体育祭 - 水瀬 友紀㊳
獅子王「これより、体育祭の開会式を始めます」
7月の頭に開催された体育祭当日。
朝礼台に立った陽は、半袖の体操服を着て並ぶ僕らに向かってそう言った。
僧頭先生と慶が戦ったのは、もう1ヶ月くらい前になる。
懸念されていた天気は快晴、5月の末から始まった梅雨もそろそろ明ける頃。
1日の最高気温は既に30℃を超えていて、こうして立っているだけでも汗が滲んでくる。
いつもは暑さを考慮して6月にやっていたんだけど、僧頭先生の一件で開催が遅れたんだ。
生徒会長である陽を司会に、去年と同じような感じで進行する開会式。
PTA会長の挨拶や校長先生の長いお話などを経て…。
獅子王「最後に、選手宣誓。代表の生徒は朝礼台の前にお願いします」
短いようで長い開会式もそろそろ終わりそうだ。
陽と交代するように、何処かおどおどとした様子の雲龍校長が朝礼台に上がってくる。
御影教頭不在時、勝手に神憑である僧頭先生を招き入れてしまった彼はこっぴどく叱られたらしい。
もう結構前のことだけど、まだ御影教頭のことが怖いのかな?
そして、代表と称された2人の生徒が駆け足で出てきて朝礼台の前に立った。
男子生徒の代表は、サッカー部のキャプテンを務めている藤原くん。
女子生徒の代表は、定期テストで常に学年2位に君臨する生徒会副会長の美澄さん。
「「宣誓!」」
サッと同時に上がる2人の右手。
藤原「僕たち…!」
美澄「私たちは…!」
藤原•美澄「「優勝という1つの目標に向かって正々堂々戦います。力を合わせ、フェアプレーを旗印に掲げて最高の競技をすることを誓います。今年のスローガンは“皆で巻き起こせ、吉波トルネード”。1人1人が精いっぱい走って汗を流し一体となることで、大きく逞しい吉波トルネードを起こします!!」」
藤原「生徒代表、藤原蹴吾」
美澄「美澄恵璃紗」
毎度のことながらに感心する。こんな大勢の前でよく噛まずに堂々と言えるなって。
練習とかはしているんだろうけど。
男虎「うっ……うぅ……。吉波トルネード……凄いぞ……凄いぞお前たち…!」
皆が静かに立っている中、むさ苦しい泣き声が聞こえてくる。
今年のスローガン、“皆で巻き起こせ、吉波トルネード”。
あれはほとんど男虎先生が決めたようなものだ。あんな圧のある眼差しでこれでどうかと聞かれたら、首を縦に振るしかなかった。
獅子王「い、以上で開会式を終わります。生徒の皆さんは、最初のプログラムの準備を始めて下さい」
男虎先生の男泣きに戸惑いながらも、陽は司会を勤め上げた。
そして…。
雲龍「チッ…、戸籍なしの死人教師め」
朝礼台から先生を睨みつける雲龍校長。あまり良くない予感がする。
「あれ? 開会式終わり…?」
「ゴリラパフォーマンスは?」
開会式が終わると同時に整っていた生徒の列が一気に崩れた。
「確かゴリラになった会長がパラシュートで降って来るんじゃ…」
「俺は緑の土管から出て来るって聞いたぞ?」
「いや、パフォーマンスも何も…。会長、普通に人間のまま進めたじゃん」
みんな、怪訝な顔をしてぼそぼそと話し始めた。
ゴリラのパフォーマンス…。陽が何か芸でもすると思ってたのかな?
本人からは何も聞いてないけど、何処から広まった噂なんだ?
霊園「何やら騒々しいな。ゴリラ…、獅子王陽が有する異能のことか」
人混みの中から音もなく現れる霊園さん。
彼女を警戒してみんなの特質や神憑の能力を隠そうとしていたけど、色々あってほとんどバレている。
皆の前でやった五十嵐先生や僧頭先生との戦いでバレたならともかく、球技大会とか体育のサッカーでも大々的に披露してしまったからなぁ…。
まぁ、敵ってわけじゃなさそうなんだけど。口調や言動がちょっと変わった女子で片付けて良いものなのか…。
「うん、ゴリラのパフォーマンスがあるって噂があったみたい」
体育祭委員や生徒会の人たちが準備を進める中、僕らはいつものように他愛もない話をした。
僧頭先生との戦いから今日まで、異能を持った敵がやって来ることはなかった。
勉強と部活をひたすらこなす平凡な日々。部活っていうのは自警部のこと。
“BREAKERZ”や異能力のことが少しずつ知られてきて、ぽつぽつと依頼が来るようになっていた。
依頼と言ってもほとんど雑用みたいなものなんだけど。
グラウンドをトンボでならしたり、花壇に水をやったり。委員会活動の代理を任されることもある。
そういった依頼を、ときどき霊園さんも手伝ってくれていた。
ただ、彼女は結構な不器用なのかもしれない。
花壇の水やりを任せたら全部枯らしてしまうし、廊下の窓拭きを頼んだらガラスが全部割れていた。
図書委員の代理で図書室の本の整理を任せた時は、本棚を倒してしまって小さな女子を下敷きにしたこともあったよ。
正直これはめちゃくちゃ焦った。
その人の体が強靱だったのかはわからないけど、幸い怪我はなかったらしい。
“うちは大丈夫”の一点張りで、自分のノートを抱えて逃げるように図書室を出て行ったんだとか。
怪我してたら廃部級のアクシデントだ。
霊園『済まぬ、我はそういう質なのだ』
その他、色々とやらかした霊園さんは生気のない顔で僕に謝ってきた。
不器用な自覚はあるらしい。
『大丈夫、気にしないで。自警部自体は存続できてるから…。まず1つずつやっていこう。花壇の水やりなんだけど、水は花の根元に優しく掛けるんだ。葉っぱを目がけて勢い良く掛けてしまうと、傷んで枯れやすくなるんだよ』
彼女は確かに不器用だけど、呑み込みは早いと思う。
『ガラスは意外と脆いからもっと軽く拭く感じで良いかな』
『あ、本棚自体には触らないでおこう。本だけを触るんだ』
アドバイスやコツを教えると、すぐに改善できた。
霊園『枯れていない…。質が原因ではなかったのか…』
綺麗に咲いている花壇の花を見てぼそぼそと呟く霊園さん。
呑み込みが早いという自覚はなかったみたい。
そういったこともあって、彼女とは普通の友達のような関係になっていた。
“BREAKERZ”でも自警部所属でもない。
少しばかり警戒しているただの友達。
依頼は、特質や神の力といった能力を使わなくてもできる内容が大半を占めていた。
実際、霊園さんでもできることばかりだ。
最初は練習や鍛錬のために、なるべく能力を使って依頼を熟そうって感じだったんだけど…。
最近は無闇矢鱈に力を見せることに躊躇がある。
公に能力を披露すること、それは僕ら“BREAKERZ”を狙っている勢力を刺激することになるかもしれない。
だからといって、鍛錬しないというわけにはいかないんだけど…。
“敵の襲撃は今後も続く”。
慶はそう話していたし、僕もそう思う。
五十嵐先生や僧頭先生をけしかけた黒幕を倒さない限り、この戦いは終わらない。
気を引き締めておかないと。慶ばかりに背負わせるにはいかない。
僕ら皆で戦うんだ。
霊園「“BREAKERZ”、己らは一躍時の人となったわけか」
感心している風なことを言ってる霊園さんだけど、青白く生気のない表情は変わらない。
美澄「準備が整いましたので、プログラム1番“綱引き”を行います。出場者の皆さんは司会席のテント前まで集まってください」
美澄さんによるアナウンスが、グラウンドに設置されたスピーカーを通じて反響する。
そろそろ始まるみたいだ。
最初の種目は“綱引き”。
グラウンドの中央には、砂埃を被った綱引きロープがピンと伸びた状態で置かれている。
司会席の方へ疎らに集まっていく綱引きの出場者たち。
「おい、あれ…? あいつじゃね?」
「マジか、早速出るのかよ」
綱引きの出場者を見た他の人たちがざわつき始める。
そんな彼らの視線を追って、僕はグラウンドの中央に目をやった。
あいつというのは多分…。
鬼塚「…………。」
直立不動、真顔でビクともしない琉蓮。
きっと彼のことを言っているのだろう。
普通の1年生、2年生、3年生に混じって美澄さんや先生の説明を聞いている彼は何処となく異彩を放っている。
いや、放っているんじゃない。
琉蓮が持つ最強の特質を皆が認知した。ザワつく彼らの視線が琉蓮に異彩という名の色を着けているんだ。
綱引きに力を使うか使わないかは任せるよ。他のみんなにも自重しろなんて言う気はない。
これはあくまで、チームで競って優勝を狙う体育祭。真剣に勝ちに行こうとしている人も少なくないから。
ただ今は、妙な眼差しで注目を浴びている琉蓮が心配だ。彼はこういうの苦手だろうから…。
僧頭先生に服を燃やされて、教室で全裸になった彼はしばらく学校を休んでいた。
ようやく気持ちが落ち着いて戻って来れた矢先にこれは…。
霊園「鬼塚琉蓮、最強の特質持ち…」
ぼそぼそと呟く霊園さん。
彼女も琉蓮を心配しているんだろうか。
琉蓮に向けられた多くの眼差しは、“BREAKERZ”への期待を物語っている。
異能力が飛び交い衝突し合うド派手なチーム対抗戦。
能力を使うことを躊躇している僕らと相反して、皆は去年とはひと味違う体育祭を期待しているようだった。




