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BREAKERZ - 奇っ怪な能力で神を討つ  作者: Maw
自警部•球技大会編
185/271

ウインドマスター - 水瀬 友紀⑮

ーー


「今日は墓荒らしのお兄ちゃん、いないね!」


「しっ! あの子のことは忘れなさい」


 晴れ渡った空の下で、規則正しく並ぶ墓石の前を歩く親子の姿。


 仏花を手に持った母親の堅い表情に対し、娘は無垢な笑顔でそう話す。


(ほんとに…。あの子は何だったのかしら。きっと心が荒んでいるのね)


 娘の手の引く母親は、男虎おのとら勝院しょういんの墓を壊していた文月ふづきのことを思い返していた。


(確かちょうどここらへんのお墓を…)


 娘の歩幅に合わせてゆっくりと歩く彼女は、左側にあるお墓に視線を移す。


 まさにドンピシャ。


 彼女が見た墓石には、“男虎おのとら勝院しょういん之墓のはか”と大きく彫られていた。



ガタガタガタガタ…!


「ひっ! 何かしら!?」



 彼女が目を向けた瞬間、男虎おのとらの墓が激しく揺れ始める。


「ママ、これってしんれーげんしょー?」


 揺れ始めた墓に驚きながらも、娘の両肩を優しく引き寄せる母親と、純粋な疑問に首を傾げる娘。


 墓石の震動はどんどん激しくなるのに対し、母親は娘を連れてゆっくりと後ろに下がった。


 そして……、






男虎おのとら「どっっかあああぁぁぁぁん!!」






 内側から粉々に砕け散った墓の中から、凄まじい声量を発する男虎おのとら勝院しょういんが登場する。


「きゃああぁぁぁ!!」


 両手にヌンチャクを持ちグレーのジャージを着た彼を前に、母親は娘を抱きかかえたまま尻餅を着いた。


男虎おのとら「聞こえたぞおぉ! 儂を呼ぶホイッスルがあぁ!」


「貴方、何やってるんですか! 大の大人がこんなこと…!」


 砕けた墓の前で叫ぶ男虎おのとらに、彼女は震える声で叱責する。


「ムキムキのユーレイさん!」


 対して、娘の方は好意的なようだ。


「警察に通報します! これは犯罪です!」


 文月ふづきに対してはまだ子どもということで寛容だった彼女だが、今回はスマホを取り出してそう言った。


 それに墓が壊されるのを見るのは二度目。目が慣れている分、冷静なんだろう。


男虎おのとら「何?! それは困ります! 今捕まったら生徒たちの所へ行けない!」


 焦る男虎おのとらは少しばかり考える。


 スマホを片手に自分を睨んでいる母親と、キラキラとした目で見つめてくる愛嬌のある娘。


男虎おのとら「よし、お嬢ちゃん! お菓子やパンをあげよう! だから、お墓を壊したこと秘密にしてくれないか!」


「ちょっと何言ってるんですか! うちの子に変なこと言わないでください!」


 暑苦しい口調と笑顔で娘に話す彼に対し、母親は声を荒げた。


「うん、ヒミツにする! ユーレイおじちゃん!」


 娘の方は変わらず好意的だ。


男虎おのとら「よし、ちょっと待ってな! 儂のお供え物にお菓子の1つや2つ……って何もないし、墓壊れとるやないかい!!」


 彼のセルフツッコミに、娘は大きく笑い、母親は呆れた目で背中を見つめる。


男虎おのとら「悪いな、お菓子はまだ今度だ。急がないと皆が危ない」


 男虎おのとらは珍しく落ち着いた口調でそう言いながら振り返り、両手のヌンチャクをくるくると回し始めた。


 ヌンチャクの高速回転により、彼の両脇で強い風が発生する。


男虎おのとら「待てるかい、お嬢ちゃん?」


「うん! ママに買ってもらうから大丈夫!」


男虎おのとらは娘の元気な返事に強く頷いた後、ヌンチャクをより強く回して前方の空を見上げた。



男虎おのとら「待っていろ、元儂の生徒たちいいぃぃぃ!!」


ーー



笛を吹いてからまだそんなには経っていない。


あきらのお陰でウインド・メイルの弱点はわかったけど…。


奴にダメージを与えられる人がいないんだ。


ただ1人、琉蓮りゅうれんを除いては…。


でも、彼はダメだ。かなり落ち込んでいてずっと塞ぎ込んでいる。


心が不安定な時に、力加減なんて上手くいくはずがない。


でも、五十嵐いがらしのウインド・メイルを破るには、ゴリラのあきらと同じくらい強い攻撃が必要だ。


そう考えている間にも、五十嵐いがらしは意識のないすめらぎの元へ向かっている。


奴を倒せそうなのは貴方しかいないんです。


早く来てください、男虎おのとら先生…!


奴はついに、うつ伏せに倒れたすめらぎの前に立ち、笑顔で拳を振り上げた。




ーー この時、五十嵐いがらしは確かに聞いた。






“やめろ。手を出すな”。






ーー どういうわけか、彼の身体は異様に強張りどっと汗が噴き出した。



五十嵐いがらし「だ、誰だ!」



嬉しそうに拳を振り下ろそうとしていた奴だったけど、いきなり後ろに振り返りそう叫ぶ。


なんだ? 誰も何も言ってないけど…。


額に大量の汗を滲ませながら、辺りを見回す五十嵐いがらし


震える拳に荒い息。どこか怖がっているようにも見える。


今になって、自分がしたことをヤバいって思い始めたのかな?



ブロロロロロ……



五十嵐いがらしが周りを警戒する中、上空からヘリコプターのような音が聞こえてきた。


「やめろおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


その音よりも遥かに響く大声に、僕は空を見上げる。


先生、来てくれたんですね。


男虎おのとら先生は両手に持ったヌンチャクを、頭上でプロペラのように回して飛行していた。


ホイッスルの音、あのお墓まで届いたんだろうか? てか、先生飛べるんだ。武術って凄いんだな。



ドンッ!



先生は上空でヌンチャクを回すのを止めて、けい琉蓮りゅうれんの前にどっしりと着地した。



男虎おのとら「助けに来たぞ! お前たちいぃ!」



グラウンドにいる僕らに目を配りながら、強く叫ぶ男虎おのとら先生。


五十嵐いがらしは、目立ちまくりな先生に対し目を細める。


男虎おのとら「生徒たちに悪さする悪い人はどこだあぁぁ!」


敵は目の前にいるけど、先生は五十嵐いがらしのことを知らないから仕方ない。


文月ふづき「はぁ…」


そして、すぐ後ろにいたけいは呆れた様子で立ち上がり、怪我をしていない左手でポケットから何かを取り出した。



チクッ……


男虎おのとら「痛い!」



けいが真後ろに立つと同時に、先生の身体はぴくりと震える。


な、何をしたんだ?



文月ふづき「敵はあいつだ。僕らを殺そうとしている。暑苦しい貴方の武術で奴を仕留めてください」


ムキッ! ムキッ! ボンッ!



敵を知らせるけいと、爆発のような音と共に筋肉が膨張する男虎おのとら先生。


マジで何をしたんだ、けい


元々ムキムキな男虎おのとら先生の筋肉が限界突破している…!


文月ふづき「念の為、万能薬を投与した。墓穴暮らしで鈍っていた身体も元通りです」


けいはそう言って、赤い液体が入った注射器を仕舞いながら後ろに下がった。


万能薬…、あの赤い液体のことだ。


確か不知火しらぬいの血を元に、どんな傷や病気でも治せる薬を開発したんだっけ。


でも、あの薬は原因不明の危険な副反応が起きるんじゃないのか?


今、新庄しんじょうが入院しているのも、万能薬の過剰摂取が原因だと聞いている。



けい! その薬、大丈夫なのか?」



僕は、彼に届くよう大きめの声で問いかけた。


心配だけど、けいは発明や科学の天才だ。


もしかしたら既に、副反応の原因を突き止めて改良しているのかもしれない。



文月ふづき「あぁ、危険だ。それにこいつは2回目。副反応で普通に死ぬかもな」



しかし、けいは期待した僕に向かって冷たく言い放った。


マジかよ…。じゃあ、確実にヤバいじゃん。


2回接種した新庄しんじょうは、血塗れになったんだろ…?


男虎おのとら先生に対して、彼はなんでそんなに辛辣なんだ。元僕らの先生なのに、こいつとか言ってるし…。


文月ふづき「万能薬の副反応は危険だが、鬼塚おにづかが動かない今、奴を確実に倒すためにはこうするしかない」


男虎おのとら「大丈夫だ、プールが上手な生徒くん! 儂の心配はいらない! 元々死ぬ気で先生やっていたからな!」


続けて淡々と話すけいと、僕を勢いよく指さして熱く語る男虎おのとら先生。


凍てつく氷のように冷徹な彼と、燃え盛る炎のように暑苦しい先生の意見が一致した。


いや、噛み合ったらダメだって…。


てか、プールが上手な生徒って僕のこと? 間違ってはないけど…。



五十嵐いがらし「ウインドマスターの俺を差し置いてまたもペラペラと…。いい加減にしろ!」



無視されて怒った様子の五十嵐いがらしは、僕らの会話に割って入る。


実は気長で優しくて繊細な人なのかな。いや、だったら生徒を殺そうとはしないか。


五十嵐いがらし「優しい顔も三度までだ。次に話し始めたら、容赦なくぶち殺してやる!」


奴は指を3本立てて、怒鳴り声を上げた。


いや、あんたの顔、開会式からずっと厳格なんだけど。


男虎おのとら「それはすまない! 生徒たちとの話に夢中になっていた!」


五十嵐いがらし「生徒? お前は誰だ? この学校の先生じゃないだろ?」


素直に謝る男虎おのとら先生の発言に対し、五十嵐いがらしは首を傾げる。


男虎おのとら「儂は、男虎おのとら勝院しょういん。前にここで保健体育の教師をやっていた。サッカー部の監督もな!」


先生の自己紹介を聞いた奴の表情は、少しばかり柔らかくなった気がした。


まさか、男虎おのとら先生…。戦って止めるんじゃなく、打ち解けてさとそうとしている?


五十嵐いがらし「奇遇だな! 俺も今、保健体育の担任で、サッカー部の監督をやっている! 今年のワールドカップ、どこを応援する?」


目をキラキラとさせる五十嵐いがらしの質問を皮切りに、2人はしばらくサッカーについて熱く語り合っていた。


五十嵐いがらし「あれは勝てると思った。先にこっちが2点取ったんだぞ?」


男虎おのとら「その前の大会だって期待は大きかったですぞ! なのに、勝てなかった! サッカーは予測不可能なスポーツとはよく言ったものですな! ワッハッハ!!」


2人とも凄く楽しそうに話をしている。


このまま行けば、五十嵐いがらしも心を入れ替えてくれるんじゃないのか?


狙ってはないかもしれないけど、男虎おのとら先生が言葉で敵と打ち解けるなんて思いもしなかった。



五十嵐いがらし「お前とは価値観というか気が合うな!」


男虎おのとら「儂も同じことを考えていた! 今年のワールドカップ、一緒に見に行きませんかっ!」



奴との戦いは、これで終わるとみんな思っただろう。


何だか拍子抜けだけど、致命傷を負った人はいない。誰も死なずに済んだんだ。


そう安心した矢先だった。



五十嵐いがらし「運命共同体のお前なら、今から俺が言うことわかるだろう」


男虎おのとら「おぉ! というとは…、儂と一緒にワールドカップへ…!」



僕も男虎おのとら先生と同じことを考えたよ。


会話の成り行きからして、奴はワールドカップの誘いをオッケーしたんだって。


五十嵐いがらしは、清々しい顔でこう言った。



五十嵐いがらし「共に生徒を虐殺するぞ!」


男虎おのとら「ちょっと待ったあぁぁぁ!」



唐突な発言に、動揺して叫ぶ男虎おのとら先生。


男虎おのとら「一気に価値観ズレましたぞ! 生徒を守る儂と、殺すアナタ!!」


狼狽うろたえる先生は、自分と五十嵐いがらしを交互に指さして、カタコト気味に強くそう言う。


やっぱり、そう簡単にはいかないか。


五十嵐いがらし「聞け、友よ。真っ当な理由があるんだ」


男虎おのとら「聞かない! 生徒を殺すための正当な理由など存在しない!」


眉にしわを寄せた男虎おのとら先生は、両手に持っているヌンチャクをぐっと握り締めた。


男虎おのとら「今すぐ謝れば不問にする! 教師たる者、冗談でもそんなこと言うんじゃない!」


五十嵐いがらし「冗談じゃない、本気だ。こいつらは俺たちの大好きなサッカーを愚弄した。死んで当然だろう」


五十嵐いがらしの発言に対し、右手のヌンチャクを前に突き出す男虎おのとら先生。


奴はいっさい表情を変えることなく話を続ける。


五十嵐いがらし「俺だって自分の感情に驚いている。こいつらが憎くて憎くて仕方がないんだ。脳が俺に“殺せ”と命令している」


驚いている…? 自分の感情に?


奴は、元から僕らを殺そうとして潜入してきたんじゃないってこと?


最初は普通の先生だったのか?


文月ふづき「これでわかったでしょう。奴は僕らに危害を加える異常者だ。早く倒してくれ」


男虎おのとら先生の後ろから奴を見据えるけいがそう言った。


「ちょっと待ってくれ! 話し合いで解決するならその方がいい!」


文月ふづき「それは無理だろ。変なサッカーをしただけで、人を殺したくなるような奴だぞ。話し合いで済むならとっくに終わっている」


僕の言葉に、彼はすかさずそう返す。


五十嵐いがらし「残念だ」


突き出したヌンチャクを下ろさない先生に対して、寂しそうな顔をする五十嵐いがらし


五十嵐いがらし「お前には3つの選択肢がある。1つ目は、俺と共に生徒を殺すこと。2つ目は、ここを去り俺の邪魔をしないこと。3つ目は、俺に刃向かって殺されることだ」


3本の指を立ててそう言った奴を見て、男虎おのとら先生も辛そうな表情を浮かべた。


だけど、その切ない顔は一瞬で暑苦しくなる。


男虎おのとら「儂は生徒を守るっ!! そっちこそ去るんだ。お前は教師失格だ!」


熱い発言にそぐわない束の間の静寂。


五十嵐いがらし「そうか…」


奴が小さく呟いたことで、沈黙はすぐに破られる。




五十嵐いがらし「ウインド・メイル、極限全開」




奴の怒りのこもった言葉と同時に、けたたましい風切り音が反響した。


その音と共に、奴の足場には絶え間なく無尽の切れ込みが入っていく。


あれはもう自分を守るための鎧じゃない。全身を纏う風の刃だ。


男虎おのとら「問題児の文月ふづき、下がるんだ!」


先生はちらっと振り返り、後ろに立つけいに注意を促した。


文月ふづき「言われなくても…。奴は風を自在に操る能力で、多様かつ殺傷力の高い攻撃を繰り出してくる。くれぐれも負けないでくれ。貴方で倒せないなら、もう後はない」


うずくまった琉蓮りゅうれんの元へ後ずさりながら、彼は五十嵐いがらしの能力を説明する。


けいが離れたのを確認した男虎おのとら先生は、両手に持っていたヌンチャクを高速で回し始めた。




男虎おのとら龍風拳りゅうふうけん飄籟ひょうらい双節そうせつこん



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