臨時着任式 - 文月 慶⑧
獅子王『これより、臨時着任式を始めます』
体育館に集まった全校生徒の前で、演台に立った獅子王はマイクを持ってそう言った。
学校に赴いたあの日から数日。
僕は吉波高校全体に小型カメラを配置し、刑務所から学校を監視することにした。
もうわざわざ学校に行く必要は無い。
朧月の協力もあり、アプリの動作確認は粗方終わっている。
後は吉波高校に神憑が来ないか見張るだけだ。敵が来たら即座に駆け付け、アプリの実践テストを兼ねてそいつを倒す。
敵に勝てば、晴れて神対策アプリ“AntiDeity”の完成だ。
昨日、一昨日と特に異変はなかったが、今日は臨時で着任式をするらしい。
墓に住まう非常勤の体育教師、男虎先生が人手不足だと言っていたな。その穴埋めにやって来た先生の挨拶というわけだ。
獅子王の隣にいる黒いジャージを着た50代のハゲた男が新しい先生だろう。
僕の小型カメラは、360°超高画質な映像を映し出す。だから、よくわかるんだ。
奴は坊主じゃなく完全にハゲていることもな。あれは気の毒なことに、毛根が完全に死んでいる。バリカンで剃った坊主と違って、ジョリジョリ感が全くない。
自分で言うのも何だが、僕の発明品は良く出来ていると思う。
どれ、もう少し奴の頭にカメラを近づけてみよう。死滅した毛根1つ1つが鮮明に映し出されるはずだ。
そう思った僕は、パソコンのモニターに映像を映し出しているカメラをマウスとキーボードで操作し奴の頭に接近させた。
ブツッ…
ん? 何だ? モニターが真っ暗に。
『熱による故障を確認しました』
机の上に置いたコアから流れる“FUMIZUKI”の音声。
チッ、カメラの故障か。まぁ奴の毛根は重要じゃない。別のカメラに切り替えよう。
簡単な操作でモニターに別カメラの映像を表示させる。
体育館内だけでも十数個、学校全体で言えば100を超える小型カメラをあらゆる所へ配置した。
時間があるときは僕もこうやって監視しているが、“FUMIZUKI”は常時確認していて、異常があれば僕に知らせるようになっている。
数多の小型カメラに、僕と“FUMIZUKI”の目。今の吉波高校に死角はない。
獅子王『今日から歴史と公民を教えて頂く僧頭剛義先生です』
ちょうど獅子王が新任の先生について紹介しているようだ。
歴史と言えば、羽柴先生もそうだったな。今回はまともな先生だと良いが、どうやらそうでもないらしい。
あの目つきはヤバい。確実に人を殺す目をしている。強面の一言で済む話じゃないだろう。
校長の雲龍が演台に上がり、軽く先生を紹介した獅子王からマイクを受け取った。
雲龍『聞け、たるんだ生徒たちよ。今日から学校は大きく変わる。体罰指導の完全復活だ』
モニター越しに見てもよくわかる。
奴の発言によって、体育館内には不穏な空気が流れた。
そして雲龍校長はしばらく黙り込んだ後、渋々といった様子でポケットから紙を取り出しこう読み上げる。
雲龍『えー……校則違反は勿論、たるんでいると見なした奴にはもれなく体罰を与える。僧頭先生による灼熱の体罰に焼かれて消えろ………ん?』
最後まで読み上げた奴は、何か疑問を持ったかのように首を傾げた。
雲龍『この文章で良いのか?』
僧頭『えぇ、構いませんよ。何かご不満でも…? 私の思想に賛同してくださったではありませんか』
紙を見せながら確認をとる雲龍に対し、淡々と言い返す僧頭先生。
不穏な空気を察した僕は思わず笑みを零す。
僧頭剛義、奴は完全な黒、敵確定だ。後は神憑かどうかといったところだが。
雲龍『イジメとか………暴力とか…………人を傷つけるようなことは…………許さない!!』
バキッ!
僧頭の答えに憤慨した奴は、声を荒げてマイクをへし折った。
おい、ちょっと待った。まさか押っ始めるつもりじゃないだろうな?
あいつが神憑なら貴重な実験台だ。倒されると困る。乱入して一旦止めるか?
僧頭『イジメ、暴力…。違います。これは、言うなれば制裁です』
静まり返る体育館内。生徒は疎か、先生らもどういった対応をするべきか困っているようだ。
雲龍『セイサイ…? うむ、イジメや暴力じゃないなら良しとしよう。改めてよろしく頼みます』
僧頭『いえいえ、こちらこそ。此処に入れたことを嬉しく存じます』
深く考えてなさそうな雲龍と、邪悪な笑みを浮かべる僧頭が握手を交わした。
雲龍、お前はもう少し頭を回した方が良い。だが、お前の頭の悪さには感謝する。
お陰でちょうど良さそうな敵がやって来た。誰がどう見ても普通なら門前払いになる危険人物だ。
神憑ならばアプリの実験台に、それ以外の能力なら鬼塚が片付けてくれるだろう。
獅子王『い、以上で着任式を終わります。生徒の皆さんは各自教室にお戻り下さい』
怪訝な顔をした獅子王はそう言って、臨時に開かれた着任式を締め括った。
こいつも気づいているようだ。僧頭は普通の教師じゃない要警戒人物だと。
獅子王に限らず、体育座りをして一部始終を見ていた“BREAKERZ”も察しているに違いない。
まだ様子を窺う段階だが、彼らに先を越されては本末転倒だ。向こうには鬼塚がいる。
その気になれば毛根死滅ハゲ1体如き、いつでも葬ってしまえるだろう。
逆に言えば、いつでも倒せるという余裕はあるはずだ。しばらくは様子見で手を出すことはないと思うが…。
「FUMIZUKI、僧頭と“BREAKERZ”を常時監視しろ。奴らが衝突しそうになったらすぐに知らせるんだ」
『かしこまりました』
“FUMIZUKI”にそう指示を出したものの、正直こいつはあまり当てにならない。
できる限り自分の目で監視したいところだが、モニターの前にずっと居座るわけにはいかない。
僧頭が敵意のある神憑だと判明次第、実験開始といこう。
さて、そろそろお昼の時間だ。
「頼んだぞ」
僕は机の上に置かれた“FUMIZUKI”のコアにそう言って、部屋を後にした。




