ウインドマスター - 水瀬 友紀⑫
文月「妖瀧拳。錯綜・泡沫の構」
そうだ、確かにそういう名前だった。
雲龍校長がリングの上で、琉蓮に対して使った武術と構えも同じだ。
どうして慶が使えるかはわからない。
彼の発言からして、小学生の時に習っていたんだろうか?
でも、ちょっとかじった程度の武術で、ウインドマスターの五十嵐を倒せるのか…? 名前的には、妖瀧拳の方が強そうだけど。
五十嵐「今度こそくたばれ! ふ~~づ~~き~~!!」
彼はもう一度、指を少し曲げた状態で手を前に出し、慶の名前を叫んだ。
吹き荒れる強風の前に僕らはひれ伏し、彼は風に引き寄せられる。
五十嵐「ウインド・ナックルU3!!」
語尾にアルティメットと付いた奴の本気の風パンチは、慶の頬に向かって放たれた。
ここまではさっきと全く同じだ。
でも、ここからは違う。
風に引き寄せられている際、彼はなるべく構えを保とうとしているように見えた。
さっきはすんでの所で躱した爆風伴う奴の風パンチを…、
五十嵐「何っ!?」
胸の辺りに添えていた左手で払い上げたんだ。
地上で爆風は起こらず、低く威圧感のある音だけが空に轟いた。
だけど、払った腕は出血している。
五十嵐「おっとっと…!」
手を払い上げられた拍子にバランスを崩し、情けない声を出しながら2、3歩下がる五十嵐。
そんな奴に対し、慶は冷静な目で見据えて距離を詰め、右手に拳を作った。
五十嵐「お前如きに…! ウインド・ナックルU5!!」
アルティメットファイブ…? まだ上の段階があるというのか…!
五十嵐はふらつきながらも、不恰好なパンチを繰り出す。
超本気の風パンチ……ということは、さっきよりも威力は高いはず。
「慶、逃げろおおぉぉぉ!!」
強風から解放された僕は頭を上げて、彼に呼びかけた。
さっき払った時点で出血している。あれよりも高い威力ならきっと受け流せない。
そして、もっと凄いのが繰り出されるのだとしたら、躱すことすら無理だろう。
だから、僕は彼に逃げた方が良いと思ったんだけど…。
そもそも逃げることなんてできるのか…?
ドオオオオォォォォォンッ!
そんなことを考えている内に、奴は突きを放とうとする慶に向かって拳を振り下ろした。
さっきよりも大きな爆音と爆風。そして、砂の煙は更に空高く舞い上がる。
あぁ、今度こそ死んだ。もう無理だ。
そう思った僕の目頭は自然と熱くなる。
「慶、“僕のせいで”って泣いても良いか?」
僕は手を着いた状態で、誰にともなく地面に向かってそう言った。
木っ端微塵になって死んだと思われる慶。
彼があの世で、“なぜ天国に行けないのか”と抗議している姿が目に浮かぶ。
舞い上がった砂の霧は、かなり濃くてまだ晴れない。
実はまた生きていたなんて思わないよ。期待した分そうじゃなかったら、もっと辛くなるから。
砂の霧が晴れたら、僕らは飛び散った慶の内蔵や肉片を見ることになるかもしれない。
皇「お前って、マジで仲間を信じねぇよな。それでも中学からの友達かぁ?」
落胆して立ち上がれない僕に、皇は平然とした様子でこちらにやって来た。
「やめろ。勘の良い君がそんなことを言うと、期待してしまうじゃないか」
皇「俺は信じてるぜ。何せ俺は自警部の部長で、“BREAKERZ”の創始者だからな」
僕の言葉を無視して話を続ける彼は、晴れつつある砂塵に目を移す。
皇「自警部に簡単にくたばる雑魚はいねぇ♪ 全員、ぶっ飛んだ超能力持ってるからなぁ♪」
そして、彼独自の狂気的な笑顔を見せ、少し声を張ってそう言った。
それと同時に…、
文月「石穿雫突」
淡々と技を述べる慶の声が聞こえた。
技の特性かたまたまか。
彼が技の名前を発した瞬間、砂の煙は一気に消え去り、2人の姿は露わになる。
拳を何も無いところに突き出している五十嵐。
慶はそんな奴の背後に立ち、手の平を上に向けて、指先を背中に軽く当てていた。
五十嵐「ど、どういうことだ…?」
文月「僕は正面から右手で突きを放った。お前にはそう見えたはずだ」
動揺を隠せない五十嵐に対し、慶は手を突き出したまま、落ち着いた様子でそう語る。
僕にもそう見えた。多分、みんなも同じように見えたんじゃないだろうか。
文月「だが実際は違う。僕は背後に回って攻撃した」
五十嵐「うっ……くぅ……!」
苦しそうな表情を浮かべる奴に、慶はこう説明した。
文月「相手を翻弄し虚を突く。それが妖瀧拳だ。石穿雫突。一滴の雫がお前の内蔵を穿つ」
石穿雫突。指先を当てるあの技の名前だろう。
これも見たことがある。
雲龍校長が同じような攻撃を琉蓮にやっていた。
ただ、彼の身体が頑丈すぎて突き指をしたみたいだったけど…。
五十嵐の反応と慶の説明から、本当は内臓にダメージを与える技だということがわかった。
だけど、どうして…。
風の鎧、ウインド・メイルをどうやって掻い潜ったんだ?
普通なら今頃、慶の指は……いや、腕は無くなって…、
五十嵐「ふはっ! ウインド・メイル全開!!」
僕の想像はすぐ現実となった。
指先を背中に当てている慶を見て、笑いながらそう叫ぶ五十嵐。
自分の技が効いていないことに焦った様子の慶だけど、それでも即座に飛び退いて奴から距離をとる。
音も聞こえないし、何かが見えているわけでもない。
ただ、奴がまた鎧を纏ったのは明白だ。いや、もしかしたらずっと纏っていたのかも。
文月「チッ…! 予想は外れたか! 不意打ちだろうと、ウインド・メイルは機能する」
突き出していた方の指を押さえた彼は、僕らの方に向かってそう言った。
慶は身体を張って、ウインド・メイルの攻略方法を探ったんだ。
不意打ちが有効だという彼の予想が当たっていれば勝利…。だけど、外れていた。
痛そうに手を庇う慶の息は、荒くなっている。
庇った片方の指の隙間からチラッと見えたんだけど、指が2、3本ほど無くなっているみたいだ。
ウインド・メイルはただ奴を守るだけじゃなく、攻撃してきた対象に斬撃を加えるのか。
だから、怜の刀も粉々に…。
五十嵐「ははっ! どうだ? 先生、迫真の演技だっただろう?」
煽るような口調で慶に語りかける五十嵐。
五十嵐「敢えてウインド・メイルを薄くしていたんだ。お前が当たったと勘違いしたのはそれが理由だ。不意は突かれたがな!」
話を続けながら、奴は慶にゆっくりと近付いていく。
助けに行きたいけど、風の壁が未だに僕らを阻んでいて動けない。
五十嵐「なんで薄くしていたかわかるか? 先生はな、遊んでいるんだよ! このクソガキ!」
奴は慶の前に立って、嬉しそうに罵倒した。
さっき“遊び”と言われたことを根に持っていたみたい。
風を自在に操り殺傷力の高い攻撃を多彩に繰り出す、ウインドマスター五十嵐。
人を簡単に殺せる能力な上に殺意満点な奴を前にしても、慶は狼狽えていなかった。
むしろ、口元を緩ませて静かに笑っている。
五十嵐「何がおかしい? 先生のモヒカンヘアを笑っているのか? 殺すぞ?」
五十嵐は自分の頭を指さしながら、嗤う彼を脅迫する。
僕も疑問だ。そんなヤバい状況で、どうして彼は笑っていられるんだ?
切断された指が痛すぎて、おかしくなってしまったとか…?
文月「可哀想な奴だ。遊ばれているということに気づけないのか」
眉間にしわを寄せた五十嵐の顔を見て、ニヤリと笑う慶。
まだ挑発を続けるつもりなのか。もっと戦おうとしている?
文月「何も知らないお前に説明してやる」
彼は手を庇った状態で、微笑みながら話を続けた。
文月「今お前が相手しているのは、1番戦闘に不向きな僕だ。僕は何の能力もないただの発明家。前線で戦うのは今回が初めてだが、お前程度なら僕でも遊べるかと思った。誰も加勢しなかった辺り、他の奴らもそう考えていたんだろう。わかるか? お前はクソほど舐められているんだ」
慶、それは違う。
僕らが加勢できなかったのは、この分厚い風に阻まれていたからなんだ。
君1人に戦わせようなんて思ってない。
それに、君はなんで奴のことをそんなに煽るんだ? まだ何か狙いがあるなら良いけど、なかったら殺される…!
五十嵐「お前は絶対に……殺す……!」
怒りで顔が真っ赤になった五十嵐は、右腕を左肩の辺りまで上げ、何かを掴むようにぐっと手を握り締めた。
五十嵐「死ね! ブレード・ウインド!」
技の名前を叫びながら、奴は何かを握った手を斜めに振り下ろす。
名前からして、奴は風で象った刃を握っているんだろう。
見えない風の刀で、慶の首を切り落とそうとしているんだ。
風の攻撃に対して彼は何もせず、汗を滲ませながら、ただただ五十嵐の目を見据えていた。
もしかして、僕らの助けを…? でも、朧月くんも風の壁に…!
バッ…!
そんなことを思うや否や、五十嵐は風の刀を斜めに振り下ろした。
だけど、そこにはもう慶の姿はなく奴の刀は空を切る。
なぜなら…、
皇「バカヤロー、煽りすぎだぜ」
奴が刀を振り下ろす寸前、皇が慶に突進して突き飛ばしたからだ。
2人は五十嵐から少し離れた所に倒れ込む。
皇「これは俺の話術でも機嫌治らねぇぞ…」
うつ伏せに倒れた身体を起こしながら、弱音を吐く皇。
気づけば、僕の隣に彼はいなかった。
助かって良かったけど、皇は一体どうやって風の壁をすり抜けたんだ?
ーー
文月を突き飛ばして危機を救った皇に、水瀬は疑問を持った。
自分たちを阻む分厚い風の壁。それを越えて何故向こう側へ行けたのか。
理由はそう難しいことではない。
風は言い換えると、空気の流れ。そして、空気は密度が非常に小さい物質だ。
そんな中身の詰まっていないような物質で、絶対的な壁を形成するのは困難を極める。
分厚い風と例えられたウインド・バリアには穴があった。時折、風の壁には隙間ができていたのだ。
密度も質量も小さい空気はかなり不安定で、少しの刺激でもズレが生じて同じ場所には留まらない。
皇は隙間ができることに直感で気づき、発生した隙間の位置を直感で当てて通り抜けたのだった。
ーー
文月「癪だな、お前に助けられるとは…。朧月が来ると思っていたが」
皇に続いて、慶も立ち上がった。
皇「それは無理だ。あそこには風の壁があって、こっちには来れねぇんだよ。俺は何か行けたがなぁ♪」
彼はニヤリと笑って、こちらを指さした。
何か行けたって…。もしかして、トンネル効果? 運良すぎるとかいうレベルじゃないよ。
皇「まぁ、“BREAKERZ”を広めた分の借りだ。もう無償じゃ助けねぇぜ。次からは1回のヘルプにつきコーラ100本だ………おっと!」
人差し指を立てながら慶にそう話す皇に、風の刃が襲いかかる。
彼はギリギリの所で飛び退き、何とか回避した。これも直感なんだろうか。
皇「おい、人様の営業に割り込むんじゃねぇよ。悪徳業者ですかぁ?」
五十嵐「先に割り込んだのはお前だろ。人の殺人を邪魔しやがって! お前から殺してやる」
苦言を呈した皇に対して五十嵐は、風の刀を握っていると思われる腕をぶん回しながら迫っていった。
五十嵐「うおおおぉぉぉぉぉ!!」
振り下ろされた攻撃に対し、皇は半身になって躱すような動きをする。
皇「ふぅ、直感は健在みたいだぜ♪」
避けれたことに安心した様子の皇。
運と直感にいくら自信があっても、殺意のある相手には緊張するんだろう。
彼は続けて振るわれる風の刃も直感で避け続けた。
皇「避けるのは余裕だが、体力がキツいぜ…」
攻撃を躱しながら、息苦しそうにそう語る皇。
確かに、防戦一方じゃ体力が尽きていつかはやられる。反撃の手段がないと…。
皇「仕方ねぇ、あれをやってみるか」
お、何かあるのか? 五十嵐を一撃で倒せるような必殺技とか?
まさか、ここに来て君も神憑だったとか!
期待が高まる中、皇は自分の手と手を合わせてぐっと握りこんだ。
皇「いやぁ、あんさん凄い髪型ですねぇ♪ 奇抜さが宇宙の限界を突破しておりますわぁ♪」
え、何してんの?
彼はぐっと握りこんだ両手を上下にくねくねさせながら、何かを言い始めた。
ごまを擦る動きにしか見えないけど、それが能力の発動条件なのか?
皇「それに素晴らしい能力だぁ♪ 風を操る社会人、シビれるっす♪ 僕もそんな大人になりたいなぁ!!」
何かしらの能力は発動せず、皇は攻撃を躱しまくりながら、五十嵐を褒め称えている。
いや、褒めてるんだろうか…?
何か相手の攻撃どんどん速くなってるんだけど…。逆に怒ってない?
皇「それに練習着の輝きが眩しい…! どこのブランドですか? イルヴィトン? ダレンシアガ? 何かプロサッカー選手に見えてきたぜぇ!!」
更に褒める皇だけど、口調が荒く余裕がなくなってきているのがわかる。
もしかして、陽みたいに能力発動までのセリフが長いのかな?
皇「おい! こんだけ褒めてやってんだから、ちょっとは喜んで手を緩めろよバカヤロー!」
五十嵐「殺す……殺す………殺す…!」
なにを言っても攻撃を止めない五十嵐に、彼は怒り出した。
もしかして、ただ煽てようとしてただけ?
そういや、水に対してもこんな風に褒めてたな…。あれも意味なかったじゃないか。
皇「クソッ! 俺にしては運が悪いぜ。クソ文月が煽りまくったせいで効かねぇ…!」
皇はそう言って、奴に背中を向けて逃げ出した。
そう、別にそれでも良かったんだ。わざわざ向き合って躱し続ける必要はない。
五十嵐「待ちやがれ! す~~め~~ら~~ぎ~~!!」
五十嵐は今、彼を殺すことしか頭にないから。
ホントにそれしか考えてなくて、風の能力を使わずに追いかけ回している。
皇、君の運は悪くない。
君の褒め殺しによる煽りは、奴の能力をある意味では封じ込めた。
五十嵐は君に夢中なんだ。
多分、君に褒められたことは嬉しかったんじゃないかな。
煽ってきた慶に対する怒りと、褒めてきた皇に対する喜びで頭がこんがらがっている。
正常な判断能力を失い、君を追い回すことしかできないんだ。
恋は盲目と言う。奴はそれに近い状態なのかもしれない。
五十嵐「す~~め~~ら~~ぎ~~!! 俺を振り回しやがってえぇぇ!」
皇「こいつ、何言ってやがる!? く、来るんじゃねぇ!」
2人が追いかけっこをしている今がチャンスだ。
この分厚い風とウインド・メイルを打ち破り、みんなで倒す方法を考えよう。
沼倉「あら? 先生の恋愛対象は女の子のはずなのに…。沼らせた?」
蟻本「そうやんね。陶香ちゃんより、皇くんの方が長けてるんやない?」
ロベリア・ブロッサム。ベンチに腰を掛けている彼女らは、冷静に僕らの戦いを見守っている。
沼倉「そんな意地悪言わないでよ~! 皇くんは口先だけじゃん。陶香は違うの!」
姫咲「口先だけだからこそ、えげつないのよ」
わざとらしく頬を膨らませる彼女に対し、頬杖を着いた紫苑さんは淡々とそう言った。
皇、君は運が悪いと言ったけど。
君が追いかけられている間、僕らは安全なんだ。全体的に見れば、運はめちゃくちゃ良いと思う。
できるだけ長く逃げていてくれ。
必ず倒す方法を見いだすから…!
獅子王「ごめん、友紀」
皇が追いかけ回されているのを見ながらそんなことを考えていると、陽が辛そうに謝ってきた。
獅子王「本当はもっと早く変身するべきだったんだ。文月は怪我をして、皇や僕らがやられるのも時間の問題。最悪の場合は変身するって自分で言ったのに…」
僕と同じく追い回されている皇を見て、そう語る陽。
「大丈夫、まだ手遅れじゃない。慶なら指の1本や2本、養殖してくっ付けたりできるだろうし。そんなに謝らなくても…」
獅子王「怖かったんだ!! 皆の前であの姿を見せたら、嫌われるんじゃないかって…。みんな怖がって僕を避けるんじゃないかって…! 僕はただただ、意味も価値も勝ちもない寒いギャグを言うだけ」
慰める僕に対し、彼は涙ぐんだ声を荒げた。
寒いって自覚あったんだ。ちなみに、今のも寒いよ。ちょっと韻踏んでてカッコいい気はするけど。
美澄「そんなことないわ! 会長のこと嫌いになる人なんていない。みんな、ずっと貴方を見てきているから!」
応援席の方から副会長、美澄さんの声が聞こえてきた。
ベンチから立ち上がり、両手で口元を囲った彼女は、弱気な陽を鼓舞する。
京極「その通りだ! 俺も嫌いにはならない。会長も超能力使えるんだな? できれば見せてほしい」
もう1人の副会長、京極も立ち上がり彼に呼びかけた。
獅子王「あ、ありがとう。2人のお陰で勇気が出るよ。僕は一応、生徒会長。たとえ皆に嫌われても、生徒を守る義務がある!」
そう言いながら両手に力を込め、太陽を直視する陽。
獅子王「霊長類の神であり、闇を切り裂き深淵に光を灯す守護の勇者よ。民の悲痛と期待を背負い悪漢を鎮めるべく、今ここに降臨せよ」
ゴリラになる前の決めセリフは言い切った。後は自分の名前を叫ぶだけだ。
まぁ、名前だけでも良いんだけど…。
いつもならセリフの後すぐに名前を言うんだけど、みんなの前で変身することに躊躇いがあったんだろう。
でも、その一瞬の躊躇いが大きな隙になり、徒になってしまったんだ。
五十嵐「お前に対するこの感情に名前を付けるなら…、癪だがこれしかない。“大好き”だああぁぁぁ!!」
皇「クソッ、褒めすぎたぜ…! こっち来るんじゃねぇ!」
2人がしていた無難な追いかけっこに、終止符が打たれる。
五十嵐「大好きスラッシュ・ウインド!!」
五十嵐は足を止め、たまたまこちらの方向に走ってきていた皇に技を放ったんだ。
奴は右手を手刀のような形にし、地面に対して水平に空を切る。
見えないし聞こえないけど、どんな攻撃かは想像できた。
直線的な風の斬撃が恐らくこちらにやって来ている。
皇「チッ…!」
彼も直感で気づいたのか、走るのを止めて頭を下げた。
そして、僕らの方を見て、もの凄い剣幕でこう言ったんだ。
皇「お前ら、しゃがめえぇぇ!!」
僕や朧月くんたちは、その言葉を聞いて咄嗟に屈んだ。
恐らく首元辺りの高さに斬撃がやって来ている。
だけど、陽だけはずっと突っ立っていたんだ。
色々思うことがあったんだろう。変身することに意識が向いていた彼の耳に、皇の言葉は届いてなかった。
獅子王「唖毅……があぁっ…!」
名前を言い切る寸前に、彼は呻き声を上げて吐血する。
そして…、
少し傾いた身体から、綺麗に切断された陽の首がゆっくりとズレていく。
「あ………あぁ…………!」
声が出ない僕の前に、容赦なく彼の首が転がってきた。
視界がぐらつく中、腰が抜けた僕は彼から目を背け必死に後ろに引き下がる。
友達としてあるまじき行動を僕はとってしまった。
本当なら逃げるんじゃなく駆け寄るべきなのに…。
「う、うわああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」
陽が死んだことを、遅れて理解したみんなの叫び声が校内に響き渡った。




