不穏 - 皇 尚人②
【放課後】
はぁ…、何とも心地の良い風だぜ。
屋上から見える夕焼け、山に沈む太陽。
俺はコーラの入ったワイングラスを片手に、この景色を眺めていた。
基本的にコーラは旨い。大好きだ。
だが…、この風とは何か合わねぇ。
爽やかで心地の良い風のはずなんだが…。
ワイングラスを軽く回しながら、俺は考える。
デモを起こして自警部を復活させたは良いものの、誰からも依頼が来ねぇ退屈な部活になりやがった。
現状、教頭様専属のパシリでしかねぇ。
副部長の水瀬や他の奴らは、パシリを有り難く享受してやがる。
何が成長する機会だぁ?
日々の雑巾掛けと草むしりで神に勝てるほど世の中甘くはねぇよ。
一言で言うと、自警部の活動はしょうもなくて退屈だ。
五十嵐を全校生徒の前で倒してから、俺らの知名度は上がったに違いない。
超能力を使う集団だとなぁ。
もっと面白くなると思ってたんだが。
面白くないから、ほとんど顔は出してねぇ。
だが…、
ヒューーー……
この風は…。
俺はグラスのコーラを飲み干して、ニヤリと笑った。
“面白い”を通り越して、もはや不穏だぜぇ♪
そろそろ部長の出番って奴か。
前々から勘づいてはいたがな。
じゃないと、放課後にこんな所で油は売らねぇよ。屋上で飲むコーラは確かに味わい深いが、わざわざ学校に残ってやるもんじゃない。
連休中、俺が身を粉にしてデモをしてる間、副部長様とその御一行は悠長にバカンスをしてやがった。
そのバカンス中、敵襲に遭ったんだとよ。
人でも神でもねぇ異形、フクマ。
そいつが作った不穏な流れは、いつか学校にも押し寄せてくる。
話を聞いたとき、俺は直感でそう思ったぜ。
「そろそろ行くか、自警部本部に」
俺は1人でそう呟きながら、空になったワイングラスをベンチに置いた。
そして…、
パン! パン!
両手を頭上に挙げて、大きく手を叩く。
ともだちへの合図だ。
手を2回ほど叩いてから1、2分。屋上を駆け上がる足音が聞こえてくる。
ギギギギ………
軋みながら開く屋上の扉。
「遅ぇぞ。何処にいた?」
俺は、扉から姿を現したそいつに問いかけた。
不死身の友達、不知火真羽。
不知火「1階の下駄箱にいたよ!」
奴は悪びれる様子もなく、純粋な目でそう答える。
「バカヤロー。1階からここまで、わざわざ階段を上がって来たのか?」
俺の言葉に対し、首を傾げる不知火。
こいつは何でも言うことを聞く良い“ともだち”だが、有能じゃねぇ。
「壁を登ったら10秒も掛からねぇだろ。もっと効率を考えろ」
不知火「えー、登るの? 無理だよ! 鬼塚じゃないし!」
俺の指摘に対し、奴は嫌そうな顔をして無理だと即答する。
不知火「僕は死なないってだけなんだ。飛び降りるのは簡単だけどね!」
続けてそう話す不知火だが、俺はそうは思わねぇ。
俺は知ってるぜ。
こいつのポテンシャルを…。
あの時、肌で感じたからなぁ。
パチモンにできることを、本家ができないわけがねぇ。
俺は奴を指さしてこう言った。
「お前は、やればできる奴だ。壁を登れるようになったら5ポイントやる。もっと強くなれ」
俺がそう言った直後、奴の理性は崩壊した。
5ポイントは…、流石に高すぎたか。
甲高い奇声を上げながら屋上を走り回ったのち、勢い余ったのかフェンスを登って飛び降りやがった。
ぐしゃっ……バキッ……
あぁ、嫌な音だぜ。
肉が潰れ、骨が砕ける音。
聞いたのはこれで2回…、いや自分の分を入れて3回目だ。
二度と聞きたくねぇ音を3回も聞いちまった。
このワイングラスを持って帰らせようとしたんだが、パシる気分じゃなくなったぜ。
俺はワイングラスを片手に、若干の吐き気を催しながら自警部本部へと向かった。
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「おぉ、揃ってるじゃねぇか。お務めご苦労なこったぜぇ♪」
辛気臭い生徒指導室、ここが自警部の本部だ。
椅子に座っている副部長の水瀬、ひたむきにスクワットをしている剣崎に、ぶつぶつと独り言を呟いている日下部。
そして、無言で立ち尽くしている朧月に、サッカーボールを抱きかかえて床で寝ている的場。
“BREAKERZ”の半数ほどがここにいる。
俺はドアの前で両手を広げてニヤリと笑って見せた。
「頼りねぇ副部長の下で働くのは不安だっただろぉ? だが、もう安心しろ。人望溢れる部長直々のお出ましだぜ♪」
…………。おい、何だその白い目は。
部長様にガン飛ばしてんじゃねぇよ。
日下部「ふっ、“人望溢れる”ね…。サボりまくってる君にそんなものがあると思うかい?」
俺の言葉を拾い上げ、鼻で嗤いながらそう語る日下部。
わかってねぇな。俺はデモを起こして廃部を阻止したんだ。
お前がここで暇そうに立ってられるのは、俺様のお陰なんだぜぇ♪
ムカつくが、こいつと無駄に言い合うのはダルい。
「黙れ、クソメガネ」
日下部「コンタクトだ」
俺はテキトーに言い返し、生徒指導室に足を踏み入れた。
そして、長机に手を着いて座っている水瀬の所に行き、こいつを見下ろす。
「とりあえず、これ置いて良いか?」
水瀬「いや、ダメだろ」
奴は、ワイングラスを机の上に置こうとする俺の手を強く払った。
水瀬「赤ワイン…、飲んだのか…? 学校で…? 色々言いたいけど、とりあえず仕舞ってくれ。バレたら廃部どころか退学だ」
こいつ、何言ってやがる?
グラスの中の赤黒い汚れを見て、ワインだと思ったのか?
この色はどう見てもコーラだろ。
これだから、お子ちゃまは…。
「落ち着け、これはコーラだ。品行方正な俺が酒なんか飲むわけねぇだろ」
俺は溜め息混じりにそう答えた。
「てなわけで、とりあえず置いて良いか?」
水瀬「いや、邪魔だから持って帰ってくれ」
チッ…、こいつ…。
しれっと置いて帰ろうとしている俺の魂胆を見抜いてやがるぜ。
水瀬「君が放課後に来るなんて珍しいな」
真剣な顔でそう言ってイスから立ち上がる水瀬。
水瀬「何か…、感じたのか?」
ほう、こいつも勘づいていたのか。
ちょっとはやるじゃねぇか。
俺は水瀬から視線を逸らし、他のメンツを確認する。
さっきも言ったが、待機しているのは半数くらいだ。
じゃあ、残りの奴は? 部活か、生徒会活動か、サボりか?
それとも依頼に対応しているか。
俺はしばらく顔を出してないからな。普段、放課後にどれくらい集まってるのかはわからねぇ。
普通に考えたら依頼なんて来てないと考えるのが妥当だが…。
逆に来ていたら、不穏はそこにあるはずだぁ♪
そう考えた俺の口角は、無意識につり上がる。
「水瀬、今日の依頼は何だぁ?」
俺の問いに対し、水瀬は神妙な面持ちでこくりと頷いた。
依頼がなく退屈がデフォルトの自警部。
だが、やはり今日は違ったみたいだな。
・クソ幽霊の暗殺 (これは毎日来ている)
・ブロッコリー7メートルの納品
・居なくなったお婆さんの猫捜し
・引っ越しのお手伝い
どれも教頭以外からの依頼だ。
上の依頼はスルーしているらしいが、他の依頼には1人ずつ派遣したらしい。
ブロッコリーの納品には、自分がブロッコリーになれる樹神を。
お婆さんの猫捜しには、野生の勘を持つゴリラの獅子王。
そして、引っ越しの手伝いには、力持ちの鬼塚が出向いた。
勘づいてた上で人を駆り出したのか、副部長さんよ。
これは、間違いなく狩られるぜぇ♪
だが、間違った判断だとは思わねぇ。
俺がお前でもそうするぜ。
“BREAKERZ”は雑魚じゃねぇ。
それなりに戦えるメンツだ。
こいつらを釣り針にして、不穏の大元を釣り上げる。
どうせいつかはやって来るんだ。
だったら先手必勝、先に動いて俺らが主導権を握ってやるぜ。
「おい、暇人ども。明日から忙しくなるぜぇ♪」
俺と水瀬が不穏を察したこの日から、事態は動き始めた。




