歴史 - 水瀬 友紀②
「今日の授業はとても重要です。いつも寝ている人も今回は起きて、しっかりと聞いていただきたい」
歴史の授業を担当しているのは、羽柴 徹先生。
男性にしては少し高めの独特な声をしている。髪型はきっちりめのセンター分けで体型は如何にも中年って感じの人。
義理堅く、とても真面目な性格といった印象の良い先生だ。
重要な話って一体何だろう?
先生は教卓にしっかりと手を置いて、いつもより真剣な顔で話し始めた。
羽柴「本来あまり授業では取り上げなかった話ではあるのですが、この学校の惨たらしい過去の出来事についてお話しします。あれは数十年前……」
いつもと違う雰囲気に呑まれたのか、普段積極的に授業を受けない人たちも真剣に聞いている。
先生が話した惨たらしい過去の出来事とは何なのか。
それは、この学校を含む4つの高校で起きた学生大戦のこと。
吉波、亜和、七葉、石成。
この4校は同じ市内にある。
今から数十年前、この4校の生徒たちの間で戦争が始まった。
学生大戦……。
そう聞くとただの殴り合いや野次の飛ばし合いをイメージするかもしれないけど、そんな生温いものじゃない。
_____本当の殺し合い。
野球部は棘のついた金属バット、剣道部は日本刀など……運動部はそれぞれが普段使う物あるいは扱えるものを武器にして戦った。
運動能力に自信のない理系の生徒たちは、戦場に放つための毒や爆弾を調合し戦争に貢献。
各学校の校舎やグラウンドは血の海と化し、そこら中に生徒の死体が積み上げられたそうだ。
羽柴先生も当時、吉波高校の生徒でこの学生大戦に参加していたらしい。
負傷することなく生還。運を持っていたのか運動神経がすごく良かったのか。
先生がどう生き延びたのかについては詳しく話されなかった。
そして、この残虐な戦いが行われた理由。
それは、大学受験をする生徒の頭数を減らすため。
同じ市内の高校生たちは同じ大学を志望する確率が上がり、その分競争率も跳ね上がる。
僕らの地域はほんとに田舎なんだ。大学の数なんて片手で数えられるくらいしかない。
もちろん人の数も少ないけど、それでも倍率は高くなってしまう。
“だったら数を減らせばいい”
とある人物がそう発言し、この戦争が始まったと羽柴先生は話す。
当時の先生たちは、生徒たちの猟奇的な行動に戦慄し逃げだした。
それはそうだろう。いくら先生でも本気で殺しあってる生徒を止めるなんて無理だと思う。
で、これはどう収拾したのか。
この大戦が終わる条件は、4校の生徒の数が近辺の大学の定員数を下回ること。
下回った時点で終結したんだけど、もちろん殺し合いをした生徒を受け入れる大学なんてなかった。
それに生き残った生徒のほとんどが逮捕されている。
………と言ったとても後味の悪い話だった。
なんで今になって、この話を公にしたのか。それは、今また繰り返されようとしているから…。
『だったら、数を減らせばいい』
そう発言したのは吉波高校の生徒で、事の発端は僕らの高校にあると思われているらしい。
それだけならまだしも、彼は終戦したときこう述べている。
「戦争は終わったが、今後お前たち3校は我ら吉波高校の支配下に置く。逆らえば生き残った者を全員抹殺する」
これに抵抗しようとする生徒はいなかった。
なぜならそう言い放った彼は、当時最強の存在だったから。
3校の生徒を根絶やしにしようと思えばいつでもできるほどの規格外な強さを持っていたらしい。
そして彼は直接、自分の手で殺してはいないため逮捕はされていない。
彼が学校に在籍している間、彼がこの地域にいる間、みんな怯えながら学校に通っていた。
いつ殺されるかわからないから。
この一件で僕らの高校は良く思われていない。
現在では支配・被支配の関係はないけど、あのときのことを恨んでいる人は相当いて今の世代まで語り継がれている。
僕らは初耳だったけど、他の3校では毎年このことを授業で取り上げていて怒りを覚える生徒も少なくないらしい。
僕らの学校を含む4校では、地元の中学から地元の高校へ上がる人が多くいる。親戚や身近な人が学生大戦の犠牲になった人たちもたくさんいるわけだ。
そして今でも復讐したいという想いが募っている。
けど、現代では正当な理由もなく殺し合うことなんて許されるはずがない。
そう、理由がなければ……。だけど、僕たちは大義名分を作ってしまったんだ。
慶がやった鬼ごっこ。
吉波高校以外に被害は及んでいないけど、国からすれば凶悪なテロリストを輩出。
そして、それに対抗できる力を持った生徒がいるこの学校はかなり危険な存在だと思われている。
あの鬼ごっこは全く報道されなかった。
銃火器が効かない大量の鬼。これを国の軍事力で制圧できるかどうかわからない状態で報道するのは、国民の不安を煽るだけになるからだと思う。
国は僕らの学校を社会的に殺すこともできなければ、軍事力で制圧することもできないんだ。
報道しない以上、制圧すると真実を知らない国民からは非難される。
いや、非難だけじゃすまないかも…。
国は僕らに一切介入できない状態にある。でも、このまま放っておくわけにもいかない。
そんな状況で学生大戦が始まってくれたら国としては好都合だ。学生大戦自体を政府が介入して止めることはないだろう。
近隣の3校が吉波高校を潰してくれれば脅威は勝手に消え去るから。
羽柴「………と言ったところです。あんなことは二度と起きてはなりません。私たち先生は貴方たちを守りたい。何があっても貴方たちに殺し合いはさせません。彼らとの平和的な和解を絶対に実現させます」
羽柴先生は真剣だ。目を細めて僕らを見渡している。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
学生大戦の話が終わったと同時に終鈴が鳴り響いた。
もうこんな時間か。今までの授業で1番早く感じた気がする。
先生はいっさい使わなかった歴史の教科書を片手に持った。
羽柴「ちょうどチャイムが鳴りましたね。では、授業を終わります。起立!」
先生の合図でみんな席を立つ。
頭がぼうっとしている。そんなえげつない過去があったなんて…。
どうか繰り返さないでほしい。誰にも死んでほしくないし、僕だって死にたくない。
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授業が終わり、帰りのホームルームも終了。
相変わらずこのクラスは仲が良い。みんなが談笑してる中、僕は急いでカバンに教科書を詰めていく。
村川先生に呼びだされてるんじゃなかったって?
うん、だから急いで詰めているんだ。逃げるために。
冗談じゃないぞ…。あんな恐怖を味わうくらいなら学生大戦で殺されたほうが数倍マシだ!
バレないうちにさっさと帰るんだ。
雑にカバンを肩にかけ、急ぎ足で教室の出口へ向かう。そして、ドアに手を掛けて勢いよく開けた。
バンッ!
村川「お前、どこ行こうとしてんねん」
「ひっ…!」
なんでドアの前にいるんだよ……。
仁王立ちで腕を組んだ小柄な村川先生を見て、僕は死を確信した。




