最終種目 - 水瀬 友紀㊹
怜と日下部の対決は、もはや体育祭の競技と呼べるものではなかった。
彼らの死闘は、白線で描かれた円の外にまで影響を及ぼした。
抉れて持ち上がるグラウンド、あれが日下部のお尻に憑いた神“シリウス”の本領なのだろうか?
不思議なことに円の外に居た僕らは、誰1人として怪我をしなかった。
自分の能力に巻き込まないよう、シリウスが配慮していたのかな。彼の力の底は計り知れない。
怜の猛攻も凄まじかった。あの力と空中で渡り合うなんて、どれだけ鍛えたらあんな風になれるんだ?
鍛錬すれば人はみんな、あの境地に辿り着けるものなのか…?
究極までオタ芸とかで鍛えた人間と、お尻に取り憑いた神の戦い。
最後は、気を失った2人が抉れた地面に同時に落下するという形で幕を閉じた。
体育祭初の特質持ちと神憑の試合。皆を焚きつけた皇風に言うなら、超能力者同士の決闘。
どちらに軍配が上がったのか、ひと目ではわからなかった。
よって、最終的なジャッジは御影教頭が下すことに。
判定は案の定、引き分けという名の両者敗北。第1試合の武ちゃんと岡崎くんの試合も引き分け…。
つまり、1回戦第3試合が事実上の決勝戦ってことになる。
でもすぐに試合開始というわけにはいかなかった。
怜と日下部の決闘でグラウンドは大荒れ。何処も彼処も亀裂が入っていてぐしゃぐしゃになっている。そんな状態で試合なんてできない。
荒れたグラウンドの修繕作業のため、体育祭は一時中断ということになったんだけど…。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!」
試合終了直後、奇声に近い叫び声が校内に木霊した。
黄組の生徒、独特な叫び声がトレードマークの國吉旺我のものだ。
僕ら“BREAKERZ”を含めた生徒たちに、特段驚いている様子は見られなかった。
何故なら、あれが彼の平常運転だからだ。
吉波高校に通っている生徒なら一度はあの声を聞いたことがあるだろう。
バキッ!
彼の奇声に重なる鈍い金属音。
これには皆が驚いた……というより戦慄した。
前歯が数本無くなった國吉旺我が荒れたグラウンドに倒れ込む。
一体何が起こったのか。
急な出来事に理解が遅れる。
起き上がれない様子の彼を、とある問題児がもの凄い剣幕で見下ろしていた。
ハチマキの色は血液を連想させる獰猛な赤、“消える魔球児”の異名を持つ吉持肩八狼。
右手に持っている金属バットで、奴は國吉を殴ったんだ。
理由は…、奇声が耳障りだったから?
國吉「あ゛ぁ…、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
彼は倒れたまま吉持を睨みつけ、大きく口を開けて奇声を発した。
決死の抵抗だったのかもしれない。
もしかしたら、声に関する特質や神の力を持ってるのかもって一瞬思ったけど、ただうるさいだけだった。
バキッ!
仰向けに倒れた國吉の顔に、金属バットを振り下ろす吉持。
叫ばなければ、あんな悲惨なことにはならなかったのかもしれない。
バキッ! バキッ! バキイィィ!!
抵抗する姿が癪に障ったのか、吉持は何度もバットを振り下ろした。
黄色いハチマキが國吉の血で赤く染め上がる。
轟くみんなの悲鳴。
御影「ふっ…、お陰で手間が省けたわ」
生徒たちがパニックになっている中、ご機嫌そうに朝礼台に上がった御影教頭。
御影「異能闘技、3年男子の部、1回戦第3試合は赤組の勝利とします。他の試合は引き分けによる両者敗北。よって3年は赤組の優勝ね」
彼女の発言で、僕ははっとする。
1回戦第3試合の組み合わせは、赤組の吉持と黄組の國吉。
待てなかった吉持が試合を押っ始めてしまったのか。
ただ奇声が耳障りで殴っただけかもしれないけど…。
ほとんど不意打ちだったけど、これは吉持の勝ちにしても良いのか?
結果的に優勝してしまったし…。
突如追加されたプログラム5番、異能闘技。
御影教頭や雲龍校長の仕業だと考えたら…。
彼女らは……政府は利用できそうな新たな能力を見つけようとしていた。でも、見つからなかったからどうでも良くなったのかな。
グラウンドの修繕が終わったら、いくつかのプログラムを飛ばして再開するとのこと。
といっても、次が最終種目になるんだけど。
日下部「ええと……つまり、僕が……シリウスが負けたってことかい?」
剣崎「戦っていた記憶がない。私は敗北を喫したのか…?」
砂に塗れたパイプ椅子に座っている2人が、僕にそう聞いてくる。
疲弊している上にあまり覚えてないのだろう。何度説明してもわかってくれない。
死闘を繰り広げて負傷しているはずの彼らが、ぐったりしている程度で済んでいるのにも理由がある。
異能闘技で怪我をした生徒は、御影教頭から赤い錠剤を渡された。
それを飲んだ人たちはみんな…、瞬く間に回復したんだ。怜も日下部も今は傷跡すら残っていない。
彼女が政府のものだと強調して渡してきた赤い錠剤、思い当たる節がある。
慶が造った万能薬だ。
あの液体も赤かった。
恐らくあれを政府が真似したんだ。
本家万能薬にはヤバい副作用があるんだけど、この錠剤は大丈夫なのか…?
今のところ、2人の身体に異常はなさそうだけど。
日下部「後もう1つ聞かせてくれないかい?」
日下部はグラウンドを見渡しながらこう言った。
日下部「あの白い鬼たちは何なんだい? グラウンドを直してくれているみたいだけど。慶の鬼の親戚かい?」
ボロボロになったグラウンドを直しているのは、体育委員じゃない。
日下部の言った通り、白い機械の鬼たちが作業をしている。
見た目は色を除いて、ほとんど慶の造った鬼と同じ。
去年、慶が起こしたテロを思い出して嫌な気持ちになる人もいるだろう。
あれについても、よくわからない。
御影教頭が手を数回叩いたら、十数体の鬼たちが飛んでやって来た。
慶のものを政府が真似て造ったものだと思われる。
性能が同じかどうかはわからない。
慶はどう思っているのだろうか。そもそも、彼はこのことを知らされていないかもしれないな。
「僕もよくは知らない。ただ、君が飲んだ薬も白い鬼も政府が造ったものじゃないかな」
日下部「なるほどね。敢えて白色にしたのは、自分たちの潔白さをアピールするためかい? 脱皮したてのゴキブリにしか見えないね」
僕の返事に対し、日下部は政府に皮肉を込めてそう言った。
至る所に亀裂が入り、地盤が捲れ上がったグラウンドも白い鬼たちの手によって見る見る直っていく。
体育委員だけで修繕できるレベルじゃない。いや、僕ら生徒が全員でやっても今日中には終わらなかっただろう。
それを鬼たちは僅か半時間ほどでやってのけてしまった。
慶の鬼を模したロボットの性能は伊達ではなさそうだ。
美澄「グラウンドの修繕作業が終わりました。いよいよ最後の種目です。全校生徒の皆さんは司会席のテント前まで集まってください」
美澄さんの声がスピーカーを通じて、均されたグラウンドに反響する。
やっとかと言わんばかりに、だらだらと集まっていく生徒たち。
「超能力つっても大して貢献してなくね?」
「どっちも負けて点数になってねぇよな」
「何か……思ってたのと違うわ」
「結局ブレイカーズって何やってんの? 体育祭荒らして…」
「障害物は自信あったんだけどなぁ」
気にしすぎなだけだろうか。
みんなが何を話しているかは聞き取れない。だけど、冷たい視線や態度を肌で感じる。
“期待外れ”。
“邪魔者”。
そう言われているような…。
考えすぎか…。
今日はずっと、もやっとした感情が心の中にある。
みんな必死に優勝を目指しているのに、僕はその輪に入れていないんだ。
去年、一昨年のことは覚えてないけどもう少し…。
ぞろぞろと美澄さんの元へ集まっていくハチマキを巻いた生徒たち。
僕はどんよりとした気持ちを抱えたまま、全校生徒が参加必須の最終種目に向けて足を踏み出した。




