球技大会編 エピローグ - 水瀬 友紀⑰
昨日の球技大会の一件があって、今日は休校になった。
今日だけじゃなくて、しばらくは休みになるみたい。
4月もそろそろ終わるこのタイミングに臨時休校か。今年のゴールデンウィークはかなり長くなりそうだ。
「もう良いかな。じゃあ、行こっか」
今はお昼過ぎ、僕らは吉波総合病院の前に集まっていた。
僕の暗い声に皆はこくりと頷く。
右手に包帯を巻いた慶、腕や顔にたくさんの絆創膏を貼っている満身創痍の怜。
2人は五十嵐と戦って負傷したんだ。
その隣には、足を引き摺る日下部と的場がいる。
彼らは…、サッカーで負傷した。
そして、無表情で立つ朧月くんと、平然としている陽にボーッとした顔をしている不知火と樹神。
彼らは、怪我をせずに済んだ人たちだ。
陽や不知火は自身の特質で再生している。
陽はともかく、不知火…、あのバラバラの状態からどうやって復活したんだ…?
そして、後1人来るはずなんだけど…。
皇、彼は待ち合わせの時間になっても一向にやって来なかった。
自警部復活のための署名活動とかやってるんだろうか。
学校は休みだけど、力の入った彼はみんなの家に押しかけそうだ。
20分くらい待っても来る気配がなかったから、僕らは先に病院の受付へ向かった。
ちなみに、琉蓮は昨日からずっと地面を押さえているから来ていない。
御影教頭ら政府は、地割れを抑える別の方法を探り始めたところだ。
早く解決してほしい。琉蓮のためにも…。
僕らは受付で簡単な手続きを済ませてから、入院患者のいる2階へ上がった。
「確か…、ここかな?」
僕はドアを軽くノックして、横にスライドする。
病室の白いベッドに寝かされている真っ赤な人型の塊がすぐ目に入った。
間違いない、あれは絶対に男虎先生だ。
いや、もしや違う? 何らかの大事故で肉塊になった別の患者さんかもしれない。
原型留めてないから先生って言い切れないよな。
外科医「やぁ、君たち。あの肉塊…、失礼。男虎さんの面会かな?」
僕らがドアを開けたまま入口で突っ立っていると、通りすがりの外科医が声をかけてきた。
色々とお世話になっている髭もじゃの外科医の人だ。
今は入院中の新庄の面倒も見てくれている。ちょっと狂気的なところもあるみたいだけど、腕は確からしい。
彼の発言からして、ここは男虎先生の病室で間違いなさそうだ。
「はい、お見舞いに…。先生はまた僕らを守ってくれたんです」
僕がそう答えると、外科医の人は首を傾げた。
外科医「最近、不思議な患者が多いものだね。何から守ってああなったのかさっぱりだ」
この人に真実を告げるべきなのか、僕にはわからない。
政府は、神憑や特質持ちの存在を隠している。
大事にならないよう水面下で抑制しようとしているんだ。
だけど、こういう人には知って貰っていた方が良いような気もする。
神の力の研究とかが進めば、神憑や別の異能力で負った傷を治せる技術や医療が確立されるかもしれない。
朧月くんや日下部みたいな友好的な神憑もいるけど、敵意のある人たちもいた。
神の力を手に入れて暴れ出す人たちも少なくないと思う。
文月「腕利きの外科医、あれはもう助からないのか?」
慶はベッドに横たわる男虎先生らしきものを指さしてそう言った。
外科医「うん、助からないよ。だから、病院じゃなく火葬場に直行した方が良かったと僕は思うね」
辛辣で無機質な回答をする髭もじゃの外科医。
狂気的だと言われているのはそういうところがあるからかな。
外科医「まぁ、中に入って弔ってあげなさい。入口から眺めるご趣味なら、それでも良いけど。じゃあね」
僕らは皮肉混じりにそう言って去った外科医の人を見送って、病室の中に入った。
そして、ベッドの横にある机の上に、僕らはお見舞いに持ってきた物を置いていく。
偽物と思われる一万円の札束。
可愛いアニメキャラのキーホルダー。
焼き芋。
ボロボロのサッカーボール。
パチンコ玉が入った巾着。
ゴリラのぬいぐるみ。
刃渡り30センチほどのナイフ。
そして、僕はおもちゃのヌンチャクと、皇から預かっていた2リットルのコーラを1本置いたよ。
みんな、多分自分の好きなものや思い入れのあるものを置いたんだ。
朧月くんは何を持ってきたら良いのかわからなかったらしく、特に何かを置いたりはしなかった。
文月「脈はあるみたいだが、もう死んだも同然か…」
そう言って溜め息を吐く辛そうな慶。
みんな涙を流すことはないけれど、哀しい気持ちをぐっと堪えているのがよくわかる。
男虎先生を呼んだのは僕だった。だから、実質僕が殺したようなものだ。
我慢していたのに…、涙が止まらない。
文月「…………。ダメ元でやってみるか」
慶は僕の顔をチラッと見てから、ポケットから赤い液体の入った注射器を取り出した。
どんな傷や病気も治してしまう万能薬だ。
ただし、投与2回目で強烈な副反応が出て流血する。
男虎先生は万能薬の副反応で流血して弱ったところに、五十嵐の技でトドメを刺されたんだ。
慶は本当のダメ元で、血塗れで原型のない先生に注射器を突き刺した。
先生にとっては3回目の投与になる。
注射器の中の液体が見る見る減っていき、すぐ空になった。
そして、慶が注射針を引き抜いた瞬間だ。
男虎「儂、ふっかあああぁぁぁぁつ…!」
赤い肉の塊は、そう叫んで跳び起きた。
獅子王「う、うわああぁぁぁ!」
急な出来事にみんな悲鳴を上げたよ。
嬉しいよりも怖いって気持ちが勝った。
不知火「え、何。怖い」
不死身の不知火もドン引きしているみたいだ。
君の特質も充分怖いというか奇っ怪だと思うけど…。
文月「いったいどうなっている…? 何故、生き返った?」
ダメ元で投与した慶本人が1番驚いている。
万能薬を開発した彼がわからないなら、僕らにわかる術はない。
文月「まさか…、今回の投与で、2回目に出た副反応を解消しつつ致命傷を治したというのか?」
慶は少し考えた後に、興奮気味にそう語る。
万能薬は、どんな傷や病気でも治す名前の通り万能な薬だ。
万能薬による副反応も例外なく、万能薬で治せるということなんだろう。
でも、これはただの推測だ。
文月「だったら、新庄にも…!」
「待った! まだそうだって確証は…!」
引き止めようとする僕の声を無視して、彼は注射器を片手に部屋を飛び出した。
新庄、大丈夫かな…?
男虎「みんな無事で良かった! 流石は3年生、タフで強い! 儂は墓に帰る!」
血塗れの男虎先生はそう言って、ベッドから起き上がる。
「えっと、なんで家に帰らないんですか? 普通の生活に戻った方が楽なんじゃ…?」
僕が率直な疑問をぶつけると、先生は間髪入れずにこう答えた。
男虎「戸籍の再登録がめんどくさいっ!」
パリイイィィィン!
そして、先生は病室の窓ガラスを突き破りお墓に帰っていった。
どこまでも暑苦しい人だな。
日下部「結果オーライってことで良さそうだね。怪我はしたけど、今回も誰も死ななかった」
獅子王「まぁ、“今回は”だけど…。今後、敵が増えるんだったらもっと考えないとな。生徒の避難ルートとか」
男虎先生の病室を出た僕らは、今回起こったことや今後について話し合っていた。
「だからこその自警部なんだ。今回みたいに戦って学校や皆を守りたい。御影教頭が帰ったら廃部の件について掛け合ってみるよ。あの2人や政府だけじゃ守り切れない」
僕の発言に対し、それぞれ思うことはあるだろうけど、みんな首を縦に振る。
そんなことを話しながら廊下を歩いていると、ある病室のナンバープレートが目に入った。
“205号室”。確かあの部屋は…。
剣崎「鬼塚氏は本当に致したのだろうか」
日下部「公共の場でそういった話は控えようか」
雑談をしながら前を歩く怜たち。
「みんな、ちょっと先に行ってて」
そんな彼らに僕は一言そう言ってから、205号室のドアをノックした。
「どうぞ…」
うん、ここで間違いない。
聞き覚えのある覇気の無い声が聞こえて、僕はドアをスライドさせた。
骨太な体型にモヒカンヘアが特徴的な五十嵐が目に入る。
真っ白な病衣を着た彼は上体を起こした状態で、ベッドの上から外の景色を眺めていた。
五十嵐「あぁ、お前か。すまなかった」
そして、彼はこちらに振り返り、申し訳なさそうな顔で謝る。
所々怪我してるみたいだけど、致命的な深い傷は負ってないみたいだ。
外科医の腕が良かったのか、見かけほど琉蓮は強く叩いてなかったのか。
「いくつか、教えてほしいことがあります」
僕はそう言って病室に足を踏み入れ、五十嵐の元へ歩み寄った。
僕がここに来たのは気になったからだ。
彼が皆を殺そうとしたことや、御影教頭ら神憑の目を擦り抜けたこと。
そして、今の謝罪の言葉も気になる。
風を自在に操る能力は一見、神の力のように思えるけど…。
御影教頭やシリウスに憑かれた日下部、朧月くんなら憑いている神が見えるはず。
神が憑いている時点で採用を見送ると思うんだ。
五十嵐「何だ? 教えて欲しいことって」
ベッドの上で足を伸ばして座っている五十嵐は、やつれた顔で僕を見上げる。
「こんなことをした理由や目的、貴方の能力について教えてください。最初から僕らを殺す気だったんですか? 先生になりすました貴方の正体は…」
五十嵐「俺は…、普通の先生だ。なりすましなんかじゃない。正直、自分でも混乱している。あの殺人衝動は普通じゃない。頭の中に別の何かがいたような感覚だった…!」
僕の問いに対し、五十嵐は頭を押さえて苦しそうに答えた。
彼は、元から僕らを殺そうとしていた訳ではなかったらしい。
保健体育の担任としてやって来たごく普通の先生だった。
五十嵐「変なサッカーをしたくらいで普通は怒らない。注意するか、むしろあんなやり方でサッカー部に勝ったら褒めてやるよ。でも、あの時は本当にどうかしてたんだ」
五十嵐は続けてそう言った。
“頭の中に別の何かがいた”とか“本当にどうかしてた”って言い分は、普通に聞くとただの言い訳にしか聞こえない。
だけど、僕らは知っている。
精神に干渉できる能力を使う神憑とか、探せばいくらでもいるだろう。
彼はそういった類いの能力持ちに操られた可能性があるんだ。
それに、嘘を吐いているようには思えない。
法廷や警察官の前でならまだしも、僕に嘘を吐くメリットなんかないと思うし。
「信じますよ。誰かに脳を乗っ取られる。そういうこともあると思います」
五十嵐「え、信じてくれるの? そういうこと…、あるの…?」
僕の言葉に戸惑った様子の五十嵐は、辿々しくそう言って首を傾げた。
精神に干渉できる神憑といえば…、思い当たるのは猿渡ぐらいかな。
まぁ、政府と組んでいた彼がみんなの虐殺を考えるとは思えないけど。
五十嵐を使って僕らを殺そうとした人物がいるのなら、また仕掛けてくるかもしれない。
警戒しておかないと…。
「まぁ、色々あったので…。後、先生の能力について教えてください。いま何かに憑かれている感覚はありますか?」
そんなことを考えながら、僕は五十嵐先生の能力について質問する。
五十嵐「そんな感覚はないが…、物心着いた時から風は俺と一緒で、俺は風を自在に操れた。俺は幼き頃にウインドパワーを授かったんだ」
彼は、自身の能力について詳しく説明してくれた。
そして、僕は次の言葉で彼の能力が何なのかを理解する。
五十嵐「水瀬、お前にこの力を継承しよう」
“継承”…。
この言葉を聞いて、あの時の光景が甦る。
D『何故、水を…? まさか、継承したのか…!』
手から大量の水を拡散させる僕を見てそう言った“EvilRoid - Destroy”の言葉だ。
神の力でも特質でもない、“水の理”という能力は継承できるみたいだった。
された自覚はないし、今も上手く使えないからよくわからないんだけど…。
ウインドマスターとかウインドパワーって五十嵐先生は言ってるけど、言い換えると“風の理”みたいなものなのかな?
五十嵐「心を邪に乱され、生徒を殺そうとした俺にこの力を持つ資格はない。最初は1番強かった鬼塚にと思ったが、お前に授けよう。お前には風の哀しむ声が聞こえていた。継承するにふさわしい器だ」
あの音はやっぱり…、風の啼く声だったのか。風や水にも痛みとかあるのかな。
褒めてくれてるし、あんなに強かった能力をくれるのは嬉しいけど、使いこなせる自信がない。
水と同じく、言うこと聞いてくれない気がする。
五十嵐「水瀬よ、右手を出してくれ」
五十嵐先生はそう言って、少し指を曲げた左手をこちらに伸ばしてきた。
今から継承の儀式みたいなものをするのかな。
僕はあまり深く考えず、言われた通り右手を差し出した。
ギュッ
え……、恋人繋ぎ…?
予想外の出来事に僕は困惑する。
先生は左手の指を僕の右手の指に絡ませてきたんだ。
そして、ギュッと強く握ってくる。
嫌な汗が額に滲んだ。
五十嵐「絶対に離すなよ。ウインドパワーの継承中に離すと何が起こるかわからない」
軽く目を瞑った状態で、僕に注意を促す五十嵐先生。
いや、今すぐ離したいんだけど…。
早く終わってくれ…!
体感では数十秒、実際はもっと早かったのかもしれないけど。
異様に長く感じられた五十嵐先生との恋人繋ぎから、ようやく解放された。
そして、僕から手を離した彼は目を開けて、真剣な表情でこう言う。
五十嵐「今日から君はウインドマスターだ」
何かあんまり嬉しくない…。
“風の理”って呼ぶことにしよう。
「色々と答えてくれて、ありがとうございました」
僕が頭を下げると、先生は目に涙を浮かべた。
やっぱり悪いと思ってるんだな。僕らを殺そうとして怪我をさせたこととか…。
もしかしたら、自分の能力や風に愛着があったのかもしれない。
そういった気持ちが相まって、先生は胸がいっぱいなんだ。
五十嵐先生は、涙を堪えて僕にこう言った。
五十嵐「刑務所が怖い…」
そっちかよ…。
「し、失礼します」
僕は先生に背中を向けて、病室のドアに手を掛けた。
そして、ドアを開ける前に振り返る。
「友達が言ってたんですけど、刑務所って意外と快適らしいですよ」
励みになるかはわからないけど、僕はそう言って病室を後にした。
「あ、いたんだ…」
ドアを閉めて廊下に出た僕は、思わずそう口にする。
僕が出てくるのを待っていたのか、廊下の壁にもたれ掛かっていた慶がこちらにやって来た。
文月「妙なものにあまり首を突っ込むな。お前らは自分の身だけ守っていれば良い。敵は基本、鬼塚に任せておけ。今の彼はガチの最強だ」
彼は一方的にそう言い、僕に背を向けて歩き出した。
“お前らは自分の身だけ…”。
君は、そうじゃないのか…?
「待ってくれ…! 慶、いったい何を…。君は何を抱えているんだ?」
彼は僕の言葉に足を止めて、こちらに振り返った。
文月「別に何も…。ただ刑務所に戻っていつものように研究するだけだ」
やつれた顔で淡々と述べた慶に返す言葉がなく、僕はただただ彼の背中を見送った。
【 自警部•球技大会編 ー 完結 ー 】
【 自警部•連休編 】
始動。




