副馬
※本エピソードは三人称視点になります。
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「ステージ4…、末期癌です。全身に転移しています」
広大なカルデラを持つ荒硫山。その近くにある病院の一室で、医師はそう告げた。
白衣を着た若い医師を前に、高校生くらいの男子とその母親が丸椅子に座って対面している。
「そ、そんな…。早い段階で見つかったから治るって…」
医師の言葉に驚きを隠せない母親。
ステージ4の末期癌を言い渡されたのは、その隣に座っている高校生だ。
彼の名前は、副馬 幸吉。
この春、高校3年生になったばかりの副馬にとってそれは早すぎる死の宣告だった。
シンプルな黒縁眼鏡を掛けている褐色肌の彼は、生まれながらの優等生。
規律を重んじ、勉学やスポーツに励んできた。
「正直、私自身も動揺しています。こんなに早い進行は見たことない」
医師は貼られたレントゲン写真を見ながらそう話す。
「何とか…、何とかならないんですか…! 治るって言ったじゃないですか!」
副馬の母親は声を荒げて、その場に泣き崩れた。
平常心を保っていられないのも無理はない。
「治療手段はありますが、もうこの段階では…」
感情的な母親に対して、医師はゆっくりと首を振る。
「持って1週間です。副馬くんには好きなことをさせてあげてください。お力になれず申し訳ありません」
そう告げた彼の目には、悔しさや無力さから来たであろう涙が浮かんでいた。
顔を覆って嘔吐くような声で泣く副馬の母親。
副馬(あぁ…、俺は死ぬのか)
副馬は、2人の会話や言動を見てそう思う。
当の本人が1番落ち着いていた。
普段から冷静で堅実な彼らしいと言えば彼らしい。
ーー
「大丈夫? 痛いところとかない?」
余命を告げられた翌日の朝。
病室のベッドで横たわる副馬に、母親はそう問いかける。
副馬「大丈夫だよ、お母さん。どこも痛くないよ」
「ごめんなさい…、何も……できなくて…」
優しい口調でそう答える彼の顔を見て、母親は謝りながら涙を流した。
末期癌は激痛を伴うと言われているが、副馬は不思議と痛みを感じていなかった。
母親が涙を堪えきれない理由はいくつもあるだろう。
彼女にとって1番辛かったのは、たった1日で急変した副馬の容態だった。
青白い顔に痩せこけた頬、目の下には大きな隈ができている。
もうすぐ死ぬことへの不安やストレスが原因でもあるだろう。
「してほしいことは何でも言って…! 食べたいものとか、あったら何でも…!」
目を真っ赤にしてそう話す母親に、副馬は力のない声でこう言った。
副馬「友達を…、彼女を呼んでほしい。みんなの顔が見たい」
余命、数日。刻一刻と彼の身体は弱っていく。
昨日の晩や、朝目覚めたときよりも力が入らない。
彼は震える手で自身のスマートフォンを持ち上げ、母親に差し出した。
副馬「みんなに電話してほしい」
「わかった。すぐ掛けるわ…!」
真面目で優等生な副馬は、基本的に人を頼らない。
自分のことは自分でやる。
モットーまでとは行かないが、なるべく人に迷惑を掛けたくないという思いが彼にはあった。
そんな彼の性格は、ずっと近くにいた母親が1番理解している。
“自分で電話を掛けられないくらい弱っている”。
スマートフォンを渡された母親は、嫌でもそう察してしまったのだ。
そんな彼女は溢れそうになる涙を必死に堪えて、呼び出し音の鳴るスマートフォンを耳に当てた。
副馬(彼女といえば…)
自身の彼女や友人に電話を掛ける母親を見ながら、つい最近したデートを思い返す副馬。
診断を受ける直前にしたごく普通のデートの場面を…。
その日、2人は行きつけのファミレスでランチをしていた。
副馬と彼女は、付き合ってもうすぐ1年に差し掛かる。
交際は高2の夏。
大学生の彼女が副馬を夜這いしたところから始まった。
その夜、純真無垢だった彼は、新たなる世界を知覚したのだ。
きっかけこそ不純なものではあったが、現在の関係は良好で、円満なカップルと言えるだろう。
副馬『旨い。ここはやっぱりハンバーグに限るわ』
彼女と談笑しながら料理を口に運ぶ副馬。
ちょうど食べ終えたその時、彼は視線のようなものを強く感じて右に振り向いた。
その視線は、通路を挟んだ向かい側のテーブル席に着いている女性のものだと彼は理解する。
その女性は身体ごとこちらに向けて、副馬を凝視しているようだった。
彼女のテーブルには何も置かれていない。まだ注文を済ませていないのだろうか。
独特な雰囲気が漂う彼女を見て、副馬は反射的にこう思ったらしい。
“とても綺麗な人だ”。
同時に、自身の彼女に対して罪悪感を抱いた。
恋人がいても、別の人に魅力を感じることはあるだろう。
だが、誠実で真面目な副馬は、彼女以外の女性に惹かれた自分を許せないのだ。
『何を見てるの?』
副馬は彼女の声を聞いてはっとし、すぐさま向き直った。
「い、いや…、ごめん。何かめっちゃ見てくるなって…」
彼氏が他の女性を見ていると嫉妬して機嫌が悪くなる。
ドラマやアニメでよく見る光景だ。
友達が話す彼女の愚痴とかでも聞いたことがある。
副馬は自分の彼女が嫉妬して怒っているのだと思い、慌てて謝った。
『え…? 大丈夫だよ?』
きょとんとした様子でそう返す彼女。
『もう食べたし、行こっか!』
そして、彼女は明るい口調でそう言って席を立った。
副馬(怒っているわけじゃなかったのか…)
安心した副馬は、ほっと胸をなで下ろす。
副馬『うん、行こうか。トイレ行かなくて大丈夫?』
彼はそう言って、テーブルに置いてある会計札を手に取った。
『うーん、確かこの前は…。うん、今日は行ってくる』
副馬の言葉に対し、少し照れた様子で彼女はそう言う。
“副馬流ご飯の奢り方”。
彼女をトイレに行くよう促して、その間に会計を済ませるというもの。
彼女は毎回そう聞かれるため、副馬の意図を理解している。
“行ってくる”と答えたら、副馬が奢る。
彼女が“大丈夫”と言った場合は、割り勘。
“逆にそっちは大丈夫?”は、副馬がトイレに立ち、その間に彼女が会計を済ませる。
デートを重ねる内に、いつの間にかそういった暗黙のルールが出来上がっていた。
副馬『おっけー。行ってらっしゃい』
恥ずかしそうに微笑む副馬の言葉を聞き、トイレに向かう彼女。
彼が会計札を持って立ち上がった時にはもう、向かい側の席に座っている女性の姿はなかった。
「あ、もしもし? 副馬です」
副馬があの時のデートを思い返している間に、母親は彼の友達や彼女に電話を掛けていた。
そして、最後の1人に掛けて電話を切った後、母親は副馬に振り返る。
「みんな、すぐ来てくれるって…!」
息子が慕われている喜びと、息子の目前に迫る死に対する悲しみが相まって、母親の目には再び涙が溢れた。
副馬の頬にも自然と涙が伝う。
そして、弱り切った彼は力を振り絞って笑顔を作った。
副馬「良かっ…」
“良かった”。
母親に向かってそう言おうとしたのだろう。
副馬「…………た?」
しかし、彼の前にはもう母親の姿はなかった。
目の前にいたはずの母親はどこかに消え、病室内は途端に暗くなる。
副馬(停電したのか?)
そう思いながら室内を見渡す副馬だったが…。
副馬「いや、違う。停電じゃない」
病室のガラスから見える外の景色を見て、彼は思わず声を漏らした。
副馬「夜になっている? いや、太陽が……空が消えた?」
副馬が言ったことは間違いじゃない。
太陽が消え、日が差さなくなったことで辺りは必然的に暗くなったのだ。
彼の目に、天は純粋な黒色に見えているだろう。
しかし、厳密に言うと“黒い”ではなく“何も無い”と言った方が正しい。
天に在るものは全て消え、虚無となった。
副馬(身体が…、動かない…?)
そして、天が虚無となって間もなく、副馬は上体を起こした体勢から身動きが取れなくなる。
副馬(あ゛ぁぁっ!)
頭の中で鳴り響く轟音のような耳鳴りと、根底から来る謎の恐怖に悶える副馬。
副馬(金縛り…? 癌の症状か…? 怖い……怖い……怖い)
全く動けない中、耳鳴りの音や身体の芯から来る恐怖がどんどん大きくなっていく。
そして…、
ベッドの足元に、“それ”は現れた。
それは、ベッドに横たわる副馬を見下ろしている。
彼はそれを見たことがあり、金縛りにあったときに何となく予感していた。
副馬(お前、人じゃなかったんだな)
人ではないそれは、ファミレスで凝視してきたあの女性と同じ姿をしている。
『何を見てるの?』
あの時、彼女が言った言葉。
彼氏が他の女性を見ているという嫉妬や怒りからの発言ではない。
言葉通りの意味だ。
それは副馬にしか視えていなかった。
誰も座っていないテーブル席を眺める彼を不思議に思い、そう聞いたのだ。
副馬は今、それを理解した。
副馬(クソッ…! お前かよ。俺が死ぬのはお前のせいかよ…! 全部…、全部返せよ…!)
身動きの取れない彼は心の中で、それに訴えかけ怒りをぶつける。
すると、それは口が張り裂けるような勢いで口角を上げ、悍ましく嗤った。
そして、ベッドに上がりながら、副馬の顔にゆっくりと手を伸ばす。
免れられない死を悟った副馬は、これ以上にない恐怖に駆られながら涙を流した。
ーー
「死亡を確認。ご臨終です」
窓から日差しが差し込む病室に響いた言葉。
集まった副馬の友人や彼女、彼らを呼んだ母親に医師はそう告げた。
「うそ…、さっきまで話していたのに…」
唐突な息子の死の前に、母親は何もできずに立ち尽くす。
「そ、そんな…。なんでよ。この前、元気だったじゃん! デートしたのこの前だったじゃん!」
息を引き取った副馬の手を握って泣きじゃくる彼女。
集まった彼の友人も皆、泣いていた。
そんな中、病室の窓ガラスに日差しとは別の強烈な光が差し込む。
その光の正体について、考える暇は与えられなかった。
ドオオオオォォォォォン!!
窓の外が光った瞬間、爆音と共に病院そのものが消し飛んだのだ。
病院があった場所を中心に広く深い窪みができている。天体衝突などによってできるクレーターだ。
窓から差し込んだ強烈な光は、病院に落下した隕石が発していたものだった。
副馬の友人、彼女、母親、そして、病院内にいた患者や医師は皆、跡形もなく消滅した。
痛みもなく一瞬で死ねたことは不幸中の幸いと言うべきか。
ただ1人だけ、どういうわけか消し飛ばなかった者がいる。
クレーターの中心部で、仰向けに倒れている副馬幸吉。
身体に外傷はないが、皆よりも一足先に亡くなっている。
クレーターができてほんの数秒後のことだった。
死んだはずの副馬が目を開いたのだ。
そして、ゆっくりと上体を起こしてから空を見上げ、抑揚のない声でこう呟いた。
副馬「来たか、“BREAKERZ”」
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一方、吉波高校の校長室では、自警部復活を賭けた舌戦が繰り広げられていた。
御影「むさ苦しいわね。早く出て行ってくれる?」
ギョロッとした丸い目を細める御影教頭の視線の先には、大勢の生徒が立っている。
校長室内には収まらず、入口付近でも多くの生徒が立って何やら抗議をしているようだ。
五十嵐の一件やゴールデンウィークで連休中なのにも関わらず、彼らはここに集まった。
皇「あぁ、廃部を取り消せばすぐにでも出て行くぜぇ♪」
大勢の生徒の先頭に立つ皇は、生徒の名前が書かれた署名表を見せつけて狂気的な表情で笑う。
皇「お前らパンピーに聞くぜぇ♪ この前、悪党から学校を守ったのは誰だぁ?」
そして、皇は振り返り、後ろの生徒たちにそう問いかけた。
「「「“BREAKERZ” (自警部)!!」」」
國吉「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」
“BREAKERZ”、自警部と叫ぶ声が何重にもなって校長室を木霊する。
彼らの反応に満足そうに頷いた皇は更にこう問いかけた。
皇「俺たちの超能力なしで、学校を守れると思うかぁ?」
「「「思わない!!」」」
國吉「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」
彼の問いに、息ぴったりで合わせる生徒たち。
國吉旺我を除いて、予め抗議の練習をしていたのだろうか。
球技大会が開催された日、政府の2人は不在だった。
そして、自身をウインドマスターと名乗る五十嵐富貴が暴走を始める。
それを多くの生徒が見ている前で、“BREAKERZ”が特質や神憑の能力を使って止めたのだ。
彼らの能力は現在、超能力という名前で知れ渡っている。
岡崎「教頭先生、俺のお母さんが言ってました。学校は皆がパリピで通える安全なところじゃないとって…。ドラゴン召喚して人殺すおっさんがいるこのご時世、学校に1台はジケーブいりますよ! いや、一家に1台だ! ジケーブ、やりらふぃ、ジケーブ、やりらふぃ!!」
身長200センチを超える岡崎泰都の主張は、かなりインパクトのあるものだった。
皇(こいつ、何か思い違いをしてねぇか? まぁ、賛成してるみたいだから別にいいか)
日裏「俺も廃部には反対だ」
吉波高校の不良生徒の1人、先日退院した日裏玲愛が前に出る。
彼が大勢の前で意見をするのは珍しい。
日裏「この学校にはクソ幽霊がいる。俺たちはそいつにハメられて、ダンプカーに撥ねられた。自警部か何か知らねぇが、その幽霊を殺してくれ」
皇にそう語る日裏の目は血走っていた。
皇「おうおう、任せろ! 見つけ次第、お祓いしてやるよ」
特に深くは考えず、調子の良い返事をする皇。
「てか、最近この辺り物騒なんだよな。農家の鍬でばあちゃんの頭をぶっ刺したゴリラがいるって噂が…」
「えぇ、何それ怖い。獅子王会長とは大違いね」
そして、他の生徒たちも口々に不安を話し始めた。
皇「ヒャハッ♪ そいつも任せろ。うちのゴリラに対応させるぜぇ♪」
皇はまたも調子の良い返事をして、自警部の支持を集める。
校長室は、完全に自警部復活ムードだ。
皇「そういえば、俺も物騒な奴に出くわしたぜ」
ある出来事を思い出した彼は、御影教頭に向き直り、ニヤリと笑いながら話し出した。
皇「餅配りをしているときに、増えすぎた高齢者を日本刀で斬り殺そうとしているじいさんに会った。吉波町の要注意人物だな。自警部が睨みを利かせねぇと、こいつらの爺ちゃん婆ちゃんは殺されるかもなぁ♪」
皇の発言に対し、響めき始める生徒たち。
「そんな…! 俺のばあちゃんが…!」
「嘘や…、じいやん死んだら1ヶ月のお小遣いが減ってまう!」
岡崎「ちょっと待った!」
大勢の生徒がザワつく中、岡崎が声を上げた。
身体も声も大きい彼に対し、生徒たちは静かになって注目する。
皇(おい、待て。何を言うつもりだ? 復活ムードに水を差したりしねぇよな…?)
心配しながら彼の顔を見上げる皇。
岡崎は大きく息を吸ってから、こう言った。
岡崎「年齢より老けて見える人はどうなる? 高齢者と思われて斬られるんじゃないのか? 危ないのはばあちゃんじいちゃんだけじゃない! 老けて見えるお父さんお母さんもヤバいぞ! お母ああぁぁぁさああぁぁぁん!!」
どうやら、岡崎の母親は実際の年齢よりも高く見えるらしい。
生徒たちの響めきは更に大きくなり、皇の懸念は杞憂に終わったようだ。
皇「わかったか、御影教頭。こいつらには自警部が必要なんだよ♪」
彼は親指で後ろにいる生徒を指しながら、御影教頭に狂気的な笑顔を向けた。
御影「このクソガ…!」
野渕「撮ってますよ」
ムードを掌握した皇に対して、御影教頭は苛立ちから暴言を吐こうとしたが…。
普段ゲーム実況を投稿している野渕英王が、彼女にカメラを向けていた。
野渕「これ今、配信されてるんで。失言とかしないほうが良いぞゴミ先公」
御影教頭に失言しないよう注意を促して失言する野渕。
野渕「PTAとか親にバレたら即クビっすよ! はははっ! 今どんな気持ちですかぁ? 死ねよ! 死ねよっ!!」
更に失言を続ける野渕。
御影「チッ…! この子たち、何なのよいったい…!」
まさに四面楚歌、背水の陣。
皇と校長室に押しかけてきた大勢の生徒に為す術がなくなった彼女は頭を抱えた。




