西の旅 - 神の対話
※本エピソードは三人称視点になります。
__________________
「力の中位神よ、お前に話がある」
人間が消えた商店街で、神同士の対話が始まった。
シリウス「なるほど、僕のことをそう呼ぶんだね。なら、君は“下位神”かい?」
空間の神が発した“中位神”という言葉に反応するシリウス。
神には本来言葉の概念はない。
神の世では言葉や言語による対話を必要としないからだ。
神の世にいる神たちは、自分以外の神の意思を感覚的に感じ取っている。
そして、感覚的に感じ取れるのは、自身の位や置かれた立場も例外ではない。
“中位神”という言葉は、神の位の程度を表すために創られた言葉だ。
人に憑いた神同士の対話では、どうしても言葉が必要になる。
神の位などといった、感覚では理解できるが当てはまる言葉がない神に関する概念は山ほどあるだろう。
空間の神は、人の身体を介した神同士の対話における必要な言葉を随時生み出していた。
「違う、中位神の下は中の下神だ。その下は下神、更に下はクソ神だ」
空間の神はシリウスの問いを否定し、自身が言語化した神の位を示す言葉について説明する。
「お前はおっちゃんが所属する組織の神じゃないから、わからないとは思うが…」
この発言に対して、シリウスは怪訝な顔をして首を傾げた。
そんな彼に対し、空間の神は続けてこう語る。
「おっちゃんは組織の中では1番言語化に長けた神だと自負している。他の言い方の提案は受け付けない。誰の意見であってもな。ましてや、おっちゃん達の組織に属さないお前みたいな神の提案など、毛頭聞く気は無い」
空間の神が語れば語るほど、シリウスの意思によって日下部の首がどんどん傾いていく。
そして、疑問と意見が浮かんだ彼は口を開いてこう言った。
シリウス「その組織とは何だい? 後、中位神の下は下位神の方が良いと思うね。中の下神って…、もどかしいったらありゃしない」
シリウスの指摘に眉をひそめる空間の神。
彼は気を悪くしながらも話を進める。
「ある目的を果たすため、憑神らで構成されている組織だ。お前に接触したのは、おっちゃん達の組織に勧誘するため。後、おっちゃんが創造した言語に難癖をつけるな。意見は聞かないと言っただろ」
“憑神”とは空間の神が作り出した言葉で、人の世に来て人間に憑いた神のことを指している。
シリウスにとっては初めて聞く言葉だろうが、水瀬らがよく言っている“神憑”という言葉にニュアンスが近いため、彼は直感的に意味を理解した。
組織の説明とシリウスに接触した目的について話し、自身が作り出した言葉を指摘したことに注意をする空間の神。
シリウス「なるほど、そういう組織もあるんだね。ある目的とは何だい? 言語じゃなくて言葉だね。悪いけど、難癖をつけずにはいられない。言葉を作ったそのおっちゃんとやらを呼んでくれ」
2人…いや二柱は、組織と言葉の2つについて同時に話を進めている。
空間の神はシリウスの言葉に首を傾げながら、自身が憑いた屋台の男性の胸を指さしてこう言った。
「おっちゃんは、ここにいる」
そう、ややこしいが、彼の一人称は“おっちゃん”なのだ。
屋台の男性は口調や見た目から50代と推測される。
恐らく親戚や知り合いの子どもと話す時、よく自分のことをおっちゃんと言っていたのだろう。
シリウス「おっちゃんって自分のことかい? 妙に納得したよ。君の作った言葉がわかりにくくもどかしいことにね」
「ふっ、やっと理解したか。おっちゃんの言葉能力は他の神を凌駕しているんだ。だから、誰の意見も聞かない。聞く必要がない」
“納得”という言葉を良い方向に捉えたのか、勝ち誇った顔でそう言い放つ空間の神。
シリウスは深く溜め息を吐いてから、こう言った。
シリウス「褒めてないし、それを言うなら言語能力だね。指摘して悪かったよ。組織の話に戻そうか…。目的について聞かせてくれるかい?」
彼の発言を皮切りに、二柱の間に重々しい空気が流れる。
「組織の目的、それは上の神共を抹消すること」
僅かな沈黙の後、空間の神は神妙な面持ちで話し始めた。
人に憑いた神、憑神たちが結託してできた組織の目的は、いわゆる下克上を起こすこと。
人の世に来て人間に憑いた神は、位が高い神に不満や恐怖心があり、神の世から逃げてきた者がほとんどだ。
組織に属する神たちは皆、上の神に相当な恨みを抱えていると彼は言う。
だが、神の世において位は絶対的なものであり、逆らうことは許されない。
許されないというより、位が違えばそもそも力が通じないため、謀反を起こすことは不可能なのだ。
「しかし、お前やおっちゃんら憑神となると話は変わってくる」
空間の神は組織の目的や神の位について続けて説明する。
神の位が絶対的なのは、あくまで神の世だけの話。
彼いわく、人の世で憑いた人間を経由して力を使う場合なら抹消できるチャンスがあるらしい。
だが、シリウスは抹消という言葉に疑念を持っていた。
シリウス「抹消というのは“殺す”って意味だと思うけど。神の存在や力は無限だよ。位の差云々以前に殺すのは無理じゃないかい?」
シリウスの問いかけに対し、空間の神は眉1つ動かさずに話を続ける。
「方法としては2つある。1つ目は、上の神を人の世に誘い込み、そいつが憑いた人間本体ごと叩くこと」
彼の発言に、あまりピンと来ていない様子のシリウス。
“上位の神が憑いた人間を殺す”という意味であるが、ピンと来ないのは当然だ。
シリウスや日下部は疎か、“BREAKERZ”はそもそも神憑を殺したことがない。
神憑が死ぬと、憑いている神はどうなるのか。
空間の神や組織に属する憑神たちは知っていた。
「人の世で神の力を使うには、人間を媒体にする必要がある。人間に憑いた所を狙うんだ。人の身体を動かすのに不慣れな内におっちゃん達でリンチにする。こちらに呼び込む手段は至ってシンプル。おっちゃんたち組織が神の力で暴動を起こせば、上は黙っていないだろう」
彼の話を聞いて、表情がみるみる険しくなるシリウス。
「そして、2つ目の方法。これはあくまで仮説のようなものだが…」
シリウス「ちょっと待て」
彼の顔色に全く意に介さず話を続けようとする空間の神に、シリウスは待ったをかけた。
いつも爽やかで穏やかな雰囲気を放つ日下部にはそぐわない、ドスの利いた低い声が静寂な商店街を木霊する。
シリウスの表情が険しいのも無理はない。
彼が人間である日下部に力を注いだ理由…、それは神の世の激務な仕事から逃げるため。
そして、今は非常に都合が良い状況であり、連れ戻しに来る上の神もいない。
シリウスは現在の平和な状態を維持したいのだ。
目立つことはなるべく避け、ひっそりと日下部尾行ライフを送りたいと思っている。
こちらにやって来た他の神も例外なく、自分と同じようなものだろうと彼は思っていたが…。
おっちゃんと名乗る空間の神らが属する組織は、シリウスとは真逆の信念を持っていた。
シリウス「君の話を聞いていて1つ思ったんだけど。自分の力を注いだ人間が死ねば、自分自身も消えるというのかい?」
色々と言いたいことはあったシリウスだが、1番引っかかりを持ったのはそこだった。
シリウス自身が知らないことだったというもあるが…。そもそも何故、空間の神は知っているのだろうか?
彼は怪訝な顔をしつつも、質問に対し淡々と答えた。
「あぁ、どの神も例外なく消えた」
驚愕した表情を隠せないシリウス。
この発言は、神や人間を手に掛けたと言っているようなものだからだ。
「2つ目の方法は、こちらから神の世へ襲撃すること。確信はないが、憑いた人間の身体で向こうへ行けば、奴らを蹂躙できる可能性があるんだ。人の世で、おっちゃんたち“神”が人間に対し圧倒できるようにな」
シリウス「僕の仲間を…、人間を…、君たち組織の神は殺したというのかい?」
怒りに震えたシリウスの声は、何事もなかったように話を続ける空間の神の言葉によって掻き消される。
恐らく、彼に怒りのこもった小さな声は届かなかったのだろう。
「人間は、謂わば有限化された創造神の化身だ。姿を暗ました創造神の位は言うまでもない。創造神の化身を媒体にした憑神たちの総攻撃…。神の世で人間の力が覚醒するという確信が持てれば、こっちの方法で奴らを抹消する」
荒々しく肩で息をするシリウス。
そんな彼の意中を察することなく、空間の神は手を差し伸べた。
「共に戦おう。上の神共を殲滅するのだ。中位神であるお前が加われば、組織はより強大なものになるだろう」
これらの説明でシリウスが組織に加わるという確信があったのだろうか。
こう述べた彼の口元が僅かに緩む。
しかし、人の世に来ている憑神全てが同じ感覚•感性を持っている訳ではない。
上の神への復讐心に燃えていて、人間のことを取り憑く媒体としか認識していない組織の憑神たち。
対して、シリウスは上の神への報復などは考えておらず、今は穏やかに過ごしたいと思っていた。
そして、日下部や“BREAKERZ”と関わってきた彼は、人間のことを友人のように感じていたのだ。
神の世から逃げてきた憑神に対しても、どこか仲間意識のようなものがあった。
シリウス「断る。君と僕とでは感性が真逆なようだね。僕は上の神より、君たち組織をぶっ壊したいよ」
怒りで身体を震わせながら、憤った声で回答するシリウス。
仲間である神、友人である人間の両方を手に掛けた空間の神に対して怒りを感じるのは当然のことだろう。
シリウス「僕はね、穏やかに過ごしたいんだ。君たちと違って、上の殲滅なんて考えたことがない。それに色々と理屈を並べていたけど、勝てるわけがないだろう」
シリウスの答えに対し、空間の神は意表を突かれたような顔をする。
そして、自身が述べた下克上の方法を否定されたことに腹を立てたのか、彼は眉をひそめてこう言った。
「なら、今ここで試してみるか?」
この発言を皮切りに、人間のいない商店街が歪み始める。
空間の神の能力が発動した。
いや、もう既に発動していたと言った方が正しいだろう。
商店街から人間が消えた時、シリウスは彼が創り出したこの空間に誘われていたのだ。
この時点で、空間の神は戦いになっても勝てると確信していた。
シリウスを自身が創り出した空間に呑み込めたということは、格上の神に能力が通用したということ。
後は、自分の主戦場である空間で媒体である日下部の身体に致命傷を負わせれば良いだけ。
空間の神は、そう考えていた。
シリウスと違って野蛮かつ冷淡な彼は、勧誘を断れば抹消しようと思っていたのだ。
組織に加われば戦力の拡大、断れば格上に力が通じるかのテストができる。
下克上を狙う空間の神にとっては、絶好の機会だ。
シリウス「なるほど。ここは君の能力で創られた場所…。そして、ここに僕が連れてこられたと考えると、君の力は僕に通用しているね」
シリウスは怒りを覚えながらも、相手の能力や自分が置かれた状況を冷静に分析する。
そして、彼は勝ちを確信していた空間の神に対し、淡々とこう言った。
シリウス「だけど、拒絶をした覚えはない」
その言葉と余裕な態度に、思わず1歩引き下がる空間の神。
少し動揺はしたが、勝てるという自信は揺るがない。
彼はシリウスを指さし、こう言う。
「お前を“空間”と認識する…、歪め」
空間が歪み続け、原形が無くなっていく商店街。
対して、指をさされたシリウスもとい日下部の身体に何か異変が起こる様子はない。
「ほう、どんな技を使った? 力の神よ」
額に若干の汗を滲ませつつも、感心した素振りを見せる空間の神。
シリウス「技…かい? 何もしていないよ。ただ、意識的に君の力を拒絶しただけさ」
この言葉を聞いた彼の額には、より多くの汗が滲む。
シリウスは動揺を隠せない彼を見て、話を続けた。
シリウス「確かに、位が低い神からの攻撃を喰らうことはあったし、僕の力が効かないこともあったよ。だけどね、格下が不利なことに変わりはない」
シューーーーーー
ニヤリと笑うシリウスに、日下部のお尻付近から発生する赤い煙のようなもの。
それらを目の当たりにした空間の神が絶望するのも無理はなかった。
格上の神による能力の行使。
位の低い神にとっては、途轍もなく恐ろしいものだろう。
「お、おっちゃんの身体が動かない…! この煙は…!」
日下部のお尻から放たれた赤い放屁。
臙脂蒙昧屁を全身に浴びた空間の神は身動きが取れなくなっていた。
シリウス「君の能力は、思い描いた空間の生成や自在な操作。そして、“空間”と認識した対象への干渉といったところかな? その神がかった能力、羨ましいよ。僕なんてオナラだからね」
神憑の能力は、神の種類と憑いた人間が持つ性質によって決まる。
シリウスから見て、空間の神の能力は大当たりといったところだ。
空間の自在な生成に操作、“空間”と認識した対象への自由な干渉。
位の低さを除いて考えると、対処不可能な絶対的能力であるのは間違いない。
シリウス「さて、交渉……いや、脅迫の時間だ。この赤い煙は、いつでも君の宿主を引き裂けるということを念頭に聞いてほしい。憑いた人間が死ねば、君も消えるんだろう?」
余裕な表情でそう話すシリウスに対し、身動きが取れない空間の神は眉をひそめた。
シリウス「これから言うことを守らなければ、僕は君たち組織を殲滅する」
シリウスは指を立てながら、いくつかある要求を淡々と話していく。
シリウス「1つ目…、今後、人や神を手に掛けないこと。2つ目…、組織を解体し、神の世への攻撃を止めること。3つ目…、人に憑くなら目立つ行動は避け、ひっそりと過ごすこと。言うことを聞けるかい?」
彼がそう言い終えるや否や、空間の神は迷うことなく首を縦に振った。
図太い神経の持ち主で、同意した振りをしたのか。自分の身を案じて、本当に要求を呑んだのか。
シリウスは、後者だと踏んでいた。
神も人間と同じく、大それた度胸を持つ者はほとんどいない。
それに死が身近な人間と違って、神は無限の存在であり不滅だ。
死や消滅に対する恐怖は、人間が持つそれとは全く別の所にある。
“嘘を見抜かれたらその場で消される”。
そんな状況で同意した振りをするなど到底できないだろうと、シリウスは考えていたのだ。
シリウス「要求を呑んでくれて良かったよ。僕もなるべく手は汚したくないからね」
彼は何度か頷き、満足そうにそう語る。
空間の神が乗り移った男性の額から流れる大量の汗は止まらない。
シリウス「あと中位神である僕の感覚から言わせてもらうと、君の話は無理がある。上の神たちをあまり見くびらない方が良い」
シリウスは、彼ら組織の憑神たちが下克上のことを二度と考えないよう更に話を続けた。
「“力”、“時間”、“空間”、“事象”、“精神”、“生命”。これらを司る最高神たちを相手に、僕らが無数の束になって掛かっても勝ち目はない。君の力が僕にすら通用しない時点で底は知れている」
最高神…、位が1番高い神を意味する言葉だ。
空間の神が創った言葉の法則性を基に、シリウスはこの言葉を創り出した。
シリウス「さて、そろそろお暇させて頂くよ」
「…………!」
シリウスの言葉に対し、空間の神は驚いたような顔をする。
人間のいない商店街。
この空間を生成し、シリウスをここに呼び込んだのは空間の神である。
彼以外の意思で空間から出るのは不可能なはずなのだが…。
シリウス「“出られるはずがない”と思っているのかい?」
シリウスの問いかけに対し、目を泳がせる空間の神。
どうやら図星のようだ。
シリウス「ふふっ、1つ言っておくよ」
図星であることを見抜いた彼は、不適な笑みを浮かべてこう言った。
シリウス「君が僕を閉じ込めたんじゃない。僕が君の力を受け入れたんだ」
最初から空間の神に勝ち目などなかったということだ。
位の差による壁を身をもって知った空間の神に、下克上を企てる気力は残っていないだろう。
ガスが抜けるような音と共に現れる赤と白の放屁が、歪んだ商店街の空間に浸透していく。
バキバキ……
そして、空間全体に大きな黒い亀裂がゆっくりと入っていき…、
シリウス「“赤の破壊”と“白の相殺”」
シリウスがそう呟いてお尻を力ませた瞬間、空間の神によって創り出した商店街は崩壊した。
聞こえてくる人の声や車の音。
屋台の馬串や、近くの店から香る料理の匂い。
そして、夜の商店街は多くの人間たちで賑わっていた。
お互いの目を見据える空間の神とシリウス。
屋台の男性を睨みつけていると思った水瀬は、不安そうにシリウスの顔色を窺っていた。
シリウス「ふっ…。折角だし、1つ貰えるかい?」
相手の能力内で圧倒したシリウスは、額に汗を滲ませる空間の神を鼻で嗤ってそう言った。




