ウインドマスター - 水瀬 友紀⑬
響き渡る生徒たちの悲鳴。
目の前に転がる陽の生首。
切れた首の断面から、血の雨を降らす彼の身体。
そして、力が入らず、尻餅を着いたまま起き上がれない自分がいた。
皇「バカヤロー、伏せろって言っただろ…! 早く…」
ガシッ
足を止めて僕らに何かを伝えようとしていた皇は、五十嵐に捕まってしまう。
皇「クソッ…!」
胸倉を掴まれた彼は暴れて振り解こうとするけど、奴はビクとも動かない。
五十嵐「お前も死ね、ウインド・ナックル!」
即座にパンチを放とうとする五十嵐だったけど…。
カキンッ!
皇の顔に向けて放たれた奴の拳は、怜がほとんど刀身のない刀の側面で止めていた。
口元が唾液で濡れている怜。きっと彼を守るために、急いで滑ってきたんだろう。
ドオォォン!
軽い爆風で2人は吹き飛び、地面を転がった。
怜が受け止めなければ、彼は死んでいたかもしれない。
そして、五十嵐はまだ皇に囚われているのか、起き上がる様子のない彼の元へ向かっている。
あぁ、僕はマジで何もできない。
どうして……どうして……。
剣崎「ぐっ…! よすのだ、五十嵐殿!!」
歯を食いしばって立ち上がった怜は、高速の滑走で五十嵐に迫っていった。
どうして、僕は何もできないんだ。
どうして…! 水は応えてくれないんだ! 人が死んでいる、もっと死ぬかもしれないのに!!
あの時みたいに力を貸してくれよ!
そんな僕の想いは、怖くて声にはならない。
五十嵐「しつこい奴だ」
奴はそう言って、滑って自身の元へやって来る怜に手を翳す。
五十嵐「ウインドマン、召喚」
剣崎「………! 風男!」
怜は何かを感じ取ったのか、滑走を止めてぴたりと止まった。
僕には何も見えないし、感じない。
少しばかりひゅーひゅーと吹き抜ける不気味な風の音が聞こえるだけ。
だけど、彼は深く腰を落とし、居合のような構えをとって前を見据えていた。
五十嵐「そいつに殺されろ。俺は大好きな皇を直々に…」
ぶんっ!
奴の言葉を遮って、折れた刀を振り抜く怜。
五十嵐「あいつ…! 刃のない刀で…!」
不気味な風の音が止むと同時に、五十嵐は顔を引き攣らせた。
名前的に、人の形をした風を作ったんだと思う。人と同じように、考える力も持っているかもしれない。
鍛えまくってる怜からすれば、大した相手じゃなかったみたいだけど。
彼は再び滑り出し、高速で奴に迫っていく。
五十嵐「ええい、レベルアップだ! ウインドマン・ユース、召喚!!」
五十嵐はもう一度手を翳してそう言ったけど、やっぱり何も見えない。
対して、怜は平然と滑り続け、何かを避けるように軽く身体を逸らして刀を振り抜いた。
五十嵐との距離はどんどん縮まっていく。
五十嵐「くそおぉっ! ウインドマン・プロ、召喚!!」
焦った様子の奴は、更に強そうな“ウインドマン・プロ”とやらを召喚したみたいだ。あんまりかっこ良くない…。
キンッ!
滑走中だった怜は、正面から来た何らかの攻撃を受け止めるかのように刀を立てた。
攻撃を受けた反動からか、彼の身体は少し後ろに下がったけど…。
ぶんっ!
怜はさっきと同じような居合の構えから刀を振り抜き、再び滑走で奴に迫った。
「この化け物め…! 行け、ウインドマン・ワールドクラスッ!!」
手を翳した状態で、何度もウインドマンと叫ぶ五十嵐。
名前が変わるごとに、不気味な風の音がだんだん鮮明になってきている気がする。
剣崎「今までより高身長かつ筋肉質な風男…!」
警戒した様子の怜は滑走を止め、今までよりも強く目を凝らしていた。
やっぱり名前が変わるごとに強くなっているんだ。
ウインドマンの強さに比例するかのように、嫌な風の音も大きく鮮明になってきている。
キンッ! キンッ! キンッ!
怜が滑走を止めて構えた直後に、ウインドマンとの打ち合いが始まった。
とは言っても、僕からしたら、彼が何もないところに刀を振っているようにしか見えない。
だけど、振るった刀は何かに当たって弾かれている。そこに風で作られた敵がいるのは間違いない。
相手はワールドクラス? 世界と戦えるウインドマン…?
ネーミングがよくわからないけど、さっきのウインドマンたちよりも強いのは何となくわかる。
拮抗した戦いになるかと思ったけど、決着はすぐについた。
キンッ!
振り抜いた刀から発生する金属同士がぶつかるような高い音。
反動で後ろに飛び退いた怜は、真剣な表情を緩ませることなく、前を見据えていつもの居合の構えをとった。
…………。
いや、いつもの構えじゃない。
体勢は同じだけど、全身の筋肉にこれでもかというほどの力が入っている。
メリメリと身体が軋む音が聞こえてきそうで怖い。
全体の筋肉を硬直させ、血管が浮き出た怜は、少し苦しそうにこう言った。
剣崎「尾蛇剣舞・渾身居合斬」
刀を振り抜く姿勢も全く同じだったけど、威力が違う。
鍛え上げられた怜から繰り出される本気の居合斬りは、強化された風の敵を一撃で消し飛ばしたんだ。
見えてないのに、なんでわかるのかって?
彼が刀を振り抜いた瞬間、風が啼いたのを感じたから。
はっきりと聞こえていた不気味な風の音は、か弱く吹き抜ける悲痛な音に変わった。
倒せたのは良いけど、怜はもう限界みたいだ。
折れた刀を両手でしっかりと持つ彼の身体は、痙攣しているかのように震えている。
そして、息もかなり荒い。
五十嵐「まさか、ワールドクラスがやられるとは…。だが、お前ももう限界なんだろ?」
そんな彼を見て嫌な笑みを浮かべる五十嵐は、また手を翳した。
嘘だろ、ワールドクラスより強い奴がいるのか?
世界と戦えるウインドマンより上って、いったい何なんだ?
スペースクラスとか? 宇宙そのものを破壊するウインドマンなんて…。
琉蓮よりも強いじゃないか。
僕は勝手に名前を想像し、勝手に絶望していた。
絶望している僕や限界が来ている怜を前にして、奴は次に召喚する敵の名前をこう呼んだ。
「場を制しろ、ウインドキング」
名前的には思っていたより弱そうだけど、決してそうじゃない。
不気味な音のする風が強く吹き荒れる。
そして……、
剣崎「更に筋骨隆々、王様的なマントを羽織った風男…!」
ドンッ!
前を見ながらそう発言した怜は、もの凄い勢いで吹き飛んだ。
その直前、刀で攻撃を受けたように見えたけど、敵の力が強すぎたのか…?
流血した彼の身体は、皆がいるベンチの近くまで吹き飛んで地面を転がる。
「う、うわああぁぁぁぁぁ!」
怯えて静かになっていた観客席から、再び悲鳴が上がった。
五十嵐「これで邪魔者はいなくなったぞ、皇。先生がゆっくり殺してあげるからな」
そして、気持ちの悪い口調でそう言う五十嵐は、倒れて動かない皇に向かって歩いていく。
まずい、もう打つ手がない。こんな状況で、良い作戦なんて思いつかないよ。
風の壁は未だ破れず、水の力も使えそうにない。
陽は死んで、怜も満身創痍。
皇ももうすぐ殺される。気絶していたら直感もクソもない。
それに多分、ウインドキングはまだ存在している。見えない上に強大な力を使える厄介な敵だ。
文月「鬼塚、早く顔を上げろ。奴を殺してくれ…」
慶は指が切れている方の手を押さえながら、体育座りをして顔を埋めている琉蓮に声を掛けている。
的場に頭を蹴られてから、ずっとあんな調子だ。怪我をさせた罪悪感に押し潰されて、動けないのかもしれない。
どこを見ても、悲惨な状況が目に入ってくる。
樹神「なぁ、なんでこんなことになったんだ…?」
朧月「…………。」
身体を震わせながらそう言う樹神と、諦めたような表情で前を見ている朧月くん。
2人は僕よりも強い。精神的にも能力的にも…。
分厚い風の向こう側に見える最悪な光景をしっかりと見て、立ち尽くしている。
とてもじゃないけど、僕には無理だ。
水を自在に操る力、“水の理”を使いこなせていたら、違った結果になったのだろうか。
目の前に転がってきた陽の首が頭から離れない。何も考えられないんだ。
今だってすぐそこに首がある。
そのせいもあってか、上手く力が入らず立ち上がれる気がしない。
悲しみ、後悔、無力な自分への怒りなど。
様々な気持ちに押し潰されそうになった僕は、琉蓮と同じように、自分の足を抱き寄せてそっと顔を埋めた。




