ただただ私は真っ暗な瞼の裏側を見つめているだけだ。
私はふと閉じていた目を開けてみた。案の定、もう目の前まで弓矢やサッカーボールなどが迫ってきている。
だが、これらは超スローモーションなのだ。
なるほど、動体視力が高いとこうなるのか。普段なら私生活と格闘ゲームをするときで使い分けれているが。
私も死ぬと言う経験は初めてで怖いのだろう。だから、無意識のうちに極限まで動体視力を高めていたのだ。
とは言っても後5Fほどで私の額に矢が到達するであろう。
いよいよ、お別れの時が来てしまった。
残り、4F………。
3F……。
2F…。
シュッ……
………ん? 何が起こった? 迫ってきていた矢が消えた?
私の動体視力で視認することができない何かが起こったのか?
そして、消えた矢の後ろから更に飛んでくる矢やボールも消えていく。
二度目でようやく理解した。視えなかったのではない。
視えてはいたが、脳が理解できなかったと言ったほうが正しいのかもしれない。
無数の矢とボールを撃ち落とし、私の命を救ったのは………
的場「ちょっと目離した隙に何死にかけとんじゃ」
彼が蹴ったサッカーボールだった。
ただのサッカーボールではない。
文月氏が水瀬氏に頼まれて造った代物。
どんなに蹴っても持ち主のところに戻ってくるサッカーボール。
的場氏は、様々な飛び道具を撃ち落として戻ってくるサッカーボールを足元に収める。
そして……、
的場「ここから俺の本気モードじゃ。
必殺___ピンボールショット!」
彼は上体を前に倒しながら、右足を地面に対し垂直に振りあげてボールを蹴り飛ばした。
ピンボールショット。
的場氏に思い切り蹴られたボールは相手の私に向かってきていた1人の生徒の頭に命中。
そして、ピンボールのように跳ね返ってまた別の生徒たちに命中していく。
その間に私は、彼のボールによって崩れた最終陣形から距離をとり、的場氏の元へ滑って戻った。
偶然ではない。跳ね返っていくボールは次々と別の生徒を襲っていった。そして、威力が落ちたボールは再び彼の足元へ。
全て狙ってやったのであれば、凄まじい精度だ。これなら特質は何なのかと聞かれ、サッカーだと胸を張って答えるのも無理はない。
「くそっ! 痛ぇな……」
武装していた運動部たちは頭を押さえながら私たちを睨みつける。
的場氏が当てたのは、あくまでただのサッカーボール。頭に命中したところで大したダメージはない。
気絶させない限り、彼らは攻撃をやめないだろう。
文月『どうして先に的場の特質用だと言わなかった? ただのサッカーボールじゃ大した威力にならないだろ』
水瀬『ごめん…。サッカーボールがあれば無双できるとしか聞いてなくて…。僕自身、あまりよくわかってなかったんだ』
小型カメラ越しに彼らのやり取りが聞こえてくる。
文月『お前の面接の採用基準はいったいどうなっている? 特質の説明と証明をさせた上で採用がどうか決めると言っていたが。まさか、ただのリフティングを見せられて採用したんじゃないだろうな?』
何やら揉めているようだ。
文月氏も不安なのだろうが、問題ない。まだ、足の裏に唾液は残っている。
的場氏の援護と、私の尾蛇剣舞で決着をつけるとしよう。
相手は撤退要求に応じなかった。少し痛い思いをするだろうが致し方ない。
「的場氏、そのボールで援護を頼む。先程と同じ私の剣技で全てを終わらせる」
私が隣でボールを足の裏で止めている的場氏にそう言うと、彼は首を傾げた。
的場「さっきお前の一撃で全員、気絶した。でも、俺の誰にも止められねぇシュートはそうじゃなかった。どこに当てればそうなるんじゃ?」
なるほど。彼の本当の特質がわかった気がする。
私の予想が正しければ、別にサッカーボールを使用しなくとも良いと思うのだが…。
「狙えるのか? 私が当てたのはこめかみである。そこを強く打てば人は気を失うのだ」
的場「こめかみ?」
私は自身のこめかみの部分を指さす。
「額の側面だ」
私がそう告げると、彼はすかさずボールを右足で打ち抜いた。
打たれたボールは隊列の間を生きているかのように通り抜け、亜和の校長の隣にいた石成の校長のこめかみに直撃。
瞬く間もなく彼の身体は膝から崩れ落ちた。そして、ボールは的場氏の足元へ。
七葉校長「ひいぃ! ありえない…。何なんですか、今の軌道は!」
身を縮こめ、気絶した石成の校長から思わず距離を取る七葉の校長。
この距離だと割と鮮明に彼らの声が聞こえてくる。
石成の校長を見事に気絶させた的場氏は、私にドヤ顔をしてきた。
的場「先に大将墜とせば連携なんて無茶苦茶になる。後2人、俺が墜とせばこの戦い、俺らの勝ちじゃ!」
確かに…。指揮官を何とかすればもう戦わなくて良いかもしれない。
最終陣形をとったとき、亜和の校長以外は撤退をしようと考えていた。
彼が異様なだけで生徒たちにそこまでの復讐心がないのなら、話し合いに応じてくれるだろう。
人のこめかみを木刀で打ったときの感触がまだこの手に残っている。
もうこれ以上、人を殴りたくはない。
的場「必殺! エイムショット!」
さっきも必殺と言っていた気がするのだが…。普通、必殺技とは1つではないのか?
まぁ、今は細かいことは気にしないでおこう。
彼は先程、石成校長のこめかみを打ち抜いたときと同じように右足を振り上げた。
亜和校長『蹴球部隊、前へ』
その言葉を聞いた的場氏の足は、ボールを蹴るすんでの所でぴたりと止まる。
蹴球部隊…。サッカー部たちか。
遠距離から棘のついたサッカーボールを放つ部隊のはずだが、なぜ前に?
サッカー部と思われる20人前後の人たちが亜和の校長の指示を聞いてこちらにやって来た。
的場「お、おう、お前ら…。久しぶりじゃの。鬼ごっこ以来、練習試合してなかったし」
接近してきたサッカー部たちに的場氏は戸惑いながらも手を上げて話しかける。
他校とは言え、同じ部活動だ。練習試合とか合同練習で知り合ったのだろう。
3校合わせてサッカー部員は20人前後しかいないのか? 随分と少なく感じるが。
サッカー部「久しぶり。まさか、こんな形で会うとはな…」
1番前にいた1人のサッカー部員が的場氏の挨拶に応じる。
的場氏と面識があるのを見越して前へ出したのだろうか。彼らを壁にすれば的場氏が攻撃できないと踏んで…。
挨拶に応じた彼は、真剣な顔をして的場氏の目を見据えた。
サッカー部「なぁ、的場。先生に聞こえるとまずいから小声で言うぜ。俺たちサッカー部は戦争なんてしたくない」
彼の発言を聞いて、的場氏は安堵の表情を浮かべてほっと息を吐く。
的場「あぁ、そりゃ良かったわ。俺もお前らにボールぶつけとうないし」
一見、好意的に見えるが逆に怪しい…。戦争に否定的な割には私に対して躊躇いなくボールを放ったではないか。
友達でなければ殺しても良いという考えであるか?
それに、この静けさは何だ? あれから亜和の校長から一切の指示がない。
サッカー部「今から俺たちは踵を返して校長に攻撃を仕掛ける。お前も協力してくれないか?」
“踵を返す”。私はこの言葉が引っかかった。
高校生が普通、こんな堅苦しい言葉を使うだろうか?
どうも何かが怪しい。この話には乗らないほうが良いと思われる。
文月『的場、断れ。これは罠だ。校長を討つことくらいお前1人でもできるだろう。邪魔してくるようならそいつらも蹴散らせ』
言い方は悪いが、私も文月氏と同意見だ。
的場氏は首を軽く横に振った。
的場「ふっ…。俺にとってコイツらは、小っちゃいときから試合してお互いを磨いてきた親友であり良いライバルなんじゃ。お前にとっての皇みたいなもんじゃ」
彼の言いたいこともわかる。それほど親しい間柄であれば無条件に信頼できると。
だが、今はこんな状況だ。それに堅苦しい言い回しをした時点で猛烈に怪しいのだ。
文月『………ん? なら、尚更、痛めつけてやれ』
皇氏と文月氏の間に恐らく信頼関係はないのだろう。
的場氏の例えがいまいち理解できなかった彼は冷たくそう言い放った。
的場「………へ? まぁ、いいや。すまんの、俺の友達疑い深いけん」
的場氏はサッカー部の目を見て頭を掻きながらはにかむ。
サッカー部「仕方ないよ。状況が悪すぎる…。じゃ、踵を返して反旗を翻す前に握手しようか」
そして、彼はいっさい表情を変えることなく手を差し伸べてきた。
何だ、その堅苦しくて若干おかしい日本語は! 怪しい! 怪しすぎるぞ!
的場「おう、そうじゃな。結託の握手じゃ」
「よすのだ! 的場氏!」
何の疑いもなく的場氏は彼に歩み寄り、差し伸べられた手に握手をしてしまった。
私や文月氏の嫌な予感は見事に的中。
的場氏の手を握ったサッカー部は、ニヤリと笑い高揚した声でこう言う。
サッカー部「はい、捕まえたあぁ♪ 蹴球陣形・足狩」
嫌な気配を感じてふと辺りを見渡すと、更に外側から大きく円になって私たちを囲い込んでいる数十人のサッカー部たちが目に入った。
いつの間に……気づかなかった。
周りを取り囲んだサッカー部たちは、手を掴まれた的場氏と私を目がけて全方向からスライディングを繰り出てきた。
水瀬『的場、怜、逃げろおおおおおぉぉぉぉ!!』
そのセリフ、先程も聞いた。そして、スライディングを仕掛けてくる人数は10を超えているどころの話ではない。
うむ、これは………
万事休す…。デジャヴである。
無数の足が私たちの足首に襲いかかる。鋭く研がれたスパイクのポイントが目に入った。
これが私たちの足首に突き刺さるのか…。考えるだけで背筋が凍りつく。
的場「ノオオオォォォォ!! レッドカードだろおぉぉ!」
「ぐっ!」
私たちは足首を狩られてその場に倒れ込んだ。ちなみに研がれたポイントは大したことなかった。
少しチクチクするくらいだ。髭を剃ったときのジョリジョリ感くらいのチクチクである。
的場「なんでじゃ!? 俺たち仲間じゃなかったのか!」
仲間じゃないのか。そう問われたサッカー部たちは涙ぐんでいた。
的場氏と話していた彼は悲しそうな表情を浮かべながら私たちを見下ろす。
サッカー部「あぁ、お前は友達だよ。だから、せめて俺の手で…。お前を向こうで独りにはしない。俺たちも一緒だ!
逝こう___蹴球陣形・自殺点」
そう言って彼らは全員、少し大きめの栓のついたフラスコを取り出した。
文月『おい! 立て! 死ぬ気で走れ! そのフラスコは……』
何らかの手段で解析したのか、あるいは直感か。
フラスコの中身が何なのか、私もある程度予想ができた。
高校生が理科室で造れる爆弾の代わりになるもの。
それは……、
水素である。火をつけると水素自体が燃え爆発を引き起こすのだ。
これに物を燃やす働きを持つ酸素が加わると更に威力は増すだろう。
文月氏は走れと言うがもう手遅れだ。全てのフラスコの栓が外された。
今、この辺りには濃厚な水素が漂っていると思われる。私1人なら諦めていたかもしれない。
だが、何とか的場氏だけでも助けたい。
私は若干足首に痛みを感じながらも立ち上がり、スライディングを仕掛けてきたサッカー部員たちを跨いで彼の元へ駆け寄った。
「的場氏! 立つのだ!」
彼は友人に裏切られたせいか、自ら動こうとする気配はない。
ボンッ…!
何とか彼の身体を持ち上げ、引き摺ってでも逃げようとしたとき、一斉に火がつけられた。
…………。またこの1Fの世界だ。爆炎がゆっくりと私たちの元へ迫ってくる。
逃げ道が徐々に炎で閉ざされていくのを私はただただ見つめるしかなかった。
…………。
もう終わりだと、諦めかけたそのとき、目の前に突然、朧月氏が現れた。
いきなりの出現。水瀬氏の言っていた恐霊とはこういうことか。
彼は無表情のまま、私と的場氏を炎がまだ広がっていない方向に突き飛ばす。
その後、彼も同じ場所から出ようとしたが、同時に爆炎が彼の身体を包みこんだように見えた。
彼がどうなったのか一瞬わからなかったが…。
仰向けに倒れている私を覗き込んできたのを確認して無事だと理解する。
私は二度も命を救われたのだ。不甲斐ない、もっと鍛錬しなければならない。
朧月氏のお陰で私と的場氏は無傷だった。
しかし、彼は左足を酷く火傷している。やはり、ギリギリ爆発の炎に巻き込まれたのだろう。
「すまない…朧月氏」
私は起き上がり、地面に頭を着けて土下座する。
謝ることしかできない。今の私が彼にできることは何もないのだ。
朧月「…………良い。でも………僕は………もう……動けない」
無表情の彼は、自分の足を指さしながらそう言った。
七葉校長「ここまでして奴らはほとんど無傷! もう無理です! 撤退しましょう! さっきの爆発で怪我人はいるけど幸い死者はいない。これでもやると言うなら私は貴方を殺すことになるかもしれない」
亜和校長「………わかりました。撤退します」
憤慨する七葉の校長の熱意に押し負け、やむを得ず撤退を決定する亜和の校長。
そんな彼は歯を食いしばり、両手に拳を作って力強く握り締めている。
戦いは………終わったのだ。
彼ら3校の生徒たちは協力しあい、動ける者は負傷者をカプセルに運んでいく。
私の両側にはショックで項垂れている的場氏と、左足を負傷し動けそうにない朧月氏。そして、疲労し立ち上がる気力が沸かない私。
私たち3人はその場に座り込んでその様子をぼやっと眺めていた。
全員がカプセルに入って各々の学校に帰ろうとしたとき、文月氏は小型カメラを経由してではなく、メガホンを使って彼らにこう言う。
文月『その転送装置はくれてやる。その代わり、二度と僕たちを攻撃しないと約束しろ。次、来たら大量の鬼を総動員させ、お前らを1人残らず虐殺する』
荒い息遣いが声と一緒に聞こえてくる。文月氏が怒りを露わにするのは珍しい。
虐殺するというのが本音かはわからないが、今の彼ならやりかねない。
まぁ、こんなことをされて怒らないほうが不思議だろう。
文月氏の警告を聞いた亜和の校長は、屋上にいる彼を少し睨んだ後、何も言わずに転送装置に乗って去っていった。
こうして、第2次学生大戦は幕を閉じたと思われたのだが…。
「喰らいなさい___紫死骸閃」




