体罰指導 - 文月 慶⑫
水瀬『ど、どうする?』
昼休み、奴らと一緒に飯を食っている水瀬の顔は青ざめていた。
剣崎や獅子王、他の“BREAKERZ”も浮かない顔をしている。
机を寄せて真剣な様子で話し合う奴らを、僕は体育館倉庫で監視していた。
若干の蒸し暑さを感じながらも、僕は跳び箱の上で横になり彼らの動向を窺っている。
前にも来たことがあったな。
学生大戦の時だ。大戦を未然に防ぐため作戦の指揮をここで執っていた。
ここは良い隠れ場所だ。湿気と汗臭さが不快ではあるが、堂々と出歩いて生徒や先生に見つかると色々と面倒だ。
生徒会副会長の姫咲もウザいしな。
剣崎『今は私たちだけで凌ぐしかないだろう。鬼塚氏のことだ。きっと明日、新調した制服を着たフレッシュな姿を見せてくれることであろう』
水瀬の問いかけに対し、前向きに答える剣崎の表情は暗い。
彼らが浮かないのは何故なのか。
理由は単純明快、鬼塚の不在だ。
制服を僧頭によって燃やされた鬼塚は早退した。
体調不良でもなければ身内に不幸があったわけでもない。ただ服が燃えただけ。普通に考えれば明日は学校に来るだろう。
鬼塚の特質は疑うまでもなく最強だが…、彼はメンタルに少々問題がある。
浮かない顔をしているのはそれが理由だ。
全裸を晒し精神的ショックを受けた鬼塚が不登校になるのではないかという懸念。
彼が不登校になったら僕も困る。鬼塚ならどんな敵であっても無傷かつ一撃で沈められるという信頼があった。
正直他の奴らは信用ならない。勝っても満身創痍、もしくは相討ちになるリスクがある。
僕が未来の神対策に専念している間に、そこらの変な敵にやられたら本末転倒だ。そうならないための鬼塚だと思っていた。
水瀬『確かに…、やるしかないか。信じよう、自分たちの力を。そして、琉蓮はきっといつか帰ってくる…!』
不登校を前提に話を進める水瀬。
まぁそうなるだろうな。クソッ、まさかこんな形で鬼塚が封殺されるとは…。
鬼塚不在時の対策も考えなければならない。
更にやることが増えた。
何て忙しいんだ!
あのハゲもさっさと倒す。だから皇、お前はそろそろ処刑されろ。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
昼休みが終わり、午後の授業が始まる。
変わらず沈んだ表情の“BREAKERZ”は自分たちの席に着いた。
次は…、国語か。こいつらのクラスに僧頭は来ないだろう。
こっちはしばらく問題なさそうだ。
さて、皇。
お前は今どうしている?
僕はカメラを切り替え、奴がいるクラスをスマホに映し出した。
皇『クソクソクソがっ! どんなに勉強してもキモさが止まらねぇ!』
コーラ味のメントスを大量に食べながら、高速でシャーペンを動かす皇。
焦りまくった様子の奴、妙な緊張感に包まれた教室。
そして、生徒たちが取り出した教科書を見た僕は笑みを零す。
小さな黒板に書かれた時間割をズームアップして確認…、間違いない。
奴のクラスは歴史の授業で確定だ。
ガラガラ…!
勢い良く開かれる教室の扉。
険しい顔をした僧頭がジャージ姿で戻ってきた。
ドン!
僧頭『昨日忠告した通り、小テストを始める。不合格者は全員、灼熱の体罰だ』
教科書をがさつに置いた奴は、小テストの紙を前の席に配っていく。
僧頭『…………。もしかしたら、私の頭は思ったより熱くないかもしれない。熱くなければ“熱くない”と申告すること。熱する時間を延長する』
そんなバカ正直に申告する奴はいないだろう。
紙を配りながらそう語った僧頭の声は少しばかり弱々しい。
鬼塚との一件で、自分の頭の熱さに自信を無くしたのか? 見かけによらず繊細な奴だな。
黒板に書かれた5つの問題。5分を経過した辺りで小テストの紙が回収される。
教卓で採点を始める僧頭。
生徒たちは息を呑んでその様子を見守る。
そして…。
僧頭『全員満点だ』
全員が安堵の息を吐いたのも束の間、奴は険しい顔をしてこう言った。
僧頭『名前の書き忘れが1人。誰だ? 名乗り出ろ』
忠告されたクラスはやはり違うな。
学年1位の富樫のようにはなりたくないと、死に物狂いで勉強したんだろう。
だが、どのクラスにもうっかり者の1人や2人いるというわけだ。
さぁ、名乗り出るか? 黙っていれば、こいつは連帯責任だとか言い始めるぞ。
灼熱の体罰…、鬼塚によってネタっぽくなってしまったが、一般生徒が堪えられる代物ではない。
止めに入るべきか? 全員体罰なら皇の処刑も確定するが、こいつが1番目に炙られる保証は何処にもない。
出席番号順、背の順で考えても奴は真ん中辺りだ。
そんなことを考えていると、小さな手がすっと上がった。
名前を書かなかった生徒が名乗り出たことで、僕の心配は杞憂に終わる。
体罰を受けるのはこいつだけ。更には都合の良い特質持ちと来た。
不知火『先生、名前いるって聞いてないよ~?』
不死身の不知火、やらかしたのがお前で良かった。
お前も鬼塚同様、どんなに頭を擦り付けられても問題ない。
ふっ…、残念だったな僧頭。
お前は更に自信を失うだろう。
僧頭『不知火真羽。怠慢な上に悪びれない態度、極悪な生徒め。灼熱の体罰を決行する』
奴はそう言って不知火の元へ行き、両脇を掴んで小さな身体を持ち上げる。
そして…。
僧頭『熱いっ! 熱いかぁ?!!』
全く以て無意味な灼熱の体罰が決行される。
心なしか強めに頭を擦りつける僧頭。制服に穴が空き、爛れていく腹部の皮膚を見てニヤリと笑う。
何も知らない奴はご満悦なようだ。
僧頭『熱いっ! 熱いか!!!』
活き活きとした口調で同じ問いかけを何度か繰り返していたが…。
不知火『へぇ、皮膚って焼けるとこんな風になるんだね!』
僧頭『なに!?』
酷く爛れた自身の腹部を見て感心したような不知火に対し、奴は驚いたような声を上げて擦りつける頭を止めた。
可哀想な奴め。もう自分の頭を信用できなくなったんじゃないのか?
最強の鬼塚に続いて不死身の不知火だ。余りにも運が悪い。
僧頭『皮膚が焼けているんだぞ? 熱く……痛く……ないのか?』
そう問いかける僧頭からはかなりの動揺が窺える。
不知火『うん! 全然! すぐ治るし……もう慣れた!』
僧頭が頭を止めたことで、爛れた皮膚はいつの間にか再生していた。
慣れた……か。
恐らく高熱に対する“免疫”を獲得したんだろう。
日下部の昏倒劇臭屁も2度目は効かなかった。
僧頭『温度を上げてやる。死んでも文句は言うなよ』
キレた様子の僧頭はそう言って、灼熱の体罰を再開するが…。
頭の高熱に慣れた不知火。
どれだけ頭を擦りつけても、奴の腹部には変化が見られない。
温度を上げても全く効かないのか。あるいは、一定以上温度を上げた場合は何かしらの変化が起きるのか。
その疑問は湧いた直後に解明された。
僧頭『灼熱の体罰、温度マックス!! 熱いかあああぁぁぁぁ!!』
怒り心頭に発した僧頭がそう言って頭をぐっと押し付けた瞬間、皮膚や脂肪が焦げ落ち腸が露出する。
だが、それは束の間…。グロテスクな不知火の姿に、生徒らが悲鳴を上げる暇はなかった。
焼け落ちた腹部が瞬時に再生すると同時に、不知火の肌が赤く変化する。
不知火『え、何これ?』
不安げに首を傾げる辺り、本人もよくわかっていないようだ。
僕の小型カメラは超高画質。奴の赤い両手から発生している陽炎のようなものもちゃんと捉えていた。
そして…。
僧頭『私が熱い…? まさかオーバーヒート? いや違う…』
不知火を持ち上げている僧頭が怪訝な表情を浮かべる。
おおよそ理解した。不知火の身体に起きた異変、それは恐らく…。
不知火『ねぇ、先生。僕も熱いのかなぁ?』
僧頭の頭を赤くなった両手で掴む不知火。
僧頭『熱いっ! 熱いぞぉ?!!』
奴は苦しそうに全身を使って頭をぶんぶんと振り回し、不知火を振り落とした。
床に叩きつけられた奴の肌は少しずつ元に戻っていく。
不知火の特質はまだまだ謎が多い。当の本人がコントロールできてないからな。
今回、判明した新しい能力。
“免疫”を獲得した能力による攻撃や影響を受け続けると、奴はその能力を“受容”するというわけだ。
簡単に言えば、相手の能力を使えるようになる。それが一時的か永続的かはわからないが。
ただ免疫を獲得できる能力に限られるだろう。主に人体に異常を来すような能力だ。
不知火自身が特質をコントロールできるようになれば、Undeadがやったような芸当も恐らく不可能ではない。
待て、良いことを思いついた。
これは、鬼塚がメンタル的に封殺された時の対策になる。
特質を完全にコントロールできる不死身の不知火。鬼塚不在の際は、こいつが“BREAKERZ”を守るんだ。
死なない、負けない、戦える。最強の鬼塚に匹敵する刑務所のような安心感。
不知火の研究を進めよう。
血液と細胞、ついでに五臓六腑と全身の骨を提供してくれればそれで良い。
奴は痛みを感じない。二つ返事で人体を提供してくれるだろう。
僧頭『私の頭が熱かった。お前…、私に何をした?』
頭に手型の火傷を負った僧頭は、大の字に倒れてきょとんとしている不知火を見下ろしそう問いかけた。
僧頭『ただの人間じゃない。何かしらの異能力……神の力……』
1人ぶつぶつとそう語る奴の顔面は、般若を極めていた。その表情からは最高峰の怒りが読み取れる。
僧頭『お前、“BREAKERZ”の一味か?』
奴の目当ては“BREAKERZ”だったようだ。
こいつが吉波高校に来た目的にはあまり興味がなかった。ただの実験台としか思ってなかったからな。
灼熱の体罰という暴虐を餌に奴らを釣り出そうとしていたんだろう。
“BREAKERZ”を狙っているなら誰の刺客だ? “EvilRoid”を送り込んできた奴らか?
それにしては余りにも雑魚そうだが…。
『ぶ……ブレイカーズだって?』
『あの人たちを狙ってるの?』
僧頭から出た“BREAKERZ”という言葉にザワつき始める生徒たち。
不知火『うん! 僕、ブレ…!』
皇『おぉ~とっと~!!』
そして、不知火の声を掻き消すかのように大声を上げて席を立つ皇。
ついにこの時が来たか。
僧頭は険しい目つきで皇を睨みつけた。
皇『これはこれは僧頭先生ぇ♪ “BREAKERZ”に興味がおありで?』
あれだけビビっていたクセに自ら首を突っ込むのか。
あいつが不知火や“BREAKERZ”を庇うとは思えない。
何のために立った? 何を予感している? 君は合格した。何もしなくてもやり過ごせるはずだ。
動いた方が良いと直感的に思ったのか?
皇『“BREAKERZ”はただの七不思議的な奴ですよ♪ 神の力や超能力など下らない』
僧頭『誤魔化すな。私は知っているぞ。悪しき“BREAKERZ”を屠り汚名を返上する。私はあの場所へ帰るのだ!』
ニヤける皇とは対照的に、僧頭は辛そうな顔をして声を荒げた。
そんな奴の様子を見た皇の口角は更に上がり、いつもの狂気的な笑顔を見せる。
皇『随分と抱え込んでらっしゃるようで♪ 人を傷つけるのは辛いでしょう? 僧頭先生…、いや僧頭さん。貴方は優しいお方だぁ♪』
僧頭『黙れ、お前に私の何がわかる』
得意の口先で言いくるめるつもりか。
だが、自信満々というわけではないようだ。超高画質な小型カメラに映るお前の表情は少しばかり強張っている。
お前は昨日から嫌な予感がすると焦っていたな。お前の直感が正しければ、難を逃れることはできないだろう。
皇『いえいえ、わかりますぜ! 僕も貴方と同じ、圧倒的良い人ですからぁ♪』
心が揺らいだのか眉をひそめる僧頭。
そんな奴に対し、皇は余裕ぶった態度を見せてこう言った。
皇『どしたん? 話でも聞きましょうかぁ?』
ーー
皇流話術・完全確定人心掌握“どしたん傾聴”。
皇尚人は自前の話術によって、この場を丸く収めようとしていた。
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