西の旅1日目 - 水瀬 友紀㉓
僕らは陽を頼りに電車やバスを乗り継ぎ、どんどん田舎の方へ進んでいった。
的場「田舎…、田舎。田舎! 最高じゃ!」
ガラガラの電車内で小さな子どものようにはしゃぐ的場。
人が減って草木が増えるたび、彼は元気を取り戻していった。
もはや田舎すぎて、いつも以上に元気な気がする。
ここに来るまでの間、何カ所か寄り道をして軽い観光や買い物をしようとしたんだけど…。
そこもまぁまぁ人が多くて、的場がヒューヒュー言い出したから、すぐ引き上げたよ。
人混みがよっぽど怖かったのか、彼はマシンガンモデルのエアガンと大量のBB弾を買っていた。
的場「はむはむ…、空気が…! 空気が絶品じゃ! スーハースーハー…!」
そして、いま鼻の穴を大きく広げて空気を堪能している的場の恰好はというと…。
半袖半ズボンのスポーツウェア姿に、大量のBB弾が入った大きめの虫かごを斜めに掛け、さっきお店で買った麦わら帽子を被っている。
そんな恰好でマシンガンモデルのエアガンを肩に担ぐ彼の姿は、異質なわんぱく少年のようだ。
ちなみに、着替えや日用品の入ったリュックとスーツケースは琉蓮が持ってくれている。
的場の荷物だけじゃなく、僕ら皆の分を彼は背負ってくれてるんだ。
いくら力持ちとは言っても、荷物係にするのは悪いと思ったよ。
だけど、琉蓮は遅刻したお詫びだと言って聞かなかったんだ。
だから、荷物持ちをお願いすることにした。
確かに、凄く動きやすくて移動も爽快ではあるんだけど…。
“ミスって壊したらごめん”って言葉がめちゃくちゃ不安なんだよな。
鬼塚『ミスって壊したらごめん。弁償は今ちょっと難しいから、平謝りになっちゃうかも…。僕の家、いま損害賠償が重なってヤバいから』
皆の荷物を持ったとき、哀しそうな顔で彼はそう言っていた。
大丈夫なんだろうか?
彼が言うには、去年全壊した体育館の損害賠償に続いて、この前亀裂の入ったグラウンドと五十嵐先生がめり込んで痛んだ校舎の損害賠償の請求が来ているらしい。
後は、月を復活させる時に掛かった費用の一部も政府から請求が来てるんだとか。
それに関しては、琉蓮のお母さんと政府の人が言い合いになってるらしい。
僕らを襲った“EvilRoid”のコアを保護するダイヤモンドを手に入れたお陰で、体育館の損害賠償は払えたみたいだけど。
校舎やグラウンドの修繕費を払うとなると、もうそのお金も底を尽きるみたい。
さっきやらかした熊木駅の損害賠償はって思ったけど、黙っておいた。
これ以上、琉蓮を不安にさせる訳にはいかない。
的場「田舎、最高じゃ! 田舎しか勝たん! 後もうちょっとで、ど田舎じゃあぁぁ!!」
電車が田舎の方へ進むに連れて、ますますテンションがハイになっていく的場。
さっきと違って、車内に他の人がいる。
これは、ちょっと迷惑になるから止めないと…。
「あら~、元気な子ねぇ」
「ほんとに。こんな子が沢山いたら、この国の将来は安泰ねぇ」
僕が的場を止めるために立ち上がろうとすると、向かい側の席に座っていた2人のお婆さんが話し始めた。
車内の通路で元気に叫び続ける的場を見て、和やかに微笑むお婆さんたち。
なんて寛容な人なんだ。
田舎の人は大らかで優しいと言われているけど、2人はまさにそんな感じだ。
この電車は1車両でここだけ。かつ、僕ら以外の乗客は向かい側のお婆さんたちだけだ。
無理に上機嫌な的場を止める必要はないかな。
何せ今は旅行中だし、多少ならハメを外しても良いと思う。
的場「お前らババァも、“田舎最高”と叫ぶんじゃ!」
自分に向かって微笑むお婆さん2人を指さしながらそう言い放つ的場。
いや、ハメ外しすぎだ!
さすがに止めないと…!
「「まぁ! 何てクソガキじゃ! この国の将来は終わってるわね!」」
口を揃えてそう言うお婆さん2人は憤慨している。
新庄「おい、凌! 婆さんにそんなこと言うなよ!」
僕が立ち上がる前に、新庄がバットを持ってさっと立ち上がった。
そして、お婆さん2人を指さす的場に詰め寄って彼の目を睨む。
できれば、バットは置いといてほしいんだけど。
「「まぁ、逞しくて良い子ねぇ。やっぱりこの国の将来は安泰だわ!」」
2人のお婆さんは、口を揃えて今度はそう言った。
凄まじい速さの手のひら返しだ。お婆さんからすると、この国の将来は新庄と的場に懸かっているのか。
的場「あれぇ、篤史ぃ~? どうしたんじょ?」
睨みつけてくる新庄の名前をふにゃふにゃな口調で呼ぶ的場。
どこか変だ、呂律が回っていない?
そして、心なしか足元もおぼつかないでいる。
もしかしてだけど…。
的場「田舎は良いんじょ~♪ 都会は吐き気ヤバくてゴミカスなんじょ~♪」
田舎の空気に酔っている…?
いや、でもお酒じゃあるまいし?
新庄「おい、凌! 大丈夫か?」
千鳥足でフラつきながら後退する的場を心配して手を伸ばす新庄。
身体を手で支えるのは良いけど、バットは置いてほしい。
僕の考えは間違ってはないみたいだ。
的場は本当に酔っ払っている。
田舎の方に来すぎたんだ。電車の外から景色を見ると、草と木しか見当たらない。
的場「い、田舎…、いないな…、イナカ」
“田舎”というワードを連呼しながら後ずさっていた彼は立ち止まり、その場で固まった。
そして、身震いを始めたと思った矢先…、
的場「オ゛え゛え゛ぇぇぇぇ!!」
的場は伯多で食べたラーメンと思われる物を吐き出したんだ。
嘘だろ…? 気分が悪そうだったから田舎に来たのに…。
田舎すぎても酔っ払って吐くのかよ。
一体どうしろと言うんだ、的場…!
新庄「う、うわあああぁぁぁぁ!!」
新庄の絶叫と共に、僕らは立ち上がって退いた。
「はぁ…、あの子はダメね。社会のゴミへと育つでしょう」
「山へ捨てるかい?」
お婆さん2人は、嘔吐する的場を見てため息を吐く。
結局、電車の運転手さんに怒られて草木に囲まれた見知らぬ駅に下ろされることになったよ。
騒がしいしって汚いって言われた。
獅子王「ど、どうする…?」
草木が生い茂り鳥や虫の鳴き声が響く中、陽は僕らに問いかける。
どうするって言われても…。こんな場所で何かできるのか?
かくれんぼとか鬼ごっこしか思いつかない。
的場「すまん…。すまんの、みんな。オデが吐いたせいで…」
頬の赤い的場は、おぼつかない口調で謝って泣き出した。
吐いた後は泣き上戸か。
田舎癖が悪すぎる。
鬼塚「ううっ…、また僕のせいだ。僕なんか死んじまえ…!」
そして、彼の涙に釣られたのか琉蓮も静かに泣き出した。
いや、君が泣く理由はわからない。さすがにわからないよ。
いったい自分の何を責めているんだ?
「わかった。一旦戻ろう。田舎でも都会でもないちょうど良い場所を探すんだ」
号泣する的場と琉蓮や、若干疲労した様子の皆に、僕はそう言った。
都会だと体調不良で吐く。
田舎だと酔っ払って吐く。
だったら、ちょうど真ん中の的場が落ち着ける場所を探すしかない。
獅子王「おっけー…。じゃあ、ちょうど良いとこ探そうか。後、泊まる場所も見つけないと」
スマホを手早く操作しながらそう話す陽。
そうだ。色々あってうっかりしていたけど、泊まる場所も探さないと。
予約できないと野宿になってしまう。
獅子王「寄りたいとことかある? ただ泊まって帰るだけになるのは、何かあれだし…」
恐らく、田舎でも都会でもないところにある宿を探しているであろう陽はそう言う。
本当に皆、行きたいところがないのなら…。
「ちょっと見たい映画があるんだけど良いかな?」
まぁ、映画なんて地元でも見れるんだけど。
最近、上映されている映画で1つ気になるものがあるんだ。
「“ゴリラの戸締まり”って映画なんだけど」
“ゴリラの戸締まり”。この映画は、かなり大ヒットしているらしい。
予告で見た感じ、絵も綺麗だったしいつか見に行きたいと思ってたんだ。
獅子王「あ、それ、僕も見たいと思ってた!」
僕が映画の名前を口にすると、陽はキラキラとした表情になる。
きっとゴリラに親近感が湧いたんだろう。
新庄「じゃあ、その後、俺が見たい映画にも付き合ってくれよな! こっちもかなり人気らしいぜ!」
活気のある口調で僕らの会話に入ってくる新庄。
疲れ切った皆の暗い表情が次第に明るくなっていった。
バットを担いだ新庄は、自分が見たい映画の名前を口にする。
新庄「THE LAST SLUM SOCCER!!」
サッカーという言葉を聞いて泣き止む的場。
「よし、陽。田舎でも都会でもない所にある映画館に案内してくれ!」
獅子王「お、おう…。結構難しいなそれ」
完全に元気を取り戻した僕らは、1時間後くらいに来た電車に乗り、都会の方面へ戻っていった。
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いやぁ、どっちも凄く面白くて良い映画だったよ。
僕らは映画の余韻に浸りながら、あまり人の多くない商店街を歩いている。
もうかなり暗くなってきた。
移動だけでも結構時間かかったし、映画を2本立てで見たからな。
陽のお陰で近くの旅館にチェックインできたし、ようやく落ち着けそうだ。
それにしても面白かった。
“ゴリラの戸締まり”はその名の通り、ゴリラが淡々と全国のドアを閉めていく話なんだけど、色々と感動したよ。
“THE LAST SLUM SOCCER”は、名言のオンパレードだった。
『監督、サッカーがしたいです』
ロングシュートの的井が言ったセリフには涙が出た。
『ここで諦めたら、楽ですよ』
全国制覇を誰よりも目指していた監督が言った一言。
なんて優しいんだ。
みんな諦めたから試合には負けたけど、監督の優しさと包容力に、僕は心を打たれたよ。
「そこの若い衆、うちの馬串を食っていかんかね?」
映画の余韻に浸りながら商店街をうろうろしていた僕らに、屋台のおじさんが声を掛けてきた。
馬串…、焼いた馬の肉を焼き鳥みたいに串に刺している食べ物だ。
そういえば、ここは馬の肉で有名なんだっけ。
これを食べたら旅行らしくなりそうだ。
「みんな、せっかくだし食べよう!」
そう思った僕は、皆に呼びかけた。
「1本500円ね~」
皆はお金を払い、順番に馬串を受け取っていく。
最後に、日下部の身体に乗り移っているシリウスが屋台の前に立った。
そして、屋台のおじさんを鋭い目つきで睨みつける。
ちょっと…、その目はヤバいって。
彼には色々マナーを覚えてもらわないといけないな。
シリウス「ふっ…。折角だし、1つ貰えるかい?」
メンチを切ったかと思えば、今度は鼻で笑ってニヤリと笑うシリウス。
屋台のおじさんは、額に汗を滲ませながら彼を睨みつけている。
そりゃ、そんな失礼な態度取ったら怒るよな。
そして、おじさんは無言でシリウスを睨みつけたまま馬串を突き出した。
それをシリウスはさっと受け取り、素っ気なく背を向ける。
「すみません。彼はかなりの世間知らずで…」
「大丈夫だ、君が謝ることはない」
僕がシリウスの無礼な言動に対して頭を下げると、おじさんは硬い表情のままそう言った。
寛容な人でホッとしたよ。
まぁ、お客は神様みたいな風潮があるから、怒ってても態度に出してないだけかもしれないけど。
そういえば、シリウスってお金出してないよな。
「あの、お金は?」
「お金…。あぁ、どっちでも良いよ」
代金に対して、あまり関心がなさそうに話す屋台のおじさん。
「いや、払いますよ。シリウス、払ったのかなって思って…」
僕はこの人の態度に違和感を覚えつつも、500円を渡した。
そして、僕らは馬串を食べながら旅館まで行ってチェックインを終わらせる。
新庄「おぉ、ガイコクなのに和風だ。すげぇ! スーパーグッド!」
部屋に入って早々、新庄は感嘆の声を上げた。
まだガイコクだと思ってるんだ。さっき屋台のおじさんと普通に話したじゃないか。
的場「ふむ、可もなく不可もない空気じゃ。この絶妙なバランスの空気が、俺を冷静にさせるんじょ」
無表情で何かを悟ったような雰囲気を放つ的場。
彼は空気の味によって、性格やテンションが変わるのだろうか。
普段、地元にいるときは元気溢れる陽気な人って感じだけど。
樹神「ていうか、パチ行ってないやんけ! 旅行でパチ行くん忘れるとか、パチ屋で金をパチンコ玉に替えるん忘れるくらいアホだろ! なぁ、旦那?」
獅子王「え、旦那って僕のこと?」
樹神はパチンコに例えたツッコミを言いながら、陽に詰め寄る。
陽…。今日、彼にはめっちゃお世話になったな。
彼がいなかったら、乗り場を間違えた時点で野宿確定だったと思う。
僕もしっかりしないと…。
鬼塚「荷物、ここで良いかな?」
部屋に足を踏み入れた僕の背後から声が聞こえて振り返る。
部屋の隅で淡々とみんなの荷物を下ろして並べている琉蓮。
僕は彼の姿を見て、はっとした。
「琉蓮、馬串食べた?」
「食べてないよ。両手塞がってて買えなかったから」
僕の質問に対し、彼は切ない表情で即答する。
そんな…、琉蓮。あれ、めちゃくちゃ美味しかったのに。
「言ってくれよ、琉蓮! 荷物下ろしてくれても良かったし、言ってくれたら荷物持ったのに…。馬串めっちゃ美味しかったよ?」
彼にも食べてほしかったという思いから、僕の口調は少しだけ荒くなる。
そんな僕の言葉に対し、彼はゆっくりと首を振った。
鬼塚「良いんだ、友紀くん。これは友達の動向を察せなかった自分への戒めさ。あ、こんな奴、友達でもないよね。烏滸がましいこと言ってごめん」
なんで、そうなるんだよ。
あれは乗り場を間違えた僕らが100%悪いじゃないか。
むしろ自力でこっちまで来てくれたことに、僕らが頭を下げるべきなんだ。
鬼塚「それに…」
琉蓮は一拍置いてから、続けてこう言った。
鬼塚「僕が映画を見てないことに気づいてないみたいだね」
何だと…? 確かチケットは7枚あったはず。
いや、違う。7枚の内、1枚は領収書だった。
え、なんでだ。まさか、僕は数を間違えたのか…?
映画も見ていない、馬串も食べてない。
琉蓮、君は旅行に来ていったい何をしたんだ?
僕らの荷物しか持ってないってこと?
「なんで、言ってくれなかったんだ。琉蓮っ! それじゃただの荷物持ちじゃないか!」
鬼塚「ふっ、それで良いんだ、友紀くん。明日もずっと荷物を持ってるよ。それで少しでも罪が償えたら良いと思っている」
僕の訴えかけに対し、彼は変わらず切ない表情で淡々と語った。
「映画どっちも面白かったよ! 馬串もめっちゃ美味しかったんだよ!?」
琉蓮が何もできてない悔しさから、僕の口調は思わず強くなる。
すると、彼の目から涙が溢れてきた。
鬼塚「感想なんか言わないでくれ、友紀くん! 余計惨めになるじゃないか…!」
琉蓮、今日はいっぱい泣いたな。
彼の涙を見るのは何回目だろう。
そして、僕の頬から涙が伝うのも何回目?
映画で感動して泣いた数を入れると、いっぱい泣いた気がする。
僕は本当に頼りのない奴だ。琉蓮が楽しめてないことに気づけなかった。
あぁ、もう家に帰りたい。
シリウス「随分、楽しんでいるようだね。だけど、1つ忠告しておくよ」
僕と琉蓮が涙を流し、他の皆がはしゃぐ中、シリウスは真剣な表情でそう言った。
シリウス「どうやら、何者かに監視されているようだ。嫌な気配を感じる」
彼の言葉で、部屋の中に沈黙が訪れる。
シリウスが感じ取れる気配ってことは…。
「神憑に見られてるっこと?」
僕の問いに対し、彼は部屋をゆっくりと見渡しながらこう言った。
シリウス「神憑ではない別の何かだね。楽しむのは良いけど、注意はしておいてくれ」
【西の旅1日目、終了】
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「そこの若い衆、うちの馬串を食っていかんかね?」
小さな商店街で屋台を構える男性は、水瀬らに呼びかけた。
映画の余韻に浸っていた彼らは並んで、1本500円の馬串を1人1人購入していく。
彼らは気づいていない。そして、屋台を構える男性本人も気づいていなかったのだ。
日下部に憑いた力の神シリウスを除いて。
シリウスは日下部の身体を動かし、屋台の男性に近づいた。
そして、睨みつけるかのように目を細める。
屋台の男性と視線がかち合ったその瞬間、水瀬たちを含む商店街にいる人間の姿が消え、辺りは静かになった。
それに対して全く動じる様子のないシリウスは、屋台の男性から一切目を逸らさずにこう呟いた。
シリウス「なるほど、空間の神か」
“空間の神”。
そう呼ばれた屋台の男性は、無表情でこう返す。
「力の中位神よ、お前に話がある」




