特質 vs 多数 - 剣崎 怜②
___尾蛇剣舞。
並外れた練習によって培われたオタ芸の境地。この剣技はオタ芸から派生しているのだ。
剣道部隊「痛えっ! 何だこの……変な動きは! 間合いがわからねぇ!」
私に近づいてきた剣道部たちの攻撃を確実に躱して木刀で反撃していく。
数年に渡り剣技を磨いてきた君たちでさえ、私の間合いには届かない。
見よ! この洗練された美しくそして強い動きを!
的場「間合いって…。オタ芸しながらテキトーに振り回しとるだけじゃろ…。おっと、38本…。砂煙!」
私の剣舞に惑わされている剣道部たちに的場氏は白けた顔をする。
そして、不意に放たれた弓矢を砂煙で相殺。
剣技を知らない的場氏にはそう見えるのかも知れない。
だが、剣道部がただ木刀を振り回しているだけの素人に手こずる訳がないのだ。
では何故、彼らの攻撃は私に届かないのか。
私は視ている。彼らの動きを1 Fずつ、しっかりと…。
格闘ゲームで言うところの1Fは60分の1秒。
秒数で言うとおよそ0.15秒だ。その瞬間が私の目にはしっかりと視えている。
まぁ、わかりやすく言うとするならば………私からすると、彼らの動きは超ゆっくりに見えるのだ。
しかし、残念なことに私の身体は常人離れした俊敏性を持っているわけではない。
途轍もなく速い攻撃が来た場合、視えてはいるが身体が反応せず直撃するなんてこともあるだろう。
もっとも、今まで生きてきて喧嘩なんてしたことないから憶測でしかないが…。
私の日々のゲームやオタ芸で常人より少しだけ鍛えられている身体能力だと、同時に相手できるのは10人までだと思われる。
闘球部隊リーダー「どけぇ! こんな訳わからん奴、俺たちのフィジカルで挽肉にしてやる! 一斉にかかれぇ!」
うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!
雄叫びを上げながら突進してくる鉄球肩パットを装着したラグビー部たち。
何と悍ましい光景だ。体格に恵まれた者が数十人、武装してこちらに向かってくる。
そんな彼らを見ても変わらず白けた顔で苦笑する的場氏。
的場「鉄球肩パット軍団のゴリゴリパワープレイじゃハハッ。鉄球肩パットって…ダサすぎじゃろ」
彼らラグビー部たちが加勢したことによって私の同時に相手できる人数を遙かに超えてしまった。
だが、それは動体視力だけで勝負する場合の話である。
私が先程、リスクを承知の上で唾液を足の裏に塗ったのはこのためだ。
的場「この人数同時はキツいじゃろ。あいつらの目に砂かけて動けんようにしたる」
「その必要はない。的場氏は弓矢に集中するのだ」
加速___唾液滑走。
私は足の裏に着いた唾液で滑走し、一瞬にして彼らに詰め寄る。何も受け身になる必要はない。
相手の反応できない速さでこちらから仕掛ければ良いだけだ。
闘球部隊リーダー「くっ! またこれか! 捕まえて捻り潰してやる!」
彼らの前で腰を落として木刀を左腰に添える私に対し、ラクビー部のリーダーらしき人物は上から覆い被さろうとしていた。
君たちが私たちに向ける殺意は充分に伝わった。少しやり返すだけでは君たちは止まらない。
悪いが少し気を失ってもらうことにしよう。
「尾蛇剣舞・急所打擲」
人間の急所の1つのこめかみ。そこを強打されると平衡感覚は失われ意識不明となるのだ。
私は唾液滑走と尾蛇剣舞を駆使して彼らのこめかみを1人も外すことなく叩いていく。
金的を狙おうかと思ったが、さすがに可哀想なので止めておいた。
ラグビー部と剣道部は皆、私を中心に気を失ってグラウンドに倒れ込んでいる。
亜和校長「バカな…。ありえない。あの時代から変わっていない…。貴方たちは人間じゃない。人の皮を被った化け物だ」
ラクビー部たちがこちらに向かってくる前にある程度、間合いを詰めたため亜和の校長との距離もそれなりに縮まっていた。
そのお陰でメガホンを介さない彼の肉声が聞こえてくる。
あの時代…。学生大戦が最初に起こった頃のことか。
“貴方たち”とは、私たち特質を持つ者ではなく吉波校生のことを言っているようにも聞こえる。
この学校には私を含め、妙な力や体質を持つ者が多い。何かこの学校と関係性でもあるのだろうか?
文月『よくやった。見た目はダサいが…。残りはだいたい半分ほど。油断しなければこの戦い、勝てる。残りの奴らも同じように潰せ』
そこら中に浮遊しているであろう文月氏の小型カメラから彼の声が聞こえてくる。
いいや、たとえ命を奪っていないとは言え、気絶するほどの痛みを与えているのだ。
なるべく痛い目にあわせたくはない。
的場「す、すげぇ…。てか、すぐそこに倉庫あるけん、ちょっと取ってくる。すぐ戻る!」
倉庫に向かって走りながら迎え撃っていたが、気づかないうちに前まで来ていたようだ。
的場氏は私と彼らに背を向け、倉庫の方へ走っていった。
「了解」
聞こえたかはわからないが、私は小声でそう返す。
彼が戻ってくる前に終わらせよう。ここから誰も傷つけずに終わらせる方法があるとするならば…。
私は唾液滑走で半壊した隊列を掻い潜り、亜和校長の元へ。そして、すかさず彼の首に木刀を突きつけた。
亜和校長「速いですね。それも君たちに宿っている力の1つなのでしょうか。私を脅すつもりですか?」
彼は両手を上げてはいるものの、怯える様子はなく余裕の表情を浮かべている。
「脅迫するつもりは毛頭ない。今すぐ撤退してくれ。無駄に人を傷つけたくはないのだ」
そう言うと彼は腹を抱え高らかに笑った。
亜和校長「私たちの復讐心を見くびらないでいただきたい。相討ちになろうと、完膚なきまでに叩きのめされようと、私たちは降参しない」
この校長には恐らく、自分たちの生徒が殺されることすら顧みないほどの復讐心が宿っている。
私たちの古き先輩たちは一体どのようなことをしたのだろうか?
彼は両手を大きく左右に広げて、笑いながら私の目を見据えた。
亜和校長「自らここまで来てくださったことに感謝いたします。さぁ、生徒の皆さん、最終陣形です! 私たち先生に当たっても構いません! 彼の首を討ちとるのです」
七葉校長「え?」
亜和の校長の発言に狼狽える七葉の校長。
石成校長「生徒の半数が満身創痍です。ここは一旦退きましょう!」
亜和校長「貴方たちの覚悟はその程度ですか? 残念ながら生徒たちはもう構えています。背水の陣、退くことはありえません!」
彼は石成の校長の意見を即答で却下した。
同じ目的を持った校長同士で意見が分かれたようである。
亜和の校長は狂っている。自身の命よりも大戦のほうが大事なのか。
文月『剣崎、早くそこから離れろ!』
文月氏の声を聞き、私は校長たちから目を離して周りを見渡した。
油断していた。唾液滑走と尾蛇剣舞の併用で数十人を倒したことが原因だろう。
あれで自分は大丈夫だと言う慢心を抱いてしまったのだ。
最終陣形とは何なのか。それを理解するのにそう時間はかからなかった。
___陸上陣形・ハンマー投げ
___弓道陣形・行射
___蹴球陣形・決勝弾
___羽球陣形・毒棘羽
これら全ての攻撃が私に降りかかった。
亜和の校長が言っていた最終陣形とはこのことであるか。
降りかかる様々な飛び道具に加え、武装した他の運動部全員がこちらに走ってくる。
もう私に逃げ場はない。
対象を囲い込み、全ての遠距離攻撃を放った後でラグビー部や剣道部、空手部などの近距離攻撃をお見舞いする。
ラグビー部と剣道部は気を失っていてこの陣形に参加はしていないが、それでもこの数は圧倒的。
恐らく本来は複数の生徒を囲い込み使用する陣形であろう。
村川殿の愛車を破壊したハンマー投げ。
弓道部が幾度となく放っていた弓矢。
棘のついたサッカーボール。
名前から察するに毒針のついたバトミントンの羽。
その数、合計100は超えるだろう。
対人同様、一度に処理できるのは10程度。
うむ、これは………
万事休す…。キャパオーバーだ。
水瀬『怜、逃げろおおおおおぉぉぉぉ!!』
私を本気で案じているであろう水瀬氏が絶叫ともとれる声を上げた。
水瀬氏、さらばだ。私はここでこの世からログアウトいたす。
1Fが視える世界で、ゆっくりと迫る無数の球や矢を確認して私はそっと目を閉じた。




