僧頭編 エピローグ - 文月 慶⑱
白い天井に、僕を覗き込む黒い人間たち。
ぼやける視界で僕はそれらを捉えた。
なんだ…、こいつらは…。
僕の身体で人体実験でもするつもりか…?
手足の感覚が戻ってくる。
意識を失っていたのか?
どうやら、僕は質の悪いベッドに仰向けに寝かされているようだ。
状況が掴めない。確かさっきまで僧頭と戦っていたはず。
そうだ、姫崎…。姫崎雛とかいう鬼炎拳の使い手と手を組んで奴を殴った。
あれから、どうなった?
勝ったのか? それとも…、負けてここに連れて来られた?
謎の人間どもは僕の顔を更に覗き込んでくる。
人体実験開始といったところか。僕が既に動けるとも知らずにな。
僧頭や姫崎のことを考えるのは、ここを脱出してからだ。
もっと…、もっと顔を近づけてこい。
少しずつ…、奴らの顔が僕に寄ってくる。
今だっ…!
グッ…!
僕は両手に拳を握り締め、勢いを付けて起き上がった。
構えもクソもなく出せる妖瀧拳の連撃。
先手必勝…!
「おぉ文月ぃ! 無事じゃったk……ノオオオオォォォォン!」
僕は正面に居た人間に、渾身の溺葬波濤を打ち込んだ。
ーー
文月は、まだ意識が完全に戻っていない状態で暴れ始めた。
彼が人体実験のために連れて来られたと思ったこの場所は、吉波高校の保健室であり、顔を覗き込んでいたのは意識のない彼を心配した友人たちであった。
文月の渾身の連打を顔面に受けた的場は、後方に吹き飛び身体を強く打ちつける。
水瀬「慶! 落ち着いて! 僕らだよ!」
剣崎「文月氏、また乱心であるか!? もう私たちは3年生だ。拳ではなく言葉で語り合わないか!!」
文月「汚い手で触れるな! 離せ、愚民ども!」
暴れる文月の両腕を押さえつけて必死に制止しようとしている水瀬と剣崎。
そして…。
樹神「まぁとりあえず、俺のブロッコリー食えよ」
文月「ふごっ…」
いつになく落ち着いた声色で、樹神は片手に持っていた1株分のブロッコリーを彼の口に押し込んだ。
ーー
紫色の炎に焼かれながらも姫崎と共に僧頭を倒した僕は、気づけば保健室のベッドの上に居た。
水瀬「慶、僕だよ。水瀬友紀。わかる?」
的場「俺はサッカー部の的場凌じゃ。今は顔面変形しとるかもしれんけん、シラフでもわからんかもな、ハハハッ!」
起き上がった僕を心配そうに見つめてくる水瀬と、面白おかしく笑い飛ばす顔面痣だらけの的場。
的場は何があった?
あぁ、僧頭の体罰か。
あの外道め。
こいつらは、僕のことを記憶喪失か何かだと思っているのか?
「当たり前だ。悪い夢を見てた気はするが…」
確か人体実験を受けていて、頭のデカい奴が緑色の物体を僕の口の中に押し込んで来たんだ。
抵抗も虚しく僕はベッドに縛り付けられて意識を失った。
口の中が何処となく青臭い。あの物体の感触が残っている? リアルな夢だったな。
水瀬「それ半分くらい現実……いや、何でもない。とにかく無事で良かったよ」
安堵したような表情を見せる水瀬。
僕が意識を失った後の話をこいつらから詳しく聞いた。
僕と姫崎の合わせ技を喰らって気絶した僧頭は警察に連行されたらしい。
生徒に対する過剰な体罰。
傷害罪による現行犯逮捕となった。
僧頭『すまなかった。“BREAKERZ”にも、気をつけろと伝えてくれ。彼らは目を付けられている』
パトカーに乗せられる直前に発した奴の言葉だ。
水瀬はどうもそれが引っかかるらしい。
水瀬「五十嵐先生と同じように、僧頭先生も操られていたんじゃないかって…」
5月の連休前に行われた球技大会。
サッカーの決勝戦にて、五十嵐が急にキレて戦闘になった時の話か。
かなり手強い相手だった。鬼塚が居なければどうなっていたことやら。
“尋常じゃない殺人衝動”。
“頭の中に別の何かが居るような感覚”。
そういったものに支配された奴は僕らに攻撃を仕掛け、鬼塚に敗れて正気を取り戻した。
その後、ウインドパワーとかいう胡散臭い力を恋人繋ぎで水瀬に継承したと…。
聞いた感じ、神の力では無さそうだな。
“EvilRoid - Aqua”が使っていた“水の理”と同じ系統の能力か?
僧頭も何者かによって、憎悪や殺人衝動を増長されていた可能性があると水瀬は語る。
有り得る話だが断定はできない。
ただ何者かが五十嵐や僧頭の殺意や憎悪を煽って、僕らに神憑や能力者をけしかけて来ているなら今後も襲撃は続くだろう。
目的は何だ? 威力偵察か?
奴が途中で使い始めた祓神術とやらには、御門伊織が関係していそうだが。
僕らに敵意があるなら、全員が満身創痍だったあの時に殺しに来ていただろう。
Destroyの撃破に協力した彼女はむしろ白に近い。
未来の神に繋がる可能性は…。色々と考えてはみるが、手かがりがなさ過ぎる。
だが何者かが仕掛けてきているなら、神との決戦も近いのかもしれないな。
「もう自分たちの異能をひけらかすのは止めた方が良い。僕らを良く思っていない輩を刺激することになる」
水瀬の話を最後まで聞いて、僕は彼らにそう告げた。
来る絶望的な未来を背負うのは僕だけで良い。
「犯人探しなど考えるなよ? 君たちは、普通の高校生活を何も考えずに送っていれば良い」
僕の発言に対し、水瀬は何かを察したのか哀しそうな顔をする。
水瀬「慶…、やっぱり何か知ってるんじゃないのか? 1人で抱え込まずに、僕らに相談してくれよ」
こいつの妙に鋭いところ、中々に厄介だな。
あれはもう何ヶ月も前のことだ。
“普通の高校生活を送ってほしい”。
小林先生と辻本先生の意思を尊重する気持ちは正直薄れている。
だが僕以外が死んでいたあの未来を見た以上、こいつらに協力させるわけにはいかない。
「ふっ…、僕は一匹狼だ。単独行動を好むことくらい、お前なら知ってるだろ?」
身体中に痛みを感じる中、僕は床に足を着けてベッドから立ち上がった。
納得のいかない様子の水瀬や神妙な面持ちの剣崎たち。
「能力持ちが現れたら僕に連絡しろ。全て処理してやる」
僕は一方的にそう言って、振り返ることなく保健室を後にした。
ーー
保健室を出て正面玄関へと向かう文月。
そんな彼を物陰から覗く者が1人。
姫崎(むっ…、ちゃんと二足で歩いとる。なら元気やな)
顔や手足に幾つもの絆創膏が貼られた姫崎雛(友人2人による応急処置である)。
彼女は蹌踉めきながら歩く文月を見て、安堵の溜め息を吐いた。
姫崎(今日は凄い1日やった。まさか文月と生で話す日が来るとは…)
そして、浮つく彼女の背後にまた別の人物が忍び寄る。
皇「おぉこれはこれは♪」
姫崎「ぬおっ!?」
急に声を掛けられた彼女は飛び上がりながら振り向き、反射的に手足をぶんぶんと振りながら変な構えをとった。
皇「そんなビビんないでくれよ♪ あんたは今回のMVPだぜ?」
妙に勘が鋭く運に恵まれている一般生徒の皇尚人。
姫崎が極端な反応を見せたのには理由があった。
姫崎(なんでや? なんで気取られた? しかも、こいつ気配がなかった)
彼女は文月を尾けている時、周囲には細心の注意を払っているのだ。
“気”という概念を主軸に戦う鬼炎拳の使い手である姫崎は、文字通り“気”を操ることに長けている。
“尾行はバレたら終わり”。
“妄想もバレたら終わり”。
そう考えている彼女は、尾行時と妄想時は自身の“気”をコントロールし気配をほぼ完全に消しているのだ。
それに加えて周囲の“気”の流れにはアンテナを張り、人が近づいて来たらすぐわかるようにもしている。
自身の気配を消し、他人の気配にはいち早く気づけるように。
皇がアンテナをすり抜け、気配を消しているはずの彼女を見つけて背後を取れた理由は定かではない。
ただ彼は、僧頭との戦いにおいて尋常じゃない動きを見せた姫崎を探していた。
そして、運良く見つけられた。それだけなのかもしれない。
姫崎「う……うちに何か用? しょうもない話やったら首へし折んで? 素手で」
指の骨をポキポキと鳴らし皇を威嚇する姫崎。
彼女なりに動揺を隠しているつもりなのだろう。文月へのストーカー行為がバレたら、マジで終わると思っているのだ。
皇「おぉ怖い怖い♪ 安心してくれ。俺はただ交渉に来ただけだ」
彼独自の笑顔で緊張を和ませようとする皇。
姫崎「交渉…、怪しい男」
敵意はないと思ったのか、姫崎は驚きざまに出した変な構えを解く。
皇「簡単な話だ。自警部に入って俺たちと戦ってくれ。って言っても、多くて月1くらいだがな」
姫崎「自警部…、最近話題の…。今どきの部活」
聞く態勢になった彼女を見て、皇は話を続けた。
皇「手ぇ抜いててあれだろ? 勧誘しないわけがねぇ♪ おっと、パシリみたいに無償で働かせる気はないぜ。ちゃんとメリットも用意してある。他の部員とは違うVIP待遇って奴だ♪」
彼の言うとおり、姫崎は先の戦いで完全に手を抜いていたのだ。手を抜いていたというより、文月との接触に心が躍っていたと言った方が適切か。
本気を出したとすれば、金色の仏堂内で紫炎に焼かれ数多の仏像にのし掛かられた時くらいだろう。
手を抜いた状態で神憑である僧頭を手玉に取った彼女の功績に、皇は魅了されたのだ。
彼の言うVIP待遇とは何なのか。
皇はポケットから例の校章を取り出して、ニヤリと笑った。
皇「俺と文月はこれのお陰で切っても切れねぇ関係なんだ♪ 自警部に入るってんなら、俺がいつでも会わせてやるぜ」
校章を持ち出した完璧な交渉。チェックメイトだ。
文月に好意があることも察していた皇は、そう確信したことだろう。
だが…。
姫崎(あ……あ……怪しくて卑しい男。こいつもそっちの人? あかん、こいつはあかん。文月の貞操がアブない。ここで殺っとくか? いや、でも妄想に関しては…。文月が強引に押し倒されるシチュエーションもそれはそれで捗ります)
彼女の思考は完全に明後日の方向に向いていた。
姫崎「むほほ// あかん、声漏れた」
皇「ん…?」
頬を赤らめながら口を塞ぐ彼女に対し、皇は怪訝な顔をする。
皇「嬉しげに笑った。ってことは交渉成立? 交渉……成立だな! ようこそ、自警部へ!」
姫崎の反応に違和感を覚えながらも、彼は強引に話を進めようとした。
姫崎「うちは入らへん。けど、ありがとう」
ニコリと微笑みつつきっぱりと断った彼女は背を向ける。
皇「何か話噛み合ってなくねぇかぁ? まぁ悪い返事じゃねぇな。いざという時は協力してくれよ♪」
2人はお互いに背を向けて歩き出した。
姫崎は自分の教室へ、皇は水瀬たちの居る保健室へ。
皇「お前ら、クズの文月に遅れを取るんじゃねぇぞ! あいつを調子に乗らすなよ!」
水瀬「いや、手を出すなって君が言ったんじゃん」
賑わう声を聞いた姫崎は、チラリと振り返り穏やかに笑った。
姫崎(うち、文月と話して気づいてん。うちは自分で直接話すよりも遠目で見て妄想する方がキュンってなるねん。文月のことは多分好きや。だから、これはうちなりの愛情表現…)
そう考えた彼女は頬を赤らめながら、教室へ戻っていった。
一方、吉波総合病院の一室では──。
シリウス「では、交渉成立だね。嬉しく思うよ。神の世の在り方について熱く語ろうじゃないか」
日下部がイボ痔に苦しむ中、病院の窓から外を眺めるシリウスは穏やかにそう言った。
日下部「ちょっと待ってくれ。僕のお尻に2柱分の容量はあるのかい? オーバーヒートとかしないのかい?」
白いベッドで安静にしてる日下部は、不安そうに問いかけた。
シリウス「物は試しさ。それにお尻は縦に割れていて実質2つあるから大丈夫だと思うけどね。それに彼の力は君のイボ痔に有効かも知れないよ」
日下部「全く根拠になってないじゃないか。まぁでも、事情が事情だし断るわけには行かないね。僕のお尻で良ければ匿ってあげるさ」
不安と良心が日下部の中で交錯する。
シリウス「不安なら電気屋というところでブレーカーを調達しよう。どうやらあれは安全装置らしい。お尻に着けたら、いざという時は守ってくれるさ」
爽やかな笑顔と共にグッドポーズをするシリウス。
まだイボ痔が痛む日下部は言い返すことなく、静かに溜め息を吐いて布団を被った。
ーー
【 自警部•僧頭編 ー 完結 ー 】




