西の旅1日目 - 水瀬 友紀㉑
最初の数行 (ーーからーーまでの間) のみ三人称視点となります。
ーー
御影「はぁ、疲れたわ…」
酷く疲弊した様子の御影丸魅は、校長室の椅子にどかっと腰を掛けた。
押し掛けてきた皇率いる抗議団体を追い返すのに相当な体力を使ったようだ。
完全アウェイの中で繰り出される皇の猛口撃を前に、御影は思わず廃部を取り消しそうになったが…。
校長室に戻ってきた現吉波高校の校長、雲龍武蔵が問答無用のげんこつを1人1人に喰らわせたため、皇軍団は一時退却を余儀なくされたのだった。
御影「一応、追い返したけどまずいわね…」
だが、あくまで一時的な退却だ。
現代において、教師ましてや校長の体罰は以ての外である。
顎に手を当てて難しそうな表情を浮かべる御影は、PTAに告げ口されることを懸念していた。
妖瀧拳の達人かつ筋骨隆々な雲龍による体罰を恐れ、生徒一同が抗議を止めれば良いと彼女は思っているが…。
皇は味方の生徒たちが殴られたのを好機と捉えて、更に強く出てくる可能性も大いにある。
御影「あいつはビビらない。むしろ、こちらの弱みを握ったと思っているでしょうね」
御影は、常軌を逸した行動をしかねない彼のことを警戒していた。
今度は生徒に加え、保護者も引き連れてくるかもしれない。
手を出したのは悪手だったが、そうでもしないと追い返せなかっただろう。
無論、あのとき彼女はかなり追い込まれていた。
御影(最悪の場合、彼らの要求を受け入れるしかないわね。保護者やPTAに訴えられると面倒なことになる)
校長の座に腰を掛けている御影はそう考える。
吉波高校の教頭、並びに政府の人間である彼女にとって、特質持ちや神憑などの異能力、それらに関係した事件等が明るみに出るのは避けたいところ。
御影「自警部が復活した場合、その時は…」
御影はそこまで言って、ニコリと微笑んだ。
そして、気品のあるダークブラウンのデスクからノートパソコンを取り出した。
御影「さて、監視の続きを…」
彼女によって開かれたパソコンの画面には、とある映像がいくつか表示される。
御影「360度、超高画質で映る球状の小型カメラ。ほんと便利よね」
この映像は、文月慶が開発した空中に浮遊する超小型カメラが映し出しているものだ。
旅行中の彼ら1人につき、1台のカメラを追尾させている。
連休を利用して旅行に行った水瀬たちを監視している御影だったが…。
ガタッ!
彼女は画面に映し出された映像を目にした瞬間、ギョロッとした丸い目を細めて立ち上がった。
水瀬たちを監視している理由、それは彼らが特質や神憑の能力で何か仕出かさないかを見張るため。
画面の映像には、まさに今、仕出かしている様子が映し出されていたのだ。
『ほっほっほ、ブロッコリーの大豊作じゃ!』
畑から逞しく生えた数多の巨大なブロッコリーを前に、天を仰いで喜ぶ農家の老婆。
御影「樹神…!」
映像のブロッコリーを見て歯ぎしりをする御影。
そして、2つ目の映像には、プロ野球の試合が映し出されていた。
『炎国サラマンデルズ、ここでバッターを変えるようです。えぇ、新庄……選手?』
『そんな人いましたっけ?』
黒いジャージ姿の新庄篤史は、“じいちゃん2世”こと金属バット“轟”を担いでバッターボックスに立った。
実況席に座っているアナウンサーも困惑している様子だ。
新庄『ハロー、ハロー、ナイスチューミーチュー?』
片言の英語で挨拶をしながら観客に手を振る新庄。
『新庄ってあの新庄でしょうか? いや、若いし違いますね』
『まさか、隠し子? ていうか、どっから入ったんだ?』
2人のアナウンサーは見知らぬ選手、新庄について話しているが…。
御影「あの金属バット…、まずい!」
金属バット“轟”の威力を知っている御影は、暴発を恐れていた。
そして、彼女が慌てた様子でポケットからスマホを取り出し、電話を掛けようとしたところに1件の通知が入る。
何の変哲もない“GORGLE News”の通知だが、それは彼女を更に焦らせることとなった。
何故なら…。
“今SNSで話題、号泣ダイブニキの正体に迫る!”。
このタイトルと共に、新幹線の乗り場で足を押さえて号泣している的場凌の写真が表示されていたからだ。
御影「あのクソガキ共…! ちょっと目を離した隙に…!」
特質を存分に使っている樹神や、能力関係なく目立ちまくっている的場と新庄に激昂する御影。
そして、彼女はスマホを耳に当て、ある人物に電話を掛けて声を荒げた。
御影「総理大臣、今すぐ情報統制しなさい!」
残りの映像には、空から一直線に落ちてくる大量の血を見上げる水瀬と日下部が映し出されていた。
水瀬『助けないと…』
ーー
乗り場を間違えた僕らは、ウォルトランドとは方角が真反対の西へと進み続けた。
僕らの中で唯一頼れる日下部は、魂が抜けたような顔をしてただただ窓の景色を眺めている。
彼が機能停止したため、僕らもただ座ってボーッとするしかない。
『まもなく終点、伯多です。今日も当新幹線をご利用下さいまして、ありがとうございました』
終点到着を知らせるアナウンスが流れる。
ついに終点まで来てしまった。ここが西の端っこなのだろうか。
終点という言葉を聞いてか、生気のない日下部はゆっくりと立ち上がった。
日下部「さぁ、次が終点だ。降りるよ。まぁ、降りる以外の選択肢はないんだけどね。終点だから」
乗客から再び冷たい視線を浴びる中、彼はそう言う。
僕らは日下部に言われるまま荷物を持って、新幹線を降りた。
ここも最初に乗った駅と同じように人がたくさんいる。
伯多って場所も都会なのか。歩いてスタダ (スターダストコーヒーの略称) に行けそうだ。
「ここもいっぱい人がいるんだね」
日下部「まぁ一応、この地方では1番の都会だからね」
僕が駅のホームを見渡しながらそう言うと、日下部はサラッとそう答えた。
獅子王「現地で“一応”とか言わない方が良いんじゃ…」
気まずそうにそう話す陽。
とりあえず、僕らは日下部に着いて歩いていった。
的場「またじゃ、また都会じゃ…」
新庄「オー、アイムソーリー。ナイスチューミーチュー?」
震えた声でそう呟きながら背中を丸めて歩く的場と、時々人にぶつかって英語で謝りながら進む新庄。
日下部「ここはラーメンが有名だから、ラーメンを食べようか」
先頭を歩いていた彼はこちらに振り向き、覇気のない声でそう言った。
僕らは彼に言われた通りチケットを買い直して改札を通る。
そして、駅の近くにあったラーメン屋でラーメンを食べたんだ。
感想としては、こっちのラーメンより味があっさりしてた。
それくらいしか思い浮かばない。だって、僕らは今、無計画にうろうろしているだけなんだ。
こっちに来るつもりなんて全くなかったから。
「日下部、これからどうする?」
未だ無気力な日下部に僕はそう問いかけた。
すると、彼は少し考えた後、いつもの穏やかな表情を取り戻す。
日下部「よし、こうなったらヤケクソだね。もっと西へ向かおう。更に西へ行く新幹線に乗るんだ」
おぉ、マジか。でも、無計画にふらふらするよりは全然良いかも。
「皆が良いならそれでも良いけど…」
僕は皆の顔色を窺った。
獅子王「まぁ、どっちでも良いけど」
スマホを片手に二つ返事をする陽。
的場「都会じゃ……都会じゃ……。うっ…さっき食べたラーメンがっ…!」
都会の人の多さに圧倒されて吐き気を催したのか、口元を手で覆う的場。
西側が今より田舎なら、万事オーケーてところかな。
新庄「オー、イエスイエス。オーマイガッ!」
この人はどっちなんだろう? イエスって言ってるし、西に向かって良いってことかな…?
樹神「水瀬はん、そろそろパチとトイレ行きたいっすわ」
腰をもじもじさせながら、手でお金のサインを作る樹神。
彼はパチンコができればそれで良いみたいだから、西へ行くことに異論はなさそうだ。
「一応、全員オッケーみたい」
僕が日下部にそう伝えると、彼は満足そうに大きく頷いた。
日下部「よし。じゃあ、トイレに行ってから更なる西を目指そうか。獅子王、案内してくれるかい?」
獅子王「え、僕?」
日下部に話を振られて動揺する陽。
獅子王「良いけど、新幹線で行くんだったら…、これかな?」
彼は手早くスマホを操作してから、日下部に路線の一覧が載っている画面を見せた。
獅子王「ここ伯多だから、どっちかっていうと南に行くことになるんだけど。今はこの地方で言う北側にいる感じだから」
陽、すごい。
都会や旅行に慣れた大人の日下部に引けをとらない頼もしさを感じる。
そうだ、彼は吉波高校の生徒会長なんだ。頼もしくないわけがなかった。
日下部「うん、それで良い! それで行こう! もう何でも良いんだ!」
日下部は大きく目を開いて、元気良くそう叫ぶ。
良かった、陽のお陰で彼も調子を取り戻したみたいだ。
日下部「さぁ、行こうか! 更に西へ!」
そして、彼はある方向をスパッと指さしてそう言う。
獅子王「あ、どっちかっていうと南ね。後、乗り場そっちじゃなくてこっちかな」
対して、陽はスマホを見ながら、日下部とは真反対の方向を指さして歩き出した。




