フクマ - 水瀬 友紀㉜
ーー 水瀬友紀が水の龍でフクマを撃破した一方で…。
鬼塚「ふ、ふおおおおぉぉぉぉぉ!!」
“BREAKERZ”最強の鬼塚琉蓮は奮闘していた。
時は少しばかり遡る。
鬼塚(シリウスさんに言われるままここに来たけど、不安でしかない…!)
日下部に憑いた力の神シリウスに新幹線を止めるよう指示された彼は、不安と緊張を胸に線路の上に立っていた。
時速300キロメートルという規格外な速さで走る新幹線がやって来るまで、もう10秒もないだろう。
鬼塚(普通に返事したけど、僕にできるのか? あんなに速くて大きい新幹線を陰キャラ高校生の僕に止められるのか…?)
不安になるのも無理はない。
彼の肉体は最強だが、中身は普通の大人しめな高校生なのだ。
前方からやって来る新幹線の光が線路を照らす。
接近までおよそ数秒程度。
鬼塚(でも、もう後には退けない…!)
彼は右手の拳を握り締め、覚悟を決めた。
そして、ゆっくりと拳を後ろに引いていく。
鬼塚(集中しろ。絶妙な力加減…、反動なく新幹線をピタリと止めるんだ!)
シリウスの予想通り、線路はフクマによって破壊されていた。僅かに残留している黒い靄がそれを証明している。
鬼塚は精神を研ぎ澄ませて考えた。
新幹線を安全に止める上で、反動を抑えるのは必要不可欠。その場で止めて脱線を防いでも、止めた反動が大きければ乗客に危険が及ぶ。
しかし、時速300キロメートルで進む鉄の塊を反動なく静止させるのは至難の業であろう。
鬼塚(拳じゃダメだ。細かい加減ができない)
眼前に迫った新幹線は鬼塚の全身を明るく照らした。
衝突寸前の彼はそう考え…、
ドンッ…!
咄嗟に右手の小指のみを突き出した。
小指の爪の先端を新幹線に押し当てられてピタリと静止する新幹線。
反動を完全に抑えたが、まだ油断はできない。
鬼塚(何とか止められた。後はこの反動の力を余所へ逃がすんだ!)
この世界に物理の法則が働く以上、発生する反動そのものを消すことは不可能だ。
小指で止めた瞬間にそれを悟った鬼塚は、彼の力加減で反動を別の場所へ逸らそうとしていた。
反動の力は、鬼塚の身体を伝って地面や大気へ細かく分散していく。
言葉で説明するのは容易いが、その力の処理は困難を極めた。
鬼塚(絶対に止める…! 完璧な力加減、“自信”と“不安”の共存、静かな食卓を念頭にいぃ!)
心の中で呪いのようにそう唱える鬼塚は、全神経を力加減に集中させる。
そして…、
鬼塚「ふ、ふおおおおぉぉぉぉぉ!!」
彼は己を奮い立たせんとばかりに甲高い声を上げた。
一見新幹線の走行を邪魔する変質者のようだが、反動の力は少しずつ四方に分散し、“無反動で静止させる”という目的は達成されようとしていた…。
「ウホ」
新幹線を必死に止める彼の隣に、片腕のゴリラが降り立った。
ゴリラに変身した獅子王、“唖毅羅”だ。
ゴリラと間違えられ密猟者に拉致されるという情景をフクマに見せられていた獅子王は、鬼塚の甲高い雄叫びによって目を醒ました。
獅子王に限らず、他の者も彼の雄叫びを聞いて悪夢から解放されていたのだ。
そして、獅子王は鬼塚がピンチに陥っていると思いこの場に駆けつけた。
鬼塚「ふおおおおぉぉぉぉぉ!!」
超集中している鬼塚は、隣の片腕ゴリラに気づかない。
唖毅羅「僕も゛助太刀ずる゛!!」
ドン!
獅子王は力強くそう言って、新幹線を全力で押したのだ。
鬼塚にとっては予想外の力が新幹線に加わる。
彼の完璧で精密な力加減を瓦解させるには、充分すぎるアクションだった。
鬼塚「ふおぉぉっ…! え、ちょっと待って!?」
バキッ!
力加減を誤った鬼塚。
反動が発生することで新幹線は真っ二つになり、地面に対して垂直に折れ曲がる。
唖毅羅「ウ…、ウホ…?」
困惑し驚愕するゴリラの獅子王。
集中が切れた鬼塚は、新幹線に手を置いている唖毅羅に気づいた。
鬼塚「な、何やってんだよバカゴリラアァン!」
裏返った声で泣きながら彼を責める鬼塚。
絶望し泣き喚く2人を傍らに、折れ曲がった新幹線の車内はパニックに陥っていた。
ーー
いったい何をどうやったらあんなになるんだ…?
フクマを水の龍で倒した直後のことだった。
気づけば線路の上で止まっている新幹線が、天に向かって直角に折れ曲がっていたんだ。
フクマの攻撃か? いや、いま倒して気配は完全に消えた。
フクマじゃない別の敵…、彼の仲間がやって来たのか?
色々わからないけど、新幹線があんな風になった原因を考えるのは後だ。
「きゃあああぁぁぁぁ!」
「助けてくれえぇぇ!」
後ろの車両に避難した乗客が危ない。
地面に対して垂直に折れ曲がった車両に乗っていた大人たちは、重力に従って落ちていく。
中には、割れた窓や開いたドアから放り出される人もいた。
外に放り出された人はもちろん、最初に落ちて皆の下敷きになった人が死んでしまう…!
助けないと。でも、どうやって?
水の手でキャッチする?
風をクッションにして衝撃を和らげる?
ダメだ、数が多すぎる。
1人や2人ならまだしも…。
僕の能力じゃこの人数を同時に助けるのは無理だ。
でも、見殺しにするわけにはいかない…!
いま僕にできることを考えるんだ!
反響する男女の悲鳴。
落ちていく彼らを見据えて考える中、ある人物が動き出した。
新幹線前半分の折れ曲がっていないところ…。
僕がいた車両の開いたドアから、彼はスマホを片手に顔を覗かせる。
「おやおや、これは売り込み時ですな」
ニヤリと悪い笑顔を見せる彼。
丸々としたその頭は、とある野菜を彷彿とさせる。
エンターテイナーかつプロのセールスマン、樹神寛海。
誰かと仕事の電話をしていたのだろうか。
彼はスマホのスピーカーのボタンを押して、落ちてくる人々を見上げながらこう言った。
樹神「只今より、弊社が取り扱う“武楼虚罹羅”のプレゼンテーションを行います! ダイナミックでスリリングなプレゼンをご拝聴くだせぇ!!」
武楼虚罹羅…、名前はいつもと違うけどわかるよ。
君は自分の特質で皆を助けようとしている。
君のブロッコリーは、僕の能力より可能性がある。
僕の力でできないことを…、やってくれ!
彼は床を蹴って、プールに飛び込むようなポーズで頭から地面に向かった。
樹神「質も量も最大級。“武楼虚罹羅”。またの名を…!」
緑花王国…!
心の中でそう発する僕の身体は、少しばかり強張った。
そして、彼の頭はしっかりと地面に埋まる。身体はぴんと伸びて地面に突き刺さった。
ゴゴゴゴゴ……………
静止している新幹線を取り囲むように生えてくる巨大な無数のブロッコリー。
その全長は折れ曲がった新幹線を越えた。
「ひいぃ! なんだこれは!?」
突然の巨大ブロッコリー出現に戸惑う乗客たち。
大きくそびえ立つブロッコリーから、細くてしなる柔軟なブロッコリーが何十本と伸びている。
そして、その1本1本が落ちていく乗客たちの身体に優しく巻き付いていった。
まずは外に放り出された乗客から。
樹神「弊社のブロッコリー“武楼虚罹羅”は、質も量も他とは一線を画します。そして、このブロッコリーは私めが地面に埋まることでしか発現致しません。独自の収穫方法を確立しており、まさに専売特許なのです!」
彼は自身の特質をプレゼンしながら、外に放り出された乗客たちを助けていく。
細いブロッコリーを優しく身体に巻き付けて、そっと地面に下ろした。
次は車両の中で落ちていく人たちだ。
人が下敷きにならない内に助けないと手遅れになる…!
一刻を争う事態だ。
ブロッコリーの救助を見守る僕の拳に力が入った。
樹神「そして、このブロッコリー今ならなんと…! 7メートル777円! 777円でお売り致します! 名付けてラッキーセブンセールッ!」
プレゼンを続けながら難なく助けていく樹神の緑花王国。
やっぱりパチンコネタは入れるんだな。
割れた窓から多くの細いブロッコリーが入り、落ちる乗客たちの身体に巻き付いた。
彼にとっては簡単な救助活動なのかもしれない。
早口で喋るくらいには余裕なんだろう。
埋まることさえできれば、彼はもの凄い能力を発揮する。
樹神「“武楼虚罹羅”は、お客様の腸内環境と世界の平和を守ります!」
最後にかっこよく?プレゼンを締め括った樹神は、同時に乗客みんなを助け出し地面に優しく下ろしてから、緑花王国を解除した。
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鬼塚「みんな、ごめんなさい…! 力加減ミスりました…」
唖毅羅「ウホホゥ…」
完全に止まった新幹線の先頭。
1人と1頭は僕ら“BREAKERZ”の前で正座し、謝りながら土下座した。
鬼塚「き、急にゴリラが来たから…(ボソッ」
頭を地面に着けた琉蓮は、何かぽつりと呟く。
新幹線が直角に折れたのは、琉蓮が力のコントロールをミスったかららしい。
そして、線路はシリウスの言った通り破壊されていた。
正直ホッとしたよ。
敵の攻撃じゃなかったんだ。まだ戦えるかって言われると厳しいと思う。
後フクマを倒したからか、みんなの意識はちゃんと戻ってるみたいだ。
新庄「じいちゃん…」
的場「ノオォォン…」
ぐっと握り締めた金属バットを切なそうに見つめる新庄と、体育座りをしてしょんぼりとした顔をしている的場。
2人は見せられた情景をまだ引き摺っている。
あれは、かなり辛いものだった。
姉さんが来てくれなかったら、僕は今頃どうなってたんだろう?
「あの緑のは何だったんだ?」
「私たち、助かった……の?」
折れ曲がった新幹線の隣でざわつく大人たち。
当たり前だけど、普通の人は特質や神憑のことなんて知らない。
助かったのは良いけど、何に助けられたのかわからず不可解に思っている。
軽い怪我をした人はいるかもしれないけど、重傷者や死者が出なくて良かった。
樹神「あのぅ、助けたの俺なんすよ~。あのブロッコリー、俺なんすよねぇ。パチンコにあてたいから慰謝料とかくんねぇかなぁ?」
ざわつく大人たちの所へ行って、手でお金のサインを作りそんなことを言い出す樹神。
あぁ、さっきのカッコいいプレゼンとスマートな救助が台無しだ。
それに慰謝料じゃなくて…、言うなら謝礼金じゃない?
まぁ、みんな命に別状がなくてほんとに良かったよ。
荷物とかお土産はぐちゃぐちゃになってるだろうけど…。
「琉蓮、陽。ありがとう。脱線してたら、みんな無事じゃ済まなかった。足痺れないうちに立って」
みんな、今日は大活躍だ。
謝らなくちゃいけない人なんていない。
帰ったら、自警部を復活させよう。御影教頭に直談判するんだ。
今の僕らなら、きっと学校だって守れる。
僕はそう考えながら、正座している2人に手を伸ばした。
鬼塚「友紀くん…、君ってやつは何て優しいんだ!」
唖毅羅「ウホ…、ウホホ…」
涙目になりながら2人は僕に手を伸ばす。
よくよく考えると、2人とも僕より力強いよな。持ち上げられる気がしない。
少しドキドキしながら、彼らの手を掴もうとしたその時だった。
それは僕の背後に現れた。
う、嘘だろ…?
嫌な気配を感じた僕は咄嗟に振り返る。
どこにも姿は見当たらない。
気のせいか? いや、違う。
途端に震えだし身動きできなくなる大人たち。
この禍々しい気配は気のせいなんかじゃない。
間違いなく、フクマのものだ。
あの時、完全に気配が消えたのに…。倒したんじゃなかったのか?
四方…、あらゆる方向から黒い靄が少しずつ集まってくる。
そして、それらはフクマの身体を再び形成した。
だけど、僕が水の力で空けた身体中の穴はそのままだ。
シリウス「あぁ、勘弁してほしいね…」
珍しく弱音を吐くシリウス。
完全に復活したわけじゃなさそうだけど、恐怖で強化された力はそのままってことか。
ザッ…
ゆっくりとフラつきながらこちらに向かってくるフクマ。
「ひぃ…、あいつ…。あいつだ」
「きっと、あいつが新幹線をこんな風に…!」
フクマの後方にいる大人たちが口々に騒ぎ始めた。
まずいぞ…、彼は負の感情を糧にする。
でも、恐がるななんて言ってもあんまり意味がない。頭でわかってても恐いものは恐いんだ。
フクマの身体に空いた穴が少しずつ塞がり始めている。
鬼塚「…………! ヤバい!」
琉蓮も多分気づいたんだろう。フクマが何で強くなっているのか。
彼はさっと立ち上がり、右手を大きく上げてこう叫んだ。
鬼塚「ち、違いますっ! ぼ、僕が新幹線を折り曲げました!」
わかる、君の意図はわかるよ。
みんなが恐がるのを止めようとしたんだ。
だけど、その言葉はあんまり効果ないと思う。ていうか、むしろ普通に君が恐いよ。
こちらにやって来るフクマは何を思ったのか足を止めた。
そして、ゆっくりと悍ましく嗤いながら大人の方へ振り返る。
「ひ…、ひっ!」
甲高い悲鳴が響き渡ると同時に、身体の穴は瞬く間に塞がった。
大人たちが発する膨大な恐怖によって、彼は完全復活を果たしたんだ。
シリウス「望まぬ第2ラウンドってことかい?」
若干声を震わせながら後ずさるシリウス。
完全復活したフクマは振り向いて、5本の指をこちらに向ける。
情景を引き摺っている新庄と的場。
お金のことしか頭にない樹神。
お尻が満身創痍のシリウス。
片腕を失ったゴリラの陽。
一応動けそうだけどさっき失敗して自信がなさそうな琉蓮。
万全な状態かつ増大した力もそのままなフクマに対して、僕らは終わりのない戦いに疲弊している。
車内になだれ込んでいた大量の水は、龍となってどこかへ行ってしまった。
だから、僕も今は風の力しか使えない。
彼の5本の指先に集まる禍々しいオーラ。
身構えた僕らに対して影のレーザーが放たれようとしていたその時だ。
スッ…
僕らとフクマの間に、見覚えのある少女が音もなく片膝を着いた状態で降り立った。
丸い輪郭にぱっちりとした二重瞼。黒髪で少し短めのポニーテール。
真っ白な着物に鮮やかな赤色の袴。右手には、赤い柄の錫杖が握られている。
間違いない。数ヶ月前、校舎の前で会ったあの人だ。
巫女のような姿に変身して神憑のような技を使う彼女は、御門伊織。
御門「はぁ…、結構目立ってて嫌なんだけど」
彼女は不服そうにそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
まずい、フクマのレーザーが…!
急にやって来た御門さんに気を取られてしまった。
「み、御門さん! 後ろ、気をつけて!」
咄嗟に出た僕の言葉に対し、彼女はぱっちりとした目を細めて首を傾げる。
御門「後ろ? なんで?」
なんで…、いやなんでって。
もしかして、フクマのこと僕らの友達だと思ってる? 彼の禍々しいオーラに気づいてないのか?
「き、君の後ろにいる彼だよ! 危ないから下がって! レーザーとか球とか撃ってきて、それに当たると身体が腐るから……」
御門「あぁ…、気をつけてってこれのこと?」
御門さんは慌てる僕の話を遮って、振り返ることなく親指でフクマを指さした。
緊迫した空気の中、彼女は平然としている。
それもそのはずだ。
御門「大丈夫、もう祓ったから」
淡々とそう答える御門さん。
同時にフクマの身体は突き出した5本の指先から崩壊し始めた。
彼の姿を保てなくなった黒い靄は指先から霧散して静かに消えていく。
祓った…。霊能者がやってる除霊的なものなのかな?
御門さんがいつどんな技を使ったのかはわからない。
だけど、彼女の言葉通り、謎の存在フクマは跡形もなく消滅した。
彼女が持つ何かしらの能力で…。
そして、フクマは完全に消える最後の瞬間、確かにこう呟いたんだ。
フクマ「術師か」
これはフクマが自身の名前以外で発した最初で最後の言葉だった。
フクマは御門さんの能力を知っていたのか?
「彼とは知り合いだったの?」
そう思った僕は、彼女に問いかけた。
すると、彼女は明らかに不機嫌そうな顔をする。
御門「邪神と知り合いなわけないじゃない」
邪神…、フクマのような類いをそう呼んでいるんだろうか。
神憑に憑いてる神とは別物ってこと?
「邪神って、彼のような存在のこと?」
御門さんには聞きたいことが多すぎる。
僕らがあんなに苦戦したフクマを、彼女は息をするかのように倒したんだ。
どんな能力なのか知りたいし、フクマがなんで知っているのかも気になる。
術師って言ってたっけ。神憑や特質とはまた別の力なのかな?
御門「えぇ、そうよ。君の隣にもいるじゃない」
次々と疑問が湧いてくる僕の質問に対し、御門さんはそう答えながらシリウスを指さした。
え…、シリウスも邪神? どういうことだ?
そういえば、校舎の前で会ったときもそんな風に呼んでた気がするな。
シリウス「あんなのと一緒にしないでくれるかい? 確かにフクマは神の力紛いなものを使っていたけど、彼は人でも神でもないよ」
彼女の発現に、怪訝な表情を浮かべて反論するシリウス。
御門「どうでも良いけど…」
そんな彼に対し、御門さんは手に持っている錫杖をシリウスに向けた。
御門「なんで、日下部の身体を乗っ取っているの? 理由によっては祓うわよ」
彼女はそう言って、シリウスを睨む。
怒っている? なんでだ?
シリウスを祓うって…、フクマのように消すってことか?
シリウス「色々と事情があってね。旅行中は身体を借りることにしたんだ」
淡々とそう答えるシリウス。
そういえば、彼女は…。
初対面の日下部にいきなり攻撃しようとしたじゃないか。
彼女は味方じゃない。状況によっては敵にも成り得る。
御門「怪しいわね…」
殺伐とした空気が2人の間で生まれる。
錫杖をシリウスに向ける御門さんに、僕も手の平を向けた。
「悪いけど、攻撃してくるようならこっちもやり返すよ」
彼女は僕を横目で見て、ふっと鼻で嗤う。
御門「貴方に邪神は憑いてない。一応、背後霊がいるようだけど。こけおどしね、でも私は本気よ」
彼女は神憑しか知らないのか。
特質や他の能力があることを知っていたら、こけおどしだなんて言わないだろう。
特質を知らないということは、吉波高校や政府と関わっている人ではなさそうだ。
こけおどしだと思われたから、あまり牽制にはならないな。
「忠告はしたよ。言っとくけど、この力はその気になれば、簡単に人を殺せてしまう」
僕の言葉に、御門さんはぴくりと眉を動かした。
多少は警戒してくれたみたいだ。
シリウス「そもそも、僕らに何の用だい?」
日下部に乗り移ったシリウスが彼女にそう問いかける。
御門「君たちに用なんてない。邪神を祓うために全国を廻ってたらたまたま会っただけよ」
この発言を聞いた途端、彼は血相を変えた。
シリウス「それはつまり…、僕の仲間を手当たり次第に抹消しているということかい?」
御門「えぇ、そうよ。あれ? 言ってなかったっけ?」
わなわなと身体を震わせるシリウスに対し、御門さんは淡々としている。
彼女の言う邪神は、人に憑いた神のことを指している。
シリウスや朧月くんに憑いた神の仲間を、彼女は見つけ次第祓っているってことなのか?
人に置き換えたら、それは凶悪なテロや無差別殺人と変わらない。
シリウスが怒るのは当然だ。
シリウス「君は…、頭が悪いのかい? この前話したじゃないか。今と昔では全然違うって…!」
彼は怒りを抑えてちゃんと話し合おうとしていた。
だけど彼女は…、
御門「言ってたっけ?」
たったの一言で、シリウスの想いを一蹴したんだ。
彼を軽んじるその態度に、僕も怒りを覚えた。
御門「あぁ、言ってたわね」
彼女は、考える素振りをしながらそう呟く。
御門「でも、私は邪神を祓わないなんて言ってない。君は特別に見逃しただけよ。後の邪神は例外なく祓うわ」
どうする? 戦って止めるべきか?
でも、僕は神でも神憑でもない。僕が首を突っ込むのはお節介な気もする。
それに彼女は人だ。風の力を使うのは危険すぎる。
辛そうな表情で歯を食いしばるシリウスに対し、御門さんは続けてこう話した。
御門「じゃあ、そろそろ行くわ。邪神の組織とかも出てきてるみたいだし、面倒なことになる前に早めに摘まないと…」
話を終えた彼女の服装は、錫杖を持った巫女のような恰好から真っ白な羽衣に変化する。
シリウス「君に憑いている彼らは? 情が湧いたから殺さないとでも…?」
今にも飛び立ちそうな彼女に、シリウスはそう問いかけた。
散々祓うとか言っていた彼女にも、神が憑いているのか? それも複数…?
御門「…………」
御門さんは何も答えず目を細め、ぐっと両手を握り締めてから空へ飛び立った。
シリウス「ほんと…、一貫性のない神や人間は嫌いだよ」
お尻を撫でながらそう呟くシリウスは、どこか安心したような顔をしていた。
折れ曲がって止まった新幹線と、線路以外何もないこの場で佇む僕らや大人たち。
誰かが通報したのか、警察の人たちが駆けつけてくれて事態は収束した。
安全の為、僕らは警察官に護送されて無事家まで帰ってきた。
初めての旅行やフクマとの戦いでどっと疲れたのか、残りの連休はほとんど寝ていたよ。
意識を取り戻した日下部は気づいたら家にいたらしく、イボ痔の激痛と旅行を楽しめなかった無念さから悶絶していたらしい。
陽は無事太陽を拝んで人間に戻り、失った腕を取り戻した。
他の皆も特にこれといった怪我はなく、連休明けに元気な姿を見れて安心した。
ただ、1つだけ。
多分、政府が干渉したんだろうけど。
フクマのことはもちろん、折れ曲がった新幹線の事故はニュースで一切報道されなかった。
まぁ、僕にとってはあんまり関係ないけど…。
御門さんは神憑の組織があるって言ってたし、そういう能力の存在を隠し続けるのって危険なんじゃないかな。
今まで浮き彫りになってなかっただけかもしれないけど、最近能力持ちが増えている気がする。
…………。よし、準備できた。
忘れ物ないよな?
今日も学校だ。
制服に着替えて、教科書の入ったカバンを肩に掛ける。
「じゃあ、今日も行ってきます」
勉強机に置いた幼い姉さんの写真にそう言って、僕は部屋を出た。
【 自警部•連休編 ー 完結 ー 】
【 自警部•ゴリラ消失編 】
始動。




