武術と神と謎の術 - 文月 慶⑯
「ひ、姫崎…!」
僧頭のお経によって身体が燃えている姫崎に、僕は手を伸ばした。
僧頭「くくっ…、熱いだろ。魂魄を……肉体を直接燃やす術に抗う手段は流石になかろう」
奴は邪悪な笑みを浮かべてそう語る。
クソッ…、クソッ…! 僕が対処できないのを良いことに、図に乗りやがって。
このままだと姫崎が焼け死ぬ。
何のための神対策だ。一切の犠牲を出さず、僕1人で神を討つんじゃなかったのか?
こんなハゲを相手に犠牲者を出すのは論外だ。
水瀬「まずい…! このままじゃ…! 水の…」
皇「おい、落ち着け。手ぇ出すなって言ってるだろぉ?」
水瀬「身体が燃えてるんだぞ?! 放っておけって言うのか?」
背後から奴らの口論が聞こえてくる。
「い、嫌…。雛あああぁぁぁぁ~!!」
「やめてええぇぇぇぇ~!」
甲高い悲鳴を上げる2人の女子生徒。彼女のクラスメイトか?
姫崎の名前を叫びながら、2人はこちらに向かって走りだそうとしていた。
皇「おい、待て。あれはパンピー2人がしゃしゃり出てどうにかなる相手じゃねぇよ」
そんな彼女らの前に立ち、珍しく真剣な表情で制止する皇。
「このままじゃ雛が死んじゃう…! それを黙って見てろって言うの?!」
「こういう時こそあなた達の出番でしょ!? 早く助けてよ!」
目に涙を浮かべながら必死に訴える彼女たち。
2人の反応を見てか、皇は意地の悪げな笑顔を見せる。
奴が“BREAKERZ”を止めているのは、恐らく僕への配慮だ。
誰の手を借りることもなく神憑を討ちたかったが、人が目の前で死にかけている。
もう四の五の言ってはいられない。
奴ら奇っ怪な能力者たちの力を借りよう。そう決めた矢先のことだった。
姫崎「連れションフレンズ…、うちを……心配しとる」
両膝を着き腕を抱えた状態で炎に炙られている姫崎が、何かぶつぶつと言い始めたんだ。
姫崎「2人の涙は心がキュッてなる。あんまり心配かけたくないのに…」
彼女はそこまで言ってからこちらに振り向いた。燃え盛る炎のせいで見辛いが、不機嫌そうな顔で口を尖らせているのがわかる。
姫崎「か弱い女子が目の前で炙られてるのに、手伸ばすことしかできへんのか?」
それは僕に言っているのか…? そんなことより、なんだこの違和感は…。
いや、違和感というより安心感に近い。
姫崎「うちを助けられへんのか? ほな、うちはか弱いけどそっちはもっとか弱い。肝心な時には動けない非力で惨めな顔だけ男」
「な、何だと…?」
こいつに対する心配や巻き込んで悪かったという想いは、一気に怒りへと変わった。
「何故そこまで言われないといけないんだ! 元はと言えばお前が首を突っ込んで来たんだろ。勝手に巻き込まれて被害者面とは良いご身分だな!」
姫崎「むっ…、うちが助けないと死んでたクセに!」
僕が言い返すと、炎に包まれた姫崎は頬を膨らませて若干悲しそうな顔をする。
さ、流石に言いすぎたか。こんな小さい女子相手に、何ムキになってるんだ。
「そ、そもそもあの火球は予想外だったんだ。ただの神憑なら余裕で勝っていた。途中で別の力に覚醒するなんて、誰が予想できる?」
辛そうな彼女に悪いと思いつつ、弁解しながらふと考える。
人間って、炎に焼かれながら話せるものなのか…? 生身で焼かれたことがないからわからないが、声も出せないほど苦しいと考えるのが妥当だろう。
さっき感じた安心感に近い違和感。
姫崎には、この炎が効いていない?
「何笑ってるの? こんな状況で…。正気の沙汰とは思えないわ!」
ニヤける皇に対し、姫崎の知り合いは泣きながら声を荒げた。
皇「お前ら、本当にあいつの友達なのかぁ? 何にもわかってねぇな♪ 俺はひと目でわかったのによぉ」
2人に対し、奴は飄々とした態度でそう答える。
同時に、僕を睨みつけながらゆっくりと立ち上がる姫崎。
平気そうな彼女を見てあの時のことを思い出した。
“EvilRoid”の襲撃前、僕は戦力を確保するために男虎先生の墓を訪れた。
あの時は死んでいると思っていたんだ。開発したての万能薬が死体に適用するかわからないまま墓を掘り返すと…。
男虎『よぉ、文月! 吉波高校の問題児いぃ!』
奴はガリガリではあるものの、元気な姿で墓から出てきたんだ。
人生で1番動揺した出来事だと言っても過言ではない。
実は生きていたのに間違って埋葬された。これは怖いが、有り得ることなのかもしれない。
この国では墓に埋める前に火葬するのがセオリーだ。たとえ生きていても火葬の段階で骨になるはず。
だが、男虎先生は違った。葬儀屋が火葬を忘れることはまずない。
だとすれば考えられるのは1つだけ。
鍛えまくられた筋肉に火が通らなかったんだ。
燃やされながらも余裕で立ち上がった姫崎雛。
火が通らないという風に考えると…。
姫崎「もういいっ! 全部うちがやる!!」
こいつの肉体強度は、男虎先生に匹敵する。
姫崎「ふうぅぅん゛っ!!」
両手に拳を作った彼女は、それを胸の前に交差させてから一気に振り下ろした。
弾け飛ぶようにして消える炎。
姫崎の姿が鮮明になる。
無傷どころか服すら全く燃えていない。全く効いていない上に、纏わり付く炎の“気”をコントロールしていたのか?
皇「あいつは強い。パンピーが束になったところで、傷1つ負わせられねぇくらいになぁ♪」
奴はこちらを指さし、姫崎の友人2人にそう告げる。
「ひ、雛…」
「火が消えて……」
2人はホッとしたのか安堵の涙を流した。
姫崎「あのハゲちゃびんセンコーはうちが潰す。ダチを泣かしたこと、絶対に許さへん」
前に向き直った姫崎は、肩を回しながら歩き出す。
「ま、待て……姫崎!」
僕の指図を聞かずに駆けだした姫崎。
僧頭「何なんだ…。神の力も祓神術も通らない」
確かに奴も動揺はしている。畳み掛けるチャンスに見えなくもないが…。
先ほど発動させた金剛力士体、奴の身体を強靱なものへと変化させる能力ならば返り討ちに遭う可能性が高い。
祓神術、お経から繰り出される技全般のことか。
あと懸念がもう1つある。これはあくまで僕の勘だが…。
姫崎「ふんふんふんふんふんっ!!」
鼻で大きく息をしながら僧頭へ迫る姫崎。
僧頭「チッ…! 唱えろ__残影頭!」
奴は舌打ちをしながら数珠を擦る。
左右に並んだ僧頭の蜃気楼的ハゲ頭だが、今回はシンクロしていない。
熱線を撃ってくることもなく、左右の頭は同時に異なるお経を唱え始めた。
神憑の能力と祓神術の併用か。予想外に予想外を重ねて来やがったな。
対して姫崎は鬼炎拳1本だ。明らかに分が悪い。
僧頭「残影頭による多重読経」
ただのハゲ頭だと舐めてかかるものじゃない。奴にはセンスがある。
神の力も使い慣れてはいない様子だった上に、祓神術はついさっき獲得したような感じだった。
双方覚醒したての能力を、短時間でここまで使いこなせるようになるものなのか?
右の頭は巨大な火球を、左の頭は無数の小さな火球を生成する。
残影頭1「経術・日輪火葬」
残影頭2「経術・無量恒星火葬」
走る姫崎に向かって、2種類の火球が放たれた。
巨大な火球に続いて、大多数の小さな火球が一気に向かってくる。
ここから見ただけでも威圧感がハンパじゃない。
だが彼女は足を止めることなく、冷静に拳を振り上げてこう言った。
姫崎「その“気”にはもう慣れた」
目の前の巨大な火球に向かって不恰好な突きを繰り出す姫崎。
本当に武術をやっているのか?
ぱっと見ただの素人パンチだが、巨大な火球は彼女の拳が触れた瞬間に音もなく消滅した。
そして、もう片方の拳で同じく不恰好な突きを無数の火球に向かって繰り出した。
まさか…、その大量の火球をその1発で…?
スッ……
全部……消えた……。
彼女はスピードを一切落とすことなく、数多の火球をたった2回の素人パンチで打ち消した。
突きは完全に素人だが、“気”は完璧に読み切っているのか。
いやまさか、型通りに突きを出すのが面倒で手を抜いている?
彼女の実力がわからない。
いったい何帯だ?
僧頭「ええぃ! もうヤケクソじゃあぁぁ! 太陽頭熱線!!」
僧頭本体が直々に白く光った頭を突き出した。
ここまでは姫崎が押しているように見えるが、さっき懸念がもう1つあると言っただろう。
それが、これだ。
鬼炎拳の開祖の教え。
生物や物体問わず、この世に存在するものには全て“気”というものが備わっている。
この教えの裏を返せば…。
ピカーン!!
放たれた白く輝く熱線に対して、姫崎は走りながら手を翳した。
手と熱線が触れるすんでの所で…、
姫崎「“気”が……ない?」
ザザーッ…!
彼女は急ブレーキを掛けながら身を捻り、熱線をギリギリの間合いで回避する。
本来この世にはない神の力…、神性子には“気”というものがなくても不思議ではないだろう。
姫崎はそのことに即座に気づき、往なせないと踏んで熱線を躱したんだ。
そして、彼女が避けた熱線は一直線にこちらへやって来る。
神憑の能力となれば対応可能だ。
スマホの充電、残り30パーセントほど。まだアプリは使える。
迫り来る熱線に対しスマホを手早く操作。
“AntiDeity:Mode.OFFSET_ShapeOfPlane”。
神性子の壁を目の前に形成し、奴の熱線を相殺した。
姫崎の緊急回避、熱線に対する僕の対応。
これらを見た僧頭はしめしめといった様子でニヤリと笑う。
僧頭「そうか…、そういうことか。小さな女子には神の力を。文月、お前には祓神術かあぁ!!」
姫崎は神の力を往なせない。僕は祓神術に対抗する手段がない。
お互いの弱点がバレた。
僧頭「融かし詠み上げろ__千本頭剛義」
姫崎をドーム状に囲い込む無数のハゲ頭が現れる。
まずい、いくら身体能力が高いとはいえ無限に放たれる無数の熱線を全て躱すのは不可能だ。
そして、あの無数の頭からだろうか? 何重にも重なったお経のような声が聞こえてくる。
身体が内側から徐々に熱くなるのを感じる。
僧頭「千本頭剛義による常時読経」
僕を姫崎みたいに燃やす気か…?
どうする? 考えろ…!
ここで僕が焼け死んだら姫崎も殺られる。
奴の術をどうにかして彼女を助ける方法を考えろ…!
ジリジリジリ……
身体の中から妙な音がする。
僧頭「経術・神体火葬」
お経を唱え終えて邪悪な笑みを浮かべる僧頭。
次の瞬間、僕の身体は発火した。
言い表せない激痛に思考が廻らない。
そして…、
ピカーン! ピカーン! ピカーン! ピカカーン!!
前方に見える無数の頭は、ドーム状に囲い込んだ姫崎に向かって大量の熱線を放った。




