再登校 - 文月 慶⑤
看守「到着しました。気をつけて」
「あぁ…」
後部座席の窓から校舎を見据えながら、僕は看守に返事をした。
看守「くれぐれも妙なことはしないように」
ドアを開けて車を降りる僕に、奴は疑いの目を向けてくる。
こいつが僕を車で送ったのは善意からではない。“学校へ行く”と言った僕の言葉が信用ならなかったんだろう。
「もうお前らに盾突く理由はない。邪魔はしないから安心しろ」
看守「そうですか…。では、放課後また迎えに来ます」
僕がドアを閉めると、看守は怪訝な顔のまま校舎を後にした。
疑いすぎだろ。親孝行しろだの学校に行けだのとお節介を焼いていたクセに…。
僕が自主的に登校しようとすると疑うのか。
まぁ、どうでも良い。小さな理不尽にイラつくほど僕は暇じゃないんだ。
さっさと日下部を見つけて実験する。
「FUMIZUKI、聞こえるか?」
僕は通学カバンに入れてある奴のコアに話しかけた。
『はい。僕における全ての機能は正常。貴方へのサポートも常時可能な状態です』
右耳に着けたワイヤレスイヤホンから、“FUMIZUKI”の音声が聞こえてくる。
コアからも音は出るんだが、何せ今から向かうのは昼休み中の校内だ。
騒がしい中、こいつの音を聞き取れないことは容易に想像できる。
それに、喋るコアは目立つだろう。目立つメリットは特にない。むしろ、面倒なことになりそうだ。
校内ではイヤホンから音声を拾うことにする。
「よし、じゃあ向かうぞ。人工衛星のカメラから日下部の居場所を探れ」
僕は“FUMIZUKI”にそう言って校庭に足を踏み入れた。
『あぁそのことなんですが…』
機械らしくない言いづらそうなトーンで奴は回答する。
『日下部雅は現在、吉波高校内にいないようです』
…………は?
パァーーン!!
校門を潜った矢先、耳を劈くような破裂音が反響する。
近いっ! いや、左側……すぐ隣だ。
反射的に耳を塞いで蹌踉けてしまった。すぐ体勢を立て直せ。
運が良いのか悪いのかわからないが…。
敵だ。今まさに吉波高校は襲撃に遭っている。
日下部が不在なことも何か関係があるに違いない。
実験をすっ飛ばしてのぶっつけ本番というわけだが、まぁ問題ないだろう。
僕が造るものに欠陥などないからな。
どこの神憑か知らないが、テストに付き合ってもらうぞ。
ザッ!
僕は即座に体勢を立て直し、音のした左側に身体を向けた。
「FUMIZUKI、アプリを起動……ってお前か」
チッ、妙な真似をしやがって。
拍子抜けだ。耳が痛いのもムカつくな。
僕は取り出そうとしていたスマホをポケットに仕舞った。
敵襲と勘違いさせた破裂音の正体、そしてその音を発した人物は…。
皇「ハッ♪ 来ると思ったぜぇ♪」
狂気的な笑顔でこちらにクラッカーを向けているコーラジャンキー、皇尚人。
“来ると思った”か。どうでもいいことに直感を働かせるな。
「紛らわしいことをするな、皇。日下部はいないのか?」
日下部という言葉に反応してか、奴は口元を手で隠しクスクスと笑い出す。
皇「日下部様をご指名とは珍しい♪ あいつは今、イボ痔が悪化して入院中だ♪」
イボ痔だと…? ふざけるな。
どうして僕が来るタイミングでそんなことになるんだ。肝心なときに入院しやがって。
皇「住宅街でオナラを撒き散らしたんだよ。その反動で持病が悪化したんだと」
イラ立ちを覚える僕に、皇は続けてそう話す。
持病のイボ痔…、初めて聞くが。まぁ、あいつと仲が良いわけではない。
むしろ関係は悪い方だ。僕に持病の話など、わざわざしないだろう。
そもそもこの話自体、嘘くさい。
「くだらない嘘は止めろ。本当だったら凄まじい公害だ。あんな臭い放屁を住宅街で…。死人が出るぞ」
皇「嘘じゃねぇ♪ お前が引きこもってる間に、ひと悶着あったんだよ」
まぁ、ここにいないことは事実だ。
“FUMIZUKI”が衛生カメラを通じて確認している。
日下部がいないのなら、ここに用はない。
僕は皇から視線を外し、校門の方へ身体を向けた。
「奴が退院したら知らせろ。今日は帰る。後、早く校章を返せ」
制服に着替えた時の違和感。久々に着たからではなかった。
こいつの顔を見て確信した。校章がないからスースーするんだ。
皇「おいおい、そんな昔のこと♪ まだ言ってんのかぁ?」
「誤魔化すのはやめろ。何度も言わせるな」
ヒャハハと高笑いする皇。
笑い事じゃない。お前のせいで何度生徒指導を受けたと思っている?
まぁ良い。実験以外でここに来ることはもうないだろう。
冤罪で村川先生にキレられたのは過去の話。校章のことも、もう時効で良いかもな。
「また来る」
僕はニヤけるこいつに一言そう言って、校門から出ようとした。
皇「もう帰るのかぁ?」
何処となくうざい表情で、奴は僕に問いかける。
「あぁ、日下部がいないのならここに用は無い」
皇「そうかそうか♪」
なんだこいつ…、何か企んでいるのか?
何かもどかしい奴だな。
「何だ? 用でもあるのか? 僕は帰るぞ」
皇「いやぁ、俺は別に良いんだが…」
ニヤける皇は校舎の方を指さしてこう続けた。
皇「野郎共が返さねぇぜ♪」
ゴゴゴゴ……!
何だ…?
奴の発言を皮切りに、地鳴りのような音が校内に木霊する。
僕は咄嗟にスマホを取り出し振り返った。
鬼塚「文月くぅ~ん!! 出所おめでとう~!!」
目をキラキラさせて、不恰好に走ってくる鬼塚。
地鳴りの正体、それは“BREAKERZ”最強の鬼塚の豪快な足音だった。
地鳴りのような足音が轟いているものの、地面が陥没することは疎か傷1つ付いている様子はない。
この前刑務所に来たとき、加減ができるようになったと言っていたな。
そして、こちらに走ってくる鬼塚の両隣には…。
的場「文月ぃ! 昼休みはサッカーじゃ!」
サッカーボールを2つ両脇に抱えた体操服の的場と…。
剣崎「…………」
凛々しい表情で滑走している剣崎…?
的場はいつもと変わらない様子だが。剣崎、いったい何があった?
その滑走…、唾液滑走だろ。それを白昼堂々、校門の前で…。
コンプレックスじゃなかったのか?
そして、彼らの後ろからもアフロやら何やらがやって来る。
ドン!!
鬼塚、僕の目の前で豪快な音と共にピタリと止まる。
「くっ…!」
風圧が…! もう少しで転けるところだったぞ。
「総出でいったい何だ? 敵か? 神憑なら連れてこい」
鬼塚「違うよ、文月くん! 出所祝いだよ! 今から生徒指導室でパーティをするんだ! もう昼休み終わるから、10分くらいしかないけど…!」
僕の問いに対し、鬼塚がいつになく明るい表情でハキハキと答えた。
なんだ、そんなことか。鬼塚なりの気遣いというわけだな。
思わず口元が緩む。
「悪いな、鬼塚。気持ちは有り難いが、生徒指導室パーティには行かない。僕は忙しいんだ」
騒然とする“BREAKERZ”総員。
剣崎「文月氏、どういうことであるか?! また乱心であるか?」
樹神「えぇ!? 極上武楼虚罹羅の盛り合わせ、用意したのに! 食べて宣伝してくれよぉ、親分!」
的場「サッカーはな、1人じゃできんのじゃ!」
唖毅羅「ホッ!? ウホホ、ウホ! ホッホッ! ウホホホ!」
全員、僕がパーティに参加しないことに不満げだ。
それより、色々とツッコみたいところがあるんだが…。
剣崎、お前はコンプレックスを克服したのか?
獅子王、何故ゴリラなんだ? あとバナナを喰いながら鳴くな、汚い。
そして…、
水瀬「慶! ちょっとで良いから! みんな、君を待っていたんだ!」
僕は上から聞こえてくる水瀬の言葉に対し、空を見上げた。
何故あいつが飛んでいる? 宙屁は日下部の特権だろ。
「い、色々と気にはなるが今日は帰る。日下部が来たら教えてくれ」
僕は騒々しい奴らに背を向けて再び校門を出ようとした。
さっき“BREAKERZ”総出だと言ったな。
朧月「逃がさない………」
パーティには縁遠そうな朧月も例外なく帯同していた。
彼は突如校門の前に現れて、僕の前に立ちはだかる。
意図的かは知らないが、恐ろしいオーラを発しながら僕の目を見据えていた。
不知火「校門から出たら、刺せって♪」
無邪気な笑顔で背後に立つ不知火。刃渡り30センチほどのナイフをこちらに向けている。
朧月と不知火の挟み撃ちか。
「皇、やめさせろ」
皇「まぁまぁ♪ 付き合ってやれよ。お前にとっては思い出たくさん♪ 生徒指導室でのパーティだぜぇ?」
はぁ…、10分くらいならと少しは考えようと思ったんだが。
今の発言でパーティ参加の線はなくなった。
「退いてくれ、朧月。君を実験台にはしたくない」
またも騒然とする“BREAKERZ”。
不知火「え、ほんとに刺すの? 刺す? 刺していい?」
戸惑った様子で皇に確認する不知火。
少しは良識ができたみたいだな。
鬼塚「そ、そんな…! つれないじゃないかぁ!!」
ドッ! ドッ!
鬼塚はそう言って僕の元へやって来て…、
ガシッ!
「が……はっ……!」
僕の身体を後ろから羽交い締めにして持ち上げた。
おい…! よせ…! やめろ!
身体が軋む…!
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!」
あまりの激痛に言葉にならない。
鬼塚「大丈夫! 10分……いや、後5分だ。5分だけだから!」
クソッ! 離せ離せ離せ…!
せめて加減しろ!!
鬼塚「文月くん。僕、力加減ができるようになって人生少し明るくなったんだ」
僕を力強く担ぎ、和やかにそう話す鬼塚。
できて……ないだろ!!
鬼塚「さぁ行くよ! 文月くん主役のパーティルームへ!」
僕は鬼塚に担がれ激痛に苦しむまま、生徒指導室へと拉致られた。




