不信感 - 水瀬 友紀㊲
美澄「ふざけないで…!」
放課後、夕日が差し込む生徒指導室に美澄さんの声が響く。
あまり怒り慣れていないのか、皇に対して放った彼女の言葉は震えていた。
美澄さんが怒るのも無理はない。
次の作戦を話そうとしない皇に不信感を抱いていたのは、僕だけじゃなかったみたいだ。
僕ら自警部と副会長2人はここに集まり、皇を問いただした。
次の作戦の内容や、それを話そうとしない理由について…。
陽がいなくなってからもう1週間以上経っている。
そろそろ動かないと、陽が持たない。
今日の昼休みにはおむすびせんべい型ホログラムを見破る人も現れた。
バレるのも時間の問題だ。
皇は口々に話すみんなの質問を黙って聞いた後…、
皇「さぁな♪」
ニヤけながら、たったの一言で一蹴したんだ。
真剣に話す僕らを軽く遇う彼を見て、美澄さんはとうとう声を上げた。
彼女は純粋に陽を心配している。最初は先生や大人に言って、彼を捜してもらおうとしていた。
それを僕らが捜すと説得した上で、一向に動こうとしないんだから怒るのも無理はない。
「皇、もう時間はない。はぐらかさないで作戦を教えてくれ」
皇「まだその時じゃねぇ♪」
ニヤけ顔を崩さず、そう答える皇。
真剣に話しているようには思えない。
美澄「私…、先生に言うわ。もう待てない」
美澄さんはうつむき気味に、そう口にする。
“待ってくれ”と言いたいけど…。
ホログラム作戦を立てた皇があの態度じゃ仕方ない。
ホログラムで誤魔化しただけで、何もしてないようにしか見えないから。
ていうか、彼は実際何もしていないだろう。次の作戦なんて考えてないんじゃないか?
皇「おいおい、お嬢さんよぉ。俺を…、俺たちを信頼できないってのかぁ?」
俯いている美澄さんの顔を覗き込むように話しかける皇。
美澄「信頼できるわけないじゃない…!」
さっと顔を上げて言い返す彼女の目には涙が浮かんでいた。
今にも泣き出しそうな美澄さんに、困惑した様子の京極。
そして、僕らの顔を見回した皇はダルそうに頭を掻いて深く溜め息を吐いた。
皇「はぁ…、そうかよ。お前らも何だその顔は? リーダーを疑ってんじゃねぇよ」
辛そうというか傷ついたような顔をしている。あまり見ない表情だ。彼はいつも飄々と笑っているイメージがある。
皇「わかったぜ。先公にチクるなり何なり好きにしろ。俺の奇策のことは忘れてくれ…」
彼は少し間を置いてから、話を締め括った。
手提げ鞄を肩に背負って生徒指導室を出て行く彼の背中から何だか哀愁を感じる。
誰も彼を引き留めることはなかった。
剣崎「もう皇氏に策はないと思われる」
皆の目を見ながらそう語る怜。
僕もそう思うよ。
多分だけど、次の作戦なんて考えてなかったんだ。
皇はセンスと閃きで思いついたことを実行しただけ。
咄嗟にあんな作戦思いつくってのは凄いことだとは思うんだけど…。
犯人と陽を見つけ出す良い作戦は考えつかなかったんだろう。
それは僕らも同じだ。途中で投げ出した彼を責めることはできない。
潤った目をハンカチで拭う美澄さん。
僕らの作戦はここまでだ。
でも…、
「美澄さん、先生に話すのは明日まで待ってくれないかな?」
先生に言うのはもう少しだけ待ってほしい。
これは作戦と言うほど洗練されたものじゃない。
だけど、僕ら“BREAKERZ”にはまだできることがある。
かなりの力技だ。ずっとそうしなかったのは目立つから…、御影教頭にバレるリスクが上がるからだ。
美澄「え…、でも…! もう何日も経ってるし、すぐに言わないと手遅れに…!」
「心配なのはわかるよ。僕らだってそうだ。今日中に見つからなかったら言っても良い。だけど、今日だけは僕らにチャンスを…。最後に、本気を出す機会が欲しいんだ」
彼女は不安そうな表情を浮かべて思案している。
最後に本気を出したい。
僕らで陽を捜したい。
まだ僕らは何もしてないんだ…!
京極「美澄さん、俺からもお願いだ。“BREAKERZ”にラストチャンスを。能力者が集う自警部、廃部になってほしくはない」
僕に続いて、美澄さんを説得する京極。
そういえば、京極って“BREAKERZ”のファン的な感じだったな。
今では普通に友達って感じだから忘れてた。
毎週、団体で来るラグビー部の応援が凄すぎて薄れてるってのもあるけど。
美澄「ふふっ、わかったわ」
熱意のこもった僕や京極の説得に対してか、美澄さんはくすりと笑った。
美澄「じゃあ、今日中に獅子王会長を取り戻して…!」
彼女の思いがこもった言葉に、僕は力強く頷いた。
日下部「本気とは言っても何をするんだい? 作戦とかあるのかい?」
首を傾げる日下部に、僕はこう答える。
「作戦じゃない。各自散らばって、町中を捜すんだ」
僕が話したのは、皇が考えた集団下校とは真逆の行動になる。
集団下校は、最強の琉蓮が護衛して行方不明者の増加を防ぐためのもの。
拉致しようとする犯人との接触を避けるのが狙いだった。
集団下校とは逆に今回は犯人を誘う。
1人1人が散らばって陽を捜すことで、犯人は拉致の機会にありつけるようになる。
行方不明者を増やしてどうするんだって?
違う、そうじゃない。
僕ら“BREAKERZ”は、みんな特質や神憑といった能力を持っている。
犯人を迎え撃つんだ。
犯人が誰に襲いかかっても、能力持ちとの戦いになる。
要警戒して捜索に臨めば、不意打ちを喰らうリスクは少ない。
犯人らしき人物と遭遇して戦いになったら、僕らのグループチャットに位置情報を送る。
合流して皆で戦えば、きっと負けない。
犯人に勝って、陽を返してもらう。
僕らは弱くない。経験を重ねて1人1人が強くなっている。
正面から戦うことは無謀じゃない。
今の僕らなら、きっと勝てる。
いや、絶対に勝つんだ。
「勝って、陽を取り戻そう!」
一通り説明した僕は、最後に強くそう言った。
陽捜索と言う名の犯人との真っ向勝負。
誰からも反対意見はなく、今から外に出て行動を開始する。
心配そうにしているけど、僕らを止めない美澄さん。
京極「気をつけて。期待しているぞ、“BREAKERZ”」
淡々とした口調でそう話す京極。
そんな2人を残して、僕らは生徒指導室を後にする。
「行こう、みんな」
覚悟を決めた僕らは、町内に散らばった。
必ず助けるから…!
もう少しだけ待っててくれ、陽!
 




