法螺吹き - 皇 尚人⑪
ーー
「通して! 息子が……息子が中にいるの!」
「いったい何があったんだ!」
「妻は……妻は………どこに? 祭りに行ったきり帰ってこないんだ!」
口々に悲壮な声を上げる民間人。
銃器を持った迷彩服の軍人たちが彼らを制止している。
政府の軍によって、全域閉鎖された吉波踊りの会場。
鳴り止まないサイレン。
至る所で光る赤色灯。
水瀬母「友紀…」
東「お兄ちゃん…」
民間人と軍隊のやり取りを遠目で見ている水瀬の母親と、文月慶の妹──東。
「クソ……、受験あるから行くなって言ったのに……!」
タバコを咥えて辛そうに頭を抱えているのは、獅子王陽の父親。
祭りの会場が興禅立休によって血の海と化していることなど、誰も知る由もない。
だが全国的にも有名で大規模な吉波踊りの急な中止と、軍隊による会場の全域閉鎖は、大事件やテロを彷彿とさせた。
「落ち着いて下さい! 中は危険です!」
「何があったか説明しろよ! うちの子は…!」
軍人の注意に耳を傾ける者はいない。彼らを押し退け、大勢の民間人が閉鎖区域に足を踏み入れようとしたその時だった。
周囲を覆う無数の黒い粒子。
「なんだ、これ?」
「黒い霧…?」
異変に気づく者、目もくれず中に入ろうとする者、半々と言ったところだろうか。
「現霧──」
静かに呟いたある女性の声は、暴徒化しつつある人々の怒号に掻き消された。
そして、その無数の黒い粒子は…。
ドオオォォォン…!
「「うわああぁぁぁぁ!」」
がさつに民間人を後方へ押し退けた……というより吹き飛ばした。
吹き飛んだ彼らと、会場を閉鎖した軍隊の間に距離ができる。
軍隊の前に集約する黒い粒子は、人の形を成していき、ある人物の姿となった。
御影「全員、帰りなさい。ここに居たら餌になるわよ」
量子の神が憑いた政府の人間、吉波高校の教頭でもある──御影丸魅。
彼女は自身の異能で押し退けた民間人に対し、苛立った様子で言い放った。
光の異能を持つ最強格の神憑、興禅立休。
彼に突撃した空軍は瞬く間に全滅した。現在、政府は興禅に対し有効な策を講じられていない。
「御影隊長…! あれは…!」
かなり絶望的な状況の中、1人の軍人が上空を指さした。
3つの異様な流星が、祭りの会場へと落ちていく。
「あれも……興禅の……!」
焦りを見せる軍人に対し、その流星を静かに目で追う御影。
御影「違う、神の気配じゃない。あれは別の勢力…」
ーー
あぁ、クソ…。
今日はマジでツイてねぇぜ。
吉波踊り期間の単発バイトを終えて、帰りにコーラでも買おうとしたらこのザマだ。
自販機に500円を入れた瞬間、目の前が真っ白になった。
会場一帯がクソみてぇな光に包まれたって言うのが正しいのかぁ?
ピカッ! まぶしっ!
そう思った瞬間、全部変わっちまった。
買おうとしたコーラも、自販機も、入れた500円も──うじゃうじゃ居た人混みも……全部消し飛んでいた。
意味わかんねぇよなぁ? 俺はコーラのボタンを押すポーズで固まった。
『あぁ? 自販機どこ行った?』からの『おい、500円返せよ』からの『血の海』は、流石の俺様でもビビるぜ…。
だが、ビビって腰抜かして状況を整理して……なんて悠長なことをしてる暇はなかった。
いつもの“キモい”直感じゃねぇ。
キモさを感じてから動いていたら恐らくやられていた。
自分でも理解できないが…。
俺は奴の方へ振り向き、ありえないぐらい嗤いながらこう言っていたんだ。
「良いのかぁ♪ そんなもん撃っちまってぇ♪」
反射って奴かぁ? “キモい”と感じたのは俺の脳じゃない、脊髄だ。
派手な色の浴衣を着た坊主頭は目を閉じたまま、気圧されたかのように後ずさった。
こいつの名前は、興禅立休。急に人をぶち殺したクレイジー野郎だ。
興禅「やはり“口から出任せ”って奴だろ? 人間が神の力にどうこうできるわけがない」
「おう、そう思うならやってみろよ♪」
このやり取りも何度目だぁ?
俺と奴は一定の距離をとったまま対峙して、同じやり取りを繰り返している。
名前はその下りで聞いた。そして神がどうとか言いまくってる辺り、奴は神憑、もしくは神本体ってところだろう。
あの人殺しの光は、神の異能。
一瞬で大量虐殺できるぶっ飛んだ威力な上に、1発目はキモさを感じなかった。
1発目を貰わなかったのは、毎度おなじみ“運が良かった”って奴かぁ?
キモさを感じる頃には死んでいる。文字通り光の速さと核兵器並の威力を兼ね備えた、人殺し界隈最強の能力ってところだ。
興禅「まぁ、お前1人如きいつでも殺せる。別に後回しでも良い」
めんどくさそうに頭を掻く興禅。
「いやいや、殺せてねぇだろぉ? わざと俺を残したかぁ? いち人間如きを敢えて残した、その心とは何ですかぁ♪」
内心ガクブルなのに、無駄に口だけは廻りやがる。無理してでも余裕げに嗤っていれば、ぽっと出の神には見抜かれる気がしねぇ♪
ピクリと眉を動かす興禅。
何かしらの能力で相殺した?
自分よりも格上の人間?
デマカセじゃない?
なんてなぁ♪
ただの強運だとしても、こいつは勘繰るだろうな。
興禅「まぁ良い。仮に嘘じゃなくて、俺が死んだとしても問題ない。もう充分に殺したからな」
あぁ? こいつ、何言ってやがる。
充分に殺したから死んでも良い……だと?
ヤケクソの集団無理心中……いや違うな。だったら俺の言葉に耳を貸さずにぶっ放してるだろうよ。
となると、“死んでも復活できる手段がある”か、こいつは本体じゃなく“分身的な存在”か…。
真夏の夜、額から滲んだ冷や汗が元から掻いていた汗に紛れ込む。
高鳴る鼓動と緊迫感……じっくり考える余裕はねぇ。
「ハッ♪ 浅いんだよ」
俺は緊張を隠すため、前髪を掻きあげながら汗を拭った。
いつもの勘で行くしかねぇよなぁ。
「俺への攻撃をきっかけに、全部繋がるぜぇ♪」
奴がこの言葉に一瞬動揺したのを、俺は見逃さなかった。
「ネットワークって知ってっかぁ? 視えない物質で全部繋がってんだぁ♪」
興禅「ネットワーク…?」
首を傾げる興禅。
ヒャハッ♪
心の中で響く俺の笑い声。奴への嘲笑と、確信を得た事への悦び。
ネットワークなんて言葉、今どき爺さん婆さんでも知ってるぜぇ♪
やはり、こいつは人間じゃねぇ。
たった今降り立ったレベルの……こっちのことを何も知らねぇ無知神だ。
神憑……、つまり憑いた神の力を使って暴れてる人間なら、まずそこには引っかからねぇ。
無知故に、かなり無茶なデマカセですら通ってしまう。これは、カモれるぜ。
「多少の自覚はあんだろぉ? 末端から大元、分身から本体、人の世は全部繋がってるんだ。来ちまったからには、神もこっちのルールに則ることになる。ルール無視は不可能だ」
興禅「どういう意味だ? 何を言っている?」
俺って奴は、法螺を超えて新しい世界の理を創造しちまってるじゃねぇか♪
普通に見たら、ただの厨二病か夢想家でしかないんだろうが…。
「人間社会の初心者にわかりやすく教えてやるぜ。結論、俺に攻撃した瞬間、お前の本体は死ぬ」
興禅「…………嘘だろ。死にたくなくて、お前は嘘を言っている」
「そう思うなら、やってみろよ♪」
ーー
皇が土壇場で説いた世の理を疑い、カマをかける興禅。
内心、死への恐怖で震え、動揺や緊張も最高潮に達していた皇だったが…。
彼の巧みな話術や余裕をかました秀逸な演技によって、それらの感情は上手く隠されていた。
皇を攻撃したら、自身もやられる。嘘だと断定して攻撃するにはかなりの高リスク。
自身が本体ではないことを見抜かれていると思った興禅に、死のリスクを背負う勇気はなかった。
ーー
興禅「お前、何者だ…?」
こちらを警戒しながら見据える奴を見て、俺は高らかに嗤いそうになる衝動を静かに抑えた。
殺戮最強の神に大法螺が通った瞬間だ。
俺は口角を限界まで上げて、狂った強者の如く笑って見せた。
「俺の名は、皇尚人。人類で最も神に近い男だ。二度は名乗らせるなよ♪」
そして、俺は奴に近づき手を差し伸べる。
興禅「何の真似だ?」
そう言うと思ったぜ。
生まれたての神さんよぉ。
「俺の手を握れ。“仲間”って意味だ♪」
興禅「は…?」
変わらず警戒をしていた奴は、俺の手を取ることなく距離をとる。
ひとまず、攻撃される心配はなくなったがまだ終わりじゃねぇ。
俺の法螺は広く深く、まだまだ続く。
「まぁまぁ、肩の力抜けよ」
今度は余裕の笑いから真剣なフェイスに変えて、話を続けた。
「お前の野望と、俺の……俺たちの目的は一致している」
興禅「何だと…?」
こいつが何を考えているかはわからねぇが、後少しだ。こいつが乗ってきたら、こっちのもんよ。
「お前だけだと思ったかぁ? こんなこと、考えはするがしねぇんだよ。単体で見たら雑魚だがな、人間ってのはしぶといんだよ。だから、1人で人類虐殺なんてのは馬鹿で孤独な奴がやることだ」
眉をひそめる奴に、俺は真剣な顔のまま歩み寄り、もう一度手を差し伸べた。
「共に来い。お前の能力は俺たち……人類に仇なす神の抵抗軍の重要なピースに成り得る。お前が俺たちに手を貸した日が、人類最後の日になるだろうよ♪」
僅かに流れる沈黙。
辺りに充満した鉄くせぇ臭いが、今になって鼻を刺激しやがる。
深く考えたような素振りを見せた興禅は、覚悟を決めた目でこちらを見据えて俺の手を取った。
興禅「信じるぞ、皇尚人。お前の仲間は特別に見逃してやる」
ハハッ♪ 有り難いお言葉だぜ。
いやぁマジで…。
嘘も方便すぎるだろ。
「歓迎するぜ、興禅立休。俺の仲間はこっちだ。着いてこい」
俺は握った奴の手を離し、背中を向けて歩き出した。
無言で後ろから着いてくる興禅は、俺を完全に信用しているみたいだ。
さて、俺の仲間は何処にいるかなぁ?
こればっかりは得意の“運任せ”だぜ。
全員、固まって居たら最高なんだが♪
「あぁ、そうそう♪ 地球歴18年に差しかかる大先輩の俺様が、お前にアドバイスしてやるよ」
興禅「アドバイス…?」
俺は歩きながら振り返り、興禅に話しかけた。
「能力の使い方がなってねぇ。棒立ちで、真顔で技を使う奴なんていねぇよ♪」
興禅「技……俺の力のことか?」
こいつ…、マジで“地球にわか”じゃねぇか。そりゃそうか、マンガもアニメも知らなきゃ技とかいう概念もなく…。
逆にそれが厄介なんだよな。
“技”とかいう概念の無さが、キモさよりも速い“最速かつ読めねぇ攻撃”を実現させてるってわけだ。
「あぁ、こっちでは“言葉”や“動き”ってのが何よりも大事なんだぜぇ。威力、かっこよさ、共に倍増~♪ お前の能力を詳しく聞かせろ。俺が最適な技名と動きを教えてやるよ」
興禅「そうか。俺の力は、光の──」
最早、奴に俺を疑う余地はないらしい。
奴は自身の能力について、詳しく語り始めた。
手の内わかりゃ対策もできんだろぉ?
って、思ったんだが…。聞けば聞くほど、クソみてぇなチート能力じゃねぇか。
こんなアホみたいな奴、パンピーの俺がどうこうできる相手じゃねぇ。
だが、やれることはやっておくぜ♪
ハハッ♪ 一応こんなんでも…。
あいつらのリーダーだからなぁ♪
「お前、説明うめぇじゃねぇか。そこらの人間よりわかりやすいぜ♪」
興禅「そうか? 覚えた言葉を並べているだけだぞ」
俺は愛想良く嗤いながらこいつを煽てた。
ずっと後ろから着いてくる興禅立休。
転がる無数の死体を跨いで、俺は宛てもなく壊れた屋台を回る。
見覚えのある顔もちらほら居やがる。
知り合いってわけでもないが、吉波高校の生徒とか、さっきまで一緒だったバイトのおっさんとかなぁ。
まぁ、俺のことだ。
すぐに逢えるだろう。
光の異能──。
【生命】の最上位神、興禅立休。
お前は俺たちを見逃すと言ったなぁ?
慕ってくれてるところ悪いが──。
俺たち“BREAKERZ”は、お前を跡形もなくぶっ壊す。
むちゃくちゃしやがって、クソ野郎が。
ただで済むと思うなよ?




