犯則瞬足 - 皇 尚人⑧
ドゴッ!
10分……
バキッ!
「ガハッ…!」
いや、まだ5分くらいかぁ?
全くキモさを感じねぇ京極の高速攻撃に為す術もなく、俺は殴られ続けた。
おいおい、どうしたよ直感。
何か拗ねてんのかぁ?
お前がちゃんと働いてくれねぇと俺は何もできねぇぜ?
犯則瞬足、この名前は大げさでも何でもねぇ。
パンピーの俺の目じゃ、追うどころか姿すら捉えられねぇ速さだ。
スピードだけで言ったら、あの不知火もどきよりも上かもなぁ。
その上、暗闇の中まっ黒な服ときた。
完全にお手上げ状態だぜ…。
気づけばみぞおち、こめかみなどの急所に鈍痛が。奴の姿が見えるのは俺を殴った時だけだ。
だが、それも一瞬で消えやがる。カウンターや相打ちの余地はねぇ。
剣崎「皇氏! 右だ…! 右から来ている!」
急所を殴られまくられて意識が朦朧とする俺に対し、いちいち指示をしてくる剣崎。
「うるせぇ! 負けた奴は黙ってろ! 何度も言わせんな!」
俺はおせっかい野郎な奴の指示を何度も無視っていた。
そんなやり取りも束の間、再びみぞおちから身体中に鈍痛が行き渡る。
「ぐはぁ…!」
剣崎「皇氏、頼むから聞いてくれ! このままでは君も…!」
「黙れって言ってんだろ! 部下がリーダー様に指図すんじゃねぇ!」
戦い…、いや一方的な暴力が始まってからの数分間、俺は牢の中から口うるさく言ってくるこいつを貶し続けた。
それも今回のやり取りで終わる。
ドゴッ! ドサッ…
みぞおちに入ったこの一撃を最後に、俺が倒れ込んだからだ。
クソッタレが…、流石にもう耐えられねぇか。いや、普通はみぞおちなんて殴られたら1発ダウンだ。
逆に、なんでここまで耐えられたんだ?
まさか運が良いってのかぁ?
ヒャハ…、こんな状況なのに笑けてくるぜ。
剣崎「す、皇氏…」
唖毅羅「ず、皇…」
牢の前で倒れた俺を哀しい目で見つめるのは、オタクとチンパンジー。
全く…、そんな目で見んじゃねぇよ。
大好きなリーダー様が死にかけてるのは辛いだろうが、お前らはまだ死んじゃいねぇ。
お前らは生きている。俺の死を乗り越えて強くなれ。俺様を弔うのはその後でも構わねぇ。
的なことを言いたいが、生憎お腹がムカムカしてて喋れねぇんだわ♪
唖毅羅「な゛ん゛で言う゛ごど聞がな゛い゛? も゛じがじで、結構な゛馬鹿?」
剣崎「うむ…。馬鹿は言い過ぎであるが、頑固なのであろう。あるいは、格闘ゲームで鍛え上げられた私の動体視力に信頼がなかったか…。どちらせよ、鍛錬あるのみである。頑固者を説得させるコミュニケーション能力、信頼たり得る圧倒的動体視力の獲得が私の今後の目標であるな」
…………。
あぁ? 悲しんでんじゃねぇのかよ。
薄情なオタク&チンパンジーだぜ。
京極「はぁ……はぁ……、やっと倒れたか。そのタフさが君の能力なのか?」
肩で息をしながら俺を見下ろす京極。
俺は限界が来て倒れ込んだわけだが、こいつも結構消耗してるみたいだな。
クソッ…。意識が朦朧として、このままじゃ今にも眠っちまいそうだぜ。
そう思った俺はうつ伏せに倒れたまま、震える手で自分のポケットに手を突っ込んだ。
これを持ってきていて正解だったな。
俺は手に掴んでポケットから引っ張り出した袋を開ける。
そして、中に入っていたデカい粒状のものを口に運んだ。
一口かじった瞬間、その味は一瞬にして口内に広がり意識を覚醒させた。
心なしか体力も回復したように思えるぜ♪ こんなに旨ぇもん食っちまったら、起き上がらずにはいられねぇよ。
俺が食ったのはスーパーで買ったコーラ味のラムネだ。コーラはいつだって俺を覚醒させる。
ズズッ…
京極「…………! まだ立てるのか。しぶといリーダーだ」
フラつきながらも立ち上がった俺に対し、疲労した様子の奴はそう言った。
震える両足で立つ奴の動揺を、俺は見逃さなかった。
奴の足は限界に近い。これ以上俺に耐えられるのは、あまり望ましくねぇ展開ってことだろう。
かといって、畳みかけにもこれねぇ。俺が倒れる前に奴の足が攣ったら形勢大逆転ってことになりかねないからな。
だから、もう気安く仕掛けてこれねぇんだろ?
走れないチーターに勝ち目はねぇってことだ♪
「お前のパンチがへなちょこなんだよ、ヘボチーター。そんなんで俺らを倒せると思ってんのかぁ?」
ヘラヘラとした俺の発言に、顔をしかめる京極。
そこそこ効いていると思った俺は話を続けた。
「県大会優勝如きが“BREAKERZ”様に刃向かうんじゃねぇよ♪ 全国制覇してから来やがれってんだ」
京極「しようと思えばできるだろう。だけど、本気を出すわけにはいかないんだ」
“本気を出すわけにはいかない”か…。
こいつの心境は何となくわかるぜ。
特質持ちや神憑は、極力目立ちたがらねぇ。理由はわからねぇが、どいつもこいつも引っ込み思案なんだよ。
後ろにいるこいつらも隠そうとしていた。
ゴリラ化はやむを得ず全体公開になったが、剣崎のよだれ技は俺らの中でも知らない奴が多いんじゃねぇか?
だから、こいつも多分同じようなものだ。自分の特質を晒すことにビビっちまってる。
概ねそんな感じなんだろうが、理解を示したところでこいつはもう止まらねぇ。
それに…、殴られっぱなしで終われるほど俺のプライドも低くはねぇよ♪
「あぁ、よくいるよなぁ♪ “その気になればできる”とか言って全然挑戦しねぇ奴♪」
俺は大げさに口角を上げながら、両手を大きく開いた。
「ホントはビビってんだろぉ? 絶対に勝てる県大会でしかお前は本気を出してねぇ。今もそうだ。格下だと思ってる俺にだからこそ本気を出せる。弱い者イジメは楽しいかぁ? この小心者」
京極「違う…、そんなんじゃない」
俯き加減にそう呟く京極を無視して、俺は話を続ける。
「高校生にもなって目指すのはガキ大将ってか。キャプテン様が聞いて呆れるぜ♪」
京極「君は…、何もわかってない」
拳をぐっと握り締める京極。
「ハッハァ♪ 俺はわかってるぜ、京極さんよぉ。お前にとっては複雑に思えるかもしれねぇが…。お前の抱えてるものなんて大したことじゃねぇよ♪」
俺は笑いながら奴を指さし、最後にこう言い放った。
「“僕ちん、どうしたら1等賞になれるかなぁ?”。一生なれねぇんだよ、ヘボチーター!」
京極「だから、違うと言ってるだろ…!」
キレ気味に地面を蹴り出した京極の姿が消える。
ハッ、安い挑発だが乗ってきたか。
殴られっぱなしの俺に対して押し切ったら勝てると思うのは当たり前だ。
その上、俺は仲間の言うことを聞かない頑固野郎。奴はそう認識している。
そして…、
剣崎「皇氏…! 左のこめかみにハイキック…!」
こいつは性懲りもなく俺に指示を出す。
「あいよ、相棒♪」
俺は奴の指示を快く聞き入れ、頭を下げた。
ガンッ!
響いたのは、金属にぶつけられた鈍い音。
京極「う゛ぅっ…!」
奴の右足から放たれたハイキックは、俺の後ろにあった鉄格子に命中した。
くっそ痛ぇだろうな♪
足の甲に走る激痛に耐えられず、奴は顔を歪める。
はぁ…、やっと大人しくなったか。
俺は振り上げた右足を戻そうとする奴の顔を見据えて拳を作った。
「食いしばれ、雑魚チーター!」
奴の頬を目がけてパンチを放つ。
初めて巡ってきたカウンターのチャンス。
当たると思ったんだがなぁ。
京極「うっ…!」
ダッ…!
俺の拳が頬に当たるより先に、奴の右足が地面に着いたみてぇだ。
奴は俺の前から消え、数メートル前方に片膝を着いた状態で現れる。
両足で地面を蹴って距離をとったんだろうが、逃がさないぜ。
俺は間髪入れずに、右足を押さえる奴に向かって走り出した。
両足攣りかけな上に痛めた右足。普通の人間ならすぐには走れねぇ。
だが、相手は足に関係する特質持ち。すぐに動けてもおかしくないだろうよ。
でもなぁ、それは絶対に有り得ないんだ。奴は今、間違いなく動けねぇ。
その根拠は__
俺は右足を押さえて項垂れる京極の元へ迫った。
京極「…………! しまった…!」
__根拠は、俺の勘だぁ♪
ここまで距離を詰められたこと、奴が動揺したことでそれは確定した。
今まで狩る側だった放課後のチーター、狩られる側の気分を味わいやがれ♪
俺は咄嗟にこちらを見上げた京極の頭を両手で掴み、膝で顎を打ち抜いた。
奴の身体は後方に吹き飛び、背中を地面に強く打ち付ける。
仰向けに倒れたまま、起き上がってくる様子はねぇ。
ハッ、脆い奴だぜ。足が速い代わりに身体は軟弱ってかぁ? まぁ急所殴られまくって動ける俺も変だがな。
「強かったぜぇ、京極ぅ♪ でも、俺に負けてどうするよ」
倒れた京極からの返事はない。マジで失神してやがるな。
まぁ、こいつの希望にはそれなりに応えられただろう。
いつもは隠しているが、使いたかった特質を使って存分に戦った。
そして、憧れの能力者集団“BREAKERZ”のリーダーである俺様に負けたんだ。
奴が欲しているもの…。俺は“全力を限界まで出した上での圧倒的敗北”だと踏んでいるが。
パンピーの俺じゃ特質持ちを圧倒するなんて無理な話だぜ。
この戦いで納得いかないってなら、鬼塚に小突いてもらうしかねぇな。
俺は奴に背中を向けてこう言った。
「お前の敗因は、俺のしょうもねぇ挑発に乗ったことだ」
後は、俺を頑固で仲間を信用してねぇリーダーだと思ったことだな。
さっきのしょぼい挑発や剣崎とのやり取りは、皇流話術なんていう大層なもんじゃねぇ。
ちょっとした心理誘導ってやつだ♪
「よっ、待たせたな♪ オタク&ゴリラ」
檻の前に戻った俺は、中にいるこいつらに軽く手を上げた。
剣崎「す、皇氏! 後ろ…!」
あぁ? 後ろ?
後ろがなんだっt…
ドコッ!
真っ暗になる視界、顔面に広がる鈍痛。
俺の顔に拳がめり込んだと理解するのには少し時間がかかった。
後ろに吹き飛んだ俺は、またしても背後にあった鉄格子に頭をぶつけて倒れ込む。
おい、マジで直感…。
しっかりしてくれよ。
ぼやける視界に映ったのは、倒れた俺を見下ろしているであろう京極の足元だった。
京極「俺は立ったぞ。第2ラウンドだ、皇…!」
挑発を根に持ってるのか知らねぇが、奴は荒い声でそう言った。




