友人、神の力を手に入れる②
「これで終わりだ」
悪くは思わないでくれ。君たちの死は決して無駄にはしない。君たちの死は、新たな世界への礎となるのだ。
せめて痛みを感じることなく、跡形もなく一瞬で逝かせてあげよう。
我は拳に全身全霊の力を込め、最強の男──鬼塚の顔を目がけて振り抜いた。
「ググッ……ギギ……」
ドンッ!
ボトッ……
何だ…? 爆発したような音と同時に、振り切った手が視界から消える。その直後、我の背後に何か重みのあるものが地面に落ちた。
理解するのに少し時間がかかった。鬼塚にとどめを刺すために繰りだしたはずの右腕が吹き飛んでいたのだ。
「グッ……!」
激しい痛みを感じ片方の手で欠損した部分を押さえる。
そして、目の前にいる彼は無傷。考えられるのは、彼の“特質”。
何をされた…? ありえない…。神であるはずの我が何も視えなかった。
神を取りこんでから初めて感じた痛覚。人間だった頃の久しいこの感覚。
力で我に押し勝つとは…。さすがはBREAKERZ最強の男。
だが、腕の1本や2本すぐに再生する。これが神の力だ。
「ゴガアァァァァ!!」
どうした? その猛獣のような鳴き声は…。仲間が死んだ悲しみで自我を失ってしまったのか。
これは手応えのありそうな相手だ。存分に愉しませてもらうぞ。
猛獣と化した彼がこちらに向かってくる。小細工はしない、こちらも真っ向勝負で正面から迎え撃ってやる。
ドオオオォォォォン!!
次の瞬間、我の視界は彼から空に移り変わっていた。
どうなっている? また視えなかったのか? 先程と同様、遅れて痛みが襲ってくる。今度は叩きつけられた身体全体と顔面への猛烈な痛み。
理解した…。奴は我の顔面に渾身のストレートを打ち込んだのだ。
身の程をわきまえろ。人間如きが神の顔を傷つけることなどあってはならない。
万能たる故にしばらく感じることがなかった久しい感情、これは……“怒り”。
怒りが腹の底から沸々とこみ上げてくる。懐かしい感情と感覚、この片時に二つも感じることになろうとは…。
「ウガアアアァァァァァァァァ!!」
更なる追撃をかけようと耳が張り裂けるほどの咆哮を上げながらこちらに向かってくる。
人間如きに神の力を二度も使うのは癪だが、正面からの打ち合いでは分が悪い。
今度は天に掲げるのではなく奴に向けて指を鳴らす。奴の動きはぴたりと止まった。
そう、これは“時間制御”。
どんなに肉体が強靭であろうが時間を止めてしまえば関係ない。
これが人間の限界。絶対に縮まることのない神との差。人である限り、時の流れを超えて活動することは不可能なのだ。
さて、奴を始末するのはいつでもできる。どう始末をするのかは我の顔の傷つき具合で決める。
大した傷でないのなら楽に死なせてあげよう。だが、場合によっては死んだほうがマシだと思うほどの苦しみを味わいながら、ゆっくりと死んでもらう。
さぁ、審議の時間だ。
「出でよ、神の手鏡」
神の力は強大で便利なものばかりだ。自らの掌を鏡面にすることさえ可能なのだ。
これぞ真の手鏡。我にとって“手鏡”とは“手に持つ鏡”ではなく“手の平が鏡”。
我は鏡面になった自身の手を覗き込んだ。
何と言うことだ! 我の顔面は外側から鼻があるはずのところに向かってめり込んでいる。
これでは…まるで……潰れたあんぱんみたいではないか…。
審議は終わりだ。貴様は耐え難い拷問を長時間受け、苦しみに苦しんだ末、死ぬことになろう。
まずはこの醜い顔を再生させ………
トントン
誰だ、人間が神に気安く触るな。不意に後ろから肩を叩かれ、我は振り返る。
「なんだ、貴様か。よくも顔をへこませてくれたな。貴様には地獄の苦しみを………ってなんで動いている!?」
ドゴッ!
「ガハッ……!」
な、なぜだ? 時間を止めていたはず…。自力で破ったのか?
いや、破るってなんだ? 時間というものは力ずくとかそういうものではない!
まずい…。まだ顔が完全に再生していないのに…。
視界は揺れ、若干の白い靄がかかっている。再生しないでこれ以上の攻撃を喰らうと死んでしまう…。
大丈夫、もう一度…。もう一度、奴の時間を止める。
倒れた我に馬乗りになって殴り続けようとする鬼塚…いや、この化け物への恐怖か痙攣か、わからないが震える手で指を鳴らした。
パチンッ
奴の動きはピタリと止まる。やはり、さっきのは何かの手違いだ。
そう思ったのも束の間、よく見ると我を仕留めようとしている奴の拳が小刻みに震えている。
時間は完全に止めたはず…。
バキ………バキ……
拳の震えが大きくなると共にガラスが砕けるような音もだんだんと明瞭になっていく。
まさか、本当に神の力を破るつもりなのか?
バキバキバキバキ!
震える拳はついに動き出し、我の顔面を凄まじい速度で打ち抜いた。
破られてしまった…。この化け物は時間を……神を超越してしまったのかもしれない。
「ウガアアアアアァァァァァ!」
無数の殴打が顔面に打ち込まれる。この速度、この威力で殴られ続ければ再生は間に合わない。
頼む、止まってくれ! 実に滑稽だが神が神にすがる想いで指を鳴らした。
止まったがまた動き出す。さっきよりも硬直が短い。
永遠に拳を浴びせられる我にできることは、遠のく意識の中で指先だけに集中し何としてでも奴の動きを止めることだった。
もう一度、鳴らす…。だが、もう止まることすらなかった。
終わりだ…。まさか人間如きにやられるとは…。
神の力を使いこなせていなかった? そんなはずはない。完全に適合していたのは事実だ。
それを確信できるあの感覚は、神を体内に取りこんだ者にしか認知できない。
もう何も感じなくなってきた。死ぬ寸前まで残るのは聴覚だと聞いたことがあるが、どうやら本当みたいだ。
何も見えない、感じない。ひたすら殴り続けている鈍い音だけが聞こえる。
我の野望もここまでのようだ…。
「鬼塚くん、やめて! このままではあなたが地球を……世界を滅ぼしてしまう!」
理性を失った鬼塚を制止する御門の声。殴打する音が止み、辺りは静まり返る。
「ぼ…僕は、何を…。こ、これは僕がやったの?」
「えぇ、あなたが彼を…。ありがとう。彼に捕らわれていた神はこれで元のところに帰るわ。友達を死なせてしまって本当にごめんなさい……ううっ」
また泣いているのか。甘い…。甘いな…。だから、我を殺し損ねるのだ。
グサッ
「死神之鎌。これに斬られた者はたとえ擦っただけでも死に至る。神の所有物だ」
我は立ち上がり、死神之鎌を鬼塚の背中に突き刺した。
あれだけ強かった化け物も即死。声を上げる間もなくその場に倒れ込んだ。
もっとも…、不意打ちでなければ取りだす暇もなかっただろうが…。
「鬼塚く…」
うるさい。この鎌で駆け寄ってくる彼女の首もはねる。これで邪魔をするものは地球上にはいなくなったわけだ。
後1発喰らっていたら、このような結末にはならなかったかもしれない。我が完全に死んだことを確認してから止めるべきだった。
顔が陥没しようとも身体が八つ裂きにされようとも意識さえ残っていれば僅かな時間で修復する。
パチパチパチ
この闘いが終わるまで、静観を決め込んでいた“BREAKERZ”最後の1人が拍手をしながらこちらに近づいてきた。
「なるほど、これが神の力か。まぁ、厳密には神を取りこんだ人間の力というわけだが」
この者の名は、文月慶。天才発明家。神の力すら科学で解明し対策を施した男。
全能なる神である我には関係のない話だが…。
相変わらず敵意はなさそうだが妙な感じがする。油断してはならないと我の本能が知らせている。
とは言っても文月も友人だ。話は聞いてやろう。
「友人よ、我に何か用か?」