協力 - 水瀬 友紀⑥
「な、何をやってるんだ!」
僕らがいた場所へ突っ込んできた慶に向かって、僕は声を荒げた。
こんなに大きな音を立てて…。君を脱獄させたことがバレるのはまずいから隠密にって言ったのに…!
文月「ん? 時間にルーズな僕の割にはちゃんと間に合ってるだろう?」
彼は手の平を上に向けながら首を傾げた。
僕が怒ってるのは、そこじゃない! それにこんな大きなカプセル、どこに隠すつもりなんだ?
「違う! 大胆な着陸と爆音が問題なんだ!」
彼はうるさいなぁと言わんばかりの溜め息をついて首を横に振る。
文月「わかってないな。これはボタンを押すと手の平サイズに小型化できるんだ。さっさと小型化して隠れれば問題ないだろ」
彼は背を向け、灰色の煙が出ているカプセルに近づいた。
多分、これは不時着だ。慶らしくないけど、設計ミスか何かで不具合が起きたんだろう。
どういう理屈で小さくなるのかわからないけど、故障してたりするんじゃないか?
彼は自身が出てきたカプセルの入口辺りにあるボタンを押した。
……………。
しかし、何も起こらない。
慶は焦った様子で同じボタンを連打し続けている。
カチカチという音が微かにだけど僕らの方まで聞こえてきた。
僕の嫌な予感が的中してそうだ。
誰も喋らないしーんとした雰囲気の中、隣にいた皇がニヤつき始める。
皇「お~い! それ、ぶっ壊れてんじゃねぇの? 帰りは徒歩で帰るのかなぁ♪」
ニヤつき始めたかと思いきや、彼は両手で口を囲って大声を上げた。
声デカッ! え、なんで煽ってるの? 実は敵だったパターン?
さっさと隠れないといけない状況なのに、どういう神経してるんだ? スパイとしか思えない行動なんだけど。
文月「黙れ! 僕の校章を盗んだこそ泥め!」
そして、慶もこちらに振り返り、皇の挑発に対して負けじと言い返した。
いや、同じくらいの声量で応戦している場合じゃないだろ!
辻本「何だ! 今の音は! 体育館か?」
やっぱりあの音、校舎まで聞こえていたみたい。
不時着した時の爆音を聞いたと思われる辻本先生が校舎から出てきた。
体育館がちょうど死角になっていてまだ僕らの存在には気づいていない。
「2人とも言い争ってる場合じゃない。先生がこっちに向かってきてる」
危機感があまりなさそうな2人だけど、流石に言い合うのをやめる。
何か対処法を考えないと…。慶がここにいることを知られたらまずい。
皇は即座に振り返り、僕の後ろにいる日下部を指さした。
皇「日下部、昏倒劇臭屁とやらを使え」
日下部「ダメだよ。これは崇高なる堕天使シリウス様の力なんだ。そんな安いものじゃない。それにその言い方は少しかんに障るね。僕は君のポッケモンスターではないんだ」
日下部は彼の指示を断った。堕天使シリウスというものが本当に存在するのかはわからないけど、簡単に出せる技ではないらしい。
言い方に腹が立っただけかもしれないけど…。
そもそも先生にオナラかけるのって精神的にキツいと思う。
辻本先生は走ってきている。後、数秒で僕らと鉢合わせることになるだろう。
あのカプセルを隠し、慶を匿う方法。それか、辻本先生をどうにか足止めする方法。
このどっちかをやらないと、まずいことになる。
文月「新庄……」
腕を組んで考え込んでいた慶が新庄の名前を呼んだ。
新庄「何だよ、テロリスト。てか、ヤバくね、この状況」
慶に悪態をついてから、僕らの顔色をうかがう様子の新庄。
深く考えてないように見える彼だけど、一応ヤバい状況だってことはわかるみたいだ。
少し葛藤しているかのような表情を見せる慶。僅かな沈黙が流れた後、彼はカプセルを指さしてこう言った。
文月「君の持っている金属バット“轟”でこれを跡形もなく破壊しろ。そして、その後、君は囮になるんだ」
新庄「はぁ? 何でだよ! 俺、今、なんでか知らねぇけど金髪なんだよ! ぜってぇ怒られるから嫌だ」
彼は慶の非情な指示に対して反発する。まぁ、カプセル壊すためとは言っても、バットを振り回して囮になれって言われたらそうなるよ。
でも、慶の意図もわかる。カプセルを跡形もなく破壊して隠滅し、墜落したときに発した爆音を新庄の金属バットの暴発だと思わせるつもりだろう。
その間に僕らは体育館倉庫に隠れるわけだ。
文月「金髪だからこそだ。校則に反して髪を染める不良の君ならやりかねないと思われて違和感がない。音の原因が君だと勘違いされたら深追いはされない。現状、カプセルを破壊できるのは君だけ。僕も自分で造ったものを壊すのは嫌だが、そうするしかないんだ」
「僕からもお願いだ」
彼の説得に続いて、僕も新庄に両手を合わせて囮になるよう頼み込む。
新庄「チッ……わかったよ! やってやるよ!」
彼は嫌そうにしながらも、押しに負けたのか渋々了承した。
「ありがとう。先生が帰ったら体育館倉庫で合流しよう」
剣崎「早く! すぐそこまで来ている」
僕らは新庄にカプセルと先生を任せて体育館倉庫へと走った。
新庄「くそったれえええぇぇぇぇ!」
ドオオォォォン!!
背後から彼の叫び声と、雷が落ちたかのような轟音が何度も聞こえてきた。
振り返る余裕はなく確認できないけど、きっと何度もカプセルを叩いているに違いない。
辻本「新庄! お前だったのか! 何をしているんだ! やめなさい!」
そして更に、新庄を止めようとしている辻本先生の声が聞こえてくる。
ちょうどそのとき僕らは体育館倉庫の中に入り、僕は倉庫のドアの隙間から彼らの様子を確認した。
カプセルは無事、跡形もなく破壊されている。これでバレることはない。
僕が倉庫から見たときには、辻本先生が新庄の腕を掴んで校舎へ引っ張って行っている最中だった。
ふぅ…囮になった彼には悪いけど、何とか切り抜けることができた。
日下部「間一髪だったね」
ドアの前でホッと息をつく僕に歩み寄る日下部。
皇「あ、お前いたのか? メガネかけてないから存在感なかったわ」
彼のすぐ後ろから顔を出して目を細めながら煽ろうとする皇。
今度は日下部に噛みつくのか。さっき断られたのを根に持っているのかな?
てか、メガネをしていた時期もあったのか。
日下部「コンタクトに変えたんだ。稚拙な煽りだね、シリウス様も嘲笑してらっしゃる」
何かよくわからないけど、彼には皇の挑発は効かなかったみたいだ。
文月「昨日いた他の奴らはどこだ? この人数でもできないことはないが」
「あぁ、それなんだけど……」
今日、来てないのは陽と樹神とこの前の面接で見つけた2人。
陽は今日、生徒会活動で来れないらしい。これは仕方がない。
樹神はパチンコのイベントに誘惑されて行ってしまった。もう小遣いがないって言ってたのに…。
そして、残りの2人は行方不明…。
1人は気分屋で、連絡したけど既読がつかない。
もう1人は何を考えているのかわからない。もしかしたら今、ここに存在している可能性も…。
まぁ、元々この2人は作戦が失敗して大戦になったときの戦闘員だから良いんだけど。
そうなったときにバックれられるのは困るけど内申点が懸かっているから、それは大丈夫だと思う。
怜は頼んでいないのに来てくれている。唾液は使いたくないけど、できることがあれば協力したいって。
これらのことを僕は慶に伝えた。
文月「まぁ、5人もいれば充分だ。作戦の打ち合わせができているならそれでいい。早速始めるぞ」
慶はポケットからスマホを取りだし、彼の開発したアプリ“BrainCreate”を起動する。
あれは……鬼ごっこという名のテロを起こした慶の動機に関係するもの。皇と最初に出会ったときに聞いた。
彼は政府に押収されたそのアプリの完成版を取り戻すためにテロを起こしたんだ。
村川先生の解雇が狙いではなかったらしい。
慶はスマホに表示されたアプリに向かって話しかけた。
文月「今回、造るのは____
___大砲型転送装置。材料は……」
彼が材料の名前を言い始めると、次から次へと足元に現れる。
こんなものまで発明していたなんて…。一体どんな仕組みなんだ?
“天才”という言葉ですら彼には物足りない。
現れた材料の前に屈んで慶は僕らを見上げる。
文月「さて造るぞ。手伝ってくれ」
これを完成させれば、いよいよ本格的な作戦が始まるんだ。
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作業を始めてから数時間。
現在、夜の9時前後。全ての作業が完了し、作戦に向けての準備が整った。
順調に事が進んで予定より早いけど、作戦は明日決行することにした。
慶は自身を転送するカプセルを壊してしまったため、今日は体育館倉庫で寝泊まりするとのこと。
部屋に身代わりを置いてきたから、帰らなくても抜け出していることはバレないらしい。
何かあったとき連絡したいから、スマホの充電が切れないようにモバイルバッテリーを渡しておいた。
明日、上手くいくかで全てが決まる。決して油断しないようにと皆と円陣を組んだ。
ちなみに新庄はこの日、戻ってくることはなかった。




