襲来 - 文月 慶⑧
恐霊か。悪くない名前だ。
姿を消せる特質か? 見ただけでは断定できないが…。
今までで一番、能力らしい能力だな。政府の監視を掻い潜って“BrainCreate”を取り返したのは恐らく彼だろう。
朧月は亜和の校長の首を掴んだ後、グラウンドの至る所に姿を消しては現れてを繰り返していた。
どういう理屈かわからないが、彼が現れるたび近くにいる生徒が倒れていく。
その奇妙な攻撃と朧月特有の恐怖感に奴らは翻弄され、あれだけ整っていた規律正しい隊列は一瞬で崩れた。
あいつ1人でも戦えている。希望の光が見えた。
特質持ち全員があれくらいやってくれればこの戦い………勝てる。
亜和校長『みなさん! 落ち着いてください! 相手はただ1人、冷静になれば殺せるはずです』
メガホンを隊列の崩れた生徒たちに向けて呼びかける亜和の校長。
至近距離で朧月の恐怖に晒された割には元気だな。
水瀬「朧月くんが先手を打った! 行こう、彼に続くんだ」
水瀬はグラウンドを指さしながら、身体を特質持ちがいるこちらに向けた。
「待て。このメンバーで本当に大丈夫か?」
グラウンドに降りて戦うのは本来、有能なはずの特質持ちだが…。
唾液を使わない剣崎。
便秘で放屁が出ない日下部。
金属バット“轟”の威力が強すぎて加減ができない新庄。
特質を持っているかすらよくわからない新参の的場。
どれも頼りにならない。新庄は実質、戦力外だ。
彼が轟を振えば3校全ての生徒を殺してしまうだろう。
水瀬「大丈夫。面接した僕を信じてくれ。的場と怜、そして朧月くんならこの戦いを終わらせてくれる!」
まだテンションを高く保っている水瀬はどんと胸を叩いた。
結局、前線に出るのは3人だけ。
かなり心細いが、水瀬を信じてグラウンドに送り出す以外に選択肢はない。
朧月1人に戦わせるわけにはいかないからな。
僕は渋々だが、水瀬に対して深く頷いた。
「わかった、信じよう。グラウンドに降りる前に……」
僕はポケットに手を入れ、数十個の小型カメラを鷲づかみにする。
「今から小型カメラをグラウンドに展開する。これで僕は俯瞰して全体を見渡せるわけだ。君たちが気づかないことはこのカメラを経由して僕が伝えてやろう」
そして、僕は屋上のフェンスからグラウンドに向かって投げるようにカメラをばら撒いた。
後はカメラが自動的に均等に配置され、あらかじめ持ってきておいたモニターで戦況を見守るといった感じだ。
水瀬「ありがとう。そして特質持ちのみんな、お願いします…。どうか、彼らに勝って無事に戻ってきてください!」
水瀬は僕に頭を下げた後、1度頭を上げて彼らにも頭を下げた。
すると、すかさず剣崎が水瀬の前に片膝を突く。
剣崎「頭を上げてくれ。これは鬼から守ってくれた恩返しにすぎない」
こいつら、主従関係にあるのか? そんなやり取りはいいから早く行け。朧月がいつまでも持つとは限らない。
的場「そりゃ内申点もらっとるからのぅ。その分、働いたるわ!」
両手を頭の後ろに回して手を組んでいる的場は歯を見せて余裕の笑みを浮かべる。
こんな状況、普通なら死ぬかもしれないという恐怖で逃げだしたくなるだろう。
だが、剣崎は水瀬に謎の忠誠を誓い、的場は内申点に魂を捧げている。
2人にそんな心配はいらないようだ。
的場「そんで水瀬、あのサッカーボールはどこじゃ?」
やる気満々の的場は額に手を当てて物を探す仕草をする。
サッカーボール? 僕が大砲の片手間に造ったどこに蹴っても足元に帰ってくるサッカーボール、通称“AnywhereBall”のことか。
なんで、あのおもちゃの居場所を聞く?
まさか、こいつ、この期に及んでサッカーしようと言うのか?
水瀬「それが……あそこにあるんだ……」
水瀬が気まずそうに指さしたのは、敵が周りに密集している体育館倉庫。
僕らが大砲を造った場所でもある。
水瀬「ごめん…。作戦が成功して気が緩んでいたんだ。だから、自分で取りに行かないといけない」
剣崎「待つのだ、2人とも。今はサッカーの練習をしている場合ではないだろう。朧月氏が戦っている。彼を援護しなければ……」
同感だ。僕が言いたいことをそのまま剣崎が言ってくれた。
的場「あぁ、まぁボールなくてもいいんじゃが…。よし、こうするわ。敵倒しながらボール取りに行く」
彼は腕を組み、残念そうな顔をする。
「何故そこまでボールにこだわる?」
水瀬「これも特質だよ。的場は何か飛ばせるものが欲しいんだ」
そういうことか。彼の特質が何なのかは知らないが。
それはそうと……。
僕はグラウンドを一瞬、横目で確認した。
朧月の姿を現してから消えるまでの時間が徐々に長くなっている。
姿を消せる回数に限度があるのかもしれない。
「わかった。早く向かってくれ。思い違いかもしれないが、朧月が疲弊しているように見える」
剣崎は木刀を持ち、的場は手ぶらのまま、屋上のドアに向かって走っていった。
皇「朧月、かっけぇ! そして、ここで新たな戦士の登場だ!」
1人でポップコーンを頬張りながら盛りあがっている皇。
事の重大さをわかっていないのか頭がおかしいのか…。
さて、僕はモニターで戦況を見守るとしよう。何かあれば彼らに知らせる。
さっきグラウンドに展開した複数の小型カメラを起動した。
早速、気になるものが画面に映っている。
1台の軽トラが校舎からグラウンドに侵入。
敵か味方かわからない。僕が彼らにそれを知らせようとしたとき、軽トラの運転手が降りてきた。
一応、敵というわけではなかったが…。
その運転手は誰もが恐れる吉波校内最恐の先生、村川。
朧月とはまた別の恐怖。彼の恐怖が不気味さから来るものだとしたら村川先生の場合は威圧感といったところか。
その圧を察したのか朧月と交戦していた生徒たちは手を止めた。
亜和校長『おや、吉波高校の先生のお出ましですね』
メガホン越しにではなく、小型カメラを通してモニターからより鮮明な音声が流れる。
村川『お前ら、何しとんねん。戦争はせん言うたんちゃうんか?』
あぁ、面倒なことになりそうだな…。死なれても困る。
『村川先生、教室に戻ってください』
僕はメガホンを使って村川先生に話しかけた。
それを聞いた水瀬が青ざめた顔をしてこちらを見てくる。
何か僕が悪いことでもしたのか?
水瀬の様子を窺っていると、彼は頭を抱えながら悲痛な声を上げた。
水瀬「何てことをしてくれたんだ! 僕らが君を脱獄させたのがバレるのも時間の問題だ! どうしてくれるんだよ! 僕は新庄みたいに停学になりたくない!」
新庄「あぁ? 俺が何だって?」
自分の名前に反応し、ようやくスマホの画面から目を離す新庄。脳筋不良のクセに典型的なスマホ依存症か。
水瀬に言われるまでうっかりしていた。僕は今、脱獄をしているんだ。そう言えばそうだった。
作戦を決行した日から今日までずっとあの暑苦しい体育館倉庫にいたんだ。脱水症状とかで記憶が飛んでもおかしくはないだろう。
村川「文月ぃ! われ、何しとんねん! 後で職員室来い。こいつら儂が轢き殺すからちょっと待っとけ!」
モニター越しにではなくグラウンドから屋上まで届く大音量の怒声。
ふっ…。この距離ならあの関西弁も全く怖くない。
いつも校章のことで僕を怒鳴りやがって…。理不尽な先生は嫌いだ。
本来は僕の校章を取った皇が怒られるべきなのに。
僕がここにいることを知って頭に血が上っているのか先生らしからぬ発言。
これには向こう側も黙ってはいない。
亜和校長『威勢が良いですね。今、幽霊くんの攻撃も止まっていることですし私たちの力を披露しましょうか』
話を聞かずに村川先生は軽トラに乗り、倒れていない生徒たちで再び組んだ隊列に突進していった。
村川『儂の新しい愛車の力を思い知れぇ!』
おい、マジで殺そうとしているのか?
日下部「先生、多分、本当に殺そうとしているね。怒りの感情で理性がコントロールできなくなっている」
そんなことを言いながら、颯爽とこいつは僕に近づいてくる。もちろん、近づいてきた分だけ僕は距離をとった。
声を出すと僕に近づいてくるこの仕様はいったい何なんだ。こっちは放屁を喰らって軽くトラウマになっているというのに…。
あれほどの悪臭を僕は今までに嗅いだことがない。
それはそうと、村川先生の暴走はどうする? 新庄の“轟”に止めさせるか?
亜和の校長は顎に手を当てて考える素振りをした。
亜和校長『う~ん。どの陣形を使いましょうか? 相手は車。簡単には止められないでしょう。なので1番重い攻撃を。
___陸上陣形・ハンマー投げ』
“陸上陣形・ハンマー投げ”。
陸上部と思われる生徒たちが隊列の先頭に立ち、村川先生の軽トラに一斉にハンマーを投げかけた。
もの凄い精度の高い投げだ。山なりに投げられた全てのハンマーは軽トラに向かっていき命中。
村川『うわあぁぁ! 儂の愛車2世があぁぁ! 一瞬でボコボコにいぃ!』
ドオオオオォォォォォォン!!
次の瞬間、彼を乗せた軽トラはエンジンがやられたのか大爆発を引き起こした。
炎に包まれた軽トラは宙を舞って逆さまに落下。
亜和校長『あまり実感していないようなので少し過激にいきました。数少ない吉波高校の生徒たち、これが“学生大戦”なのです』
あぁ、これは絶対に死んだな。まぁ、止めろと言ったのに突っ込んだ自分が悪い。
面倒なことになったが、良い時間稼ぎにはなっただろう。
剣崎と的場は既にグラウンドに到着していた。




