体罰指導 - 文月 慶⑨
水瀬『さっきの先生なんだけど…、どう思う?』
自分たちの机を寄せ合って弁当を食べる中、神妙な面持ちをした水瀬がそう言った。
ちょうど向こうも昼休みか。
僕は三ツ星レストランの料理を食べながら、彼らの会話を監視している。
さっきやって来た僧頭について、早速話し合っているようだが。
皇『どうも何も…、あれは黒だな♪ 目ぇキマッてたぜ?』
剣崎『言いたいことはわかるが皇氏…、僧頭殿はまだ何もしていない』
何が面白いのかニヤける皇に対し、剣崎は真面目な意見を出した。
獅子王『確かに雰囲気怖かったけど、今は様子見するしかないんじゃない?』
無難に答えた獅子王は、手に持ったバナナを囓り不服そうに首を傾げた。
こいつは危険そうな僧頭よりもバナナの方が気になるらしい。
ゴリラになって食った方が美味く感じるのか? だとすれば、この前ゴリラだったのはそれが理由か。
鬼塚『もし戦うってなったら、髪の毛がない分を考慮しないと…。フサフサな人と同じ加減でやったら、頭が吹き飛ぶかもしれない』
右手に作った拳を見つめそう呟く鬼塚。
僕の予想通りだ。彼ら“BREAKERZ”はしばらく動かない。
その気になればいつでも戦える最強の鬼塚の存在がデカいのだろう。
完璧な力加減を習得し、メンタルの弱さも克服しているように見える。
彼の安定した精神状態が“BREAKERZ”全体に強者の余裕を与えているんだ。
たかだか目つきの悪いハゲ1匹の襲来。その脅威は、教室を飛び回る不快なハエ以下だ。
彼らの話し合いは“とりあえず様子見”ということでまとまった。同時に昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り、皇だけが教室を出て行く。
能力を持つ“BREAKERZ”は基本このクラスに集められている。
政府の手先である御影教頭が管理しやすくするためだろう。
能力のない皇は例外らしいが…。
彼らの決定のお陰である程度ゆとりが持てる。僕もじっくりと様子見させてもらおう。
僧頭、お前はカメラの前で力を存分に披露すると良い。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
午後の授業開始のチャイム。
歴史と公民を教えると言っていたが、奴はどこのクラスだ? 僕は各クラスに配置したカメラを切り替えて奴を探した。
居た、3年2組だ。
僧頭『昨今、我が国で深刻な問題になりつつある少子高齢化問題だが…。テストにも出るしテレビでもよく聞くだろう』
奴は教卓の前で教科書を持ち、少子高齢化について話している。
僧頭『解消は非常に難しい。うちは民主主義だから勝手に寝たきりの老人を撃ち殺すわけには行かん。同様に子供を強制的に作らせて、若者の頭数を増やすことも出来ない』
目つきの悪さは変わらず例えも物騒なものではあるが、奴は普通に授業をしているようだ。
内容からして恐らく公民の授業だろう。
生徒たちの様子も普段と変わらない。
真剣にノートを取る奴。
コソコソとスマホをイジっている奴。
寝落ちしている奴。
着任式で体罰がどうとか言っていたが…。今のところ、僧頭が不真面目な奴らに何かを仕掛ける気配はない。
あれはただの脅しだったのか? 第一印象で舐められないための予防線…。
敵でもなければ神憑でもないただの強面なハゲだという可能性は否めない。
もどかしいが、奴が普通の教師なら実験はまたの機会ということになる。
モニターに映るのは、ありふれた授業の光景だ。これほど退屈なものはない。
2年の途中までは僕も教室に居たわけだが、あの時間は苦痛でしかなかった。
延々と進む公民の授業。視界がぼやけ、少しずつ瞼が重くなっていく。
あまりの退屈さに、僕は座ったまま寝落ちしたらしい。とはいってもほんの数十分くらいか。
僧頭『熱いっ! 熱いかぁ?!!』
奴の怒声によって寝ていたことを自覚する。
僧頭の怒鳴り声? 何が起きた?
僕は若干残っている眠気を消そうと目を擦りながら、モニターを覗き込んだ。
これは…、神の力……なのか? そもそも奴は何をしている?
モニターに映し出された光景に理解が追いつかず、僕は頭を拈った。
“熱いか?”と問いかける僧頭は、ある生徒を壁に追い込み、そいつの腹に頭をぐりぐりと擦り付けている。
『ぐっ…! うぅっ…!』
苦悶の表情を浮かべ、奴の頭を両手で掴み、腹から引き離そうとしている生徒。
しかしながらそれは叶わない。
僧頭『熱いっ! 熱いかぁ?!!』
奴の問いは何度も繰り返された。
時間が経つに連れ、生徒の顔は更に苦しそうなものになっていく。
頭を擦り付けられただけでそんなに痛いものなのか? そんな攻撃されたことがないからわからない。
それにあの生徒、僕は知っている。いや、同期なら知らない奴はいないだろう。
身長180センチ超え、屈強な体格。厳格で近寄りがたい雰囲気に似合わない黒縁メガネ。
成績オール5、定期テストで常時学年1位に君臨する怪物。
その怪物は、富樫 壱勝という。
よくわからないが…、これが僧頭の言っていた体罰指導か。
だが何故富樫が体罰を受けている? 奴は俗に言う優等生。時折反抗的な態度は見られるものの、校則違反や問題行動を起こすような奴じゃない。
成績に関しても誰にも文句は言われないだろう。
「FUMIZUKI、状況を説明しろ。どうしてこうなった?」
『わかりません』
…………は?
『先ほどまでスリープモードになってました』
クソッ…、こいつも寝落ちか。
流石は“FUMIZUKI”、無能な人こ……何でもない。今回は大目に見てやる。
「そうか、それは仕方ない。暫くスリープモードはオフにしておけ」
『不眠不休で働けという残酷な指示を承りました』
無機質に嫌みったらしい返事をする“FUMIZUKI”。全く…、卑屈に育ってくれたものだな。
僧頭『熱いっ! 熱いかぁ?!!』
延々と頭を擦り付けられ、苦しそうに悶える富樫。よく見ると、僧頭の頭を掴んだ奴の手が火傷を負っている。
なるほど、理解した。
ハゲた頭から高熱を発する。
それが奴の能力か。
特質持ちか神憑、どちらとも取れる能力だな。
ガシッ!
富樫『良い加減にしろ。このハゲ頭が!』
体罰を甘んじて受け入れていた富樫だったが、ついにキレたようだ。
酷い火傷を負った両手に目いっぱい力を込めて、奴の頭を腹から引き離す。
僧頭『熱いっ? あれ? 熱いかぁ?』
ハゲ頭を持ち上げられた僧頭は困惑したような顔をした。
そして…、富樫は拳を振り上げる。
富樫『寺に帰って、ポクポクやってろ』
そう吐き捨てて、奴はハゲ頭をぶん殴った。
ガンッ! ボキッ!
折れるような音を立て、殴った拳の方が酷く腫れ上がる。
富樫『ぐわああぁぁぁぁ!!』
教室内に反響する富樫の断末魔の声。
あのハゲ頭、熱いだけじゃなく鋼鉄のように硬いのか。今のところ、特質のような能力に見えるが…。
背中を丸めて倒れ込む富樫。
骨折に重度な火傷、今日は災難だな怪物。だが、お前のお陰である程度把握できた。
仇は取ってやる。
僧頭『帰る場所などない。あのベビーカステラのせいだ』
富樫を見下ろしそう呟く僧頭。
ベビーカステラ? 屋台から盗んで家を追い出されたのか? だとしたら自業自得だろ。
僧頭『良いか? 今日は学年1位のこいつが全ての責任を負ったが、次の小テストは間違えた奴全員こうなるぞ。女子も同じだ。男女平等に頭を擦り付ける』
奴の話を聞いた一部の女子が顔を覆って泣き始めた。
男子生徒も泣き出しはしないものの、絶望している様子だ。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
授業の終わりを告げるチャイム。
険しい顔をした僧頭は教科書をまとめて教室を出て行った。
全員、授業終わりの顔じゃないな。
『うぅ……うぅ……』
沼倉『怖かったね。陶香もすごく怖かった』
蹲って静かに泣いている女子生徒に、陶香と名乗る女子が寄り添った。
沼倉『でも大丈夫よ』
ふんわりとした口調で話す彼女は、優しく女子生徒を抱きしめる。
沼倉『1週間後には……せるから』
邪悪な笑みを浮かべる彼女。周りに聞こえないように小声で言ったつもりだろうが…。
“1週間後には殺せるから”。
僕の超高性能なカメラは奴の言葉を綺麗に拾っていた。
そして、戦慄し“トウカ”という名前を思い出す。
姫咲『あっそ…。陶香に言っとくわ。言うことを聞かない男がいるって』
生徒会副会長、姫咲紫苑が僕を引き止める際に出した名前だ。
この訳ありげなぶりっ子が“トウカ”か。
カメラ越しにも身の危険を感じる。
1週間後、こいつは何らかの手段で僧頭を殺すつもりだ。
人死が出るのはまずい。校内で変死体でも出てみろ。真っ先に僕が疑われる。
「明日、学校へ向かう。FUMIZUKI、お前は僕のサポートに徹しろ。外出中、ネットサーフィンは禁止だ」
『かしこまりました…』
どこか残念そうに感じる無機質な音声。
早く倒さないと面倒なことになりそうだ。能力を持つのは何も“BREAKERZ”に限った話じゃない。
お人好しなあいつらは殺さないように加減をするだろうが、他の奴らがそうとは限らない。
まずは、“AntiDeity”で奴のDeity値を測定する。
神憑だった場合は僕が対応、そうでない場合は鬼塚に協力を要請しよう。
この日、僕は放課後に至るまでずっと校内を監視していた。
僧頭の体罰指導は他の学年、別のクラスでも同じように行われた。
校内を引き摺って連れ回された富樫には同情する。
奴は全ての授業において、頭を擦り付けられたのだ。腹部と両手に重度の火傷を負った富樫は病院に緊急搬送された。
奴は間違いなく僕らの敵だ。
悪意を持った能力者。
早速正体を現してくれたことに感謝する。
神対策アプリ“AntiDeity”の完成は早いに越したことはない。
皇『あぁ…クソッ…!』
この声は…。
モニターに映し出された教室には、1人残ってノートを書き殴っている皇がいた。
皇『いきなり満点取れだぁ? ふざけんじゃねぇ!』
珍しく焦っているな。いつもの余裕げな態度はどうした?
たった5問の小テストだぞ。死ぬ気でやれば誰でも満点くらい取れるはずだが。
皇『嫌な予感しかしねぇ…! 満点取ったところで…。クソッ、考えるな! 強運の俺なら大丈夫だ!』
ふっ…、なるほど。勉強してなくて焦っている訳ではないようだ。
直感に長けた君が“嫌な予感しかしない”、“満点を取ったところでどうにもならない”と。
その予感は随分とまずいんじゃないのか?
これは面白いものが見られそうだ。
「FUMIZUKI、予定変更だ。明日も一旦様子見する」
そう告げた僕の口から思わず笑みが零れる。
皇、生憎だが君の直感は外れない。僕から校章を盗んだツケが回ってきたんだろう。
安心しろ、奴はちゃんと僕が倒してやる。
これから起こり得る君の苦境を、僕はこの特等席から拝むとしよう。




