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BREAKERZ - 奇っ怪な能力で神を討つ  作者: Maw
自警部•ゴリラ消失編
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犯則瞬足 - 京極 瞬介①

すめらぎ「死ぬほどキモいんだよ♪」


ナイフを持って向かった俺に対し、すめらぎは嗤いながらそう言った。


孤独豹群セルフ・クラスター、俺が持つ唯一の技だ。


現段階ではこれが奥の手のようなもの。

そして、これが俺の本気だと言えるだろう。


そんな俺の技を、彼は余裕そうに嗤って打ち破ったんだ。


殴られて地面に叩きつけられた俺は完全にダウンした。


もう身体も足もボロボロだ。

とっくに限界は超えている。


俺のスピードに着いて来れず一方的にやられていたのは何だったんだ。互角に打ち合っていた彼はいったい何だったんだ。


最後の最後で、何かしらの能力を使ったのか? 俺が本気を出すまでは能力を使わなかった。使うに値しなかったということなのか。


完敗だ、彼はこの戦いを初めからコントロールしていたんだ。



すめらぎ「満足げに気絶しようとしてんじゃねぇ。牢のかぎ出せ、鍵ぃ」



こちらを見下ろし手の平を向けるすめらぎに鍵の在処を伝えた数分後には、警察と救急隊員に囲まれていた。


日は完全に沈んでいる。


ぽつぽつと小雨が降る中、俺は担架に乗せられて救急車へと運ばれる。


重苦しく死ぬほど暗い…、俺の心を癌のように蝕んでいくようなあの感情はもう無くなっていた。



__________________




「お前はもう走るな」


全国小学生陸上競技大会、県内予選1位通過を決めた日の夜、父はそう言った。


当時小学3年生の俺は父の意図を理解できなかった。


なんでだよ。俺の足は速い、才能があると褒めてくれたじゃないか。


予選だって断トツの1位通過、全国大会優勝だって狙える。


「なんでだよ! 俺もっと頑張れるよ! もっと練習してもっと速くなるから!」


俺は父に対して必死に抗議した。


陸上は、厳しい父さんが唯一褒めてくれたこと。


習い事かスポーツを始めろと言われたのがちょうどこの年だ。


地元の陸上クラブに入った俺の足は、日増しに速くなっていた。


なのに、父に才能を見限られた。

当時はそう思ったんだ。


俺から陸上を取ったら何が残るんだ?


父さんが唯一認めてくれた俺の才能。


陸上を止めたら父さんはもう褒めてくれない…!


そんな思いで抗議する俺の目には涙が浮かんでいた。



「お前の速さは才能じゃない! 身体の異常だ。病気と同じなんだよ!」



言い返した俺に対し怒鳴り声を上げる父。


「来なさい」


身がすくんだまま俺は手を引かれ、地下室へ連れていかれた。


絶対に入るなと強く言われていた場所。


地下の奥には錆びた鉄格子で構成されている座敷牢がある。


獅子王ししおう会長や剣崎けんざきくんを収容した所だ。


真っ暗な地下室にある牢を見た俺は怖くて震えていた。


「言うことを聞かないなら、ここに閉じ込める。昔、病人はここで過ごした。家族を守るためにな。でも…」


そこまで話した父は屈み、ガタガタと震える俺の肩に手を置く。


「お前が約束を守るのならここには閉じ込めない。言うことを聞けるか?」


こんな暗くてひんやりした場所、絶対にイヤだ。


俺は首をひたすら縦に振った。とにかくここから出たかったんだ。


約束というのはそんなに難しいものじゃない。頑張らないと守れないものでもない。


たったの2つ。


1つは県内予選の次にある地方予選でわざと負けること。


もう1つは二度と本気で走らないこと。


俺の病気が周りにバレたら、白い服の大人たちに連れていかれると言われたよ。


痛いことをされると…。


父との約束通り、俺はわざと負けて人生初の全国大会を終わらせた。


そして、本気を出すことなく陸上は続けた。負けるのを前提に陸上は続けて良いと父は言ったんだ。


俺が陸上というスポーツを好きだと思っていたんだろう。やりたいことを子どもにさせないのは酷だと。


違うよ、父さん。


陸上が好きだから抗議したんじゃない。


もっと褒めて欲しかったから、父さんの喜ぶ顔が見たかったから続けたかったんだ。


でも陸上では、それはもう叶わない。


月日が流れて、俺は中学に上がった。


あの日以来、俺は本気を出すことなく父の言いつけ通りに負け続けていた。


県大会までは1番速い人に合わせて走り、最後に少しだけ追い上げて優勝する。そして、地方大会初戦では1番後ろを走るんだ。


腐っても県大会優勝者。


それを中学1年生で果たした俺は、次期キャプテンに任命された。


当時の監督はまだまだ伸びると期待していただろうけど、結果はあの通りだ。


県内最速でも地方大会では通用しない。


所詮は井の中の蛙。


才能におごって、練習をサボっている。


そういう風に思われたかもな。


監督の期待に応えたかった。


調子に乗ってサボっているなんて思われたくなかった。


だけど、人前で本気で走るなんてことは絶対あってはならないんだ。


自分の足が…、身体が異常だって身をもって知ったから。


最初は父が怖くて、牢に入りたくなくて走るのを止めた。


でも、今は違う。たとえ父に止められていなくても俺は走らない。



『え? ライトニング・アンペア、知らないの? 世界最速の陸上選手だよ!』



中学に上がって、すぐにできた友達にそう言われた。彼も同じ陸上部だ。


ライトニング・アンペア、稲妻の如く走るという意味で着けられた異名で本名は何だったか。


陸上部じゃなくても大体の人は知っている現最速かつ世界記録を更新した陸上選手。


100メートルを9.5秒で走り抜いたらしい。


確かにこのタイムより速く走れる同級生は見たことがない。みんな10秒以上かかっている。


全陸上選手が憧れて恐れるライトニング・アンペア。


彼は俺の心を突き動かした。


ふと気になったんだ。






“俺のタイムは何秒なんだ?”って。






周りに合わせて走っていた俺に本当の記録はない。


いま全力で走ったら何秒になる?


世界記録は9.5秒。本気で走ってもこれを超えなければ、俺は正常なんじゃないか?


父が気にしすぎていただけで…。


練習を終えた俺は一度家に帰り、深夜にこっそり家を出た。


照明のいてないグラウンドは想像以上に暗い。肌寒さが俺の恐怖心をくすぐった。


本気を出すのは小学3年生以来だ。


高鳴る鼓動、白線で引かれたトラックの先を見据える。


タイマーを片手に、俺は思いきり地面を蹴飛ばした。




そして、俺は理解する。




脳裏に浮かぶ世界記録とタイマーに表示された数字は、あまりにも違いすぎた。


このタイムを誰かに言っても問題はないだろう。


ふざけているとしか思われないからだ。


だけど、実際に走るとなると話は大きく変わる。


父の言っていた白い服の大人たちが俺を連れにくる。突然変異あるいは奇病を患った人間を研究するために…。


俺の家系では、そういったことが過去にあったのかもしれない。


奇人を牢に閉じ込めたと言っていたし。


俺の異常がバレたら、被害は自分だけじゃすまない。家族や親戚、下手したら友達にも及ぶ。


だから、俺は自分の能力を封印した。


なのに…、




『ありがとう、鬼塚おにづかくん! ありがとう、BREAKERZブレイカーズ!』




BREAKERZブレイカーズ”は賞賛された。


すめらぎが超能力が何とかって言ってたから、まさかとは思っていたけど。


ウインドマスターと名乗るサッカー部の監督、残虐な風使い五十嵐いがらし富貴ふっきを倒した彼らは学校のヒーローになった。


あの日から何日経っても白い服の大人たちはやって来ない。


父の話は杞憂だったのか? 俺もあんな風に思い切り足を使えたら…。


俺は彼らに強く興味を持った。


自分と同じく身体に異常がある人の集まりなんじゃないかと思ったからだ。


まさか獅子王ししおう会長もそうだとは思わなかったよ。


ゴリラに変身して生徒を守ろうとした時は、悩んでいるように見えた。


俺と同じだ。身体に異常を抱えて苦悩しているんだ。


太陽を見たらゴリラになってしまう。


いま思えば興味を惹かれて“力を見せてくれ”と頼んだのは良くなかった。


白い服の大人が実在していたら、彼らが危険な目にあっていたかもしれない。


五十嵐いがらしを倒して学校を救った彼らは、自警部じけいぶの復活に成功する。


俺は彼らの拠点、生徒指導室にちょくちょく顔を出していた。


みんなの顔や名前、能力も少しずつ覚えていったよ。


普通じゃないのは俺だけじゃない。


彼らといるとそう思えて安心した。


身体の異常を能力として発揮できる彼らを尊敬する反面、少し羨ましい気持ちもある。


そして、それとは別の……説明しがたい黒い感情が育ってしまった。


何だこの…、暗く深いもやがかかったような気持ちは…。



“憎い” “恨めしい” “殺せ”。



彼らから離れて1人になると沸々と湧いてくる。


よせ、やめろ! 俺はそんなこと思ってない…!


際限なく湧いてくる黒い感情に、俺は部屋で1人頭を抱えた。


荒い息と動悸が止まらない。


尊敬と嫉妬に加え、力を使えないフラストレーションが交錯する。


獅子王ししおう会長、俺は……俺は君を尊敬していた。



獅子王ししおう『先生、坊主は嫌です。こんな校則、間違ってる。僕は貴女の校則を真っ向から反対します』



あの時はかっこ良かったよ。


理不尽な校則で学校を支配しようとしていた当時の御影みかげ教頭に、彼は堂々と抗議したんだ。


俺を含めた皆が怯えて従わざるを得ない状況だったのに、彼だけは違った。


温厚で話しやすく優しい上に、強く逞しい生徒会長だ。投票数が限界突破したのは当然の結果だと俺は思う。


日下部くさかべ『僕も反対するよ。その校則は、シリウス様がお怒りになる前に撤回するべきだ』


そして、彼に続いて抗議した日下部くさかべくん。君も凄くかっこ良かった。


元々爽やかで落ち着いた雰囲気があったけど、あんなヤバい状況でも彼はいつもと変わらなかった。


2人ともかっこ良い。


理不尽な校則が取り下げられ御影みかげ先生が去ったのは、2人のお陰だと思っていた。


なのに…、あれも能力があるからこそ立てたのか…!


いざとなったら力を使えば良いという自信が彼らを動かしていたんだろう。


もし、力がなかったらどうなっていた?

それでも君らは立っていたか?


更に募っていく黒い感情。


嫌な考えや悪知恵が無意識に浮かんでくる。


自警部じけいぶへの依頼は匿名で可能。

そして、依頼の手段は曖昧だ。


水瀬みなせくんやすめらぎに直接伝えるか、生徒指導室の前に置かれている依頼箱に紙を入れれば良い。


つまり依頼箱に嘘の依頼を入れておけば、ある程度彼らの行動をコントロールできるようになる。


確かてきとうに3つの依頼を出したはず。何をしているんだと自分に問いかけながら…。


依頼を出した日の放課後、俺はすぐに学校を出た。


てきとうに書いた依頼に対し、彼らはどう動くのか。


結果は1つを除いて規格外なものだった。


住宅街を地盤ごと運んで引っ越しさせた鬼塚おにづかくん。


自身の身体から巨大ブロッコリーを生成して納品した樹神こだまくん。


そして、獅子王ししおう会長は…。




お婆さんの猫が見つからず、途方に暮れていた。




家のブロック塀にもたれ掛かってお山座りをしているゴリラの会長。


唖毅羅アキラ「野生の゛勘使っでも゛見づがら゛な゛い゛…」


彼は情けない声でそう呟いていた。


何をしているんだ、会長。他の皆は軽々しくこなしたというのに。


俺が尊敬していた獅子王ししおう会長はこんなんじゃない!


そりゃ猫は見つからないだろう。あれは俺が書いた嘘の依頼だから。


だけど、会長ならそれも何とかやれるだろう? ゴリラになれるなら猫にもなれるはずだ。


猫に変身してお婆さんが死ぬまでそばにいてあげるとか…。俺が知ってる優しい会長は、そういった自己犠牲もいとわない。


なのに、あの姿は何だ? ただうずくまるだけなのか?


違う、違う、違う…!


あれは会長じゃない。ただのゴリラだ。


この時、俺の中にあった黒い感情は一気に広がった。


嫉妬? 幻滅? よくはわからない。


ただ彼ら“BREAKERZブレイカーズ”に対してそういった気持ちがあったのは認めるよ。


俺は小学3年生以来ずっと力を使えなかった。本気で走ることを恐れていた。


その傍ら、彼らは能力を使って人助けをしたり敵から皆を守ったりしていたんだろう。


自分とは真逆の境遇に対する嫉妬はあった。


そして、猫捜しを解決できそうにない会長に少しガッカリもした。


だけど、あの黒い感情はそれだけじゃないと思う。


嫌な気持ちの集大成と言うべきだろうか? いつからかはわからない。


それは少しずつ蓄積していって、自分では抑えきれないくらい大きなものになっていたんだ。



「会長…、いやこの無能ゴリラめ」


唖毅羅アキラ「お゛っ、僕の゛目の゛前に゛バナナがっ!」



気づけば俺はバナナを着けた釣り竿で会長を誘導し、家の地下の檻に閉じ込めていた。


その後の展開は見ての通りだよ。


会長を監禁した次の日、すめらぎくんはこう言っていた。


“敵はそこまでガチじゃない”って。


ハンパない洞察力だ。あの時すでに俺が犯人だと確信していたんだろうか?


体育のサッカーに始まり、速攻剣士の剣崎けんざきくんとの戦い。


そして、リーダーすめらぎくんとの決闘。


思いっ切り走ったのはいつ以来だ?


楽しかった。面白かった。


本気で走っても彼らは着いてくる。


剣崎けんざきくんは速いだけじゃなく反応速度もハンパない。目が凄く良いんだろう。


最高速度で走り回る俺を見失うことは決してなかった。


いっさい隙の無い剣捌さばき。犯人を傷つけないためか鞘は抜いていなかったけど。


あえて速度を落として作り出した残像に引っかかってくれなければ、スタミナ切れで俺は負けていた。


気絶した彼を牢に入れた時点で足はガタガタだった。


だけど、それ以上に皆の力が気になったんだ。


戦うのは無理だけど様子見くらいならできるだろうと、俺はすぐさま家を飛び出した。


顔を隠し夜に紛れる黒い服を着た俺は、最高速度で町中を走り回った。


神から力を授かったと言っていた日下部くさかべくんとは、いつか手合わせしたい。


何か…、爆音を発しながら回転した後倒れたからあまりよくわからないんだけど。


神の力を使うというのだから、強力な能力に違いない。


そして、リーダーのすめらぎくん。


君のことは最後までわからなかったよ。


だけど、力を使った君に俺は完敗した。


いつの間にか消えていた黒い感情。


あの嫌な気持ちが治まったのは、彼が真っ向から向き合ってくれたからだろう。


感謝するよ、“BREAKERZブレイカーズ”。


本気を出せて本当に良かった。


ありがとう、そして謝りたい。


最後、俺は君を殺そうとしたんだ。


担架に運ばれる俺の頬に涙が伝った。


星1つ見えないまっ黒な空がぼやける。



「おい、犯則瞬足チーター・チーター



そんな中、俺を覗き込む満身創痍のすめらぎくん。


すめらぎ「ムショから出てきたら俺の傘下に入れ」


そう話した彼は真剣な表情から一転し、狂気的な笑顔を見せた。


すめらぎくすぶってたお前に、俺が本気の出しどころってのを教えてやるぜ♪」


彼に身の上話をした覚えはない。


あぁ、クソ…。彼は心を読めるのか?


顔を覆えるなら覆いたい。


マジで俺の…、完敗だ。


救急車に乗せられた俺は、すぐさま病院へ運ばれた。


後から聞いた話、俺の足はかなり重傷だったらしい。


()()で走れるまで治ったのは奇跡だと、髭もじゃの外科医に言われたよ。


そして数ヶ月後…、






復帰早々のぶっつけ本番。






だけど、失敗は許されない。


相手は俺の力を…、速さを知らない。


必ず奴を捕らえるんだ…!


アップテンポでバンド風な曲がグラウンドを木霊こだまする中、吉波よしなみ高校全校生徒が奴らと戦っていた。


ボーカルは岡崎おかざき泰都たいと。伴奏はあの人。


2人が奏でる音楽で俺たちは強化されている。


左膝と両手の指を地面に着け、スタートダッシュの準備をする。


曲はラストスパート、最後のサビに差し掛かっていた。


そして…、




ドンッ!!




岡崎おかざきくんがサビを歌い出したと同時に、俺は思い切り地面を蹴り飛ばした。






【 自警部•ゴリラ消失編 ー 完結 ー 】









【 自警部•僧頭編 】









始動。




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