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BREAKERZ - 奇っ怪な能力で神を討つ  作者: Maw
自警部•夏祭り編
263/270

雲泥万里 - 水瀬 友紀㊿

ーー


姫崎ひめさき「すぅーっ…………はぁーー…………」


 例を見ない最強格の神憑かみつき興禅こうぜん立休りっきゅうを前に深く呼吸する姫崎ひめさきひな


 彼女は“”という概念を軸に戦う鬼炎拳きえんけんの使い手だ。


 先の呼吸は、自身の“”を極限にまで研ぎ澄ませるためのもの。


 深手を負った友人を守るべく、彼女は興禅こうぜんに向かって駆け出した。


ーー



凛と立つ興禅こうぜんに対し、荒々しい覇気を纏って奴に迫るひなさん。


彼女の殺意や怒りが、この空間に浮かび上がった映像越しにも伝わってくる。


剥き出しの殺意に、直線的な動作。


武術を知らない僕でもわかる。彼女はただ真っ直ぐ走って奴を殴ろうとしているんだ。


ダメだ、ひなさん。わかりやすい動作、それは1番やっちゃいけない。


奴は指1本動かすことなく能力を発動させる。奴が辺りを光らせたら最後…。


読まれやすい動き、直線的なコース。


荒々しく迫るひなさんに対し、微動だにしない興禅こうぜん


ひなさんの身体を貫く一筋の光が、映像を白く包み込んだ。


音も動きもなくただただ眩い静かな攻撃──。


何処か品のあるその攻撃は、吉波踊りを破壊し人々を血祭りに上げたもの。


心は絶望の色で染まる。


僕はひなさんの死を悟った。


だけど、なんでだろう。心の何処かでは彼女は生きていると思っている。


“思いたい”のではなくそう感じている。


根拠はない。だけどひなさんは強い。


そして、辺りが光に包まれる瞬間…。



バキッ!



映像が僅かに()()()()んだ。


映像越しに響く鈍い音と同時に晴れる光景。


ひなさんの拳は興禅こうぜんの頬にめり込んでいた。


後方に大きく吹き飛んだ興禅こうぜんの身体は、死体の上に転がる。


興禅こうぜん『ズレた…?』


奴はぼそっと呟きながらうつ伏せに倒れた身体を両手で支えて起こそうとするけど…。


間髪入れずに間合いを詰めたひなさんがそれを許さない。


起き上がろうとする興禅こうぜんの坊主頭を鷲掴みにした彼女は、死体の隙間に見えるコンクリートの地面に奴の頭を叩きつけた。


ドガ──!


一度とは言わず二度、三度……奴に対する怒りのままに。


しかし…。


姫崎ひめさき『…………!』


何かを察したひなさんは飛び退いて距離をとるも…。


グシャ…


ほとんど同じタイミングで光る一筋の閃光が彼女の肩を抉った。


姫崎ひめさき『あ゛ぁっ……!』


抉れた肩を押さえてうなひなさん。


そして、彼女が地面に足を着いたと同時に更なる幾本の閃光がはしる。


今度は彼女の左の脇腹、右のふくはぎ、そして頬が抉られた。


正円の型でくり抜かれたかのように…。


興禅こうぜん立休りっきゅう、あの閃光は全部奴の攻撃だ。


だけど、奴は顔面が血塗れで倒れたまま動いていない。


けいの言っていたことを改めて理解した。


奴は能力の発動に特定の動作を必要としない。



姫崎ひめさき『う゛ぅっ……!』



激痛に堪えるために歯を食いしばるひなさん。


彼女から滴る血が薄黒い死体を鮮やかな赤に染める。


興禅こうぜん『おかしい…。何かがチガウ…』


奴も今のでかなりのダメージを負っているはず。震える両手で身体を起こそうとしているけど上手く立ち上がれないでいる。


姫崎ひめさき『う゛あ゛あ゛ぁぁぁ……!』


そんな奴に対し、ひなさんは雄叫びを上げながら駆け出した。


興禅こうぜん『うぅ…、上手く動かせない』


起き上がることはできず、顔を上げる興禅こうぜん。目は瞑ったままだけど、傷だらけになった顔はひなさんの方に向いている。


雛さんを認識しているのは間違いない。


「ダメだ…! ひなさん!」


気づけば映像に向かって叫んでいた。


奴はどんな体勢、どんな状態からでも能力を使える。閃光による攻撃、その速さも光と同等と考えて良いだろう。


とどめを刺すチャンスだと思っているのならそれは違う。恐らく相手を認識できていれば、たとえ満身創痍でも光を繰り出せる。


映像越しに発した声がひなさんに届く訳もなく、彼女は顔を上げた興禅こうぜんの目の前で、足を真上に振り上げながら跳び上がった。


浮いた彼女に対し放たれる幾本の閃光。


どんなに身体能力が高くても空中ではあれを避けられない。


だけど、また揺らいだ。

今度はさっきよりも大きく…。


『人間には、彼女が跳んだように見えますか?』


人工知能のFUMIZUKIフミヅキが無機質な声で疑問を口にする。


質問の意図がわからない。見えるも何も彼女は跳んで光に射貫かれた。


それが実際の映像だ。


僕と同じくわからなかったのか、誰も彼の問いに答えない。それどころじゃないってのもある。


興禅こうぜん『ん…? 死んだ?』


誰も話さない中、FUMIZUKIフミヅキは続けてこう言った。


『彼女は()()跳びました』


その無機質な声と共に、揺らいでいた映像が鮮明になる。


足を真上に振り上げて、興禅こうぜんを睨み下ろすひなさん。


傷は増えていない。今の攻撃をかわしたのか? どうやって?



姫崎ひめさき気功崩壊きこうほうかい地獄じごくとし』


ドゴオォォ──!



映像が鮮明になった瞬間、ひなさんはかかとを勢い良く興禅こうぜんの脳天に振り下ろした。


コンクリートの地面には奴の頭を中心に亀裂が入り、心なしか映像が揺れたように感じた。


興禅こうぜんに起き上がる気配はない。


地面が割れるほどの大技が完全に入った。生身の人間なら死んでもおかしくないし、少なくとも失神はしているはず。


そういうレベルの威力だ。


倒したのか…? あんな奴を……たった1人で……?


ほっとした自分が情けない。


考えたり助けに行く猶予もなく…、ただ安全なこの場所で僕は一部始終を見届けることしかできなかった。


獅子王ししおう「た、倒した…?」


日下部くさかべ「…………みたいだね」


驚きと安堵、その両方が2人の表情からわかる。


新庄しんじょう「これで……終わったのか? あの子はいったい…」


それは他のみんなも同じだ。


だけど、安心するのはまだ早い。


けい、2人とも満身創痍だ。早く治療しないと」


文月ふづき「そうだな。ひとまず2人をこちらに…」


スマホを操作し始めるけい


もう脅威は去ったんだ。


『ひ、ひな……ごめんね。私のせいで……』


姫崎ひめさき『うちは……大丈夫………。自分の心配だけ………すれば良いと思う』


倒れた興禅こうぜんに背中に向けて、負傷したひなさんは謝る友達にそう言った。


ふくらはぎから血を流す足を引き摺りながらひなさんは、彼女の元へ向かう。


2人とも限界だ。憔悴しきった顔が物語っている。


文月ふづき「“RealWorldリアルワールド”始動。2人をこちらに…」


けいの言葉を遮るかのように、映像が光に包まれた。


そして、嫌というほど鮮明な映像が浮かび上がってくる。


『い、嫌…』


身体中、穴だらけになったひなさん。全身から血が噴水のように流れ出す。


姫崎ひめさき『“”が……ゴポッ』


口から大量の血が漏れ出す彼女は、絶望し涙を流す友達の前で倒れた。


“脅威は去った”だって?

認識が甘かった。


生身だろうが何だろうが、奴は強さカンストの神憑かみつきだ。


興禅こうぜん『ん? 普通に当たったぞ。この女、よくわかんねぇなぁ』


平然と起き上がる興禅こうぜん


あれだけ殴ったのに、顔の傷が治ってる…。


文月ふづき「クソッ……クソッ……!!」


スマホを持つ慶の手は震えている。


その手がぼやけて見えるのは、涙が止まらないから。


けい…、頼む……あいつを……殺させ………」


文月ふづき「“RealWorldリアルワールド”始動…! 2人をこちらに…、転送する…!」


彼の涙ぐんだような声が、この空間に反響した。


スマホを強くタップするけい


映像に映るひなさんと友達はすっと消えて、真っ暗なこの空間に現れた。


錆びた鉄のような匂いが鼻をつんと刺激する。


文月ふづき姫崎ひめさきっ…!」


ひなさんに駆け寄るけいの目には涙が浮かんでいた。


そしてうつ伏せに倒れた彼女の身体を上に向け、注射器の針を首元に通し赤い液体を投与する。


文月ふづき水瀬みなせ、彼女にも万能薬を…! 針は何処に刺しても良い」


僕は彼に言われるままに注射器を受け取って、ひなさんの友達の元へ。


「うっ…」


身体に複数の穴が空いていて息が浅い。


何も考えず……いや、何も考えないように……僕は彼女の肩に注射針を突き立てて赤い液体を投与した。


徐々に塞がっていく空いた穴、落ち着いた呼吸音。


彼女の身体が快復に向かっているのがわかる。けいの薬がなければ、こちらに転送するのが遅れていたら、命を落としていたことも…。


「うぅ……ここは……」


意識を取り戻した彼女は横になったまま辺りを見渡した。


「ごめんなさい…」


そんな彼女に、僕は謝っていた。


助けに行けなかった不甲斐なさ、痛々しい彼女の容態から目を背けそうになったことへの罪悪感が相まって…。


文月ふづきくんの………友達? 痛くない……治ってる……。助けてくれたの? 超能力?」


まだ全快ってわけじゃないのか、ひなさんの友達は弱々しい声でそう言ってニコリと微笑んだ。


違う…、違うよ。


僕は誰も助けてなんかない。


僕が…、僕が気を抜いてたばかりに皆を死なせてしまったんだ。


助けに行くのを躊躇している間に、生きていたあの人も殺された。


助けたんじゃない。僕の優柔不断がみんなを殺したんだ。


「僕は何もしてないよ…。何もできずに大勢が死んだんだ…」


微笑む彼女の前で、僕は熱くなった目頭を手で覆った。


「でも、私とひなは生きてる。ありがとう」


温かい言葉が胸に突き刺さる。


こんな優しい人までも危うく死なせてしまうところだったのか。


「…………」


戦わなくちゃ…。


たとえ手足が吹き飛んでも、地べたを這いずり奴を仕留める。


もうこれ以上は殺させない。


「ありがとう」


僕は彼女に礼を言って、けいと雛さんが居る方へ振り向いた。




姫崎ひめさき「すう゛ぅぅぅ!! すう゛ぅぅぅ!!」


文月ふづき姫崎ひめさき、どうした!? まさか副反応か?!」




え、いったい何を…?


仰向けに倒れたまま、目を見開きタコみたいな口でけいの胸ぐらを掴んでいるひなさん。


ドスの利いた低い声で独特な叫び声を上げながら、頑張って上体を起こそうとしてるように見える。


一言で言えば、異様な光景。


傷は塞がってるみたいだけど、ひなさんの挙動がおかしい。


これは万能薬の副反応なのか…?



ーー


 希釈している万能薬を投与された姫崎ひめさきひなが起こした異常行動は、副反応によるものではない。


 快復し意識が戻った彼女は、傷が塞がったことを知らずに死を悟っていた。


 直に死を迎えるといった状況下で自身を覗き込む者が居るかと思えば、それは思いを寄せる文月ふづきけいではないか。


姫崎ひめさき文月ふづきが満身創痍のうちを見て泣いとる?)


 潤う彼の目を見て、彼女は思った。


 やはり自分は死ぬのだと。


姫崎ひめさき(あかん、死ぬ前に告白や…! 後どうせ死ぬんやからチューもしとけ!)


 姫崎ひめさきひなは最期の力を振り絞り(そのつもり)、文月ふづきの胸ぐらを掴んで自身の元へ引き寄せようと試みた。


 告白と口吻くちづけ


 刹那の時間で同時にそれらを遂行しようとした彼女は──。



姫崎ひめさき「すう゛ぅぅぅ!! すう゛ぅぅぅ!!」



 こうなった。


文月ふづき姫崎ひめさき、どうした!? まさか副反応か?!」


姫崎ひめさき(“す”は言うた! 後は“き”だけ…!)


 ただただ副反応を懸念している文月ふづきに、姫崎ひめさきの好意が伝わるのはかなり先の話になるだろう。


ーー



姫崎ひめさき「すう゛ぅぅぅ!! すう゛ぅぅぅ!!」


ひなさんの独特な叫びが止まらない。


まずい、こんな時に副反応が…。


僕が見たのはもっと強烈なやつだったけど…。ひなさんはただ発作を起こしているって感じだ。


そして…。



「ひ、ひな…! 生きてるよ! 私たち助けてもらったの!」


姫崎ひめさき「すっ…!」



彼女の呼びかけで、何か止まった…。


姫崎ひめさき「生きとる? ホンマや、傷治っとる」


仰向けに寝たまま自身の身体を触り、驚嘆の声を上げるひなさん。


文月ふづき「大丈夫か? 具合が悪いなら言ってくれ」


姫崎ひめさき「いや…、さっきのはナシで…。治療したのなら先に言ってほしい」


身を案じているけいに対し、彼女はばつが悪そうにそう言う。


パニックにでもなったのかな?


無理もない。


転がる死体の中で奴とやり合ったんだ。


けい、戦うよ。もう四の五の言ってはいられない。奴を止めないと…」


僕はけいに外へ出すよう再び提案した。


文月ふづき「見てわかっただろ。負けるぞ、もっと悲惨に…。気づけば穴が空いている」


日下部くさかべ「だからと言ってもることもできなくなった。残されたのは究極の2択だよ。空間ここでやるか現実()でやるかのね」


日下部くさかべの言葉に、けいは黙り込んだ。


新庄しんじょう「出せよ、テロリスト。奴はぶっ飛ばさなきゃならねぇ」


姫崎ひめさき「うちも、もう1回…。次も仕留めるから」


このまま隠れていられないのはけいもわかっている。


琉蓮りゅうれんを見つけてこっちに来てもらう前に、奴がここに気づく可能性も充分にある。


問題は、奴を相手にどう戦うか。


けいが俯いて黙り込んでいるのは、きっと勝つための作戦を考えているから。


獅子王ししおう「行くしかない……か」


朧月おぼろづき「うん…………」


的場まとば「じ、銃があれば、あんな雑魚余裕じゃ」


戦う意志を口にする“BREAKERZブレイカーズ”。


心の底にある恐怖を殺して覚悟を決めるんだ。


それでも沈黙を貫くけい


新庄しんじょう「おい、何とか言ったら…」


『不意打ちならば』


無機質な音声が、痺れを切らした新庄しんじょうの言葉を遮る。


姫崎ひめさき「むっ、何やつ?」


「え、なになに?」


突然聞こえた聞き覚えのない声に戸惑う彼女ら。


人工知能の“FUMIZUKIフミヅキ”。


彼はこう続けた。


『不意打ちならば勝機はあると。文月ふづきはそう言いました』


文月ふづき「不可能だとも言ったぞ。奴には死角がない。話は最後までインプットしろ」


FUMIZUKIフミヅキの発言に、呆れた顔で溜め息を吐くけい


『話も先の戦闘も漏れなくインプットしているつもりです。完全な不意打ちが決まれば殺せるかと』


文月ふづき「だから、その不意打ちが…」


けいはそこまで言って、顔をぱっと上げた。


文月ふづき「あぁ、決まればな」


なんだ? 何か良い作戦を思いついたのか?


彼は戦う覚悟を決めた僕らにこう言った。



文月ふづき「行きたい奴は全員行け。やりたいように戦え。ただし、即死は絶対に許さない」




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