パトロール - 剣崎 怜①
魔の連休が明けてまだ数日。
私は連休中無限に湧き上がる怠慢な心に打ち勝ってここにいる。
休日というものは暇な時間が多い故、怠慢な心を増幅させるのだ。
だが、私はそんな己の心に屈しなかった。屈するわけにはいかなかった。
水瀬氏の誘いを断り、臨時休校を兼ねてより長くなった金色の1週間を全て鍛錬に費やした。
私は…、完膚無きまでに負けたのだ。
元吉波高校の教師、五十嵐殿に…。
風を自在に操り多彩な技を繰り出すウインドマスター。
そんな強大な能力を持つ彼は、明らかな殺意を持っていた。
絶対に負けてはならない相手だった。負ければ私は疎か、大切な友や皆の衆が死んでしまう。
そんな最悪な事態にならずに済んだのは他でもない“BREAKERZ”、彼らのお陰である。
私が気を失った後、鬼塚氏を筆頭に彼らは懸命に戦い勝利を収めたのだ。
もっと…、もっと強くならなければならない! 大切な友を、皆の衆を悪意ある能力者から守るのだ。
そう心に強く決めた私は現在、吉波町内をパトロール中である。
今週は朧月氏と一緒だ。
来週は皇氏とパトロールする予定であるが、彼はちゃんと来るのだろうか?
制服姿で鞘に収めた刀を持つこの格好は何とも歪なものだ。
朧月氏もナイフを持っているため、民衆からは物騒な2人組と映るであろう。
刀やナイフの所持は、教頭の御影殿から許可を頂いている。
私たちは連休明けから、早朝と昼休みに町内をパトロールすることとなった。
平日の早朝と昼休み中にだ。
話せば少し長くなるが…。
設立早々、看過できないミスを犯した自警部は廃部の危機に追い込まれた。
球技大会が始まる少し前のことである。
水瀬氏は教頭の御影殿から廃部手続きにサインするよう言われた。
廃部になると誰もが思っていただろう。
あのまま平穏な日々が続けば、現にそうなっていたと思われる。
しかし、私たちは運が良いのか悪いのか…。
廃部の話が出て間もなく、ウインドマスターこと五十嵐殿が皆の衆の前で暴走を始めたのだ。
大勢の生徒たちが見守る中、私たちは特質や神憑などの能力を使い、荒ぶる彼を打ち倒した。
あの日、“BREAKERZ”や“自警部”という名が校内に知れ渡ったのだ。
私たちは異能力を持ち、敵から学校を守る存在と認識された。
そして五十嵐殿との戦いの後、皇氏は自警部が廃部になることを皆の衆に伝える。
無論、廃部に納得する者はいなかった。
自警部が無くなれば、いったい誰が学校を守るというのだろうか?
そんな不安を抱え、御影殿の決定に不信を持った皆の衆。
皇氏は彼らを率いて校長室へ乗り込んだ。
彼は多数の意見と自前の話術で抗議する。
多数決では完敗の御影殿であったが、あくまで決定権は教頭である彼女にあった。
皇氏率いる抗議団体は、謂わば彼女にとっては鬱陶しいだけの存在。
彼らの抗議だけでは、廃部を取り消す決定打にはならない。
まぁ、皇氏はそれでも押し切ろうとしていたわけだが…。
抗議の対応に疲れた御影殿が自棄になって首を縦に振るのを狙っていた。
だが、廃部取り消しの決定打になったのは別の要因ではないかと思われる。
皇氏が抗議を始めたのは連休に入ってから…。
同じ連休中に、県外である事件が起こったのだ。
水瀬氏たちが旅行で向かった場所…、熊木で。
最初の目的地とは随分違った場所へ着いたみたいだが…。
まぁ、旅とはそういうものであろう。必ずしも行きたい場所へ辿り着けるとは限らない。
当てのない旅をして着いた西の地“熊木”。
彼らはそこでフクマと名乗る得体の知れない者と戦ったらしい。
連休明けに会った水瀬氏から話を聞いた。
フクマという名には聞き覚えがある。
先日、ニュースで報道されていたあの災害。
熊木にある荒硫山近くの病院に、突如隕石が落下し多くの命が失われたのだ。
隕石の落下時、院内にいた者は皆亡くなったと言われている。
ただ、1人だけ安否を確認できなかった行方不明者がいるともニュースでは報道されていた。
癌を患い入院していた1人の高校生。
彼の名は、副馬 幸吉。
副馬氏とフクマには、何か関係があるのではないかと私は推察する。
フクマは不滅かつ強大であったそうだ。
しかし、“BREAKERZ”はそんな彼に打ち勝った。
水瀬氏らの活躍は、文月氏作の小型カメラを通して監視していた御影殿が1番よくわかっているだろう。
連休が明けてすぐに、御影殿は廃部を取り消したのだ。
私たちの実力を認めたのか、利用できると考えたのか、はたまた皇氏の不屈の抗議に疲れたのか。
彼女が何故そうしたのかは闇の中である。
理由はどうであれ、私たちは自警部の廃部を免れたのだ。
しかし、自警部を存続させるにおいて、彼女は私たちにある条件を課した。
あぁ、ようやく話を戻せる。
それがこのパトロールをすることなのだ。
早朝、授業が始まる2時間前と昼休み中、最低2人が吉波町内を歩いてパトロールしなければならない。
一度でもサボれば即廃部という厳正なルール。
寝坊や体調不良を理由に休むことも許されない。
パトロールの当番を決める際、私は即座に手を上げてこう言った。
「2人の内の1人、常に私が務めよう。むしろ務めさせて頂きたい」
私は鍛えなければならないのだ。このままでは何も守れない…!
このパトロールも鍛錬の機会とし、自身の強化を計るのだ。
彼ら“BREAKERZ”は、私の願いを快く聞き入れてくれた。
良き友を持ったものだ。
といった経緯があって、私は毎日早朝と昼休みにパトロールをしている。
ありがとう、友よ。
このパトロール、1秒たりとも無駄にはしない。
朧月「…………」
生気を感じない冷ややかな目を細め、私を見下ろす朧月氏。
私は今、腰を深く落としスクワットのような姿勢で前進している。
このような歩き方は珍しく、目を引くものがあるのだろう。
ただ、朧月氏の目がいつにも増して冷たいのは気のせいであろうか?
ちなみに、もう1人の当番は週ごとに変わることになっている。
朧月氏とは面識あるが、あまり話したことがない。
恋愛ゲームでコミュニケーション能力を鍛えているとは言え、私は本来人見知りなのだ。
どう声を掛けようか? そもそも、彼は私と仲良く話をしたいと思っているのであろうか…!
コミュニケーションにおいて絶対的正解というものは存在しない。
何もイケイケな陽キャラを演じて喋りまくるのが正解とは限らないのだ。
それが正しい時もあれば、間違っている時もある。
朧月氏はあまり自らは語らないタイプだ。無言の時を過ごすのが彼にとっては心地良いのかもしれない。
しかし…! 私は今、とても気まずいぞ!
この無言かつ心なしか冷たい目…!
朧月氏にとって無言は正解かもしれないが、私にとっては堪え難い空気だ。
話しかけよう。話しかけてお互いにとっての正解を見つければ良い。
コミュニケーションとは、お互いが心地良くあるものなのだ!
声を掛ける時は笑顔、なるべく明るいトーンで…!
常に笑顔を絶やさない皇氏に倣うのだ。
私は腰を深く落としたまま、隣を普通に歩く朧月氏の方へ振り向き、口角を限界まで上げて自己最高の笑顔を作ってみせた。
「これはこれは朧月氏! 今日は洗濯日和であるな! ところで朧月氏、君はどうしていつも長袖なのd…」
朧月「すまないが、その歩き方止めてくれないか」
おおお朧月氏が普通に喋ったあぁぁ!!
私よりも流暢じゃないか! どこでコミュニケーションを学んだのだ?
この歩き方を止めろだと…?
すまないが朧月氏、君がどんなに流暢かつ丁重に話そうとも、私はそのお願いを聞き入れることはできない。
私は常に鍛錬を続けなければならないのだ!
「はい、すみません…。普通に歩きます」
私は深く落とした腰を上げ、弱々しく生気のない声で謝った。
恐い、恐すぎるぞ……朧月氏!
朧月「いや、こちらこそすまない。流石に目立つのではないかと思ってな。私は出来る限り、目立ちたくないのだ」
謝って普通に歩き出した私に対し、彼も超流暢に謝る。
恐らく彼はシャイな性格なのだろう。
悪いことをした。私の日常的な鍛錬を嘲笑う者も少なくない。
嫌な目立ち方を避けたいと思うのは、人として当然だ。私だって恥ずかしい。
朧月「こうやって君と話すのは初めてだな。私は…、時神。悠に憑いている時間の神だ」
朧月氏……いや時神大明神はそう言って、私に手を差し伸べてきた。
なるほど、流暢になったのはそういうことか。
朧月氏は神憑であると、水瀬氏が言っていた。
いま流暢に話しているのは朧月氏ではなく、彼の身体を借りた時神と名乗る時間の神である。
「これはこれは…、何卒よろしゅうお願い申し上げます」
私は差し伸べられた手を両手で取り、深く頭を下げた。
恋愛ゲームにすら出てこなかった神とコミュニケーションを取るというシチュエーション。
人間と神との適切な距離感が、私にはわからない。
時神「あ、あぁ…よろしく。人に乗り移ったこの状態、中々に違和感がある。悠にも悪いし、そろそろ戻るとしよう。人間、私の頼みを聞いてくれてありがとう」
時神大明神は私の態度に少し戸惑いながらそう話す。
「も、もし宜しければ、私の名前を覚えて頂ければ…、幸甚に存じまする! 私の名前は…、剣崎怜! 剣崎怜で御座いますっ!」
私は自身の胸に手を当てて、今の私が思いつく限りの丁重な言葉を選びながらそう言った。
朧月「うん…………知ってる……」
あぁ、戻った…! 果たして時神大明神は私の名前を覚えて下さったのであろうか?
今回のパトロールは、中々に刺激的なものであった。
朧月氏や、神である時神大明神とのコミュニケーションは難しい。
パトロールとは言うものの、別段何か事件が起こることもない。
ただ辺りを散歩して落ちているゴミを拾うくらいである。
この国は平和がデフォルトなのだ。
異能力を持つ者が暴れない限りは…。
少し前までは、そんなことすら起こり得なかった。
さて、そろそろ昼休みが終わる頃であろう。
「朧月氏、そろそろ帰るとしよう」
私は隣を無言で歩く彼にそう言って、道を変えた。学校へ戻る道のりだ。
昼からの授業に遅刻すると廃部が確定する。絶対に遅れる訳にはいかないのだ。
今日も何事もなかった。吉波町に異常はなし。
そう思うには少し早かったのかもしれない。
学校へ戻る際、いつも近くにある銀行を通るのだが…。
ガラスの自動ドア越しに銀行の中が見える。
田舎にそぐわぬ混み合い方だ。普段、あんなに人がごった返すことはないのだが…。
今日は通帳を持った年配の方々で混み合っていた。
私はその光景に違和感を覚える。
そして、黒い目出し帽を被った2人組が混雑している銀行の中へ入っていった。
懐に隠し持っていた銃を彼らに突きつける。
紛れもないあれは銀行強盗だ。
生まれて初めて見る緊迫した光景に、私は少しばかり後ずさった。
もう授業が始まる。時間がない。
しかし、黙ってあれを見過ごす訳にもいかない!
御影殿が命じたパトロールは、町の平和を守るためにあるもの。
「おお朧月氏、ててて手伝ってく…」
トン
朧月「とばすよ……」
震える私の言葉を遮った彼はそう言って、私の肩に手を置いた。
一瞬にして変わる光景。
気づけば私は、銀行の中にいて銃を持った2人組の強盗と対面していた。
お、朧月氏…、まだ心の準備が…。
「な…なんだ……このガキ!」
「動くな撃つぞ…!」
震えながら私たちに銃口を向ける2人組。
そうか…、朧月氏は恐いのであったな。
私も同じように貴方たちが恐い。
通帳を持って異常なまでに震える年配の方々に銀行の職員たち。
当たり前だがこの人たちも恐いのだ。
町の平和を守るパトロール隊員の私が恐がってどうする?
自警部のパトロール隊である以上、どんなに恐くても助けなくてはならないのだ。
私は震えながらも鞘に収めた刀の柄を握った。
大丈夫、私が鍛錬を怠ったことは一度もない。今の私なら成せるだろう。
まずは人質になった彼らに安心して頂こう。
どんなに恐くても、私はその気持ちを表に出してはならない。
笑顔を…、笑顔を作るのだ。
皇氏のような大胆不敵な笑顔を…!
私は口周りの筋肉に全力で力を入れて、思い切り口角を上げた。
「ワッハッハ! 強盗に捕らわれた紳士淑女の皆様、もう大丈夫ですぞ!」
出来る限りの大声で笑いながら、私は深く腰を落とし居合の構えをとった。
「私は吉波高校の自警部員、この町の平和を維持する者!」
緊迫したこの状況、なりふり構ってはいられない。
私の口から足元へ零れ落ちる数滴ほどの唾液。
私に向けて発砲される2発の銃弾。
格闘ゲームで動体視力を極限にまで鍛え上げた私には全てが止まって視えていた。
この間に瞬間移動した朧月氏と人質たちを除いては…。
そして、ただ視えるだけではない。
ゆっくりと迫ってくる銃弾に対し、私は刀を抜いて振り上げた。
両断される2つの銃弾を見送った私は刀を鞘に収め、彼らの後ろに滑って回り込む。
凄まじく速い攻撃…、視えるだけで対応できなかったのはおよそ1年前の話である。
「なんだ…? 消えた? 人質が外に…? いったい何が…!」
「身体が……動かない!」
2人は銃を突き出したまま動かない身体に対し、パニックに陥っている。
彼らが動けないのは、私が回り込む際大量に塗布したあるもののお陰だ。
そのあるものとは、私の特質の1つである…、
“粘縛唾液”のことだ。
人質を外に避難させた朧月氏が私の前に音もなく現れる。
「さて、もう数秒ほどで授業が始まる。私の足では間に合わない。朧月氏、お願いが…」
朧月「とばすよ……」
気づけば私は自分の席に座っていて、国語の教科書を開いていた。
そして、昼休みを終えるチャイムが教室に鳴り響く。
朧月氏、焦ったのであるな。
次は、数学の授業だ。




