体罰指導 - 文月 慶⑪
最初の数行 (ーーからーーまでの間) 、三人称視点となります。
ーー
般若のような表情で鬼塚を見下ろす僧頭。
彼は、高熱を発するスキンヘッドによる“灼熱の体罰”が全く以て効いていないことに気づいてしまったのだ。
堪え難い屈辱、自身の頭に対する自信の喪失、そして……元よりあった憎悪や怒り。
彼の凶悪な表情には、それら全ての感情が込められていた。
睨みつけられた“BREAKERZ”最強の鬼塚は、水瀬に向かってゆっくりと深く頷いた。
戦闘が始まる……否、僧頭が壊されると危惧した文月は、自身を彼らの教室へ転送するよう“FUMIZUKI”へ指示を出したのだが…。
彼の予想は大きく外れていた。
鬼塚「ぐっ…! ぐはああぁぁぁぁぁ!!」
仰々しく自身の左胸を掴み、片膝を着く鬼塚。
苦悶の表情を浮かべた彼の息は、どんどん荒くなっていく。
水瀬「え……何……?」
ザワつく教室。予想外の出来事を目の当たりにした水瀬の思考が停止する。
彼も文月同様、攻撃の合図だと捉えていたのだ。
鬼塚「身体中が熱い…! 内側から焼かれているような感覚だ! ガハッ!」
歯を食いしばりながら床に突っ伏し悶える鬼塚。
いったい最強の彼に何があったというのだろうか?
水瀬「ま、まさか…」
ある推測が頭に浮かんだ水瀬は戦慄を覚える。
水瀬「琉蓮が……やられている? 僧頭先生は琉蓮よりも強いのか…?」
戦慄した彼が発した言葉…、その言葉通りのことが起きているのならば“BREAKERZ”に勝ち目はない。
最強の称号は元スキンヘッド住職、僧頭剛義のものとなり、“BREAKERZ”は為す術もなく憎悪の炎に焼かれることになるだろう。
鬼塚「五臓六腑が焼け落ち、骨が溶けていく…! 溶けて流れる骨、爛れた五臓六腑が感覚神経を刺激し全身を痙攣させるっ!」
蹲った鬼塚は緊迫した様子でそう語り、説明通り全身を痙攣させてのたうち回った。
水瀬「嘘だ、琉蓮! 立ってくれ! 君が負けたら誰が勝てるっていうんだ!」
涙声で彼に呼びかける水瀬。
クラスメイトが息を呑んで見守る中、鬼塚は更に話を続ける。
鬼塚「それは無理だよ友紀くん! このままだと絶命する! 僕は無力だ! 声帯も焼けた。“熱いか”という嗜虐的問いにすら答えられない!」
同級生が目の前で無惨に殺されるという悲惨な光景。教室はこれ以上ない恐怖に染まり、すすり泣く声が聞こえてくる。
獅子王「う……うぅ……。使えないゴリラでごめん」
戦闘経験のある“BREAKERZ”も例外ではないようだ。
それほど鬼塚の力は強大で、絶対的信頼があったのだろう。
水瀬「…………ん?」
そんな中、ただ1人水瀬だけは怪訝な顔をしてのたうち回る鬼塚を見据えた。
鬼塚「あぁ、みんな泣かないで。もう大丈夫、痛くなくなったよ」
全身の痙攣が少しずつ治まっていく。もう身体を震わす余力もないのだろうか。
鬼塚の目には涙が浮かんでいた。そして自身を見下ろす僧頭に対し、彼は鼻を啜りながらこう言った。
鬼塚「先生、とっても熱かったよ。お願いです。皆にはこんなことしないで……ガクッ」
全身の力が抜けたかのようにだらんとなり、白目を剥く鬼塚。
生徒らの泣き声はより一層大きくなる。
樹神「ゴンちゃああぁぁぁん! 死ぬなああぁぁぁ!」
獅子王「ゴリラでごめん。僕がティラノサウルスになれたらこんなことには…!」
嘆き悲しむ大半の生徒に対し…、
朧月「…………」
ごく少数ではあるが水瀬を含めた一部の生徒は違和感を感じていた。
剣崎(何であるか…、この言葉で表しようのない違和感は。死に至るほどの激痛を感じながら、その状態を懇切丁寧に説明することなど可能なのか? 最強である我らが鬼塚氏だからこそ出来た芸当だとも考えられるが、そもそも向かうところ敵無しの鬼塚氏に死の概念などあるのだろうか。これは誠に遺憾である。違和感マックスなせいで、友人の死を素直に悲しめない)
顎に手を当てた剣崎は、堅苦しい口調で思考を巡らせる。
水瀬(多分、琉蓮は…)
水瀬は気づいた。
困惑した様子の僧頭は、動かなくなった鬼塚を見下ろしこう述べる。
僧頭「私は何もしてないぞ」
そう、僧頭は何もしていない。灼熱の体罰は頭を擦り付けることが大前提であり、触れずにスキンヘッドの熱を伝播させることは不可能なのだ。
つまり何もされていない鬼塚が息絶えることは疎か、何らかのダメージを負うことすら有り得ない。
のたうち回る前、鬼塚は水瀬に向かって深く頷くことで合図を送った。
水瀬「ひ、人は思い込みで死ぬって話があります。鬼塚くんは…」
彼の意図を理解した水瀬はフォローに入ろうとしたが…。
鬼塚「え、ちょっと待って? 頭擦り付けないと発動しない系の能力なんですか?」
動揺して飛び起きた鬼塚自身によって、フォローの余地はなくなる。
鬼塚が送った合図…。
水瀬「り、琉蓮…! 起きちゃダメだ…!」
あれは“迫真の演技”開始の合図だったのだ。
「う、うわあああぁぁぁぁぁ!」
「い、生き返ったぞおぉ!?」
教室で歓喜と驚嘆の声が交わった。
そして…。
鬼塚「いや、早く言ってくださいよ! 僕が頑張って演技してる間、『え、こいつ何やってんの? おもろww』ってバカにしてたんですか?」
彼はかなりご立腹な様子だ。普段は人見知りで大人しい鬼塚が教師に向かって叱責している。
鬼塚「眩しいたくさんの視線を浴びながら、黒歴史覚悟で醜態晒したのに…。ふざけんなよ、クソハゲ! “俺の頭TUEEE”がしたいのか知らんけど、そういうのは妄想で留めてください! 大人なんだから、先生なんだから!」
怒った鬼塚の言葉は止まらない。
そして僧頭の憎悪もまた、ただの説教で収まる代物ではない。
ガシッ!
僧頭「ああああ熱いっ! 熱いくわあああぁぁぁぁ!!」
彼は鬼塚の身体をガッツリ掴み、自身の頭を超高速に擦り付けた。
ボッ…!
その結果、発生した摩擦熱と元々高温だったスキンヘッドの熱が相まって鬼塚の制服が発火する。
「か、火事だああぁぁぁ!!」
「だ、誰か消火器持ってこい!」
騒然とするクラス。
獅子王「消火は僕に任せて! 皆は避難を…! 唖毅羅あぁ!」
窓から差し込んだ日の光を見て、獅子王は黒い体毛の巨大ゴリラ“唖毅羅”に変身する。
そして、教室を飛び出して消火器を捜しに行った。
水瀬「みんな、陽に続いて!」
唖毅羅に続いて教室から避難するクラスメイトたち。
僧頭「熱いくわあああぁぁぁぁ!!」
鬼塚「ふ、服が……焼けちゃううぅぅぅん!!」
取り残された2人は叫び合っていた。
その間、数十秒といったところだろうか。
ザザッ…!
唖毅羅「ウホッ!」
消火器を調達した唖毅羅が戻る。
プシューーーーー!!
ゴリラのまま2人に消火器を噴きかける獅子王。
彼の早急な対応で火事はボヤで済んだが…。
鬼塚「……………」
鬼塚の制服は全焼。
学校で全裸を晒すこととなった彼は、精神的ショックの余り、立ったまま白目を剥いて気を失っていた。
ーー
「はい、ここカチッとね! 指示器は30メートル手前でカチッと上げます!」
土壇場の脅迫は成功し、僕は足を手に入れた。
とは言っても、戻るのに2時間かかるわけだが…。到着する頃にはちょうど昼休みになるだろう。
運転はいちいち説明してくる高専教師に任せよう。大事な生徒を隔離したことに罪悪感はある。
だから、口うるさいことには目を瞑る。
こいつの車に乗ったのはついさっきだ。隣は気まずいから後部座席に乗った。不意打ちでヘッドロックをカマしてくる可能性もゼロではないしな。
『ここはカチッと! カチッと頭を固定して絞め落とします!』
奴のセリフが脳裏に浮かぶ。口グセ的にもヘッドロックは得意そうだ。
そして、この移動時間を無駄に過ごす気はない。
僕はポケットからスマホを取り出した。
まずはスマホと吉波高校に配置した小型カメラをリンクさせる。
スマホからも監視できるようにな。
簡単にできると思うが…。
「はい。ここはね、ナビに同様の所要時間と書いてますね。右に曲がっても真っ直ぐ言っても到着時刻は変わらないということです」
黙々とスマホを操作する僕とは対照的に、四角い顔の高専教師は話しを絶やすことなく運転を続ける。
「はい、さっき習った集合の知識が活きてきますよ! AまたはB! 右折または直進! かつ! または! かつ! または!」
おい、やめろ。喋るのは良いが、リズム良くハンドルを左右に振るな!
左右に揺れる車体、延々と“集合”に結びつけて語り続ける高専教師。
クソッ、奴のせいで集中できない。
「おい、真っ直ぐ運転しろ。大事な生徒がどうなっても良いのか?」
この脅迫じみた発言に対し、奴は目を見開き口に手を当ててはっと息を呑んだ。
「先生に向かってタメ口? いけませんよ!」
こけおどしだとバレたのか、あまり効いていないようだ。
「安全の為にも、黙って真っ直ぐ運転してください。僕はスマホに集中したい」
「高専では礼節やマナーについてもしっかり学びます!」
おい、話を聞け。
ちゃんと敬語を使っただろ。
「入学当初からです。まず1年生は先輩に会ったら…」
すぅーー………
僕の主張を無視して話を続けた奴は大きく息を吸って…、
「こんちわあ゛あ゛ああぁぁぁぁ!!」
邂逅して以来の1番デカい声を上げた。
目をこれでもかと見開き、ハンドルをガンガンと叩きながら挨拶をする様は正気の沙汰とは思えない。
少しでも耳を塞ぐのが遅れていたら、鼓膜をやられていただろう。
この声量、まさか特質か?
「こんちわあ゛あ゛ああぁぁぁぁ!!」
攻撃とも取れる高威力の挨拶が僕に降り掛かる。
クソッ、このままではカメラをリンクさせられない。
やむを得ないが、あれを使う他ないだろう。車内でほんの一瞬起動するだけだ。大したことをするわけじゃない。
だから、大丈夫だ…!
「こんちわあ゛あ゛ああぁぁぁぁ!!」
狂った挨拶が連続して繰り出される中、僕は耳を塞いでいた右手をスマホに伸ばした。
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よし、これで大丈夫だ。
こいつはまだ目をかっぴらいて叫んでいるが、僕の耳には届かない。
両耳にノイズキャンセリングイヤホンを着けたからな。
これでスマホに集中できる。
僕の予想通り小型カメラの映像をスマホにリンクさせるのは簡単だった。
ほんの数分で設定は完了し、水瀬ら“BREAKERZ”のクラスがスマホに映る。
唖毅羅『大丈夫、安心じで。僕が服を゛用意ずる゛よ゛』
いま奴らのクラスには、ゴリラに変身した獅子王と全裸で突っ立って硬直している鬼塚しかいないようだ。
あの後いったい何があった? 他の奴らは? 僧頭の姿も見当たらない。
そんな疑問が浮かんだ矢先、ゴリラの獅子王が奇行に出る。
バリバリバリ…!
唖毅羅「ボオ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン゛!!」
うっ…! こいつ、何をしている?!
奴は右手で自分の左胸を掴み、絶叫しながら自身の皮を剥ぎ取ったんだ。
その映像を目の当たりにした僕は思わず口を塞ぐ。朝食べた三ツ星レストランの料理が戻りそうだ…!
そして、剥ぎ取った自身の皮を鬼塚の腰に巻き付けた獅子王はこう言った。
唖毅羅『ホッ…! ホッ…! ごれ゛で大丈夫。大事な゛所ば隠ぜだよ゛……陽』
窓から差し込む日の光を見て名前を発した奴は、グロテスクなゴリラから人間の姿に戻る。
それから数十分後。鬼塚の父親、壮蓮さんが直立不動で動かなくなった彼を迎えに来た。
壮蓮『琉蓮、気持ちはわかる。そういう時期なんだろう。お父さんにもあった。だが、場所は選べ。そういうことは部屋でするんだ』
全裸の鬼塚を担いだ壮蓮さんは、硬直した彼をドスの利いた声で叱りながら学校を後にした。
それ以降は何事もなく昼休みになり、僕も刑務所へ帰って来れたわけだが…。
「礼を言います。約束通り生徒は返しました。“RealWorld”は解除したので、あの教室にいるはずです」
「はぁ……はぁ……。もう悪いことは2度としないこと! 少年院を出たらカチッと! カチッと切り替えてね、社会に貢献するんだよ!」
2時間を超える運転に疲れたのか、高専教師は少しばかり息を荒げながら僕を叱責し帰って行った。
いちいちオーバーだが、悪い教師ではなかったな。
吉波高校に直行するのは止めた。FUMIZUKIのコアを回収し、転送装置を自分で起動して吉波高校へ向かうことにする。
スマホだけではできることが限られる。無能なりにも奴のサポートが必要なんだ。
「行くぞ、無能」
『倒せましたか? フライパン頭の僧頭剛義』
自分の部屋へ戻った僕はコアをポケットに入れ、座標を吉波高校に設定し転送装置を起動する。
結論から言うと、僧頭は無事だ。鬼塚と同じく全裸になった奴は、服を取りに帰ったらしい。
「これが吉波高校の座標だ。もう間違えるなよ」
黒ずんだ渦模様の大穴が目の前に現れる。
ワームホール型転送装置、操作ミスと忘れ物をしなければ最高の移動手段だ。
「転送開始……」
そう告げた瞬間、僕の身体は黒い大穴へと吸い込まれた。




