異能闘技 - 水瀬 友紀㊷
異能闘技、3年生男子の部。
同じ学年の男子というのもあって、出場者はみんな僕の知っている顔ぶれだった。
彼らは白線で書かれた円の辺りに集結している。
吉持「全員、ぶっ殺す」
野球部所属、“消える魔球児”の異名を持つガタイの良い暴力的な不良生徒。
赤組、吉持 肩八狼。
金属バットを担いだ彼は既に殺る気満々みたいだ。
球技大会のサッカーの試合で、バットを持って飛びかかってきた吉持の凶暴さは計り知れない。
剣崎「…………。」
多様な唾液を操る特質と、オタ芸派生の奇抜な剣技“尾蛇剣舞”を駆使して戦う真面目な友達。
青組、剣崎 怜。
2本の刀を帯刀している彼は何も語ることなく、ただ真剣な表情で一点を見つめている。
國吉「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」
両手の拳をぐっと握り締め野太い奇声を上げる坊主頭の一般生徒。
黄組、國吉 旺我。
一緒に球技大会に出てくれたときもあんな調子だったな。大声出してるしやる気があるように見えるけど実際はどうなんだろう。
背がまぁまぁ高くて体格もしっかりしているから抜擢されたって感じかな。
「武ちゃ~ん! ファイト~! あ、でも怪我はさせないように…!」
武安「お、応援ありがとう! フェアプレー第一だけど、出るからには勝たないとね!」
柔道部所属、体重100キロ超えは間違いない恰幅の良い男子生徒。
紫組、武安 弁慶。
彼だけは体操服ではなく柔道着を着ている。
おむすびせんべいで作った陽のホログラムを見破った食いしん坊だ。
あの時は大変だったよ。
フェアプレーを心がけている彼は、多分優しい人なんだと思う。異能闘技という名の喧嘩にフェアも何もなさそうだけど。
岡崎「ディスコ好きなお母さんが言っていた。異能闘技で勝たなきゃ男じゃないって!」
ラグビー部所属、身長2メートルの恵体。
緑組、岡崎 泰都。
男子の部の出場者は軒並み背が大きかったりガタイが良かったりするけど、彼は更に別格だ。
身長も体格も規格外。
あの巨体から繰り出されるラグビータックルは、誰も受け止められないだろう。
てか、お母さん…、ついさっき追加された異能闘技のことをいつ知ったんだ? 昼休みとかに岡崎くんと電話で話したのかな?
日下部「みんな血気盛んで良いね。剣崎、もしや君も本気でやるつもりかい?」
お尻に神の力を注がれたキザな神憑。
多彩な放屁で誰も寄せ付けない圧倒的クサさ……じゃなくて優雅な強さ。
橙組、日下部 雅。
以上、6名による殴り合いが今始まろうとしている。
美澄「異能闘技、3年生男子の部、1回戦第1試合を行います。紫組と緑組の対戦者は円の中に入ってください」
グラウンドに反響する美澄さんのアナウンス。
最初は、武ちゃんと岡崎くんが試合するみたいだ。
ヘビー級同士の対決。どっちが勝つのか予想がつかない。
「水瀬友紀よ」
「うわっ…!」
急に後ろから声がして、僕の身体は飛び跳ねた。これから始まる異能闘技にかなり集中していたみたいだ。
「ひっ…! だ、大丈夫? いや、大丈夫じゃないよね…?」
驚きながら振り返った僕は、彼女の姿を見て戦慄する。
生気のない声で僕を呼んだのは、田んぼから自力で帰還した霊園さんだった。
上半身は泥まみれで所々にタニシとか変な虫が着いている。
霊園「問題ない。此れ等は総てこの肉体の糧となる」
そう答えながら身体に着いたタニシをバリバリと食べる霊園さん。
正気の沙汰じゃない。
だけど…。
「そ、そっか。君が良いなら良いけど…」
“お腹を壊す”とか“汚い”とか、そういった安直な意見で否定するのは違う気がした。
もしかしたら、これが彼女の特質なのかもしれない。“万物を消化する胃袋”とか。
日下部の放屁や怜の唾液も本来は嫌がられるもの。
彼らはそういったもので戦って僕らを守ってくれた。彼女のことを何も知らないで、汚いからやめろなんて言えない。
霊園「時に水瀬友紀よ。己らは異能を使わぬのか?」
霊園さんは、泥で汚れたイナゴを囓りながら僕に問いかけた。
彼女の言うとおり、僕らは今日の体育祭で能力を使っていない。
“能力を使えば楽に勝てる競技もあったのでは?”
そういう意味で聞いてきたのだと思う。
「今日は平和だから。目立ちたくない人もいるし、いざという時にしか、みんな力は使わないと思うよ。それに普通の人に向けて使ったら危ないよ」
霊園「そうか、それは残念だ」
僕の答えに、彼女は白い円の中に立つ武ちゃんと岡崎くんを見つめながらそう言った。
“残念”……か。他のみんなもそう思っているんだろうか?
琉蓮が出た綱引きは凄い盛り上がり様だった。だけど今は落ち着いていて、いつもと変わらない賑やかな体育祭って感じだ。
「異能闘技って名だけかよ」
「ただ喧嘩とかジャンケンしてるだけじゃん。さっきの女の子は凄かったけど」
「ブレイカーズも出てねぇみたいだし…。え、あいつらそうなの? 能力者って感じしねぇな。オーラがない」
そういった落胆の声が聞こえてくるような来ないような…。
特質や神憑、その他の異能はいざという時にしか使わない。
霊園さんにはそう答えたし、僕もそれで納得しているつもりだ。
だけど、なんだろう。僕を含めて、みんな体育祭をあまり楽しめてない気がする。
勝ちたいとか優勝したいとか、熱い気持ちが湧いてこないんだ。
松坂「よーい…!」
パン!
何度も聞いたピストルの音。
岡崎「お゛おぉぉぉぉ!!」
試合開始の合図が鳴った瞬間、岡崎くんは走り出し武ちゃんに向かってパンチを繰り出した。
2メートルの巨体から放たれるパンチ。
素人パンチだとしても喰らったら一溜まりもないだろう。
それを武ちゃんは…。
パシ
武安「フェアに行こうよ、岡崎くん」
手の平で難なくパンチを受け止めた。
岡崎「お母さんが言っていた。時に暴力も必要だって…! 優しいだけじゃ生きていけないって!」
もう片方の手で拳を作り、武ちゃんの顔面を目がけて上からストレートを打ち込む岡崎くん。
しかし、そのパンチも彼は軽々と手で払い除けた。
「君も運動部だろ? スポーツマンシップなんて言葉を聞いたことがあるはずだ。それとも、ラグビーは殴る、蹴る、殺すがオーケーなスポーツなのかな?」
岡崎「違う! ラグビーを悪く言うのはやめろ!」
ダンッ!
後ろに飛び退き武ちゃんから距離をとる岡崎くん。
今までの異能闘技とは迫力が違う。身体のスケールが大きいってだけかもしれないけど。
それでも…。
「おい、凄くね?」
「これが超能力者、“BREAKERZ”の戦いか!」
午前の綱引きを思い出すほどの盛り上がりを見せる生徒たち。
何か色々勘違いされてるけど…。
姫咲「さぁやって参りました! 異能力者がひしめき合う3年男子の部! 1回戦第1試合から迫力満点です!」
美澄「あ、紫苑ちゃん…?」
オォ────!!
きっとテンションが上がったんだろう。
司会席にいた姫咲さんはマイクを手に取り、意気揚々と実況を始めた。
彼女の実況も相まって、グラウンドは熱狂の渦に包まれる。
岡崎「お母さん、みんな、見ていてくれ! 紳士なラグビー部による野蛮な攻撃を…!」
そう叫んだ岡崎くんは、右脇にボールを抱えるようなポーズをとって前を見据えた。
岡崎「ラグビー部の本気100パーセント…、アメリカンタックル!!」
ダンッ!
思い切り地面を蹴飛ばした彼は、ボールを抱えた姿勢のまま武ちゃんに迫った。
2メートルの巨体による本気のタックル。普通の人が喰らったら大怪我する。
僕だったら、あんなのが突っ込んできたら恐怖で足がすくんで動けない。
武安「タックル、来ると思ったよ」
だけど、柔道部の武ちゃんは冷静だった。むしろタックルを待っていたようだ。
勝利を確信したかのように微笑む武ちゃん。
岡崎くんが自分にぶつかるすんでの所で、彼は相手の胸ぐらと袖を掴んで身体を反転させた。
柔道をよく知らない僕でもわかる。
あれは背負い投げの構え。
タックルの衝撃を完璧に受け止められた岡崎くんは今にも投げられようとしていた。
背負い投げが決まれば武ちゃんの勝利はほぼ確実に。地面に叩きつけられたら普通は伸びて動けなくなるだろうから。
だけど、そう簡単に勝負は着かなかった。
岡崎「うおおぉぉぉ…!」
武安「マジか。俺より重いとはいえ、耐えるかな普通…」
身体が持ち上がらないように懸命に踏ん張る岡崎くん。
確か柔道って、ちゃんと技が決まれば自分の2倍の体重の人でも投げ飛ばせるんじゃなかったっけ。
武ちゃんは黒帯で体重100キロ。ミスがなければ200キロまでの相手なら投げられる。
いくら2メートルの巨体とは言っても、体重200キロは無いだろう。
技が決まっている状態で踏ん張るなんて有り得ない。有り得るとしたらムチャクチャ力が強いってこと…?
岡崎「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」
ズドンッ!
岡崎くんは背負われていた状態から踏ん張り、逆に武ちゃんを腰から持ち上げて地面に叩きつけた。
武安「そんな…? 俺が素人に投げられるだと?」
仰向けに倒れて茫然としている武ちゃんに対し、彼は馬乗りになって連続パンチを繰り出した。
姫咲「ま、まさかの形勢逆転! 背負い投げを力尽くで踏ん張った緑組の岡崎泰都が強襲を掛けています!!」
馬乗りになって殴られまくったらいつかは失神する。じゃあ、これで勝負はあったのか?
答えは否だ。
姫咲「しかしながら、全てのパンチを躱し手で往なし続けているのは紫組の武安弁慶…! 岡崎泰都、有効打はまだ1発も与えられていません!」
彼女の言うとおり、武ちゃんは完全に不利な体勢にも関わらずパンチを全て捌いている。
力任せな素人パンチなんて、武道をやっている人からしたら余裕なんだろうか。
だけど、不利な状況は変わらない。疲労して1発でも貰ってしまえば、そこからなし崩しにボコボコになると思う。
馬乗り状態を早い段階でどうにかしないと、武ちゃんに勝機はない。
ただ、乗っかっているのは2メートルの巨人。そう簡単には起こしてくれないだろう。
武安「ラグビー部にこんな言葉はあるかな?」
額に汗を滲ませパンチを捌く武ちゃんはニコリと笑って話を続ける。
武安「限界を超えないと行けない時、更に上を目指す時。俺たち柔道部はこう言い聞かせてる」
岡崎「何を言っているんだ! もう殴りたくない! 早く降参してくれえぇ!!」
岡崎くんは辛そうな表情を浮かべて彼に懇願した。
大柄だけど優しい人なんだ。
本当は人なんて殴りたくない。
彼はお母さんの期待や、チームの勝利のために戦っているんだ。
パシッ!
そして、パンチが読めてきたのか武ちゃんは岡崎くんの拳を両手で受け止めた。
岡崎「なっ…! 離せ! 降参しろよ!」
武安「ウオオォォォ…!」
ズズズズズ……
僕は目を疑った。
姫咲「武安弁慶、少しずつ起き上がっていきます…!」
唸り声を上げる武ちゃん。
踏ん張る足の力と腹筋だけで、馬乗りになった岡崎くんごと起き上がろうとしている。
岡崎「嘘だろ? こっちは馬乗りになってるんだぞ?!」
パンチを抑えているとはいっても、巨体にのし掛かられている状態で起き上がるなんて、彼はまさに今、限界を超えようとしているんだ…!
武安「更なる高みへ! Ultra Alpha!!」
ドオォン!!
武ちゃんは馬乗りになった岡崎くんごと勢いよく立ち上がった。
よって、岡崎くんが武ちゃんに正面から抱っこされているような構図になる。
そう思ったのも束の間…。
武ちゃんは身を捻りながら思い切り地面を踏み込み、さっきと同じ背負い投げの体勢に入った。
岡崎「これは耐えれる! また馬乗りになって連続パンチだぞ! 負けを認めるんだ!」
武安「心配ありがとう。今度は勝つよ」
辛そうに心配する岡崎くんは最早戦うメンタルではないのかもしれない。
それでも、負ける気はないし背負い投げにも耐えようとしていたと思う。
だけど武ちゃんは…。
武安「柔道部の本気100万パーセント!! キング・オブ・ジャパニーズ背負い投げええぇぇぇ~!!」
ズドオオオォォォォン!!
限界を……超えた。
「武ちゃん、それはあか~~ん!!」
武ちゃんの友達が悲鳴を上げる。
叩きつけられた岡崎くんを中心に、地面には円状の亀裂が入っていた。
失神したのか起き上がる様子のない岡崎くん。
「武ちゃん! 怪我させたらダメって言ったじゃん!」
武安「はぁ……はぁ……彼は強かったよ。手加減したら負けてたし、リスペクトに欠けるよ」
彼は肩で息をしながら、拳を空に掲げる。
姫咲「え、えっと…決着? し、勝者……武……」
「武ちゃん! 後ろおぉ!!」
友達の焦ったような大声が、姫咲さんの実況を遮った。
まだ勝負は着いていなかったんだ。
岡崎「ラグビー部にそんな言葉はない。限界を超えるために、毎日厳しい練習をするなんて当たり前だからだ」
武安「動けるのか…? 完全に入ったのに…!」
蹌踉けながらも起き上がる岡崎くんに対し、武ちゃんは動揺を隠せない。
その動揺が一瞬の隙を生み出した。
岡崎「ラグビー部の本気1億万パーセント…。スーパー・ウルトラ・アメリカンタックル…!」
ドオオォォォン!!
ボールを抱えたポーズで繰り出されたラクビータックルは武ちゃんに思い切り命中した。
ビキビキビキ…!
身体で受け止めようとする武ちゃんと、そのまま円の外へ押しだそうとする岡崎くんの足元には小さな亀裂が入る。
武安「まずい…! 押さえられない…!」
岡崎くんもまた限界を超えたんだ。
このまま押し切って勝利を収めるのか。
いや、そんな簡単にはやられない。
円の外へ押し出される直前、武ちゃんは岡崎くんの胸ぐらを掴みながら身体を下に滑り込ませた。
そして、片足を岡崎くんの腹に当てる。
武安「捨て身技、巴投えぇぇ!!」
下に潜り込んだ武ちゃんはタックルの勢いを活かして、彼の腹に当てた片足と胸ぐらを掴んだ両手で後方に投げ飛ばした。
自分は円の中にギリギリ残る算段だったんだろう。だけど岡崎くんも投げられまいと最後まで踏ん張った結果、一緒に円の外へと飛んでいってしまった。
ドサッ!
白い円からかなり離れたところで倒れ込む2人。
パン!
松坂先生がピストルの音を鳴らす。
試合は終わったけど…。
姫咲「これは…、どっちが…」
勝敗がわからず迷う姫咲さん。
御影「私がジャッジします」
すると、ハイヒールを履いた御影教頭が円の近くまでやって来てこう告げる。
御影「どちらもピストルが鳴る前に円の外へ出た。よって、両者敗北とします。優しく言うなら引き分けね」
琉蓮の時と同じく最終的なジャッジは彼女に下された。
「え、負けってことは1回戦敗退と同じってこと? 勝ち点みたいなのは全くの0?」
緑や紫のハチマキを巻いた人たちがザワつき始める。
御影「そうよ」
「「えーーー…」」
素っ気なく答える御影教頭に対し、落胆の声を上げる緑組や紫組の生徒たち。
御影「完全な勝利以外は全て敗北よ」
ぽつりとそう話した彼女は司会席の方へ戻っていった。
御影「あれは…、特質? 異能力? ただ身体能力が高いだけかしら…。全く…、2人とも判断しづらいわね」
きっと武ちゃんと岡崎くんのことを考えているんだろう。
深く思案しているようだった。
続くは1回戦第2試合。
これは凄惨なものだったよ。
赤組の吉持肩八狼と、黄組の國吉旺我の試合だったんだけど…。
國吉「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」
吉持「黙れ、死ね」
バキッ!
奇声を上げる國吉に対し、吉持が金属バットでただただ殴り続けるムゴい内容だった。
最初の1発で倒れ込み、そこからは一方的にバットで袋叩きに…。
円を描いた白線は、溢れた彼の赤い血と混ざってグチャグチャになった。
あれだけ流血したのは、あの試合だけだ。体育委員が止めないと、多分殺してしまってたと思う。
何て恐ろしい不良なんだ。一生刑務所から出てこないでほしい。
そして、1回戦最後の試合。
青組の怜と橙組の日下部の試合だ。
「なんだあいつら? ぱっとしねぇな」
「いや、だから……あれ、能力あるんだろ?」
「え、マジ? あんなんだったか?」
うろ覚えの人がほとんどみたい。
まぁ普段見せびらかしてるわけじゃないし、本当に知られているのは琉蓮と陽くらいなのかな。
球技大会以外で、みんなの前で戦うなんてことなかったし。
本物の能力持ちが出てきた割には、あまり賑わっていない。
引き直された白い円の中に入り、普通に見つめあっている怜と日下部。
本気でやり合うのか、能力を隠してジャンケンとかで終わらせるのかは僕にはわからない。
ただ、僕が感じているこの気持ちは彼らにもあるはずだ。
松坂「よーい…!」
パン!
他の生徒たちが怪訝な表情で見守る中、第3試合開始の合図が鳴り響いた。




