出発 - 水瀬 友紀⑲
高速バスに乗ってだいたい2時間くらいかな。
僕らは大きく長い橋を渡って県外へ出た。
そして、観光スポットでも有名な島を通って本州へ。
高速バスを降りた僕らは、スマホを片手に先頭を進む日下部に着いていった。
バスの中では、いつものように振る舞えていた僕らだったけど…。
的場「ノオォォン…」
小さく唸った的場を筆頭に、僕らは都会の風景に圧倒されていた。
人や車の数、ビルの高さに道路の広さ。
開いた口が塞がらない。
全てにおいて桁違いだ。
新庄「じいちゃん…、ガイコクってすげぇよ」
バッドを担いだ新庄が感嘆の声を上げる。
外国ではないかな。確かに橋を渡ったから、余所に来たって感じはするけど。
樹神「水瀬の兄貴っ! あそこにパチありまっせぇ!」
交差点の向こう側にあるパチンコ屋を指さしながら、割と大きめな声でそう話す樹神。
そして、何人かの通行人が彼の声に反応して僕らをチラ見する。
恥ずかしいし目立つからパチンコの話はやめて欲しい。
日下部「ふふっ、初の都会は刺激的かい?」
落ち着きがない僕らを見て、日下部は余裕のある態度でニコリと笑った。
日下部「だけど、目的地はここじゃない。バスを降りたのは、新幹線に乗り換えるためさ」
全てを見透しているかのような瞳で彼はそう語る。
凄い、同じ学年とは思えない。僕らとはオーラが違う。
日下部がいなかったら、僕らだけで旅行なんて絶対無理だ。
日下部「最終目的地は、更に都会だよ。いわゆる大都会。そこに住む人たちは、この景色を見てこう言うんだ」
この世の全てを知っているであろう彼は、続けてこう語った。
日下部「“何もない”ってね」
嘘だろ…。何もない…?
ビルや人だらけのこの場所をそう揶揄するのか?
ここに何もないと言うのなら、僕らの地元はいったい何なんだ。
日下部が向かおうとしている場所は、彼から聞き出した僕だけが知っている。
東にある夢の国、ウォルトランド。
この旅で最終的に辿り着く大都会。
そこに住む人たちには何が見えているんだ…?
日下部「まぁ、とりあえず着いてきてくれ。これから新幹線に乗るけど、はぐれないようにね」
日下部はそう言って前を向き、ゆっくりと歩き出した。
都会の真ん中を闊歩する彼に、僕らは黙って着いていくことしかできない。
歩き出してから10分もしない内に、新幹線の駅が見えてくた。
時々後ろを確認しながら前に進む日下部に続いて、僕らは駅の中へ足を踏み入れる。
新庄「アイムソーリー、アイムソーリー」
的場「ひ、ヒゲソーリー…。へっ…、いつもの面白いノリじゃ」
カタコト英語で謝りながら歩く新庄と、それに小声で便乗する萎縮した的場。
駅内の人の多さは外の比じゃない。
僕らは人混みに揉まれながらも、何とか改札の前まで辿り着く。
日下部「ふぅ…、みんな切符は持ってるかい? それをここに入れて通るんだ」
日下部は、額の汗を手で拭いながらそう言った。
さっきまで余裕だった彼も、人混みに揉まれて疲れたみたいだ。
そして、彼が改札機に切符を入れると、乗り場へのゲートが開かれる。
開かれたゲートを颯爽と通り抜けた日下部は、向こう側に出てきた切符を取ってキザに笑った。
日下部「自動の改札は初めてだろうけど、あまり難しいものではないよ」
凄い…、彼は大人だ。
僕らにはない経験を彼はたくさんしているんだろう。
自動の改札、聞いたことはあったけど実際に使うのは初めてだ。
地元では改札の前に人がいるか、毎回車掌が下りて切符を受け取っている。
ただ街を歩いただけ、ただ改札を通っただけなのにめちゃくちゃ新鮮だ。
地元では決して経験できないこと。
「日下部、凄いよ! まだ移動しているだけなのに感動してる!」
自動改札機で興奮を抑えられなくなった僕は、背中を向けて歩く日下部にそう言った。
日下部「ふっ、凄いのは僕じゃないさ。凄いのは、都会そのものを創り上げた人類だよ」
歩みを止めない彼は、背中を向けたままそう語る。
旅行ってほんと最高だ。
獅子王「いや…、割とどこも自動なんだけど…」
ーー たびたび家族で旅行に行く獅子王にとっては、ごく普通の光景であった。
新庄「剣崎の言うとおり、マジでガイコクすげぇよ!」
的場「人多いん嫌じゃ。改札で感動したけん、もう帰ろうぜ」
ハイテンションな新庄と、彼とは対照的にげんなりしている的場。
名前、そろそろ覚えてほしい。
改札を通った僕らは、日下部に着いて駅のホームへ向かう。
日下部「よし、時間通りだと新幹線は後10分くらいで来るね。えっと…、1番と2番…?」
そして、駅のホームの真ん中に立った彼は顎に手を当てて、左右の線路を見比べていた。
日下部「なるほど、どちらにも同じ名前の新幹線がやって来るみたいだね」
何度か見比べた後でそう呟く日下部。
まさか、迷っている?
いや、そんなはずはない。日下部は僕らよりうんと大人なんだ。
社会人にも引けを取らない彼が2択の路線で迷うわけがない。
日下部「皆に豆知識を教えてあげるよ。これは何処へ行くのかのヒントにも繋がってくる」
紺色のズボンのポケットに手を入れた彼は、ゆっくりと振り返る。
僕らが向かうのは夢の国、ウォルトランド。
そこにも関係している豆知識ってこと?
彼は駅のホームの真ん中で話を続けた。
日下部「電車や新幹線にバス。その他あらゆる交通機関を乗り換える時、1番乗り場を選択し続けると必ず首都に辿り着くんだ」
そうなのか? 初めて聞いたけど、そもそも僕にとって、都会は初めてなことばかりだ。
獅子王「え…、それ本当の話? 冗談とかじゃなくて…?」
自動改札機に対して感動しなかったクールな陽も、この話には驚いている。
日下部「本当だよ、獅子王。何故かわかるかい?」
本当だと言い切った日下部は、人差し指を立ててこう言った。
日下部「首都はこの国の最高峰、全てにおいて1番だからさ」
なるほど、そういうことか。
確かに他の県より首都へ向かう人の方が圧倒的に多いだろう。
皆が迷わないようにできているんだ。
日下部「つまり、首都へ行くことに関しては、迷ったとしても1番乗り場に乗れば問題ない。まぁ、僕は迷ってないけどね」
変わらず余裕の態度の日下部が穏やかに微笑む。
『まもなく1番線に“ヤミカラス463号”が到着致します。黄色い点字ブロックの内側までお下がりください』
そして、機械的なアナウンスがスピーカーを通じて、駅のホームに反響する。
アナウンスが終わった直後、白い新幹線が高周波な音を発しながらやって来た。
新庄「じいちゃん…! こいつ…、長い! しかもめっちゃ速いって聞くぜ」
担いでいた金属バットを両手で持ち、新幹線に近付く新庄。
危ないから止めてくれ。
樹神「え、目で追えないくらい速いって? いや、目で追えんとかパチ屋のスロットかい!」
バシッ
エンターテイナー樹神は、無理やりパチンコに例えたツッコミを入れ、隣にいた的場の肩を叩いた。
そして、肩を叩かれた彼は何か閃いたような顔をして…、
的場「ノオオオオォォォォン!」
右足を押さえながら地面を転がった。
やめろ、恥ずかしい、やめろ。
的場「あぁ、今ので肩脱臼したわ! 旅行にドクターストップかかったけん、家に帰るわ! やけん家に帰すんじゃああぁぁぁ!」
地面をのた打ちながら駄々をこねる的場を見て、怪訝な顔をする人たち。
だけど、不思議なことに誰も話しかけてはこない。
一瞬こちらを見るだけで、大体の人はすぐ自分のスマホや前に向き直った。
都会は他人に無関心な人が多いって聞くけど、こういうことなのか。
新庄「凌、嘘やめろって。面白くねぇし。ほら、乗るぞ」
痛がる振りをする的場に、新庄は白けた様子で手を差し出す。
的場「嘘じゃない! ドクターストップじゃ! 肩脱臼ステージ100万ドルじゃ! もう家に帰るんじゃ!」
新庄「おい、凌! 立てよ、巫山戯すぎ…」
新庄は、頑なに立とうとしない彼を無理やり起こそうとした。
とりあえず、いま来た新幹線に乗らないと行ってしまう。
新庄も僕と同じくそういった焦りがあったんだろう。
だけど…、
日下部「待って、無理矢理は良くないよ。旅行は皆が楽しめるものじゃないとね」
大人の日下部は、余裕な態度で仲介に入る。
日下部「的場、気持ちはよくわかるよ。僕も最初は都会が苦手だった」
そして、彼は倒れた的場の前に片膝を着いて穏やかに話を続けた。
日下部「人が多くて、空気が悪くて、騒がしい。最初はそんな感じだったかな」
的場「誰が都会苦手って言ったんじゃ! 気分で帰りたいだけじゃわ!」
優しく話す日下部に対し、的場は声を荒げて反発する。
日下部「でも、良いところもいっぱいあるんだ。今では都会の雑踏も愛おしく感じるよ」
『発車致します。扉閉まりますので、ご注意ください』
彼の言葉に続いて、発車を知らせるアナウンスが流れた。
注意を促すブザーの音と共に、新幹線のドアが閉まっていく。
的場「あ……あ……、新幹線が…!」
横たわったまま新幹線のドアに手を伸ばす的場。
そんな彼と僕らを置いて、新幹線はもの凄い速さで走り去った。
まずいな…。これ、次いつ来るんだろう?
的場「うっ…うっ…、日下部の…………言うとおりじゃ」
途切れ途切れにそう話す的場の目には、涙が浮かんでいた。
的場「怖かったんじゃ。俺はあぁぁ! 都会が怖かったんじゃああぁぁぁ!!」
そして、彼は叫び声を上げながら号泣する。
えぇ、そんなことで泣く? 高校3年生なのに…?
的場の大量の涙は頬を伝って、地面を湿らせた。
みんな、僕と同じように動揺していたと思う。
こんなに大泣きしている同級生を見ることなんて、滅多にないだろうから。
だけど、日下部だけは違った。彼は優しい笑顔を崩さない。
日下部「わかっているさ、そんなこと。僕らは共に戦ってきた友達じゃないか」
そして、彼はゆっくりと手を差し伸べる。
日下部「うんと泣いたら、うんと楽しもう。さぁ、都会の良いとこ探しを始めるよ」
涙でしわくちゃになった顔の的場は大きく頷いてから、日下部の手を取って立ち上がった。
なんて感動的なやり取りなんだ。
友情ドラマを見ている気分になるよ。
的場「じゃけど、新幹線が行ってしまった…!」
感動していた僕は、的場の言葉で我に返った。
そうだ、乗るはずだった新幹線が行ってしまったんだ。
到着が数時間遅れるだろう。
現地集合の琉蓮とお父さんをかなり待たせてしまうことになってしまう。
日下部「ふふっ、心配ないさ」
僕や的場、みんなの不安を彼は笑顔で一蹴した。
日下部「都会はね、交通機関を利用する人が多いんだ。だから、すぐ次が来るよ。行ってから少し話をしていたから、後5分くらいで来るんじゃないかな」
都会の交通機関、すげぇ。車とか要らないじゃん。
的場「そうか…。良かった…、良かった」
顔を覆って静かに泣く的場の肩に日下部の手が置かれた。
日下部「早速、良いところ見つかったね」
あぁ、感動的だ。目頭が熱くなる。
どっかに台本あるんじゃないか? 普通の高校3年生にしては、優しすぎるしスマートすぎるよ。
まぁオナラで空飛ぶし、神が憑いてるから普通ではないけど。
『まもなく1番線に…』
スマートかつスイートな日下部が言ったとおり、5分もしない内に次のアナウンスが流れてきた。
そして、さっきと同じ新幹線が到着してドアが開く。
開いたドアの前に立った彼は、僕らの方へ振り返ってこう言った。
日下部「さぁ、旅のエントランスを潜ろうか」




