決戦 - 文月 慶⑥
「こいつを抑えろ。多少、荒くても構わない」
5体の鬼の内、3体に指示を出した。残りの2体には彼ら4人を見張らせる。
もし、振りほどかれて連携を取られると面倒だからな。
日下部が何をしてくるのかわからないが、この鬼たちを圧倒できる可能性は低いだろう。
今のところ、新型の鬼に傷をつけた奴はいない。
僕の指示で、鬼たちが奴を捕まえようと迫っていくが、どうやら臨戦態勢とやらを崩す気はないようだ。
日下部「君のおもちゃと戦う気はないよ。慶、僕は君の一点狙いだ。喰らえ___
___昏倒劇臭屁」
彼が僕にお尻を向けていた理由。それは、一撃で仕留めるため。
「………! おい、戻れ!」
彼が技の名前を言い終わると同時に、僕は危険を感じて咄嗟に鬼を盾にした。
僕と日下部の間に鬼が割って入るか入らないかのタイミングで彼の肛門から爆音とともに屁が発射される。
ただのオナラではもちろんない。普通の放屁より何十倍も臭い。
鬼が盾になったお陰で僕に直撃することはなかったが、まともに嗅いでいたら気を失っていただろう。
それでも少し嗅いでしまった。奴の放屁は僕の喉を通り肺に溜まる。
呼吸をするたび吐き気を催し、視界が若干ぼやけてふらついた。少しでこの威力…。
日下部「咄嗟にその鬼とやらを盾にしたんだね。素晴らしい、でも君が墜ちるのも時間の問題だよ」
確かにこの状態だと、いつ気を失ってもおかしくはない。だが、1つ良いことがある。
水瀬「ぐはっ……」
僕の近くで捕まえられていた厄介者4人がさっきの屁をまともに喰らい、全員失神した。
新庄「じぃちゃん、俺もそっちに……」
剣崎「無念……」
立髪「俺もあのとき……ゴリラについていけば……」
バタッ…。
これで全ての鬼を日下部1人に集中させられる。
日下部「直撃しなかったとは言え、少しでも吸えば意識は朦朧とし正常な判断力を失う。それに1度散布すればしばらく空気中に留まるんだ。僕に先手を譲った時点で君の負けだよ」
「それはどうかな?」
僕が気を失う前に君は鬼5体に呆気なく捕まることだろう。
嗅覚を経由した攻撃は機械には効かない。
完全なミスマッチだな。早いとこ、こいつを抑えて人質を連れ戻す。
「君のお陰でここにいる全ての鬼を君に集中させられる。僕が気絶する前に君は捕まるんだ。さぁ行け、こいつを取り押さえろ」
見張りの必要がなくなった2体を加え、5体全てに指示を出す。
鬼は機械で図体もそこそこ大きいから鈍いイメージがあるかもしれない。
だが、今までスピードを出す必要がなかっただけで、最大で初速30km/hくらいは出るように設計している。
言っておくがゴキブリを参考にしたわけじゃない。ゴキブリの初速も相当速いらしいがただの偶然だ。
今は急いでいる上に他に持っている技を出されると面倒だ。
鬼たちは瞬く間に日下部を円状に囲い込んだ。あまりの速さに奴は全く反応できず立ち尽くしている。
しかし、取り乱すことはなく奴の余裕のある表情は変わらない。
日下部「もの凄い速さだね。君は本当に素晴らしいものを造る。だけどスピードとパワーだけじゃ僕は捕まらないよ___宙屁」
どういう原理かわからないが、日下部は腕を組んだ状態で上空へと浮遊した。
バカな…! たかだかおならで人が浮くはずがない。
絶え間なくおならを出し続けているのだろうか。シューっとガスが抜けるような音と共にホバリングしている。
違う種類の屁なのか臭いはない。
『あぁ、我が崇高なる堕天使シリウス様! いつものように私に飛ぶ力をお貸しください!』
捕まるときに彼が言っていたこと。
気が狂ったのかと思っていたが、まさか本当に飛べるとは誰が考えるだろう。
彼は僕を見下ろして不敵な笑みをこぼした。
日下部「驚いたかい? これが人智を超える力だ。あのときシリウス様が僕に力をお貸しにならなかったのは君の居場所を特定し倒すためだったんだね。君の鬼は空中にいる僕に手を出せない。そろそろ終わりにしよう」
生憎、僕の鬼に飛行する機能はない…。自力で飛んで逃げる人間なんていないと思っていたからな。
クソッ…飛ばれていては何もできない。
日下部「異なる種類の屁を同時に出すのは、身体に負担がかかるけどやむを得ない。君は凶悪なテロリストだからね。これが堕天使シリウス様と人間の差だ、絶望するといい___併合型・宙撒布劇臭屁」
奴は両腕を真横に広げ、やたら長い技名を発しながら僕の真上を円状に滑空する。
それが何を意味するのか理解するのに時間はかからなかった。
「おえ……」
あまりの激臭に僕は思わず手で口を塞ぎ、背中を丸める。涙や鼻水が止まらず、悪寒のようなものさえ感じて身体が震えた。
奴は先ほど嗅いだ死ぬほど臭い屁を、上空から辺り一帯にばら撒いたんだ。
手出しできない空中からの全体攻撃。
く、くさい……。
対抗する術がなく、僕はその場に倒れこんだ。
完敗だ。しかも、最後の敗因はオナラ。しょうもなさすぎるだろ…。
ダメだ、臭すぎてもう意識が持たない。鼻の奥から喉を通り、身体の隅々まで浸透するかのような感覚に襲われる。
朦朧とする中、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
ゴリラが居場所を伝えたんだろう。
クソッ…。クソッ! 取り戻せなかった…。
ここで僕は意識が途絶え、次に目覚めたときは警察署の留置場だった。




