チーム対抗リレー - 水瀬 友紀㊼
「風の理…、ウインド・ウイング」
顔をしかめるグリムのぐっさん。
宙に浮いた僕は彼から受け取ったバトンを片手に、トラックの白線に沿って飛行した。
前を走る生徒たちを一気に抜き去って、気づけば1周して元いた場所に…。
「は、速い…」
「と、飛んだ?」
困惑している様子の生徒たち。
僕の心境も彼らと大して変わらない。
僕はただ一心に、速く1周しようと思って飛んだ。
ウインド・ウイング…、風の翼。
こんなに速く飛べるのか。
とりあえず、前に居た人は抜いて1周してきた。
だけど、スタート地点に青組は居ない。
あまりに速すぎてバトンを受け取る準備が出来てなかったんだ。
「早く…! 次の人!」
僕は座って待っている青組の人たちに呼びかけた。
「お、おう…」
列の1番前で座っていた3年生が、覇気のない声で返事をして立ち上がる。
「取り返そう。この勝負、まだ終わってないよ」
ゆっくりと向かってくる彼に、僕はバトンを差し出してそう言った。
「いや、無理だろ…。お前がちょっと速く走ったくらいで…。もう俺たちは何十周も遅れてるんだよ!」
無気力な態度から打って変わり、彼は辛そうな表情で声を荒げる。
何周遅れかわからないこの状況で、いきなり「走れ」って言われたらそうなるよな。
それも、今まで足を引っ張ってきた“BREAKERZ”の1人に言われてるんだ。
怒られても仕方ない。
だけど、僕だって適当に言ってるわけじゃない。
「僕が風を操って君たちの背中を押す。皆が追い風に乗って走ればまだ追いつける!」
変わらず辛そうな顔をしている彼に、僕は話を続けた。
「ごめん、最初から協力しなかったのは謝るよ。迷いがあったんだ。能力を使うのはズルなんじゃないかって、危ないんじゃないかって。でも、本気で……全力で取り組まないのは間違ってた。今さらだって思うかもしれないけど、協力させてくれ!」
話が長くなった。
また遅れを取ってしまう。
「よくわかんねぇけど、そこまで言うなら…!」
僕からバトンを引っ手繰り走り出した彼。
「言ったからには勝たせろよ、“BREAKERZ”!!」
全力で走る彼を目で追って、僕はこう念じる。
“風よ、彼に……青組のランナー全員に追い風を…!”。
吹き抜ける風の音。
乗ってくれるみたいだ。
「うっ…! 風が…!」
突風に近い勢いで背中を押された彼は倒れそうになりながらも踏ん張って、足を進める。
人が吹き飛ばされず、かつ確実に追い上げられるスピードを出せる程度の強風。
普通に走れる程度の追い風だと到底周回遅れは取り戻せない。
「ちなみに…」
低い声がして僕は振り返る。
真剣な表情をした怜が腕を組んで立っていた。
剣崎「現在、6周遅れである。水瀬氏が取り返した分を除けば7周遅れ。突風に押されて半ば強制的に疾走している彼は何十周という数を発していたが、そこまで絶望的な差は開いていない。几帳面な水瀬氏なら数えていたであろうが、一応報告しておく」
怜、ありがとう。
そして、ごめん。
全然数えてなかった。
グリムのぐっさんがウォーキングを始めた時点で勝ち目ないと思ってたから。
現在6周遅れ。
あと30人ほどでリレーは終了する。
“絶望的な差ではない”か。
怜がそう言うのならそうなのかもしれない。
バシ
「よし、行け! 気をつけろ、思ったより風強ぇぞ!」
さっきの彼が1周してきて次の人にバトンを渡した。
受け取った生徒は、最初は蹌踉めくものの感覚を掴んだのか強風にのって走り出した。
ざっと見てたけど、彼は他チームの生徒を2人ほど抜いている。
青組1人が走るごとに1人か2人を追い抜ければ、最後には間に合うかもしれない。
そして、怜。わざわざ僕に声を掛けてきたということは、君も…。
剣崎「本題に入ろう、水瀬氏。そして青組の皆の衆よ」
怜は身体を青組の生徒たちに向ける。
剣崎「走順変更の申請を致したい。私をアンカーにしてくれないか?」
ザワつく青組。
「何か言いだしたぞ?」
「喋り方、堅苦しくない?」
そんな彼らを意に介さず、怜は話を続けた。
剣崎「先ほどの決闘にて私の速さを知っている者は少なくないはず。アンカーである私の番までに2周遅れまで取り返してくれていれば、このチームを勝利へ導いてみせよう。決闘にて敗北を喫したことへの罪滅ぼしをさせて欲しい」
彼も僕と同じく、チームに協力するみたいだ。
だけど、大丈夫なのか?
速く走るということは、恐らく唾液による滑走を考えているはず。
コンプレックスでもある特質を、みんなの前で披露するなんて…。
「確かに…!」
「あれは目で追えないダッシュだった」
「いける、いけるぞ!」
「やってくれ、アンカー!」
活気が戻る青組。
任せろと言わんばかりに、怜は盛り上がる彼らに深く頷いた。
「れ、怜…。無茶はしなくても…。だって、君は自分の特質を…」
剣崎「無茶とは? あぁ怪我のことなら心配ご無用であるぞ。短距離とはいえ全力疾走、走る前の準備運動はしっかりするつもりだ。水瀬氏、私には追い風を全出力でお願い申す」
いや、そうじゃなくて…。
でも、彼は彼なりに協力しようとしている。
青組のためでもあるし、たぶん本気を出すと決めた僕に乗ってくれたってのもあると思う。
やってもらおう、唾液滑走。
「わかった。最後の締めは任せたよ」
2周遅れなら最後に巻き返せると彼は言った。
だけど、このペースなら最後は他チームと互角になっていると思う。
下手したら上位にいる勢いだ。
バトンが渡るに連れて、青組はどんどん追い上げていく。
それでもまだ周回遅れにあることは変わらない。
だけど、このまま行けば最後は僕らが1位を取る。
このまま何もなければ…。
日下部「やれやれ、これが最後だと言うのに…。大人しくできなかったのかい?」
青組の隣に列を成す橙組。
日下部はお手上げのポーズを取って、軽く溜め息を吐いた。
日下部「シリウス、悪いけどもうひと目立ちするよ。僕らのライバルが奮起してしまった。え、もうやめろって? これは男と男の戦いさ」
1人でぼそぼそと、何もない空間に向かって話す日下部。
シリウスと話し合っているんだろう。
日下部「順番を変えよう。僕がアンカーをやる。青組が奮起している。異論はないね?」
半ば強制的に神との話を終わらせたと思われる彼は、橙組のみんなに向かってこう言った。
「黙れ!」
「死ね、戦犯野郎!」
不良たちを筆頭に、罵詈雑言を浴びせられる日下部。
もう不良たちに怯える放屁の神憑は何処にもいない。
日下部「戦犯になるのは、僕をアンカーにしなかった時の君たちだよ」
彼は全く物怖じせずそう言い返してこう締め括った。
日下部「2周……いや、こちらは3周遅れでも構わないさ。それ以上遅れないようにさえ努めてくれれば大丈夫」
橙組の日下部が動いた。
彼もアンカーで、放屁を使う気だ。
皇「不知火、走る前にちゃんと喰えよ♪ 霊園、お前は俺が行けと言ったら走れ」
不知火「あい分かったぁ~! 予定通りね~!」
霊園「面白い、人間風情が我に指示を出すか」
紫組の皇、不知火。
的場「アンカーは俺じゃああぁぁぁぁ!! サッカーやっとんじゃ! 俺の縦突破は誰にも止められねぇ!」
緑組の的場。
姫崎「さっきのは鬼塚の代打。もう1回行かなあかんから、うちがアンカーやったる」
赤組の雛さん。
ただでは終わらないと思ってたけど、まさか1位を独走している黄組以外、全チーム参戦とは…。
青組の奮起が他チームに伝播したんだ。
みんな、やる気のないままでは終わらない。
まだ周回遅れの青組。
周りが躍起になって焦る半面、嬉しさも込み上げてくる。
良いよ。せっかくの体育祭だ。
本気で来い、“BREAKERZ”!!
グラウンドを包む熱気を感じて、思わず拳に力が入った。
黄組、他チームより多く居る陸上部のお陰もあって男虎先生と雲龍校長のいざこざによる周回遅れを解消し、現在は首位を独走中。
赤組、琉蓮が走れなかったことで一時的に周回遅れになったものの、雛さんが巻き返して周回遅れを解消。黄組を追いかける形となっている。
紫組、皇の故意の転倒により1周遅れ。
緑組、樹神が皇に躓いて、起き上がった後も悠長にツッコミを入れたことで2周遅れ。
橙組、バナナに魅了されたゴリラ状態の陽が戦線離脱したことで2周遅れ。
そして、僕ら青組。“風の理”で発生させた追い風で追い上げてはいるけど、今の所はまだ4周ほど遅れている。
どのチームもアンカーには能力を持った生徒が居る。
1位を独走している黄組に、“BREAKERZ”が居ないのは不幸中の幸いか。
各チーム、何のトラブルもなくリレーは終盤に向かっていった。
黄組と赤組の首位争いの現状は変わらず、僕ら青組以外もさっきの状況とさほど変わらない。
黄組と赤組、残るランナーは5人ほど。
青組も1周遅れのところまで追い上げていた。
怜はアンカーである自分の番が回ってくるまでに2周遅れになるまで巻き返しておいて欲しいと言っていた。
つまり、ノルマはもう達成している。
僕ら青組は優勝圏内に入った。
後は他のチームのアンカーだ。
どのチームが何周遅れかなんて、大した指標にならない。
各チームのアンカーが何周分巻き返して来れるのか。それに懸かっている。
待った、後もう1つ。
よく思い出すんだ。
あるチームだけ、アンカー以外のことも話していた。
紫組の皇──。
黄組が次の人にバトンを渡した瞬間、彼はニヤリと嗤ってこう言った。
皇「順番交代だ。行け、霊園♪」
バトンを待つ紫組の生徒に代わり、生気のない霊園さんがトラックに立つ。
正直、彼女が何かを為せるとは思えない。
実はめちゃくちゃ足が速いとか? それでも、1人で周回遅れを取り戻すには何かしらの異能がないと難しいんじゃないか?
皇は、彼女が持つ何かしらの能力を把握している? いや、していなくても…。
きっと彼はこの交代で盤面をひっくり返してくる…!
皇「頼んだぜぇ♪ 紫組、1枚目の切り札ぁ♪」
楽しげに笑う皇。
霊園「我はただ白線に沿って走るのみ。だが己は興じるだろう。自らの選択が功を奏したと…」
そんな彼とは対照的に、霊園さんは冷徹な表情で返答してバトンを受け取った。
整っていない不恰好なフォームで走り出す霊園さん。
今にも足がもつれて転びそうだ…。
運動音痴にも程がある。生まれて初めて“走る”という動作をしたんじゃないかと疑ってしまう。
これが功を奏する? 普通に考えたらそうは思えない。どこかで使わないといけないから今使ったとか…。
だけど、指示を出したのはあの皇だ。
霊園さんの前後を走る人たちは気にも留めていないだろう。
簡単に追い抜けてラッキーだと思うくらいか。
身構えていたのは僕だけだった。
ヒューーー…。
彼女が走り出して数メートル進んだ所で、風の音が変わった。
ビューーーー!!
突如発生した突風、それも向かい風。
僕じゃない。別の風? コントロールが利かない…!
「な、なんだ?!」
「風?」
「うわっ!」
急な向かい風によって、前に進めなくなる生徒たち。
霊園「理解ができぬ。何故に己らは立ち尽くしておる」
そんななか霊園さんだけは難なく走り、立ち止まった皆の間をすり抜けていく。
「おい、待て!」
焦りを感じた彼らが無理やり前に進もうとした瞬間…。
ブチッ
全員の靴紐が同時に切れて、更に彼らが転倒したんだ。
皇「俺の運が良いのか、お前ら全員の運が悪いのかぁ?」
不自然すぎる。偶然起こったとは思えない。
向かい風の中、1人だけ走っている霊園さん。
紫組は1周遅れを取り戻した。
余計なことを考えている暇はない。
コントロールが利かない風の流れが視えてきた。
霊園さんの走るコースだけ向かい風が吹いてなかった。
水とは違って、感覚的に使ってる“風の理”。言葉や法則では表せないけど、もうコントロールできる。
“風よ、鎮まれ。もう一度、僕らに追い風を…!”。
僕はそう念じながら、前に手を伸ばして拳をぐっと握り締めた。
風の音が元に戻る。
霊園さんからバトンを受け取った紫組の生徒が後ろから走ってきた。
同時に、みんな前へ走り出す。
青組も追い風を受けて猛ダッシュ。
やってくれたな、皇。
紫組のアンカーは不知火。
ただ不死身なだけの彼も、たぶん予想外のことをやってくるだろう。
周回遅れを解消して、アンカーにも特質持ちが居る紫組。
侮れない。
だけど僕らは追い風に乗って、ただただ進むしかないんだ! 自分たちのことに集中しろ。
怜に最善の状態でバトンを渡すために…!
いや、待てよ?
出来るんじゃないのか?
“追い風”と“向かい風”の共存。
脳は左右に分かれて2つある。
左脳と右脳。
異なる思考を左右に分けて同時にすれば…。
でき……そうだ……。
歓声、蒸し暑さ。服に滲む汗の不快感。
要らない感覚、無駄な情報を完全にシャットダウン。
風の流れ、ランナーの動向に全神経を集中させる。
わかりやすく両手を大きく開こう。
右手は右脳、左手は左脳。
ヒューーー……。
右手は追い風…、左手は…。
“向かい風”。
「クソッ! 向かい風!」
「走れるけどウゼぇ!」
できた。
青組は追い風に乗って颯爽と走り、他のチームは向かい風に曝されて少しばかりペースダウンした。
同時に思考するのは難しい。
走れなくなるレベルの向かい風には出来なかったけど、これで更に追い上げられる。
嬉しそうにこちらを見てくる皇がムズ痒い。
卑怯だ何だの言われてもこれが僕の本気、リレーに対する真摯な姿勢なんだ。
ついに、最後の時がやって来た。
バシッ
剣崎「天晴れだ、水瀬氏。周回遅れなしの最後尾、これで勝たねば特質持ちの恥というもの」
アンカーの怜にバトンが渡る。
最後尾とは言うものの、ほとんど差は開いてなかった。
黄組以外のアンカーはバトンを受け取った瞬間、各々こう告げる。
姫崎「気功靭脚」
赤組の雛さん。
日下部「宙屁・新幹腺」
橙組の日下部。
的場「雛……たん……。キキキ………キレイなオネエサン」
緑組の的場。
そして、紫組の不知火。
ブロッコリーを囓って成長する?
背が伸びた彼は四つん這いになって、無邪気にこう言った。
不知火「成体変化・趨豹跳虎」
みんな能力を発動させて、超速ダッシュ。
アンカーが出揃って、これがラストスパート。
やれることはやった。
ここまで来ると、もう誰が勝つかはわからない。
速いようで長かった、最後の戦いの火蓋がいま切って落とされた。
 




