作戦決行 - 文月 慶③
昨日、作戦に必要な物は全て造った。
目が覚めたのは早朝の5時。ここにある跳び箱はどれも寝心地の悪いものだった。寝違えたのか首が痛い。
特に何もすることがなく、僕は跳び箱に腰を掛け、ただただ時間が来るのを待っている。
現在、11時半。そろそろだな。とても長く暑かった。9月とは言え、まだ暑さが残る時期でもある。
作戦は3限の途中に決行予定。あいつらには授業を抜け出してグラウンドに出てきてもらう。
僕はバレるとまずいから、ここでカメラとモニターを使って指示を出すつもりだ。
鬼ごっこのときに使った全方位を映し出す超小型カメラ。
モニター側で拾った音を任意で流せるように改良。そして、彼らの声はカメラが拾う。
これで随時、指示ができるというわけだ。
このカメラを吉波、亜和、七葉、石成の全ての高校に昨日の時点で展開しておいた。
水瀬『慶、聞こえる? 全員集まった。カメラがどこにあるかわからないんだけど見えてる?』
壁際から若干ノイズが入った水瀬の声が聞こえてくる。
集まったか。僕は跳び箱と壁の間に挟まっているモニターを拾い上げた。
寝相が悪くてうっかり落としてしまったんだろうな。
僕はスリープモードで画面が真っ黒になってるモニターの電源ボタンに触れる。
よし、壊れてはいない。電源の入ったモニターに映し出されたのは、グラウンドの中央に集まっている水瀬たち。
皇は来ていないのか。面白がって見に来ると思ったが。
モニターを操作し、カメラを校舎側に設置したカメラに切り換える。
あぁ、見つけた。相変わらずのニヤけ顔で教室の窓から彼らを眺めているな。
僕は奴を確認してからカメラを水瀬たちに切り換えた。
「あぁ、聞こえているし見えている。準備を始めろ」
僕が無線ごしに指示を出すと、水瀬はポケットに入れていたある物を取りだしてグラウンドに並べていく。
そのある物とは昨日造っていた大砲だ。そして、彼はもう片方のポケットに入れていたボタンを押した。
突如、3つの大砲がグラウンドに現れる。カプセル型転送装置と同じく大きさを変えられる代物だ。
今回の作戦…。少ない精鋭で誰も傷つけることなく3つの学校を機能不全にすること。
これ自体は特質を持った彼らなら簡単だろう。1人、皇が採用した怪しいのもいるが…。
問題なのは移動手段と侵入経路。全て近隣の高校とはいえ、ここから車で30分かかるくらい離れている。
僕らの住んでいる場所は都市部ではなく、かなりの田舎。交通の便がそんなに発達しているわけではない。
自力で自転車を漕いで向かう? 先生の車で送ってもらう?
その考えは甘い。相手には殺意がある。
普通に赴いて普通に校門を潜れるわけがない。
移動手段よりも更に問題なのが侵入経路だ。
今回、カプセル型ではなく大砲型の転送装置にした理由。
どちらも速くてお手軽で持ち運び可能なのは同じだがカプセル型だと都合が悪い。
時間割はどの高校もほとんど変わらないだろう。こちら側が授業中なら向こうも当然、授業中のはず。
生徒は皆、校舎の教室内で机に座って授業を受けている。
この時間帯にグラウンドにでも転送すればすぐにバレることはなく、奇襲にはうってつけのタイミング。
本来はそうかもしれない。でも、奴らは数日後に奇襲を仕掛ける気でいる。今、普通の授業なんてやってないんじゃないか?
というのが僕と水瀬の予想だった。
3校に配置していたカメラも起動。モニターには4つの高校のグラウンドが映し出される。
概ね、僕の予想は外れていなかったみたいだ。どの高校もグラウンドに生徒や先生たちが溢れている。
部活で使うはずのボールやマーカーなどを武器に改造している者。
案山子や対人相手に訓練している者など。
この中にカプセル型転送装置を着陸させるとどうなる? カプセルから出た瞬間、彼らは特質を発揮する間もなくフルボッコにされるだろう。
しかし、この大砲型はその問題を解消できる。人を直接、大砲の中に入れて指定した座標に飛ばせるからな。
あの人だかりのど真ん中に放り込んでも生身で着地するわけだ。奴らの手が届く前に特質を発動させられる。
それに送り込む3人の特質は着地する前、あるいは着地した瞬間に発動させられるもの。
この大砲型転送装置とは相性がいい。
水瀬『みんなを大砲の中に入れたけど…。これ本当に安全? 地面に激突して死んだりしない?』
水瀬はカメラの在処を探るかのように辺りを見渡しながら僕に聞く。
大砲の中に入ったのは獅子王、日下部、そして……胡散臭い樹神。
樹神、僕はお前を信じている。一緒にお前の特質と技の名前を考えた仲だからな。
獅子王『え、何? ときどき死ぬの? これ事故率どれくらい? え、大丈夫だよな?』
大砲の中から顔を出し、キョロキョロする獅子王。
小学生のとき初めて飛行機に乗ったときのことを思い出した。
そのときの僕と同じ事を言っているが…。
樹神『ビビってんじゃねぇよ! こう言うのって死ぬ確率のほうが低いんだよ! 引き当てたらむしろ大勝利っすわ!』
いつも通り楽観的で深く考えてなさそうな樹神。こいつも大砲に入っているためデカい頭しか見えない。
こいつら、僕をバカにしているのか? 僕が造った転送装置で事故が起こる確率は0%だ。
ましてや死ぬなんてことはありえない。
日下部『ふふふ、いざという時、自力で飛べない君たちは恐くてたまらないんだろうね。僕は大丈夫、シリウス様と僕で奴らの愚行を未然に防ぐよ。元テロリストに指示されるのは嫌だけどね』
大砲の中でも気品に振る舞おうとする日下部。
僕も変人になってしまった君と協力するのは嫌だからお互い様だ。
ほんとにいつからこうなった? 前はもっと普通に話していただろう。
僕は、無礼にも大砲の安全性を疑う彼らにこう言った。
「初めての体験で不安はあると思うが安心しろ。僕が造ったものに狂いはない。君たちが事故死する確率なんて存在しないんだ。ただ作戦を成功させることだけを考えろ」
水瀬『でも、昨日、墜ら……。そうだな! 今まで慶の造ってきたものはどれも完璧だった! みんな大丈夫だ!』
ーー 水瀬は思った。これ以上、彼らの不安を煽ってはいけないと…。
その通りだ。さすがは僕の永年の同期。僕の技術力をよくわかっている。
「では、そろそろ発射を。先に言っておくが、奴らはグラウンドで武器を造ったり訓練したりしている。奴らもまさか空から人が降ってくるとは思っていない。必ず不意を突かれるはずだ。焦る必要はないが到着したらすぐに仕掛けろ」
獅子王『お、おう』
樹神『うぃ~っす』
日下部『了解』
全員、心の準備はできたようだ。
水瀬はもう一つのボタンに指を添えた。
水瀬『じゃあ、行くよ』
ドンッ ドンッ ドンッ
ボタンは押され、大砲の発射音と共に僕らの精鋭たちは各学校の方向へと飛んでいく。
僕らを潰そうとする憐れな高校生たちよ。君たちに格の違いを思い知らせてやる。
たった1人に1つの学校が翻弄されるさまを僕はこの跳び箱の上で眺めるとしよう。




