チーム対抗リレー - 水瀬 友紀㊺
美澄「皆さん集まられたようなので、最後のプログラムについて説明します」
体育祭も大詰め。
少し予定が変わったけど、これが最後の種目になる。
朝礼台に立った美澄さんは、300を超える全校生徒の前で最終種目の説明を始めた。
本体育祭を締める最後の種目は、定番中の定番“チーム対抗リレー”だ。
といっても、予定していた内容とは少し変わっていた。
チーム対抗リレーはその名の通り、各チームで1位を競うもの。
綱引きや玉入れ、異能闘技同様、学年ごとに分けられていたんだけど。
グラウンドの修繕作業で時間が押してるのもあって、全学年が一斉参加のリレーとなった。
リレーは元から全校生徒が参加必須のプログラムではあったんだけど、全学年を総括したためかなり大規模なものになると予想される。
吉波高校の生徒の数は、少なく見積もっても300人は居る。
それを単純計算で6チームに分けると考えたら、1チームは50人。
真剣にするのなら、あらかじめ決めていた順番も変えないといけない。
総括したのは良いけど、本当に時短になっているかは怪しい。
ルールが急遽変更になったことを配慮して、順番は状況を見て途中で変えても良いことになった。
美澄「以上で“全学年チーム対抗リレー”の説明を終わります」
彼女の説明は案外すんなりと終わった。
学年ごとだったのが一括になったこと以外、大してルールは変わらない。どこの体育祭でもある普通のリレーって感じだ。
「マジか。一斉にやるのかよ」
「順番どうする? 1年から順番に行くか?」
「途中で変えても良いらしいし一旦様子見で…」
口々に話し始める生徒たち。
みんな、真剣にやっている。
1位を……チームの優勝を目指しているんだ。
御影「早く始めてくれない? 何のために途中変更オーケーしたのかわからないかしら? 始める前に順番がどうとか言い始めたら、時間が押して仕方がないからよ!」
朝礼台に上がった御影教頭は、美澄さんからマイクをひったくって声を荒げた。
本性出てますよ、政府の御影さん…。確か最初は、優しくて気さくでユーモアのある英語の先生的なキャラで入って来てましたよね。
政府の人間だと知っているのは、僕ら“BREAKERZ”だけのはず。
彼女ががさつで冷徹だってことも僕らしか知らないはずなんだけど。
「そんな…! 教頭先生!」
「急に変更になったんです! これじゃ正当に勝負できません!」
「少しだけ考える時間を…!」
口々に訴えかける生徒たち。
そんな彼らに対し、御影教頭はこう言い放った。
御影「どんな状況でも勝ちきる。それが真の勝者よ。戦争で後ろから撃たれて不当性を訴える兵士が居るかしら?」
もっともらしく言ってるけど、とにかく時短したいんだろう。
納得したのか聞き入れてくれないと諦めたのか、みんなは不満げな顔をして黙り込んだ。
考える時間もないし、途中で順番を変えられる。
各チームが取った選択は、“とりあえず1年生から順に走らせる”だった。
学年ごとでいえば走る順番は決まっている。
松坂「よーい…!」
パン
今日何度も聞いたピストルの音。
それを合図に、位置に着いた各チームの1番手が駆け出した。
順番待ちの生徒は、彼らが走っているトラックの内側で体育座りで待つことになっている。
全学年を総括したんだ。
その列は途轍もなく長い。
まぁみんな盛り上がっているから、立ったりあぐらを掻いたりと、ちゃんと座っている人は少ない。
数が多い分、余計にわちゃわちゃしている。
次に走る人は、トラックの中でバトンを受け取れるように待機していた。
1番目に走った人たちがほとんど同時に、次の人にバトンを渡す。
ここまでは普通のチーム対抗リレーって感じだ。
1年生の勝負は拮抗している。
順番の途中変更が可能という特異なルールを上手く使うことが勝利への鍵になるだろう。
ここで1番速い3年生を入れて波乱を起こすとか…。とは言っても、僕らは高校生だ。1年生と3年生でそこまで身体能力の差はなさそうなんだけどな。
これが小学生、中学生なら1学年ごとの差ってかなり大きいんだろうけど。
順当に考えたらどこのチームも順番通りに行きそうだ。下手に変えると戦況を悪化させかねない。
1番から10番目くらいかな。ここまではほんとに普通のリレーを見ている感じだった。
各チーム拮抗した勝負が続く中、黄組と緑組から彼らが出てきた。
一体どういうことなんだ?
何故彼らが出てきたのか。
周りはもちろん、黄組や緑組すらもわかっていない様子だ。
僕が黄組、緑組だと言ったのは彼らが黄色と緑のハチマキを巻いているからであって、ほんとにチームに属しているのかすら怪しい。
そもそも、これは“全学年チーム対抗リレー”。生徒のみが参加するプログラムなんだ。
何か目論みがあるのか?
僕は司会席付近に居る御影教頭に目をやった。
御影「いったい何をしているの? 戻りなさい!」
マイクを通して、彼女の荒い声が反響する。
御影教頭の目論みではなさそうだ。彼女もこの状況をよくわかっていない。
雲龍「戸籍なしの死人教師め。今すぐ墓に帰れ」
男虎「その発言パワハラですぞ、ノータリン校長」
筋肉質で見るからに強い教師2人が黄色と緑のハチマキを巻いて、互いに睨み合っていた。
何だ、いったい何が始まるんだ?
龍風拳の達人、何度か死んで戸籍のない非常勤の男虎先生。
妖瀧拳の達人、政府の人間である教頭の尻に敷かれている雲龍校長。
仲が良いとは思ってなかったけど。
まさか、ここで……こんなところで……。
「え、ちょっと先生?!」
「校長先生! 退いてください!」
バトンを持った黄組と緑組の1年生は、戸惑いながらも2人に強くそう言った。
早く退いてもらって次の人にバトンを渡さないと、大きく遅れを取ってしまう。
だけど、無茶苦茶強い先生方2人は避けるどころか…。
バシッ!
黄組と緑組の生徒からバトンを引っ手繰った。
雲龍「錯綜・泡沫の構」
男虎「灰燼・腥風の構」
両者互いにバトンを持って武術の構えをとる。
緑と黄色を除いた他のチームの生徒が着々とバトンを渡していく中…。
男虎「うおおりゃああああぁぁぁぁ!!」
雲龍「とぅりゃああああぁぁぁぁぁ!!」
2人は激しく交錯する。
男虎先生が巻き起こす竜巻に、予測不可能な動きで立ち回る雲龍校長。
目の錯覚だろうか。
2人の戦いはまるで、風の龍と水の妖の頂上決戦。
ど迫力かつ超危険な争いを普通の1年生がリレーしているトラックの中でしないでくれ。
そして、バトンを返してあげて…。
バトンを取る必要もハチマキを巻く必要もなかったよね…?
やるならせめて、どこかの体育館とか運動場を貸し切ってやるべきだ。
「ふざけんな! バトン返せ!」
「まずい! 一周遅れじゃすまない! でも、近づけない…!」
突然戦い始めた2人に憤りを見せる黄組と緑組の1年生。
だけど、彼らに龍と妖の喧嘩を止める力はなくただただ見守ることしかできない。
御影「戻りなさい、雲龍! そして男虎! 出しゃばりすぎよ、非常勤の分際で!」
2人には聞こえていないのだろうか?
静止を促す御影教頭や、憤りや焦りの混じった黄組と緑組の人たちの声が…。
他のチームは着々と次の人へバトンを渡している。
このままだと、緑組と黄組の最下位争いは必至となる。
雲龍「非常勤如きが……一丁前な龍風拳とか………使うな!!」
男虎「中々の強さ…! 武術を極めし者が政府の犬とは…。見るに耐えませんぞ!」
最強の武術を極めた者同士の訳もわからず始まった喧嘩…、彼らは発生した巨大な竜巻の中で戦っていた。
そして…。
コトッ…
黄色と緑、2つのバトンが竜巻の中から転がって出てきた。
「バトンだ!」
「早く巻き返さないと…!」
バトンを拾った黄組と緑組が戦線に復帰する。
雲龍「ぬおおおぉぉぉぉ!!」
男虎「おおおぉぉぉぉ!!」
取っ組み合っていた2人は竜巻に巻き上げられて何処かへ飛んでいってしまった。
2人の姿が見えなくなると同時に、巨大な竜巻も消える。
黄組と緑組、両チーム1周遅れといったところだろうか。
普通に走っているだけじゃ追いつくのはかなり厳しいだろう。
黄色と緑、誰かいたっけ?
いや、居たとしても僕らは力を使わないか…。
リレーは単純にトラックを1周してバトンを渡すだけ。能力を使わなくたって足を引っ張ることはない。
普通に全力で走れば何も言われることはないと思う。
むしろ、力を使って結果に繋がらなかった時の方が文句を言われそうだ。
綱引きに出て頑張ろうとした琉蓮や、異能闘技で勝つために全力で戦った怜や日下部。
彼らは負けてしまった。
そんな“BREAKERZ”に対して、みんな思うことはあるだろう。
だけど、それも体育祭が終われば忘れていく。ずっと恨まれるわけじゃない。
リレーこそは無難に終わらせたい。ここで足を引っ張ったらいよいよ戦犯というレッテルを貼られる。
普通に走るくらい、“BREAKERZ”なら屁でもない。
だって、僕らは神憑や“EvilRoid”といった異能を持つ相手と戦って生きているんだから…!
…………。
そう思っていたのは、もう数分くらい前のことになる。
1年生、2年生と順番通りにリレーは進んでいた。
3年生の番がやって来るまでに、途中で順番を変えたチームは居ない。
1周遅れだった黄組、緑組もいつの間にか追い上げて来ていて半周遅れ程度に留まっていた。
周りの話を聞いている感じ、黄色と緑には陸上部や運動部が少し多いみたい。
だから、徐々に差が縮まってきている。
最後の方は追いついてきて良い勝負になるのかな?
って、そういうのを考える余裕はない…!
3年生の番が回ってきた。
僕らの中で最初にバトンを手にしたのは、めちゃくちゃ顔色の悪い赤組の琉蓮。
特に心配はしてなかった。
でも、するべきだった。
綱引きのことちょっと引きずってるのかなって…。
鬼塚「松坂先生、僕……走れません……」
ちょっとどころじゃなかった。
バトンを渡された琉蓮はその場で棒立ち。
近くでリレーを見守っていた松坂先生に走れないと訴える。
松坂「どうした? 具合でも悪いのか?」
心配そうに顔色を窺う松坂先生。
今年入ってきた新任の先生だ。
たぶん特質とか神憑とか、まだあまりわかっていない。
特質を持った生徒の悩みなんて尚更だろう。
鬼塚「綱引きのロープ、そんな気なかったのに千切れたんです! 千切ろうとしてないのに千切れた…! 加減できていると思っていたのに…!」
松坂「あ、あれは……不運っていうのもあるんじゃないか? 毎年使ってるから傷んでたんだろう。先生的には仕切り直しとかで…」
先生なりに話を聞こうとはしている。
けど、琉蓮がわかってほしいのはきっとそこじゃない。
「おい! いい加減にしろよ!」
「ずっと邪魔ばっかりしやがって!」
「走れ! 走れよブレイカーズ!!」
ちょっとずつ積もっていた僕らに対する不満が爆発したかのように、赤組の人たちが琉蓮に向かって怒鳴り始めた。
やめて、頼むからやめて。
あんまりストレス与えると、辺り一帯消し飛んじゃうかも…。
でも、赤組が焦るのも無理はない。こうしている間にも他のチームは走っている。
鬼塚「怖いんです。自分では大丈夫だと思っていても…。うっかり間違えたら、ロープを引き千切ったみたいに…。今度は地球を踏み抜くかもしれない!!」
しーん…
壮大なワードが衝撃的だったのか、少しばかり静かになった赤組だったけど…。
「い、良いから走れよ! お前1人で地球がどうにかなるわけねぇだろ!」
「厨二病ですかぁ?」
「おい! 俺らも1周遅れになるぞ…!」
またすぐに騒ぎ始めた。
真に受けるのは、琉蓮の本当の強さを知っている僕らだけだろう。
彼なら地球を踏み潰しかねない。
ほんとにもう刺激しない方が…。
「走れんのなら、うちが走ったる」
赤組の列から女子の低い声が聞こえてきた。
すっと立ち上がる彼女とは色々なことがあった。さっきの昼休みや異能闘技でも…。
細身な割にがっちりとした腕、背は女子の中でも低い方。髪型は短めの姫カット。
的場や霊園さんをボコボコにした雛さんだ。
走れない琉蓮に代わるって…、どういう風の吹き回しなんだ?
姫崎「仕方のなかったことだけど、ダチぶったのは悪いと思ってる。だからこれでお相子にしてほしい」
彼女は顔色の悪い琉蓮にそう言って、赤いバトンを彼から取った。
な、なるほど。的場をボコボコにしたこと悪いと思ってたんだ。
「おい、見ろ! 雛さんだぞ!」
「あの異能闘技で無双した雛さんじゃないか!」
「キャーーー! 雛さまぁぁ! 弱ってる男子に手を差し伸べるなんて~! 強さと優しさ、両方兼ね備えてるわぁ~!」
琉蓮に向けられた赤組の怒声に加わり、雛さんに対する黄色い歓声がグラウンドに木霊した。
的場「雛た~ん! カッコいい! さすが俺の惚れた女じゃあぁぁ!」
樹神「的場はん! あか~ん!!」
バチイィン!
顔面の腫れが少し引いてきた的場がまた雛さんに接近。
手を伸ばして止めようとする樹神。
無情にも繰り出される雛さんの強烈なビンタ。
この間、僅か数秒ほど。
頬をビンタされて地面に叩きつけられた的場は気を失ったのか起き上がることはなかった。
姫崎「あ…、この借りはまた今度…」
ばつが悪そうに口を尖らせた雛さんは琉蓮にそう言った。
御影「姫崎雛。同じ3年生ね」
彼女の目の前に突如現れた御影教頭。
姫崎「うっ…! 途中変更オーケーっすよね?」
少しばかりびっくりした様子の雛さんだったけど、物怖じせず彼女にそう問いかける。
御影「えぇ、もちろん。貴女には少しばかり期待しているわ。自身の力、存分に披露してちょうだい」
含みのある笑みを浮かべて答える御影教頭。
姫崎「大体2周遅れか。破門覚悟で取り返したる」
赤いバトンを持ち、スタートダッシュの構えをとる雛さん。
彼女は前を見据えて、静かに呟いた。
姫崎「鬼炎拳・気功靭脚」




