連続奇襲 - 水瀬 友紀⓿
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「こちら第3部隊。吉波踊り会館の上空にて、主犯と思われる神憑を発見しました」
戦闘機に乗ったパイロットの1人が、無線機を用いて報告する。
吉波踊り会館──。
県庁近くの駅から徒歩10分ほど。
5階建ての本館では連日、プロの団体による吉波踊りの公演が行われていた。
3階には吉波踊りを筆頭に、地域の歴史や文化を学べる歴史博物館が常設されていて、本県の観光名所としても知られている。
しかし、今や見る影もない瓦礫の山。
会館の上空に浮遊している藍色の浴衣を着た神憑、興禅立休の暴虐によって廃墟と化してしまった。
御影『第3部隊、了解。全軍、会館に向かいなさい。躊躇はしないこと。射程に入り次第、殺すのよ』
パイロットの報告を受けた御影丸魅は、派遣した全軍にそう告げる。
浮遊したまま微動だにしない興禅。数分と経たずに、全ての戦闘機が到着し彼を取り囲んだ。
興禅『ん?』
自身を囲んだ部隊に気づいた興禅は、目を瞑ったまま悍ましく嗤った。
興禅『あぁ、“ブキ”ってやつかぁ♪』
ーー
文月「行きたい奴は全員行け。やりたいように戦え。ただし、即死は絶対に許さない」
慶は思案の末、僕らにそう告げた。
長く考える時間はなかったと思う。
負傷した雛さんと彼女の友達を、興禅の目の前でこちらに転送したから。
奴が僕らに気づくのも時間の問題。“戦う”以外の選択肢はない。
ここでやるか向こうでやるかの2択だと日下部は言った。
そして、“不意打ちが決まれば勝機はある”とFUMIZUKIが…。
精巧な作戦を立てる時間も、それを実行する猶予もない。
だけど、奴は絶対に止めなくちゃいけない存在なんだ。
現実に転送される直前、僕は慶に要望を伝えた。そして、皆には奴を仕留めるための手立てを…。
僕の要望は、みんなを任意の場所に転送すること。
興禅を円状に取り囲み、奴から認識されない位置にみんなを出現させることだった。
それに関しては上手く行ったみたいだ。奴に認識されたら即死ってことも考えられる中、僕らは生きている。
奴は定位置から動かず棒立ち。向こうから転送されてきた僕らには気づいていないと思いたい。
目を瞑った奴がどうやって人を認識して攻撃しているのかは正直わからないんだ。
現実に戻るってだけで命懸け…。認識されない位置や距離、それは勘で決めるしかなかった。
雛さんが興禅に接近し、奴が彼女を認識した距離感。それよりも少し離れた場所。
僕らは今、倒壊した屋台や桟敷席、瓦礫や木の裏に身を潜めている。
道のど真ん中に立つ興禅に奇襲を掛ける機会を待って…。
あぁ…、パニックになりそうだ。
失敗したら全滅だし…、それにどこに目をやっても死体が転がっている。
血生臭い死肉の臭いが動悸を誘う。
だけど僕がパニクったら本末転倒だ。
みんな、僕の合図を待ってるんだから。
“奴に認識されていない”と判断したら僕が合図を送ることになっている。
その合図を皮切りに、段階的に奇襲を掛けるんだ。
各自、完全な意識外からの致命的な一撃を喰らわせる。それだけに全部を出し切る。
これしか勝ち筋が見当たらない。
こちらにやって来て膠着した状況が続いている。問題ない、奴は僕らを認識していない。
僕は震える右手の拳を真上に上げた。
奇襲開始の合図だ。
みんな、身を潜めている。だからお互いにとって死角になっている箇所も多い。
この合図は全員が見れる訳じゃない。
むしろ1人にしか送っていない。
興禅から見て木の裏に隠れている僕の合図を見れるのは、この木から更に離れた場所、倒壊した建物の屋根の上で伏せている彼1人だけ。
射撃の天才、的場凌。
彼はいつでも撃てるようスナイパーライフルを構えて伏せていた。照準は常に興禅の頭を捉えているはず。
その精度に寸分の狂いはない。
的場「確殺__プローンショット」
ドンッ!
僕の合図を見た的場は、スナイパーライフルのトリガーを即座に引いた。
射程ギリギリの500メートル離れた場所からの狙撃。沈黙した夜空に響き渡る乾いた銃の音。
心臓が更に高鳴る。
僕は恐る恐る木の裏から顔を出した。
的場の射撃は絶対だと僕は信じている。的を外すなんて有り得ない。
頭をスナイパーライフルで確実に撃ち抜いたのだとしたら…。
なんで興禅は平然と立っているんだ…。
まさか…。
夜空に響く銃の音。
同時に見えた一瞬の光…。
銃口から出た火花じゃない?
自身に迫る弾丸を光で撃ち落としたのか?
能力の発動に特定の動作を必要としないのはわかっていた。それでも早すぎる。
意識の外側から音速を超えて向かってくる弾丸を即座に認識し、光の速さで相殺した……っていうのか?
からくりでも何でもなく、ただただそうなのだとしたら早すぎる。
最初の奇襲は失敗に終わった。
その事実が今になってやって来る。
そして…。
的場は奴に認識された。
的場が殺られる…!
僕の思考回路はあまりにもノロマだった。
誰よりも速く動いたのは、唾液の特質と独自の剣技を持った怜。
足裏に自身の唾液を塗りつけ時速100キロを超える滑走で迫り、常人の目には到底追えない剣捌きで粉々に切り刻む。
それが、的場が仕留めきれなかった時に備えた第2の奇襲だった。
剣崎「視え……な………い……」
凄まじい速さで屋台から飛びだした怜は、僕が瞬きをする間に全身穴だらけになっていた。
彼が血塗れになって倒れた次の瞬間、興禅の前に朧月くんが突如現れる。
奴の首元にナイフを突き立ててかっ切った。
ドクドクと溢れる血が金糸雀の浴衣を赤く染める。
朧月「…………! 浅い………!」
腹部に大きな穴が空く朧月くんと、フラついて首を押さえる興禅。
的場「うおおおぉぉぉぉぉ!!」
ドドドドドド……!
涙を流し怒声を上げながらマシンガンを連射し、奴に突っ込んでいく的場。
放たれる無数の弾丸、小刻みに光る情景。
カチ…………カチ…………。
トリガーを引く音が虚しく空を切る。
ダメだ、全部相殺された。
的場「うぅ…! 死ねボケェ! 二度と社会に出てくるなぁ!」
カチカチカチカチカチ……!
弾切れにマシンガンのトリガーを何度も引く的場。
興禅「それも……ブキ………ってやつ?」
首を押さえた興禅は、もう片方の手で指を差し的場に問いかける。
それは、奴が見せた唯一の“隙”だったのかもしれない。
日下部「着火」
上空で待機していた日下部が静かに呟く。
ドオオオォォォォン!!
突如起こった大爆発によって、仰け反った興禅の浴衣の袖に火が着いた。
しかし…、認識された日下部の身体には無数の穴が空き、吐血しながら燃え盛る炎の中へと落ちていく。
興禅「あ゛ぁ、痛い。ムカつくなぁ」
火が移った浴衣の袖を破り捨てる興禅。左の肩から腕にかけてただれた皮膚が露出した。
重度の火傷に出血の止まらない首の傷。
適切な措置をしないと死ぬレベルの傷だけど生きている…。
獅子王「唖毅羅アァ!! って、夜だから太陽出てないじゃん!」
グシャ…
ゴリラに変身してとどめを刺そうとした陽だったけど、そもそも太陽がないと変身できないんだった。
完全な判断ミスだ。
彼は置いてくるべきだった。
陽の生首が閃光と共に宙を舞う。
的場「ノオオオオォォォォン!」
最後まで生き残っていた的場もついにとどめを刺された。
極端に細い無数の閃光が彼の身体を通過する。
こいつ……、まさか………。
興禅「バララララララ……」
マシンガンを真似たのか?
わざと同じ方法で…?
興禅「なぁ」
目を瞑ったままこちらに身体を向ける興禅。
木の裏に居る僕を奴はもう認識している。
何が“僕の合図”だ。
みんながやられる中、僕はただ木の裏で隠れて見ていただけだった。
興禅「けしかけたのはお前か? 気持ち悪いことしやがって」
奴はイラついた様子で僕にそう聞いてくる。
僕の合図、僕の指示で皆殺しにしたようなもんだ。それを物陰で隠れて見ていただけなんて、情けないにも程があるだろ。
一瞬だった。
文字通り光の速度で瞬殺されたんだ。
もう……何も考えられない…!
ただただこいつに一矢を報いたい。
「うぅ……うおおぉぉぉκРЙ¤ΘΠψнιЭℵ!!!」
近くの川の水が集約して形を成した水の龍。
吹き荒れる暴風と共に現れた風の龍。
僕の両隣に巨大な龍が降臨する。
興禅に向かって大きく口を開ける海神龍と、自身の胸の前で両手を構えて圧縮された風の球体を作り出すウインド・ドラゴン。
海龍滅衝弾に、ドラゴンキャノン。
彼らは自身が有する大技を奴に向けて撃ち出した。
天地が轟くこちらの大技を前にしても、興禅は1歩も動かない。
そして、音も予兆もなく辺りが眩く光る。
龍の胴体にぽっかりと空いた穴。
相殺された風と水の大技は爆散し、大地を揺るがした。
腹部に奔る激痛に暗転する視界。
気づけば自分の身体にも龍と同じく大穴が空いていた。理解する前に致命傷を負わされている。
それが奴の使う………“光”の異能。
悲痛な声を上げながら消滅する2頭の龍。
手足の感覚がなくなって、僕の背中は地面に吸い込まれていく。
的場の確実な狙撃。
怜の高速の滑走と目にも留まらぬ斬撃。
朧月くんによる時間をとばしての暗殺。
日下部の無味無臭な放屁を利用した粉塵爆発。
陽の唖毅羅。
僕が企てた全ての奇襲は全く以て通用しなかった。
興禅「水に風…。はっ…、神の真似事か」
遠のく意識の中、耳に残った奴の呟き。
興禅は息も絶え絶えになった僕を余裕げに鼻で嗤っていた。




