再登校 - 文月 慶⑦
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
男虎「よおおぉぉぉぉし! 授業を始めるぞおぉぉ!!」
鳴り響くチャイムの音と、それを掻き消す程の怒号を上げる男虎先生。
あぁ、クソ…。
あの貞子、嵌めやがったな。
どうして僕が授業なんかに…。
本鈴が鳴る数分前、僕は怪しい言動をしていた霊園千夜に“AntiDeity”を使用した。
神や神の力を使役する神憑対策に開発したアプリだ。
神の力に対応できる様々なモードを搭載しているが、いきなり押っ始めるつもりはなかった。
霊園の正体を確かめようとしただけだ。普通の人間とは思えない口調や雰囲気を持つ奴を放ってはおけない。
“AntiDeity : Mode.MEASURE”。
生徒指導室で霊園に使ったモードだ。その名の通り、これは神の力を計測するもの。
対象にスマホのカメラを向ける、あるいは衛星カメラを通してFUMIZUKIに読み込ませることで計測を開始する。
計測自体は一瞬で終わる。対象の持つ神の力が、とある数値としてスマホに入ってくるんだ。
この数値を僕は、“Deity値”またの名を“神性値”と定義付けた。
僕の設計が正しければ、計測対象が神の力を持っていた場合、何らかの数値が算出される。
逆に神の力を持たない者、普通の人間を計測した場合“Deity値”は0になるはずだ。
僕は虚ろな目でこちらを見据える霊園に対し、スマホのカメラを向けた。
霊園「ニパァ…♪」
ぎこちなさ過ぎる不気味な笑顔でピースをする霊園。
計測結果は…。
“Deity値:0” だ。
要は、こいつは様子のおかしいただの人間。少なくとも神憑ではないということだ。
だが、安心するのはまだ早い。神や神憑については、まだまだ不明瞭なことが多いからな。
有り得ないとは思うが、“AntiDeity”がバグっている可能性もある。僕の造るものに欠陥など基本はないんだがな。
「疑って悪かった。お前はただのおかしい人間だ。もう行って良いぞ」
僕は、気味の悪い笑顔とピースで計測に応じた霊園に謝った。
霊園「己は我を知りたいか?」
一瞬で真顔に戻った奴は、僕を見据える。
こいつ、やはり何かあるのか?
霊園「ならば着いてこい」
そう言いながら背中を向け、生徒指導室を出て行く奴に僕は着いていったんだ。
男虎「今日は如何わしくて破廉恥な保健体育の授業はなし! 今年のスローガンを決めるぞおぉぉ!!」
そしたらこの有様だ、クソが。
あの貞子はただ自分の教室に戻っただけだった。そして、たまたま僕は奴と同じクラスだったんだ。
授業に参加したのはまだ良い。奴の正体を知れるならな。
だが、話をするには席が遠すぎる。僕の席がちょうど真ん中辺りに対して、奴の席は教室の端っこだ。
そこだけ日が差さず妙に薄暗い。
そんなことを考えていると…。
男虎「って、ちょっと待ったあぁぁぁ!」
授業開始早々やたらと暑苦しい男虎先生が僕を指さしてきた。
男虎「吉波高校の問題児いぃ! 何故ここにいるぅ?! 刑務所はどうしたあぁ?!」
驚愕したような顔をして大声を上げる男虎先生。
クラス全員の視線が僕に集まる。
クソッ…、教室に入った時点で無駄に目立っているというのに…。
これだから熱血教師は嫌いなんだ。
「そっちこそ、なんで此処に? 墓に帰ったんじゃなかったのですか?」
教室内の生徒から注目を浴びる中、僕は先生にそう返す。
冷たい視線に怯えた様子の目。
当然のことだが、全校生徒を人質にとった僕はあまり歓迎されていないようだ。
男虎「先生が足りないみたいでな! 儂は非常勤という形で再雇用になったのだ! 非常勤なら面倒くさい戸籍の再登録も必要ないらしい! 戸籍の再登録は面倒くさいが生徒を近くで見守りたい儂と、人手が足りない学校の利害が一致したあぁ!!」
…………。そうか、良かったな。
暑苦しく口を大きく開けて長々と語る男虎先生とは対照的に、クラス全体の空気は冷え切っている。
僕が来たせいか、先生の暑苦しさに周りが白けているからかはわからない。
まぁ、先生は腐っても龍風拳の達人だ。その場にいるだけで鬱陶しいというデメリットはあるが、いざという時は大きな戦力になる。
時々外に出てくることで身体の鈍りは軽減されるだろう。日の差さない墓の中に籠もるより、定期的に日光を浴びる方が遙かに健康的だ。
男虎「さて、本題に入るぞお前たちいぃ! 体育祭も近い! スローガンを思いついたら手を上げなさい!」
そう叫びながら、黒板のど真ん中に大きく“スローガン”と殴り書きする男虎先生。
発言に積極的な一部の生徒らが手を上げ、今年のスローガンの候補を上げていく。
“自主創造”。
“夢をカタチに”。
“不言実行”。
“凡事徹底”。
“吉波組”。
黒板全体を占領した“スローガン”という文字の下に小さく書かれた5つの候補。
何も考えずにデカく書くからそうなるんだ。教師やるなら少しは考えろ。
男虎先生は5つの候補を見ながら何度か大きく頷いた後、こちらに振り向いてこう言った。
男虎「どれも良いが、儂の考えたスローガンは…!」
大きく書かれた“スローガン”と5つの候補を凄まじい勢いで消した先生は、ある文字をドデカく書き殴る。
“皆で巻き起こせ、吉波トルネード”。
そして、白いチョークを雑に置き黒板をドンと叩いた。
男虎「儂はこれが良いと思う!! お前たちはどうだ?! これが良いと思わないかぁ!!?」
奴の気迫に圧倒され、静まり返る生徒たち。
「あ、あぁ……それで良いと思います」
「わ、私もそれで……」
「じゃあ、僕も……」
気圧された彼らが、首を縦に振ったことで今年のスローガンが決定した。
男虎「よおおぉぉぉぉし!! 先生は嬉しいぞぉ! 他のクラスの意見も満場一致、今年のスローガンはこれだあぁぁ!!」
力強くガッツポーズを決める男虎先生。
ほとんど脅迫だろ。最初からそのつもりなら、候補を出させる意味あったのか?
“皆で巻き起こせ、吉波トルネード”。
男虎先生の強行により、吉波高校の今年のスローガンが決定した。
それと同時にチャイムが鳴り、奴の授業が終了する。
一応机に出しておいたノートと筆記用具を鞄に仕舞う。
霊園千夜、奴はただ自分の教室に戻っただけだった。
ただのおかしい人間か、あるいは…。
あいつが普通の人間じゃなかったとしても、何も答える気はないだろう。
“Deity値”が0の彼女は、少なくとも神や神憑ではない。
水瀬と合流するか。わざわざ学校に来たんだ。何も収穫がないのは手痛い。
神憑の朧月には計測に付き合って貰おう。
とはいっても、一瞬スマホを向けるだけだがな。
僕はそんなことを考えながら鞄を肩に掛け、教室を出ようとした。
「ちょっと待って。どこに行くつもり?」
後ろから聞こえた女子の強気な声。
まさか、僕じゃないだろうな? 邪魔をされるのは困るんだが…。
休み時間は短い。たったの10分だ。
真面目なあいつらは授業が始まると、僕に付き合ってはくれないだろう。
この10分を逃すと次は1時間後だ。無駄に時間を過ごすほど僕は暇じゃない。
強気な女子の声が、自分に掛けられたものではないと願いながら振り返る。
「まだ授業あるんだけど」
若干カールのかかったショートヘアでリス顔の女子と視線がかち合った。
最悪だ、僕に用があるみたいだな。
彼女は両手に腰を当てて僕を睨んでいる。
テロを起こした文句を言いに来たのか? 無視して出て行きたいところだが…。
何処かで見覚えのある顔だ。
“BREAKERZ”か?
いや、違う。
「誰だ? 用があるなら手短に話せ。君たちと違って、僕は忙しいんだ」
僕がそう言うと、彼女は得意気な顔をしてこう名乗った。
姫咲「私は生徒会副会長にして、ロベリア・ブロッサムのリーダー。姫咲 紫苑よ」
ロベリアで思い出した。こいつは確か、球技大会のバスケで準優勝した女子チームの一員だ。
素人ながら圧倒的な身体能力とチームワークで勝ち上がったと聞いている。
ロベリアはチーム名か何かだ。確か他にもいたはず。普通の人間じゃない可能性は充分にある。
姫咲「い、一応副会長になったからね。風紀を乱されると困るのよ、テロリスト」
ーー ロベリアのリーダー格、姫咲 紫苑。
京極が居なくなった後、生徒会副会長に就任した。
副会長という称号を手にしたことを誇りに思っているが、自ら名乗ることには恥ずかしく感じている。
ーー
念の為、こいつも計測しておくか。
「“AntiDeity”起動。 “Mode.MEASURE”開始」
姫咲「は? いきなり何?」
僕がアプリを起動しカメラを向けると、姫咲は怪訝な表情を浮かべた。
“Deity値”は0…、神憑ではないか。
これで能力を持っているとしたら、特質か何かだろう。
「いちいち授業に出ている暇はない。それにずっと来ていなかったんだ。僕のことは放っておけ」
僕はスマホを仕舞い、彼女に背を向けた。
チッ…、時間を食ったな。
休み時間は後5分くらいか?
姫咲を無視して、教室を出ようとした時だった。
本能的な危機察知と言えば良いのだろうか?
奴が発した次の言葉に対し、僕は思わず足を止めた。
姫咲「あっそ…。陶香に言っとくわ。言うことを聞かない男がいるって」
こう聞こえた。
“言うことを聞かないと、能力を行使する”と。
それだけなら問題ない。最悪の最悪、鬼をここに呼べばその能力は完封できる。
能力持ちとはいえ、ロベリアも鬼に捕まって人質になっていた生徒だ。
僕の鬼の前で彼女らの能力は意味を成さないと考えて良いだろう。
勝つか負けるかで言ったら確実に勝てるが、そういう問題じゃない。
今“トウカ”とやらの能力を使われたら、確実にまずいことになる。
そんな気がしてならない。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
次の授業の開始を知らせるチャイムが教室内に鳴り響く。
クソッ…! クソがっ…! どいつもこいつも僕を足止めしやがって。
生徒会副会長、姫咲紫苑! それだけ風紀が大事か?
放課後だ…。放課後必ず朧月を測定してやる。
悪いが、拒否権は与えない。パンケーキを食ってやった恩を返してもらうぞ。
教室の扉が開き、教科書を持った教師が入ってくる。
背筋を伸ばして着席している僕は、膝の上に置いた両手の拳にぐっと力を込めた。
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ーー 時間は少し進み、文月が学校に訪れた放課後の夕暮れ時。
雲龍「素晴らしい思想だ。是非ともうちの学校に来て頂きたい」
校長室にて吉波高校の校長、雲龍 武蔵はある客人と対談していた。
「ありがとうございます。早速ですが、具体的な指導方法について。まずは私めの頭を触って頂きたい」
丁重にそう話し毛根が死滅している頭を前に差し出したのは、住職姿のスキンヘッド。
神に憑かれたことで御門家を破門になった僧頭 剛義だ。
現在、教員が不足している吉波高校では人員の補填を急いでいる。
この場は教師の採用面接のようなもの。校長である雲龍は彼の持つ思想を気に入ったらしい。
僧頭が面接にて語った思想とは、“圧倒的体罰による生徒の絶対服従こそ至高”というもの。
そして今、自身のスキンヘッドを差し出した僧頭は自身にしかできない圧倒的体罰を披露する。
雲龍「熱いっ…! なんだこのスキンヘッドは…!」
雲龍 武蔵は国内最強の武術の1つ、妖瀧拳の達人。
僧頭のスキンヘッドは武術の達人が苦痛に感じるほどの高熱を発していた。
僧頭「“お灸を据える”という言葉がありますが、私めにお灸は必要ありません。このスキンヘッドそのものが生徒を焼き尽くすお灸たり得るからです」
雲龍「す、素晴らしい。是非とも僧頭先生の高熱スキンヘッドで、たるんだ生徒の根性を叩き直してください。期待しております」
苦悶の表情を浮かべる雲龍校長は、僧頭の頭に手を添えたまま彼の採用を決定した。
僧頭剛義は紛れもない神憑である。それも完全な悪意を持った…。
政府の人間であり吉波高校の教頭を務める御影丸魅が居れば、僧頭の採用は実現しなかっただろう。
奇しくも彼女は別件によって不在だったのだ。
僧頭「フフフッ…、全ての元凶“BREAKERZ”め」
採用面接を終え、学校を後にした僧頭は怨念を胸に強く誓う。
僧頭「全員、焼き殺してくれる。私から全てを奪ったことを後悔させてやる」
フクマによって肥大化させられた僧頭の憎悪が、高校全体を巻き込む形で“BREAKERZ”に降り掛かろうとしていた。




