フクマ - 日下部 雅(シリウス)③
唖毅羅「ホーッ! ホーッ!」
腐っていく右腕を振り回しながら鳴く、ゴリラの獅子王こと唖毅羅。
とても焦っているようだね。
焦るのは当然だし、その状態は焦った方が良い。
人間やゴリラは身体が腐れば死ぬ。
死の概念がない僕ら神とは違ってね。
水瀬「あ、陽…! ど、どうすれば…」
新庄「ウホ、落ち着けって!! だ、誰か…、バンソーコーとか持ってねぇのか?!」
獅子王だけじゃない。
彼の死を悟った水瀬たちも酷く動揺している。
そして…、
唖毅羅「ホーッ! ホーッ! ホーッ!」
ペチッ
腕を激しく振り回していたからだろう。
ゴリラの腐った肉片がこちらに飛んできて、僕が乗り移っている日下部の頬を叩いた。
おぉ、これは随分と刺激的な香りだね。
僕の“昏倒劇臭屁”には遠く及ばないけど。あれを喰らった人間は失神するからね。
新庄「バンソーコーねぇなら、軟膏とか! 何かねぇのか!」
バットを片手に声を荒げる新庄。
バンソーコーにナンコウ…、ボラギノールの仲間かい?
確かにボラギノールは優秀だった。
肛門に巣くう病魔を抑え込んでいたからね。
彼の仲間たちもきっと優秀に違いない。
だけど、彼らに今の獅子王は救えない。
あの状態は、ただ痛覚を感じさせるだけのイボ痔とは訳が違う。
彼らが焦って騒いでいる間にも、右腕の腐敗は進行していた。
「バンソーコーとやらはナンセンスだよ、新庄篤史」
僕は焦って取り乱す彼らに呼びかける。
このままでは獅子王が死んでしまう。君たちの死は目立つから困るんだよ。
日下部にもきっと怒られるだろう。
だから、ここは冷静な僕が何とかしないと…。
新庄「じゃあ、どうしろってんだよ! ウホが死んじまう…!」
指摘した僕の方に向いて、新庄は怒鳴り声を上げた。
乱心になって飛びかかってきそうで怖いね。
肛門には病魔が巣くい、それを抑え込めるボラギノールを失った今の僕にあの金属バットは止められない。
水瀬「確かに絆創膏じゃ無理だよ。そもそも腐った部分を再生させる薬なんて聞いたことがない」
さすがは水瀬。荒れる新庄とは違う。
僕の発言によって、彼は冷静さを取り戻していた。
「そういうこと。腐敗の進行を止めるのに、“薬局の精霊たち”は不相応なのさ」
僕は鳴き声を上げながら腕を振り回す獅子王を横目に話を続ける。
彼の右腕は肘の辺りまで腐り落ちていた。
腐敗が首まで到達したら、もう助からない。人間もゴリラも恐らく急所は同じだ。
「腐敗の進行を止める方法は至ってシンプルだ。腐敗が進む肉の断面、そこを切り離せば良い」
僕は獅子王の腐っていく右腕を指差しながら説明した。
人間の彼らは気づいていないのかもしれないね。
腐敗していく彼の右腕には、フクマの禍々しい力のようなものを感じるんだ。
色で例えるなら黒紫。
彼のオーラと同じ色。
その力は腐敗していく腕に沿って移動している。
ちょうど肉や骨の断面辺りに、禍々しい力を感じるんだ。
腐敗の進行はフクマの力によるもの。右腕ごと力を吹き飛ばせば、進行は止まるだろう。
僕はこういった説明を早口で話してから、座席の後ろに隠れている鬼塚を指さした。
「最強の力をコントロールできる鬼塚、君が適任だと思う。禍々しい力が集中している右腕の断面、そこだけを綺麗に吹き飛ばすんだ」
僕がそう言うと、彼はすっと立ち上がって暴れ回るゴリラを見据える。
鬼塚「うん、わかった」
真剣な表情で拳を握り締める鬼塚。
ちょっと前の彼なら、怯えた顔をして全力で断っていただろうね。
鬼塚は右腕の振り回して荒ぶる獅子王に向かっていく。
鬼塚「大丈夫。獅子王くん、すぐに助けるから」
頼もしい限りだよ。彼の堂々とした背中を見ると何だか気後れするね。
片や最強の特質を持つ人間、片やイボ痔を患った力の神だ。
僕はお尻を気遣いながら、ゆっくりと座席に腰を掛けた。
唖毅羅「ホーッ! ホーッ!」
変わらず鳴きながら暴れ回る獅子王。
彼の右腕の肘は既に腐り落ち、右肩へさしかかっている。
鬼塚「じっとしてくれた方がやりやすいけど、そのままでも大丈夫だよ」
鬼塚はそう言って腰を落とし、右手の拳を後ろに引いた。
鬼塚「ちゃんと加減するから…」
目を細めて右腕の断面に狙いを定める鬼塚。
そんな彼の後ろに、水瀬らが集まった。
水瀬「琉蓮、僕も協力する。君1人に背負わせない」
両手に風を集めたと思われる水瀬。
新庄「俺もやるぜ。ウホが苦しんでるんだ。何もしねぇのは道理じゃねぇ!」
水瀬の横に立った新庄は金属バットを構える。
的場「俺もじゃ。お前らがミスっても、俺は外さん」
そして、水瀬と新庄の後ろに立つ的場は、玩具の機関銃の銃口を獅子王に向けてそう言った。
鬼塚「みんな、ありがとう…」
鬼塚は嬉しそうに礼を言う。
2、3秒ほど獅子王の右腕を目で追った後…、
鬼塚「王撃」
彼は右手の拳を軽く前へ突き出した。
ドオォォン…!
いつもより控えめな爆発音。
その音と共に、右腕の断面が吹き飛んだ。
完璧だ…、いや完璧すぎる。
鬼塚の一撃は、右腕の断面へピンポイントに命中したんだ。
彼が吹き飛ばした右腕の肉はほんの僅かだけど、腕から感じていた禍々しいフクマの力は完全に消えている。
鬼塚琉蓮、君はやはり“BREAKERZ”最強だ。
力のコントロールが完璧にも程がある。
これで獅子王は助かるね。
目立たずに済むし、日下部に怒られることもないだろう。
そう安心したのも束の間だった。
唖毅羅「ホオオオォォォォォン!!」
鬼塚の一撃をもらい、激痛に悶える獅子王。
腐敗の止まった右腕を押さえる彼に対し…、
水瀬「よし、今だ! 行くぞ、スラッシュ・ウインド!」
水瀬は技を繰り出した。
彼は手刀のような形を作り、右手を獅子王に向けて振り払う。
サクッ!
唖毅羅「ホオオオォォォォォン!!」
風の技が彼に当たったんだろう。
右腕の断面が薄皮1枚程度だけど、切り離された。
右腕を押さえたまま通路でのたうち回る獅子王。
神である僕でも何となくわかるよ。
見た目は地味だけど、あれはかなり痛いだろうね。イボ痔なんかの比じゃない。
タッタッタッ!
新庄「ウホ、今助けてやるからな!」
倒れた獅子王の元へ、金属バットを持った新庄が走って行く。
そして、バットを振り上げながら大きく飛び上がってこう言った。
新庄「カミナリ大根切り!」
右腕の綺麗な断面を目がけて、彼は蒼い稲妻を纏うバットを振り下ろす。
ドオオオオオォォォォォォン!!
ビリビリビリ…!
唖毅羅「ボオ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ン゛!!」
右腕の断面に金属バットを押しつけられたゴリラの獅子王の身体は、莫大な電気のせいかブルブルと痙攣した。
時々、ゴリラの骨が身体を透けて見える。
あれは…、痛いとかいう以前に死んでしまうね。
まずい、彼らは何をしているんだ。
早く止めないと…。
でも、イボ痔が痛くてさっと立てないんだ。
的場「退くんじゃ、篤史!」
玩具の機関銃を構える的場はそう言い、新庄は彼の言葉を聞いて身を退いた。
唖毅羅「ホッ! ホッ! ホッ! 何ずる゛……」
ゆっくりと上体を起こし、何かを言おうとしていた獅子王だったけど…、
的場「必殺__エイムショット」
ドドドドドドドドドドド…!
的場が連射した玩具の銃弾全てが右腕の断面に命中し、彼は言葉を発せず再びのたうち回ることになった。
新庄「ウホ、もうちょっとの辛抱だ! 悪い奴を追い出してやるからな!」
唖毅羅「ホオオオォォォォォン!!」
断面に弾を浴び続ける獅子王に対し、真剣な眼差しでそう話す新庄。
確かこういう状況のことを表す言葉があったね。
何だっけ、学校の先生の口から時々聞くあの言葉…。
あぁ、思い出した。
これ、“イジメ”ってやつだね。
「もうとっくに追い出しているさ!」
ようやく座席から立てた僕は、声を荒げた。
水瀬•新庄•鬼塚「「「え…?」」」
彼ら3人は僕の方に振り向き、動揺したような顔を見せる。
ドドド…!
そして、発砲を止めた的場も少し遅れて僕の方に振り返った。
唖毅羅「ふーっ…ふーっ…! 君ら゛、マ゛ジで食べで良い゛?」
ゴリラの獅子王は、苦しそうな顔をしながらも“イジメ”をした彼らを睨みつける。
「鬼塚の一撃でフクマの力は消えていたさ」
僕が説明すると、彼らは冷たい目をこちらに向けてきた。
水瀬「え…、なんで言ってくれなかったんだ? 僕らは無駄に痛めつけただけだったのか?」
何だい、この空気は…。
水瀬、まるで僕が悪いみたいな言い草だね。
「ちょっと待った。僕が悪いって言いたいのかい? そもそも、僕は鬼塚にしか指示をしていない。君たちが勝手に動いたんじゃないか。なんでゴリラを虐めるんだろうって僕は思ったね。それに僕はいまイボ痔なんだ。止めようと思ったけど、すぐには立てないさ」
新庄「ごちゃごちゃうるせぇよ。イボ痔がなんだ。ウホは痛い想いをしたんだ」
「あぁ、君たちのせいでね」
新庄「何だと…?」
僕らは少しの間、言い合いになった。
俗に言う口喧嘩ってやつさ。
人間同士でも起こりうることだ。
水瀬「みんな、落ち着こう! またフクマは来る! さっきもだけど、相手はこういう機会を狙ってるんだ」
感情的になっていた僕らを制したのは水瀬だった。
水瀬「陽、ごめん。早くしないと死んでしまうと思ったから、焦ってしまった」
そして、彼は右腕を押さえた獅子王に謝罪する。
唖毅羅「僕ば大丈夫。助げでぐれ゛であ゛り゛がどう゛」
言い合いを止めた水瀬と、獅子王の感謝の言葉で僕らは平静を取り戻した。
新幹線は変わらず線路の上を走り続けている。
そして、どうやらゆっくりしている暇はないようだね。
走り続ける新幹線の前方…、とは言ってもまだかなり先だけど。
微かなフクマの気配と、物理的な力の変動を僕は感じ取った。
まだかなり距離があるとは言っても、いずれそこに到達するだろう。
フクマの気配と力の変動に気づいたのは、力の神である僕だけだ。
フクマが前方で何かを施したのはわかるけど、距離が遠くて細かいことはわからないね。
「水瀬、前方でフクマが何かをしたようだ。彼の微かな気配と、力の変動を感じた」
僕は車内にいる彼らにそう伝えた。
「まだまだ先で起こったことで、詳しいことはわからない。水瀬、君の推測が聞きたい。フクマは何をした?」
知力に長けた彼の意見が聞きたい。
水瀬は腕を組んで、考えながらこう話した。
水瀬「前方って言っても、小細工できるものは何もないはず。敵意のあるフクマが簡単に思いついて、僕らに危害を加えることって言ったら…、線路の破壊くらいしかないんじゃないか?」
“線路の破壊”。
あぁ、そういうことか。
こんなに長くて重い物が高速かつ安定して走行できているのは、線路によってあらかじめ方向を決められているからだ。
そして、決められた方向に高速かつ安定して進むように作られている。
線路から外れた新幹線の走行は安定性を失い破綻する。
人間にとってはかなり危険な状況になるというわけだね。
直接的ではなく、間接的な攻撃。
水瀬の予想が正しいとすれば…。
「ふっ…、随分と陰湿なことをしてくれるじゃないか」
僕は鼻で嗤って、そう呟いた。
フクマは乗客もろとも僕ら“BREAKERZ”を葬るつもりだ。
水瀬「もし線路が壊れていて脱線したら、僕らは終わる。車掌さんに説明して新幹線を止めてもらおう」
「待った」
前の車両に向かって走り出そうとする水瀬に、僕は待ったをかけた。
まだかなり先だとは言ったけど…。
新幹線のこの速度なら…、フクマの気配がある場所に到達するまで後30秒も掛からないだろう。
「30秒で説得させられるかい? 距離はあるけど、この速さならすぐ到達する」
水瀬「それは…、無理だ。前に行くまでにそれ以上かかるよ」
僕の問いに対し、水瀬は無茶だと言わんばかりに首を振った。
「じゃあ、僕らで止めるしかないね」
僕はそう言いながら、再び鬼塚に指をさす。
「鬼塚、もうひと仕事お願いしたい。この新幹線を止めるんだ。君ならできるだろう」
鬼塚「うん…、わかった」
彼は一言そう言って、首を縦に振った。
素直になったものだね。
鬼塚は開いたドアから飛び降りた。
そんな彼を新幹線は一瞬で置き去りにするけど、問題はないだろう。
ドン! シュッ!
風を切るような音と共に、鬼塚らしき人影が窓の外を横切った。
彼のひとっ飛びは新幹線なんかよりも速いということさ。
恐らく彼はもう新幹線の前方に立っているだろう。後は、脱線する前に止めれば良い。
あっちはもう大丈夫だ。
さて、こっちはどうしたものか…。
鬼塚が出て行った直後、フクマの禍々しい気配が車内に充満する。
今までで1番強く濃い気配だ。
これは皆も感じ取っているだろうね。
フクマの黒いオーラのようなものが大量に入ってくる。
そして、それらは10体ほどのフクマを形成し僕らを取り囲んだ。
鬼塚が出て行くタイミングを狙っていたのかい?
まぁ、そうするのが妥当だろうね。
君如きに彼は倒せない。
フクマたちは同時に動き出し、胸の前で暗い紫色の球体を作り出した。
この球体の威力はわからない。
上ではこれを喰らう前に鬼塚がやって来て、吹き飛ばしてくれたからね。
だけど、レーザーより強力なのは間違いないだろう。
風を自在に操るという未知の能力を継承した水瀬友紀。
金属バット“轟”を扱える新庄篤史。
抜群の射的能力を有する的場凌。
片腕を失ったゴリラの獅子王陽。
終始電話中で座席から動かない樹神寛海。
そして、肛門のイボ痔が絶賛痛覚主張中の力の神…、僕だ。
さて、このメンツでどう戦おうか。
不滅のフクマは倒せないどころか、どんどん強くなっている。
対して僕らは死ぬし、戦いが長引くほど疲弊して弱くなる。
つまり、戦えば戦うほどこちらの不利になるということだね。
「みんな、戦えるかい?」
闇雲に戦うのは悪手だ。
だけど、僕は彼らにそう尋ねるしかなかった。
状況は少しずつ不利になっていく。
フクマは永遠に復活するからね。
「…………。みんな…?」
返事がない水瀬たちに、僕は違和感を覚えて振り返った。
いったいどういうことだい?
彼らは皆、焦点の定まらない虚ろな目をして立ち尽くしていたんだ。
新庄「じいちゃん…、なんで…?」
絶望したような表情を見せる新庄は、右手に持っている金属バットを落とす。
悍ましく嗤う10体のフクマ。
僕の頭にも何かが飛び込んできた。
これは…、日下部の記憶…?
__________________
バチンッ!
乾いた音が響き渡り、僕の頬に看過できない痛覚が与えられた。
いや、厳密には僕じゃなく日下部の頬にだね。
彼の頬を叩いたのは、小さな女の子だった。
服装から察するに“ようちえん”とか“ほいくしょ”とか言う場所に収容されている人間だろうね。
そこは、日中幼い子どもが集められる場所だ。神である僕に“ようちえん”とやらの目的はわからない。
彼の頬を叩いた少女は、白けた顔をしてこう言った。
「おっさんは論外」
……とね。
「ま、待ってくれ! 僕はおっさんじゃない! ピチピチで新鮮な高校生さ! 君は僕にとって理想の女性なんだ!」
日下部は背中を向けて歩き出した少女にそう熱弁する。
だけど、彼女は振り向くことなく去っていった。
地面に突っ伏して絶望する日下部。
あぁ、わかるよ。
いわゆる“フラれた”っていう状態だ。
この状態、人間にはかなり堪えるらしいね。
彼は僕が見たことないほど、号泣している。
子どものように泣きながら、彼は自転車に跨がり漕ぎ出した。
どうやら家に着いたらしい。
庭に自転車を止めた彼は、平静を装って玄関を開けたのさ。
父親の暑苦しい出迎えが来ると、日下部は予想していた。
正直うっとうしいと彼は思っている。
だけど、まだ父親に迎えられる方が良かっただろうね。
ガラガラ
玄関のドアを開ける日下部。
そこにいたのは…、
「日下部雅くんだね? ちょっと裁判するよ」
屈強な体格をした警察官だった。
そして、彼は裁判所へ連行される。
“嘘だ、なんでバレた? いったい誰が…?”。
証言台に立たされた彼は、頭の中でそんなことを考えていた。
“まさか、あの子が? いや、そんなはずはない。幼稚園児が法律を知っているとは思えないからね”。
思考を凄まじい速さで巡らせる日下部。
そんな彼の前に、ある人物が現れた。
「え…?」
日下部はその人物を目の当たりにして愕然する。
裁判官が座る場所に座ったのは…、
豪「雅ぃ…、それはあかんてぇ」
紛れもない彼の父親だった。
普段は熱烈な視線を送る父親だけど、今は違う。
ゴミを見るような目で日下部を見下ろしていた。
「“あかん”って何がだい? いったい何に対して言ってるんだい? これは何の茶番なんだい?」
彼は必死に誤魔化そうとしているようだ。
あの少女に接触することは、良くなかったのだろう。
だけど、彼の父親は全てを見抜いていた。
豪「パパは何でもお見通しだ。パパが通報したんだよ、雅」
父親は日下部から一切目を逸らさずに話を続ける。
豪「そして、パパはお前に罪を課す権利が与えられたんだ。もちろん、無罪にすることもできる」
なるほどね。つまり、罰するも罰さないも父親次第というわけか。
なら、日下部のすることは1つだろう。
日下部「父さん、許してくれ。ただの出来心だったんだ」
彼は、証言台の前に出て土下座した。
“僕を病的に愛している父さんなら許してくれるさ。きっと父さんは僕を守るために裁判官になったんだ”。
願望に近い憶測を頭に浮かべながら、彼は地面に頭を着けている。
豪「そうか。よく言ったぞ、雅。パパの判決は最初から決まっている」
父親はそう言って、満足そうに何度か頷いた。
「…………! じ、じゃあ…!」
その発言に対し、ホッとして顔を上げる日下部。
無罪にしてくれると確信したからだ。
そして、父親による日下部への判決が下された。
豪「死刑ね」
…………。
無罪ではなかったようだね。
日下部「なんでなんだいっ!」
ドン!
日下部「結局、死刑なんかいっ!」
ドン!
彼は自身の死刑判決にツッコミを入れながら、地面を思い切り叩いていた。
__________________
…………! 僕はいったい何を…!
線路の上を走り続ける新幹線。
紫色の球体をこちらに向ける10体のフクマ。
そして…、水瀬たちは変わらず虚ろな目をして立ち尽くしていた。
僕がさっきまで見ていたあれは…。
「君たち…、彼らに何をしたんだい?」
僕は10体のフクマにそう問いかけた。
返事をすることなく、彼らは口角を上げたままこちらを眺めている。
さっきまで見ていた幻覚のようなものは、きっとフクマの仕業だろうね。
そして、その幻覚は各々の悪夢であったり過去のトラウマのような情景を見せるのだろう。
フクマは恐らく、僕らの恐怖や怒りを糧に強くなる。
悪夢やトラウマといった幻覚を見た彼らは、少なからず恐怖を感じるからね。
日下部にとって、あれはたぶん悪夢だったんだ。
だけど、僕は彼じゃなくシリウスだ。
彼にとっては悪夢でも、僕からすれば他人事。
だから、のめり込むことなくこちらに戻って来られた。
レーザーに暗い球体、そして幻覚…。
「君は…、いったい何者なんだい…?」
行動不能になった水瀬たちに対し、更に増えて更に強くなったフクマ。
窮地に追い込まれた僕は、思わずそう漏らした。
「みんな、しっかりしてくれ! 来るぞ…!」
僕が彼らに訴えかけても、誰も応えてはくれない。
そして…、
ドドドドオオォォォン!!
水瀬たちが悪夢を見て立ち尽くす中、暗い球体がこちらに向かって放たれた。




