犯則瞬足 - 皇 尚人⑨
京極「俺は立ったぞ。第2ラウンドだ、皇…!」
あぁ、クソ…。
デカい声出すんじゃねぇよ。よく鳴くチーターだぜ。
いま喰らった顔面パンチ以外にも俺は何発も貰ってる。それに比べてこいつはさっきの膝蹴り1発だ。
“俺は立ったぞ”じゃねぇんだよ。
相手してやるからそう急かすな。
「うぅ…」
俺は意図せず漏れた声と共に、フラつきながらもゆっくりと立ち上がった。
ぼやける視界の中、震える手をポケットに突っ込みコーラ味のラムネを取り出して口に流し込む。
バリ…! ボリボリ…!
「俺も立ったぜ、京極さんよぉ」
大量に流し込んだコーラ味のラムネが俺の意識を強制的に覚醒させた。
立ち上がった俺に対し、眉間にしわを寄せる京極。
俺はラムネを仕舞いながら、ガンを飛ばしてくる奴の目を下から覗き込んだ。
「良いのかぁ? 目の前で止まってたらパンピーにも殴られるぜぇ?」
奴は顔を引き攣らせ、数メートルほど距離をとった。
警戒してやがる。さっき入れた膝蹴りが効いてるんだろう。
その思ったのも束の間だ。前方で拳を握り締めた京極の姿が消える。
間髪入れずに仕掛けてきたな。さっさと終わらせたいんだろう。こいつは焦ってやがる。
はぁ…、右足を痛めたことで多少スピードも落ちるんじゃねぇかと思ったんだがな。
変わらず俺の目じゃ奴の動きは追えねぇ。スピードが落ちようが落ちまいが速いことに変わりはねぇってか。
動きも見えなければ、直感も今は使えねぇ。
まぁ、割り切るしかねぇわな♪
剣崎「皇氏、左だ! 左から接近!」
剣崎は健気かつ真面目に、俺に指示を出してくる。
「あいよ~♪」
そして、素直に言うことを聞き、右手に作った拳を左側へ向ける俺様。
剣崎、視えるお前が負けた理由わかったぜ。
お前は真面目すぎたんだ。
左側に身体を向けて拳を構える俺を見て、お前は疑いもしないだろう。
超速い京極の行動や俺の鈍い動きも、お前にはしっかり視えているだろうが…。
この後どうなるかの予想ができてねぇんだ。
左に拳を振り抜く……
「……と見せかけての肘打ちぃ♪」
ドゴッ!
弾力のある何かが肘に当たる。
俺は左に振り抜くと見せかけた右腕を後ろに引いて、右に肘打ちをカマしたんだ。
俺の肘に思い切り当たったのは…。
京極「がっ…ぁ……!」
奴のみぞおちだ。
剣崎の指示とは反対から仕掛けてきた京極。
よだれが嘘を吐いたわけじゃねぇ。あいつは見たまんま俺に指示を出したんだ。
左から走ってきた奴は、直前で方向転換し俺の右側に回り込んだんだろう。
俺がやったのと同じように、奴は左から仕掛けると見せかけて右側を狙ったってわけだ。
だが、俺の方が1枚上手だったみてぇだな♪
「おら、もう1発もらっとけぇ!」
腹を押さえてよろける奴の顔面に、俺はストレートパンチを放ったが…。
京極「チッ…!」
奴は間一髪で距離をとりやがる。
京極瞬介、こいつはただクソ速いってだけじゃねぇ。
トップスピード下での急な方向転換をしてきたって考えると…。
クソ速く走る中、いろいろと工夫ができると考えた方が良いだろう。
クソ速い上にフェイントもできるってなると、視えるだけじゃ勝てねぇよな。
いや、視えるからこそ余計に惑わされんのかぁ?
「剣崎ぃ、引き続き援護を頼むぜぇ♪」
俺は後ろに振り向き、ニヤリと笑って見せた。
剣崎「しかし、皇氏…。私は今、見誤った。的確な指示ができるかどうか…」
ハッ、真面目な奴だぜ。見誤ろうが何だろうが、あいつの動きを追えるのはお前だけなんだよ。
直感が使えねぇ俺にヒントもなしに戦えってかぁ?
「ハッ、部下は報告だけしてりゃ良いんだよ♪ 判断するのはリーダーの仕事だ。見たままで良いから教えろ」
鼻で笑いながらそう言った俺に対し、奴は真剣な表情で深く頷いた。
京極「クソッ……能力……使えよ……」
何かぶつぶつと言いながら、腹を押さえて立ち上がる京極。
俺に能力を使えってか? 酷なこと言いやがる。
京極「能力使えよ、リーダー皇ぃ!!」
走り出した奴の姿が消える。
腹にダメージ喰らっても、足ガタガタでも見えねぇくらい速いのかよ。
犯則瞬足、マジでチート的な速さだぜ。
「能力なんて持ってねぇよ、ヘボチーターが!」
俺は姿が見えなくなった奴に言い返し身構える。
剣崎「正面だ、皇氏…! 真っ直ぐ向かってきている!」
そんな俺に奴の動向を伝える剣崎。
さぁて、時間はねぇがよぉく考えろ…。
さっきの肘打ちも当てずっぽうって訳じゃねぇ。あいつはフェイントを掛けて右から来ると考えた。
京極の目に俺はどう映っているのか。
最初はただ殴られまくる俺に対して勝てると慢心していたはずだ。地力で負けているクセに味方の言うことを聞かねぇ頑固な奴だと。
絶対に言うことを聞かないと思ったあいつは、怒り任せにハイキックを繰り出し痛手を負った。
奴は生徒会副会長様だ。
学習しない馬鹿じゃねぇ。
いざという時には味方の指示に耳を傾ける。あるいは、頑固な奴のフリをして反撃の機会を窺っていた小賢しい奴だと思い直しただろう。
そう考えた京極は頭を使う。
剣崎が指示を口にした後で別の箇所を狙えば良いってな。
俺が言うことを聞こうが聞くまいが、聞いた指示とは全く違う攻撃なら意表を突けてカウンターも喰らわない。
奴はそう確信していた。
俺に対しては速さ自慢しかしてないからな。スピードを殺さず方向転換し意表を突く攻撃ってのは、完全な初見殺しってわけだ。
だが、俺はこいつの行動を読み切って肘を入れた♪
俺は奴のことをわかっているが、奴は俺のことをわかってねぇみたいだな。
俺って奴は疑い深い人間なんだよ♪
剣崎によると、京極は真っ直ぐ向かってきてやがる。
急な方向転換ができるってなると、攻撃の択は豊富だ。
右か左に回り込むのもアリだが、あえてそのまま正面から殴るていうのも良い駆け引きになるだろう。
だが、奴の性格と今の状況で正面はまずねぇな。
もう限界が近いのか、決着を焦っているように見える。
“能力を使え”という発言は悔しさから来てるのもあるだろうが、最後の最後でひっくり返されるのをビビってるんだ。
奴に駆け引きを楽しむ余裕はねぇ。そんな状況でフェイントなしの正面突破をしてくるほど図太くねぇよな。
後は右から来るか左から来るかだが…。
これも確実な選択肢じゃねぇ。俺が予想できる範疇にあるからな。
確実にカウンターを貰わず1発入れたい。
それが奴のご所望ってわけだ♪
右でも左でも正面でもねぇ。
確実な1発を入れたい奴が選ぶのは、俺が予想できねぇ完全な初見殺しの一撃だ。
つまり、さっきと同じくあいつはもう1回初見殺しな攻撃を仕掛けてくる。
右、左、正面という選択肢はなく、背後は牢があり回り込むスペースがない。
不思議なもんだぜ。そう考えたら、奴が来るルートはもうここしかねぇ♪
そういうことができるのかどうかは知らねぇが、俺は信じるぜ。
犯則瞬足、お前はやれば出来る子だ♪
ドッ…!
危ねぇな…。ちょっと判断が遅かったら俺は負けていた。
俺が左手にぐっと力を入れ肘を曲げたまま頭上を庇うと同時に、京極の踵が腕にぶち当たる。
奴の踵落としを受けた左腕に鈍い痛みが走る。
動揺している奴の足をそのまま左手で掴み、俺は右手に拳を作った。
跳躍して上からの奇襲、お前ならやってのけると信じてたぜ。
「読んでたぜ、京極! 観念しやがれ!」
俺は右手の拳で奴の頬を打ち抜いた。
手応えがあまりねぇ。変な体勢で打って威力が出なかったか。
吹き飛ぶ京極は空中で身を捻り、四つん這いの姿勢で着地した。
京極「うぅ…! 勝つのは俺だ! 能力使え、皇いぃ!」
速すぎて消える京極。
良いぜぇ♪ 一方的な暴力からちゃんとした戦いっぽくなってきたじゃねぇか♪
「掛かって来やがれ! 俺による“BREAKERZ”のための実力テストだぁ♪」
剣崎「皇氏、上……否、左だ!」
ドゴッ! バキッ!
互いの拳が互いの頬を打ち抜く。
チッ…、相打ちか!
どうやら剣崎もこいつのフェイントに慣れてきたみてぇだ。
剣崎「次は…、左から接近、旋回して右からハイキック…!」
「それもフェイクだ!」
そう言いながら、俺は飛び退いた。
重心を低くし足払いをしてくる京極の姿が目に入る。
着地した瞬間に顔面めがけて足を振り上げるが間に合わねぇ…。
距離をとって四つん這いでこちらを睨みつけてくる京極。
京極「うぅおおおおぉぉぉぉぉ…!!」
「あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
チーターと人間による怒濤の殴り合いが始まった。
ここが大詰め、先に倒れた方の負けだ。
ドゴッ! バコッ! バキッ!
直感が使えねぇから何だってんだ。
キモさが当てになんねぇなら、読みでお前を超えてやる…!
京極「おおおおぉぉぉぉぉ!」
「あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁぁ!」
地下室内を長く木霊する俺たちの叫び声に鈍い殴打の連続音。
そこに負けじと混じる剣崎の声。
僅差で打ち勝ったのは…。
バキッ!
俺だった。
最後に入った顎への一撃が決定打になったみてぇだ。
ぶっちゃけ俺の方が多くもらってるんだがな。立っているのが不思議なくらいだぜ。
直感が俺を見放しても運は健在だったってのか? にしても、当たり所が良すぎるって話だ。
仰向けに倒れて動かない奴を見て、俺も両膝から崩れ落ちた。
クソッ、アドレナリンが切れたってか? 全身がクソ痛ぇじゃねぇか。
剣崎「皇氏! 無事であるか?!」
俺を心配する声が後方から聞こえる。
気づかない内に随分離れちまったな。
「あぁ、何とか立てるぜ。こいつが起きたら鍵を…」
あぁ? 何だよ、この気配…。
後ろに振り返った俺の前方から感じたのは…。
京極「なぁ、本気を出しても良いかな…?」
ハハッ♪ まだやる気ってかぁ?
おぼつかない足取りで立つ京極は、俺にナイフを向けていた。
ヤベぇ、ニヤケが止まらねぇ♪
こいつ、マジで俺を殺す気だぜ。
驚くのはここからだ。
奴はただ速いだけじゃねぇ。
もちろんそう思っていたが、まさかこんなことまでできるとは…。
ナイフを向けた京極は無数に分身し、立ち上がる俺を取り囲んだ。
京極「犯則瞬足、孤独豹群」
なるほど、超必殺技ってところか。
剣崎「これは…。視えるが…、どう伝えれば良いのだ?」
戸惑い焦る剣崎の声が聞こえる。
京極「今までは速すぎて見えなかっただろ? これは逆。辛うじて見える速度で移動し、残像を残しているんだ。必殺技でも最後の足掻きでもない。ゆっくりと走る分、むしろ省エネだよ」
口を揃えて丁寧に説明しやがる京極軍団。
わかるぜ、止めてほしいんだろ?
だが、お前が放つ殺意はマジモンだな。
ガチで殺しに行くけど、殺されないで下さいってかぁ? どこまでもワガママな副会長だぜ。
京極「今から一斉に君を刺しに行く。今の俺が出せる最速の速さで。だけど1人を除いた全ては残像、全てのナイフが君に刺さるわけじゃ…」
「あぁ、わかったわかった。安心しろ、お前を殺人犯にはしねぇよ♪ それに、お前はもう俺に勝てねぇよ」
奴がマジで殺しに来るのはわかっていた。そんな自分を止めてほしいって気持ちもな。
この余裕な態度は強がりでもブラフでもない。マジで負ける気しねぇんだよ。
まぁ、良かったぜ。こいつの要望を余すことなく叶えてやれる。
京極「そうか。なら、見せよう。これが俺の本気…、俺が出せる最高速度だ!」
奴らはそう言い放ったと同時に、一斉に俺に向かって走り出した。
最後までヒントありがとよ。殺意満点なクセによっぽど殺したくねぇんだな♪
これが最高速度なら、分身が走ってきてる姿なんて1つも見えないはずだ。
つまり、見える分身全部がブラフ。本体はそもそも見ることすらできねぇ。
でも、そんな親切なヒントも懇切丁寧な解説も要らねぇって言ってるだろぉ?
だって、今のお前はさぁ…。
バキッ!
京極「がっ…!」
俺のストレートパンチが奴の顔面にめり込む。
あまりの悍ましさにニヤケが止まらねぇ。
今のこいつはぁ…、
「死ぬほどキモいんだよ♪」
顔面に拳をめり込ませた俺は、そのまま奴の身体を地面に叩きつけた。
とくと味わってくれ。
これがお前の望んでいた“全力を限界まで出した上での圧倒的敗北”だぁ♪
最後の最後で直感を取り戻した俺は、本気を出した京極を相手に完全勝利を収めた。
 




