王の目醒め - 鬼塚 琉蓮⑦
文月「王撃、攻撃を許可する。奴を嬲れ」
文月くんの合言葉を聞いて、僕は前に向き直る。
荒れ狂う暴風と宙を舞う砂塵で視界は最悪だ。おまけに五月蠅い。
何とかキング100体召喚とか言ってたっけ?
ここまで来てハッタリかましたとかじゃないと思うけど、モンスター的な何かが現れた様子はない。
だけど、僕の五感は密かに何かを感じ取っていた。
身を切り裂くような鋭い殺意と、謎の違和感を覚える風の流れ。
“それ × 100”って感じだ。
何かが前にいるのは間違いない。
五十嵐「確実に奴を殺せ、ウインドキングたち」
砂嵐の中、浮遊する五十嵐先生は僕を指さしてそう言う。
同時に前方の“殺意 × 100”が一気に迫ってくるのを感じた。
なるほど…、だいたいわかったよ。
敵や技の正体はわからないけど、力のさじ加減はだいたいこれくらいで良いだろう。
僕は右手の親指を立てて、1番右端から迫ってくる殺意に指の腹を向けた。
パワーとかスピードは凄いのかもしれないけど…。
君たち…、
とても脆いよね。
僕は少しばかり辛い気持ちを覚えながら、指の腹で彼らをなぞるように左へスライドさせた。
見えにくいから、ついでに砂埃も吹き飛ばしておこう。
すっ…!
ドオオォォォン…
僕の親指と空気が擦れ合った直後、小さな爆発音と共に、前方から感じていた殺意と違和感は消し飛んだ。
舞っていた砂も吹き飛んで、視界が晴れやかになる。
全身が砂の汚れで黄ばんでいる五十嵐先生は、愕然とした表情で僕を見下ろしていた。
五十嵐「ウインドキング100体が…消えた…? いや、消されたのか? いったい何をした…!」
動揺を隠せない先生は、僕に向かって声を荒げる。
めっちゃ自信のある技だったのかな。
「迎撃しました。見えにくかったので、攻撃ついでに舞っていた砂も吹き飛ばしました」
人生史上最高に冷静な僕は、淡々と先生に説明をした。
いま頭も心もとても静かだ。
この感覚は、あの時の自分と近い気がする。
毎朝、家族で徹底している“静かな食卓”。
食べているときに音を立てたら、お父さんに殺される。
僕は怯えながらも、食事に全ての神経を集中させるんだ。
あの時だけは、不安や雑念が頭の中からいなくなっていた。
今みたいに、自分の中の色んな気持ちが1つになっていたんだ。
鬼塚家の静かな食卓は、昔ながらの悪しき風習なんかじゃない。
いや、もちろん毎朝遅れそうになってるけど…。
毎日音をいっさい立てずに食べる一家団欒?の食事は、力だけじゃなく、精神をコントロールする練習にもなっていたんだ。
ありがとう、ご先祖様。“忙しい朝は不問とする”ってルールがあったら、最高の風習だったよ。
五十嵐「ありえない。今の動きで…? ウインドキングの軍勢が…?」
僕の発言に更に動揺する五十嵐先生。
全身砂まみれなのが気になるな。
「はい、脆かったので。どうします? 砂で汚れているし、いったん休憩して着替えますか? このまま続けますか? それとも…」
冷静だった僕は、次に言おうとした言葉に少しだけ喉を詰まらせた。
「僕と一緒に…、静かにご飯を食べますか?」
まさか、人見知りを極めている僕が先生をご飯に誘うなんて…。
でも、絶対に誘った方が良いんだ。あの静かな食卓に…。
先生の心はきっと不安定なんだ。だから、人を殺したくて仕方がない。
静かな食卓が精神のコントロールに繋がるなら、先生も変われるかもしれない。
そしたら、もう戦わなくて良いんだ。傷つける心配はなくなる。
五十嵐「誰が殺したい奴なんかと飯を食うんだ。先生を舐めるな。この程度の汚れで着替えるだと…?」
僕の提案に対し、眉をひそめて怒りを露わにする五十嵐先生。
五十嵐「サッカーでタックル喰らって転けたら、これくらい汚れるわ! 俺はな、国体のサッカーに出てたんだぞ」
そう怒鳴る先生に、僕は戸惑った。
この人、何に対して怒ってるの?
よくよく考えたら、先生が生徒を殺そうとしている時点で色々おかしい。
サッカーではっとしたけど、今日は球技大会だったよね。
なんでこんなことになってるんだろう?
五十嵐「お前は砂で汚れるサッカーが解せないと、そう言いたいんだな?」
先生は、もの凄い剣幕で僕を睨みながらそう言った。
僕はそんなこと一言も言ってない。
きっと先生の心は荒んでいるんだ。文月くんの骨をバラバラにして後悔した僕みたいに…。
男虎先生らしき肉塊や、流血して意識のない剣崎くん。
その他負傷している人も全部、先生がやったんだろう。
人を傷つけてしまうたび、心は重くなっていく。たとえ、わざとじゃなくてもそれは変わらない。
だから、先生の今の気持ち、わからなくはないんだけど…。
五十嵐「サッカーを冒涜する奴とご飯は食べない。サッカーを貶すお前らには凄惨たる死を与えるのだ」
過激な発言を繰り返す先生には、同情よりも静かな怒りが込み上げてくる。
「今日のサッカーの試合が気に入らなかった。それが皆を殺す理由ですか? そんな下らない理由で、僕の友達を傷つけたのですか…?」
静かな怒りを抑えながら、僕は淡々とした口調で先生に問いかけた。
抑えろ、抑えるんだ…。
不安や緊張と同じく、怒りも身体を力ませ、力を増幅させてしまう。
加減できなくなったら戦えないし、皆を巻き込んでしまうだろう。
もう話し合いで解決する方向には絶対ならない。
だったら、僕が冷静でコントロールが効く内に早く終わらせないと…。
五十嵐「下らないだと…? お前はどこまでもサッカーを…!」
“侮辱している”。
多分そう言いたいんだろう。
僕は五十嵐先生の言葉を遮るようにこう言った。
「侮辱しているのは、貴方です。サッカーでご飯を食べているプロの選手でも人は殺しません。純粋にサッカーを楽しんでいる人からしたら、迷惑なクソオヤジですよ」
怒りでわなわなと震え出す五十嵐先生に、僕は拳を握って話を続ける。
「僕もそろそろヤバいんで、もう終わらせますね」
先生は言い返すことなく、さっと右手を真上に上げた。
さっきの技が必殺技って訳じゃないみたいだ。
「来たれ、ウインド・ドラゴンッ! 10頭ッ!!」
強い風の流れが直線的になり、恐らくだけど先生の右手に集まっていく。
そして、今度の技はちゃんと目で見えるものだった。
集まった風が形を成していく。
五十嵐先生が言ったとおり、それは風が集まってできたデッカいドラゴンだった。
デカくてシャキシャキなカッコいいドラゴン。
僕の語彙力ではそれくらいの説明しかできないけど、エモいドラゴンたちが先生の前に10体並んだ。
五十嵐「殺れ! ドラゴンキャノンだ!」
僕を指さし、ドラゴンの技の名前のような単語を発する五十嵐先生。
その言葉に従うかのように、10体のドラゴンが同時に動き出す。
自身の胸の前で両手を構え、大きな鉤爪の生えた指を曲げて円を象った。
曲げた両手の間に透明の球体のようなものが現れる。
何かハンドパワーみたい。
何だろう、集めて凝縮された風の球体?
ドドドドドドオオォォォォン!!
そんなことを考えていると、ドラゴンたちが作った風の球から僕に向かって無数のレーザーのようなものが迫ってきた。
連続した爆音と激しく揺れるグラウンド。
めっちゃ威力のある風のレーザービームって感じかな。
見た目も技もめちゃくちゃカッコいいよ。
だけど__
僕は高速でやって来るレーザーとドラゴンたちを見据えて拳を作った。
__たくさんいると、弱く見えるよ。
レーザーもドラゴンもあんまり丈夫じゃなさそうだ。でも、数を考えると…。
これくらいで良いんじゃないかな?
僕は、右手に作った拳を彼らにそっと突き出した。
ドオオォォォン…!
無数のレーザーが僕の拳に直撃する。
消えないか…。だったら、もうちょっと強めに…!
加減しすぎたと思った僕は、ほんの少しだけ拳を前に押し出した。
ドゴオオォォ…!
拳に降りかかっていた無数のレーザーは爆音と一緒に消し飛び、僕のパンチの風圧が前方に並ぶドラゴンに迫る。
まだ少し力が足りなかったみたいだ。
悲鳴にも聞こえる甲高い風の音と共に、真ん中のドラゴン6体が粉々に砕け散った。
見慣れないものに対する力の加減は難しい。
本当は今のパンチで、風のレーザーとドラゴン全部を消し飛ばして五十嵐先生ごと打ち落としたかったんだけど…。
両端にいた4体のドラゴンと、その後ろにいる五十嵐先生には届かなかった。
水瀬「うぅっ…!」
頭を抱えて悶える友紀くん。
大丈夫…。先生は必ず僕が止めるから…!
五十嵐「い、行…」
五十嵐先生がドラゴンに指示を出そうとしているのを悟った僕は、すぐさま両手に拳を作りパンチを繰り出した。
右手は左端にいるドラゴンに…。
ドンッ!
左手は右端のドラゴンに…!
ドオオォォォン!
右のパンチは完璧だった。
左端にいた2体のドラゴンのドラゴンは、跡形もなく消し飛んだよ。
問題なのは、左のパンチだ。
利き腕とは逆な上に、パンチはいつも右手だった。
左手の拳を突き出した瞬間、僕を中心に地面に軽く亀裂が入ったんだ。
力んで威力が増したけど精度は甘く、右端のドラゴンは1体しか倒せなかった。
五十嵐「い、行けええぇぇぇ!!」
震えた声と身体で指示を出した五十嵐先生に従い、残りの1体が僕に迫る。
まさに風のような速さ。
だけど、僕の目はドラゴンの動きを捉えていた。
真っ直ぐに飛んできたドラゴンは、鋭く大きな鉤爪を僕に向かって振り下ろす。
パシッ
僕がその腕を払い上げると、ドラゴンは空中で仰け反った。
一瞬バランスを崩したように見えたけど、彼は空中で身を捻って、今度は鋭い尻尾を上から叩きつけてくる。
ガシッ
その勢いのある攻撃も見切り、僕は右手で尻尾を掴んだ。
めちゃくちゃ速いけど、僕の目はしっかり動きを捉えている。
僕はとても冷静なんだ。
今の僕の精神は、“静かな食卓”状態に匹敵する。
怒られるのを恐れ、全神経を研ぎ澄ませてご飯を食べているあの時は、時間が止まっているかのように全てが鮮明に見え、はっきりと聞こえるんだ。
僕は掴んだ尻尾を真上に持ち上げ、ドラゴンを地面に叩きつけた。
こっちの感覚も掴んでおかないといけないな。
そう思った僕は左手に拳を作り、ドラゴンを見据えながら腕を後ろに引く。
苦しそうな表情でこちらを見る風のドラゴン。
「…………。ごめん」
彼が意思のある生物なのかはわからない。
だけど、僕は一言謝ってから拳をゆっくりと突き出した。
水瀬「う……うぅ……」
巨大なドラゴンが弾けると同時に、友紀くんは顔を覆って静かに泣きだした。
もうすぐ……もうすぐ終わるから。
文月くんや友紀くん、そして“BREAKERZ”のみんな。
君たちにしてもらった恩を、いま少しだけど返せそうだ。
僕は両手に拳を握って、空にいる五十嵐先生を見上げた。
打ち落とそう。先生と話し合いなんて絶対に無理だ。
五十嵐「どうなっても…、良いんだな?」
ドスの利いた低い声でそう発する五十嵐先生。
威圧感のある口調から、若干の迷いが感じ取れる。
五十嵐「学校が…、この町が壊滅しても良いんだな!?」
先生は僕に向かって、強く問いかけた。
あのドラゴンよりも強い技があるんだろうか。
強力すぎるため、町を消し飛ばしてしまうかもしれないと…。
「良くないです。全力で貴方を止めます」
僕がそう答えると同時に、吹き荒れる暴風が更に強くなる。
五十嵐「言ったな。後悔するなよ」
そう言って、右腕を再び真上に上げる五十嵐先生。
サッカーコート内の全ての風が先生の手に集まったのか、凄まじい暴風はぴたりと止んだ。
無意識の内に、僕の拳には力が入る。
緊張してはいけない。落ち着くんだ。余計なことを考えると失敗する。
彼は僕を見下ろし、どこか切ない目をしてこう言った。
五十嵐「ウインド・ドラゴンUX…!」
1体の龍が先生の頭上に現れる。
僕は奴の姿を見て、恐怖を覚えた。
まだ技や動きを見てないのにわかるんだ。
“学校や町は間違いなく消滅する”。
自然の理に、人は決して逆らえない。
あの龍は、10体並んで現れたさっきの巨大なドラゴンたちよりも一回り以上大きい。
より鋭く長くなった鉤爪。細かった胴体も太く、全身の筋肉が浮き立っている。
遠近感が狂いそうだ。
そして、奴が現れてから風の音が一切しなくなった。
不気味な静けさに、心を呑まれそうになる。
五十嵐「奴を滅ぼせ」
僕を指さして指示を出す五十嵐先生。
奴はその指示に従うように、巨大な爪を剥き出しにしてこちらに向かってきた。
巨大な身体にそぐわない目にも留まらない速さだ。
同時に奴が動いた反動からか地面は大きく揺れ、コート内から外に向かってかなり深い亀裂が入っていく。
まずい…! このままだとグラウンド全体に地割れが起きて、皆が危ない!
そう思った時にはもう、深い亀裂が友紀くんたちの足元まで迫っていた。
僕は咄嗟に片膝を着いて、両手で地面を押さえる。
ほとんど感覚だけど、力加減は合っていたんだろう。
グラウンド全体に広がろうとしていた亀裂はぴたりと止まり揺れも収まった。
水瀬「琉蓮、危ない…!」
地面に伝わる衝撃で尻餅を着いた友紀くんは、僕に注意を促す。
咄嗟に地面を押さえた僕は隙だらけだ。
疾風の速さで迫った巨大なドラゴンは、右手に生えた大きな鉤爪を僕に向かって振り下ろした。
パリンッ!
僕の頭に鉤爪が当たると同時に、ガラスが砕けるような音がする。
その直後、頭上で鳴り響く悲鳴のような音が遅れて聞こえてきた。
顔を上げた僕の目には、右腕を失って泣き叫ぶドラゴンが映る。
僕がめちゃくちゃ石頭なのか、ドラゴンの防御力が低いのか。
よくわからないけど、奴の攻撃を往なせたみたいだ。
バッ…!
右肩を左手で押さえながら五十嵐先生の元まで引き下がるドラゴン。
地面に加わる力が更に大きくなった。少しだけ強く押さえないと…。
いま手を離すと、学校ごと沈んでしまうかもしれない。
飛んで移動するだけで地震が起きて地面が割れる。
先生の“学校や町が壊滅する”という発言に誇張はなさそうだ。
地面を押さえていたら先生やドラゴンを止められない。手を離したら皆がヤバいことになる。
どうすれば…。
五十嵐「なんで、帰ってきた…。なんで…、右腕がない…」
震える口調でそう呟く五十嵐先生。
そんな先生の前で飛んでいる巨大なドラゴンは、僕の方へ左腕を突き出し、鉤爪の生えた指を曲げた。
10体のドラゴンたちが出したものと同じように、風が凝縮されてできたような透明の球体が現れる。
でも、大きさや威力は全然違う。
球体が現れただけなのに、地面に加わる力が更に増したんだ。
最初の力と比べると3倍くらい強くなってるのかな?
押さえ込めてはいるから、新しく亀裂が入ったり揺れたりはしないんだけど。
手を離すと、ホントに町ごと無くなりそうだ。
ズドオオオオォォォォォン!!
そして、ドラゴンが作り出した球体から攻撃が放たれた。
ぶっとい1本の透明レーザービームみたいなものがこちらに迫ってくる。
どうしよう。両手が塞がっていて何もできない…!
それに、地面にでも当たったらタダじゃすまないよな。
何かしらの手段で、絶対にあれを打ち消さないといけないんだ。
でも、マジでどうにも…。
消し飛んだドラゴンの右腕…。
もう僕の石頭に賭けるしかないか。
僕は両手で地面を押さえたまま少し前屈みになり、向かってくるレーザービームに対して頭を突き出した。
ドオオオォォォォン!
凄まじい衝突音と…、何かが頭に当たってる感触。
直接どうなったかは見えないけど、何となくわかったよ。
ベンチにいる皆や友紀くんたちは息を呑んで、僕と上空にいるドラゴンを見比べている。
そして…、
五十嵐「まるで…、歯が立たない。お前はいったい何なんだ!? お前のその超能力は…!」
落胆と怒りが入り混じった声を荒げる五十嵐先生。
彼らの反応と頭に何かが当たり続ける感触…、僕の石頭はレーザービームを食い止めているみたいだ。
「僕は普通の高校生ですよ。生まれつき、ちょっと力が強いってだけです」
僕は先生にそう答えてから、地面を蹴ってジャンプした。
頭からドラゴンに突っ込んで、そのまま先生に気絶する程度のビンタをするんだ。
手を離している間は揺れるけど、またすぐ押さえれば良い。
迅速かつ丁寧に…!
パリパリパリパリ…!
身体を直立にし頭を突き出して進む中、ガラスが砕けるような音が連続して聞こえてくる。
レーザービームが石頭に当たって砕ける音なのかな?
ジャンプした僕の目には、小さくなっていくグラウンドしか見えない。
亀裂がどんどん入り、みんなに迫っていっている。早くしないと…!
僕はちゃんとできているか確認したくなって、思わず頭を上げてしまった。
石頭に命中していたぶっといレーザービームが顔面に注がれる。
パリパリパリパリ…!
変わらず脆いガラスのように砕け続けるレーザービーム。
僕は頭だけじゃなく顔も硬いのか。
本当に僕は普通の高校生なんだろうか。
砕けるレーザービームの先に、それを放つ巨大なドラゴンと、顔を引き攣らせた五十嵐先生が見える。
このまま顔面で突っ込めば、レーザーが出ている球体と、ドラゴンの胴体に当たるだろう。
そして、すぐ後ろにいる五十嵐先生をビンタで叩き落とす。
顔面の力み具合と、ビンタの力加減をミスらなければ先生を止めて皆を助けられるんだ。
余計なことは考えるな。
静かな食卓、静かな食卓、静かな食卓…!
顔面に全ての意識を集中させろ。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」
そう思いながらドラゴンを見据えていた僕は、無意識の内に雄叫びを上げていた。
ズドオオォォォン!
顔面の力み具合は完璧だ。
僕の顔は直撃したレーザーの球を破壊して、ドラゴンの胴体を貫通する。
胴体に穴が空いた巨大なドラゴンの身体は崩れて爆散した。
後は五十嵐先生だ。この人をビンタで優しく叩き落として終わらせる…!
僕は直立の状態から体勢を変えて右腕を振り上げた。
何かやっぱりシュッシュ言ってるけど、多分気にしなくて良い。
パチンッ!
僕は絶望した表情を浮かべる五十嵐先生の頬を叩いた。
同時に、僕の身体は重力に引っ張られ地面に向かって落ちていく。
グラウンド全体に入った深い亀裂はかなり広がっていた。
着地した僕は、すぐに手で地面を押さえる。
文月「水瀬…! クソッ、上がらない!」
樹神「水瀬の兄貴いぃ! こんなとこで死んだらあか~ん!」
亀裂の中に落ちかけている友紀くんを、引っ張り上げようとしている文月くんと樹神くん。
地面の揺れと崩壊は収まったけど、結構まずいことになっている。
落ちかけているのは彼だけじゃない。
何人かの生徒が同じような状況になっている。
僕も手伝いたいけど、手が離せない…!
引っ張り上げるどころか、反対に腕を持った人たちが引きずり込まれようとしているんだ。
このままだと皆が危ない。
ガシッ
そう思っていた矢先だった。
ある人が落ちかけていた友紀くんの腕を掴み、難なく引っ張り上げたんだ。
額から血を流し若干フラついている彼の名前は、剣崎怜くん。
気絶していたみたいだけど、意識を取り戻したんだろう。
文月「剣崎か…。元気そうで何よりだ」
どこか面白くなさそうな顔をする文月くん。
剣崎「亀裂の中は深淵。皆の衆の命が危険に晒されている今、私には迅速な対応が求められる。止むを得ない……か」
剣崎くんは文月くんに背中を向け、亀裂に落ちかけている生徒たちを見据えている。
そして、口元を腕で隠して数秒後、彼は小さくこう言った。
剣崎「加速__唾液滑走」
そして、目にも留まらぬ速さで滑りながら、落ちかけている生徒たちを次々に引っ張り上げていく。
良かった、剣崎くんのお陰で何とかなりそうだ。
そういえば、五十嵐先生は…。
叩き落とすつもりでビンタしたけど、ちゃんと加減できたかな…?
グラウンドを見渡すけど、先生の姿はない。
まさか…、力が弱すぎた?
そう思った僕は空を見上げた。
平然と僕を見下ろす五十嵐先生と視線がかち合う。
弱すぎたんだ。最後の最後で僕は失敗した。
ビンタじゃなく頬を撫でる程度の接触だったのかもしれない。
何かシュッシュ言ってたあれを考慮しなかったせいだ。
最初に肩を叩いた時より、強度が増していたのか。
五十嵐「同じことがもう一度…、いや何度もできると言ったらお前はどう思う?」
腕を組み勝ち誇った態度で僕に問いかける五十嵐先生。
僕は先生のその言葉を聞いて、皆に降りかかる危険を想像した。
その時、僕に浮かんだ表情は先生にとって非常に喜ばしいものだったんだろう。
彼は、口が裂けるんじゃないかってくらい口角を広げてニヤリと笑った。
あの表情はもう人間じゃない。
五十嵐「お前を殺すのは無理だ。だが、お前も他の人間と例外なく多くのものを背負っている……ということか」
納得したようにそう語る五十嵐先生は話を続ける。
五十嵐「俺を殺せず、生徒や町を見捨てられずに動けないお前はもう詰んでいる。自害すれば最小限の虐殺に留めてやろう。自害しなければ町を滅ぼし…………て…………」
僕は先生の恐すぎる言葉に固唾を飲んで聞いていた。
だけど、話は途中で止まり、先生の動きもぴたりと止まる。
そして、僕がビンタした頬へ恐る恐る手を持っていった。
何度か頬を擦った後、五十嵐先生は…、
五十嵐「う、うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ズドーーーン!
絶叫しながら勢いよく吹き飛び、校舎の壁にめり込んだ。
え、何これ。僕のビンタにタイムラグがあったってこと? いや、どういうこと?
やっぱりあのシュッシュ言ってる奴、スルーしない方が良かったな。
一応、町が壊滅っていう最悪の事態は免れたけど…。
文月「鬼塚、焦らせるなよ。ちゃんと加減できているじゃないか」
ほっと胸を撫で下ろし優しく微笑む文月くん。
いや、できてないって…。
あれじゃ気絶どころか運が良くても大怪我だよ。
それに、校舎とかグラウンドの修繕費、また僕のお父さんに来るんじゃないのか…?
ついこの前、エビ何とかって機械のコアに着いていたダイヤモンドを売り払って、体育館の損害賠償払い終えたところなのに…。
パチパチパチパチ
落胆して地面を見つめていた僕の耳に、大勢の拍手の音が聞こえてくる。
「ありがとう、鬼塚くん! ありがとう、BREAKERZ!」
僕は彼らの声を聞いて、ゆっくりと顔を上げた。
やっぱり皆の視線はとても眩しくて見られないや。だけど、太陽のように暖かい。
「マジで死ぬかと思った! 助かったぜ。その腕力とか剣術とかも超能力なのか?」
1人の男子生徒が目に涙を浮かべながら、剣崎くんに問いかける。
剣崎「いや、これは日々の鍛錬の賜物である。筋トレやオタ芸で身体能力を極限まで引き出し、格闘ゲームで動体視力を上げたのだ」
彼は興味を持って集まってきた何人かの生徒にそう答えた。
「あの高速で滑る奴も練習したら皆できるのか?」
剣崎「いや…、それは…」
額に滲ませて言葉を詰まらせる剣崎くん。
みんな安心して気が抜けているみたいだけど、まだ終わってない。
地面には力が加わったままなんだ。
僕が手を離したら、この亀裂はどこまで広がるんだろう?
「文月くん…!」
僕は剣崎くんや皆を眺めていた文月くんを呼びかける。
こちらに振り向いた彼に、僕はこう頼んだ。
「あの…、救急車呼んでください。スマホ持ってないのと、ちょっと地面押さえてて手が離せないから…」




