作戦決行 - 文月 慶⑤
『………は? 何だよこれ』
七葉高校の生徒たちが巨大ブロッコリーを前に圧倒されている。
これで終わりじゃない。そうだろ? 樹神……。
モニター越しに見てもわかるくらい七葉のグラウンドが揺れだした。
『おい、今度は何だ!』
地鳴りをあげながら七葉の土地全域に巨大ブロッコリーが次々に生えてくる。
皇の直感は当たっていたようだ。まさか、こんな奴に特質があるとは夢にも思わない。
『きゃ、きゃわいい/// 小さいのも良いけど大きいのも良い///』
『おい! 写真撮ってる場合じゃないだろ! 早く逃げるぞ!』
巨大ブロッコリーに囲まれても狼狽えず、仲間を助けようとする冷静な判断と対応。
素晴らしいと思うが…。
一体、どこに逃げる気だ?
ズドドドドオオォォォン!!
七葉のグラウンドが大地震かのように大きく揺れ、数多の巨大ブロッコリーが勢いよく生えてきた。
逃げ場などどこにもない。内申点を渇望している彼は決して君たちを逃がさないだろう。
君たち七葉の全生徒及び先生は、校内から1歩たりとも出ることは許されない。
七葉は緑に覆われた。あの大きな揺れの後も、地面の隙間を埋めるように巨大ブロッコリーが生えてきている。
『お、俺の……か、身体……』
まずい、怪我人を出してしまったか? 僕は声の聞こえる方向へカメラを近づけた。
『ブロッコリーに挟まれて動けない…!』
彼の身体に外傷は見当たらない。普通に挟まれて動けないだけのようだ。
ここまでは作戦通り。ここが上手くいけば一安心だな。
残るは後1校。獅子王を転送した石成高校だ。
既に彼はゴリラ化してグラウンドを縦横無尽に駆け回っている。
獅子王の特質……それはゴリラに変身できること。
彼を採用した皇に詳しく聞いたところ、変身するには1つ条件があるらしい。
その条件とは、太陽を直視することだ。彼らの特質には謎が多い。
唾液や放屁を自在に操るのも、髪の毛を斬撃にして飛ばすのも全て不可解で奇っ怪なものだが、これもかなり謎めいている。
なぜ太陽を直視しなければいけないのか。直視すると身体にどんな変化が起こってゴリラになるのか。
考えれば考えるほど意味がわからない。
本人が言うには、特質の発現のきっかけや時期も曖昧で物心ついたときからこんな感じだったらしい。
特質に関しては不明な点だらけだ。だが、1つだけわかることがある。
これは僕の憶測だが、特質持ちは何らかの要因によって吉波高校に引き寄せられていると思われる。
もしくは吉波高校に入学してから特質が発現しているか。
最近、感覚が麻痺している気がするが、そもそも普通の人間はこんな常軌を逸するものを持っていない。
鬼ごっこを起こす前まで僕は彼らのような特質持ちと遭遇したことや聞いたことなど1度もない。
ハワイにいるあいつを除いては…。いや、あれはそもそも特質なのか?
もし、人間の中に特質を持つ者がごろごろいたとしたら既に浮き彫りになっているはずだ。
仮に何か特質を隠さなければならない理由があって隠していたとしても…。
ネットワークが発達した現代で、特質の存在を隠し通すのは不可能に近いだろう。
特質がこの国に点在していると言うよりは、吉波高校と何かしらの相関があると考えるのが妥当だ。
『ほら、こっちにおいで! バナナあげるから!』
『恐くないよ! 一緒に動物園に帰ろっか』
獅子王『ホォーーッ!』
着陸する前に彼は太陽を見てゴリラになった。
ただの迷い込んだ大きめのゴリラだと思っているのか、全員で囲ってゴリラ化した獅子王をあやしている。
彼はゴリラ扱いされるのを非常に嫌がるらしい。
バナナを持ってあやしてくる彼らに腹を立てていて目的を忘れてしまっているように見えるな。
「おい、獅子王。そいつらは放っておけ。感情に左右されて本来の目的を忘れるな」
『ホッ! ホッ! ホォーー!』
興奮状態の獅子王(ゴリラ)は、ドラミングを続ける。
聞こえてないのか? 言葉を話せなくなっても理解はできると聞いていたが…。
はぁ、仕方ない。今回は特別にリップサービスをしてやる。
「この作戦を成功させるには、お前抜きでは不可能だ」
僕は目を閉じ大きく鼻から息を吸って、ゆっくりと口から吐いた。
「霊長類の神であり善を喰らう漆黒の王よ。混沌とした現世界を統べるべく、今ここに降臨せよ___唖毅羅」
あぁ、恥ずかしい。自分の発した言葉で背筋がむずむずするのを感じる。
この代償は高くつくぞ、獅子王。
もし理性を失いそうになったとき、このセリフを言うように頼まれていた。このセリフを聞くことで落ち着きを取り戻せるらしい。
彼ははっとした顔をしてドラミングするのを止め、カメラ目線でグッドポーズをしてきた。
やはり、お前にはわかるんだな。
唖毅羅、彼の特質の名前だ。彼自身がそう呼んでいる。
中学生の頃に発症した厨二病が治らないとこういうことになるんだな。
同じ名前で漢字が違うと言う発想は悪くはないが、あまりにも痛々しい。
彼の特質、ゴリラ化は身体能力が向上するだけではない。
この小型カメラ、蟻程度のサイズしかないため視認するのはほぼ不可能なはずだが、彼は一瞬でカメラを見つけ出した。
鬼ごっこの際に使っていた秘密基地もそうだ。何の手かがりがないのにも関わらず、場所を特定し水瀬たちを誘導。
今回、彼が転送する3人に選ばれた理由はこの能力を持っていたからだ。
“野生の勘”
僕はそう呼んでいる。
普通では感じ取れないものを唖毅羅は察知する。
「理性を取り戻したか。さぁ、作戦を実行しろ」
石成の生徒たちがどこに武器を仕舞っているのか。
お前なら余裕でわかるだろう。
獅子王は運動部たちが使っている部室に向かって走りだした。
『あぁ! そっちはダメだよ! こっちにおいで! 一緒に遊ぼうか!』
焦りだしたな。でも、奴らの足では唖毅羅に追いつけない。
彼は部室のドアを蹴破る……かと思いきや優しくそうっと開けた。
ゴリラは筋骨隆々で厳つい風貌をしている動物だが、性格は非常に温厚らしい。唖毅羅も例外ではないみたいだな。
彼によってドアが開かれ、部室の中の様子がモニターに映し出される。
物騒なことだ。
棘のついたサッカーボール。どうやって蹴るんだ?
棘のついた金属バット。これは普通に武器として使える。
削って先を尖らせた剣道部が使っている木刀。刺されたら一溜まりもないだろう。
後、スパイクの裏も鋭く研がれているようだ。それで蹴ると突き刺さり、蹴られた者の腹は抉れ、腸が辺り一帯に飛び散ることになるだろう。
あぁ、想像しただけでも悍ましい。
…などいろいろな武器がある。
「ここで全部か?」
僕の問いに彼は頷いた。
思ったより少ないな。
そして、彼は追っ手に邪魔されないよう部室のドアを閉めて鍵を掛けた。
さぁ、どうやって壊す?
金属バットと木刀は普通にへし折る。これで使い物にならないだろう。
ゴリラの腕力なら造作もない。
バキッ。
棘のついたボール系は、棘を1本抜いてボールに突き刺して空気を抜く。
ゴリラは意外と器用な動物だからこれも問題ないだろう。
プスッ…。
プシュゥゥ…。
スパイクはどうする? 力技になるが、ひたすら壁に擦りつけて尖りを無くすしかないか。
手間はかかるが、これもゴリラの腕力でゴリ押しすれば良い。
ガリガリガリガリガリガリガリガリ…!
『おい! 開けろ! クソゴリラ! ぶち殺すぞぉ!』
部室の外から怒声と部室のドアを乱暴に蹴る音が聞こえてくる。
本性を現したか、野蛮人ども。さっきの態度との豹変ぶりに少し笑ってしまった。
彼らの訴えも虚しく全ての道具は獅子王が丁寧に破壊し、ひとまず奇襲は成功。
僕は全員の近くにあるカメラのマイクに声を通す。
「よくやった。獅子王と日下部は指定していた着地点に戻ってくれ。樹神はしばらく残ってくれ。話をつけたらすぐに呼び戻す」
大砲型転送装置は一方通行ではない。転送の際、指定した場所に行けば大砲の中に戻せる。逆再生みたいなものだ。
樹神には悪いが、緑花王国は彼が埋まってないと効果が発揮されない。
本人が言うには、彼自身が地面から出てくると生えていた全てのブロッコリーは崩壊するとのこと。
まぁ、あまり鵜呑みにはしてないが…。
相手が奇襲を止めると宣言するまで樹神はあそこに残ることになる。
まぁ、待っている間は光合成でもして空腹を満たしてくれ。
樹神『頼みあるんすけど良いっすか?』
樹神を移したカメラを通して彼の声が聞こえてくる。
地面に頭が突き刺さっていても話せるのか。
良いだろう、聞いてやる。敵地でしばらく埋まってくれるお礼だ。
「頼みとは何だ?」
樹神『俺の代わりにパチンコに通っ……』
「断る。大人しく埋まってろ」
僕は日下部と獅子王が映っている画面に目を移した。
日下部は指定の位置へ。
今まで丁寧で優しかった獅子王も最後は大胆に部室の天井を突き破り、殺意溢れる石成校生を置き去りにして位置に着く。
「水瀬、作戦は成功した。日下部と獅子王を帰還させろ」
彼らが指定の位置に着いたのを再確認してから、僕は水瀬に指示を出す。
それを聞いた彼はボタンを押し、無事に2人を帰還させた。
同時に3限の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
作戦を開始して約30分。まだそれくらいしか経っていないことに僕は少し驚いた。
想像以上に手際が良かったと言うことだ。あのブロッコリーを除いて…。
これで学生大戦が起こることはもうないだろう。
後は奴らが確実に仕掛けてこないのを確認したのち、樹神を回収するだけだ。
ーー こうして水瀬たちの作戦は無事完了した。




